●割と最近のライフェルド。
2012.05.16 Wed
▼最近のロブ:
2月頃のニューザラマに掲載されてた、「イメージ・コミックスが20周年を向かえるに当たって、ロブ・ライフェルドに当時を回想してもらったよ」インタビューを、適当に訳した(どのくらい適当かというと、長々と書かれていた前書きをザックリ省略したくらい)。
とりあえず、「ロック雑誌のアーティスト・インタビュー」風というか、インタビュアーが馴れ馴れしい口調で語りかけて、ロブがフレンドリーに答えてる感じで訳してみた。どうでもいいですが、ロブの一人称は個人的には「僕」なのです。
しかし、過去の栄光を語る段になると、ロブがやたらと「僕の(my)」を多用するのね。これはとてもロブらしいなぁ、と思った。ウザイので微妙に削ったけど。
今回訳しながら思い出したんだけど、オイラの初めての海外通販はロブ率いるエクストリーム・スタジオのバックナンバーを全部揃えるためだった。そして、初めて出したコミックの同人誌は『ヤングブラッド』本だった。どんだけ好きだったねん、当時。
つか、当時そんだけ好きだったんで、今もロブを割と本気で支持してて、出されたコミックは漏らさず買ってんだけどね。
オイラ的には、1990年代にイメージで精力的にクリエイター・オウンの作品を発表していたロブ・ライフェルド(当時もデッサン的には難はあったしスワイプもしていたけど、とにかくエネルギッシュで勢いのある絵を描いていた)という作家が大好きであったので、現状のロブに関しては「DCでの仕事をとっとと打ち切られて、『ヤングブラッド』他に集中してくれないかなぁ」と思う次第。
ともあれ。
●ロブ・ライフェルド、1992年を回想し、クリエイターの権利を語る
ニューザラマ:やあロブ、まずは君らがマーベルを辞める直前を振り返ってみようか。君がマーベル/DC式のシステムを去り、イメージ・コミックスを創設するに至った最大の動機はなんだったんだい?
ロブ・ライフェルド:1992年にマーベルを去ろうとした動機かい? まず、僕のクリエイターとしての次なる発展の段階を求めて。それと僕の創作物を所有して、それらの行く末を僕自身が決められるように、ってところだね。
仮に僕が『ニュー・ミュータンツ』と『X−フォース』のコミックスを数百万部売った後もマーベルに残っていたとしたなら……僕のキャリアは下る一方だったろうね。
当時の僕はまだ23歳だった。僕は会社に僕の最高のストーリーとアート、それに創造物を送りだしていて、会社と僕は持ちつ持たれつの関係だった。
僕はマーベルの雇用者として、やれるだけのことをやった。だからその次の段階として、僕の創作物をきちんと管理できる場で、僕の創造的なエネルギーを集中させるべきだと思ったんだ。
僕は適切な場所、適切な時、適切な機会を求めていた。幸運なことに、僕には同様のことを感じていた仲間たちがいた――創造的な閃きを生みだすために力を合わせ、今でもそうあろうとしている仲間たちだ。
※仲間たち:一応解説しておくと、ライフェルドと共にイメージを創設した6人(計7人)のアーティストのこと。ロブ・ライフェルド、ジム・リー、トッド・マクファーレン、ジム・バレンティノ、エリック・ラーセン、マーク・シルベストリー、ウィリス・ポータシオ。
ニューザラマ:それは今もイメージ・コミックスの存在する動機であり続けてるのかい? それとも、“使命”は変わった?
ライフェルド:全くもって、今も同じ動機さ。
15年前にキャピタル・ディストリビューションが消滅したことによる流通の条件と状況の変化によって、イメージのような会社の再来は不可能になった。とはいえ、僕らが作り出したレーベルは、次の段階に進もうとしているグループや個人にとって重要な意味合いを持つものとして存在しているよ。
※キャピタル・ディストリビューション:正確には「キャピタル・シティ・ディストリビューション」。イメージ設立当初は、業界第2位のコミックス流通業者だった。1996年に経営が破綻し、業界第1位のダイアモンド・ディストリビューションに買収された。長くなるので詳細は巻末のオマケを参照。
ニューザラマ:コミック業界にとって、イメージ・コミックス創設の伝説はどんな意味を持ってると思う?
ライフェルド:イメージの伝説は、創作の幅を拡げることを望む作家らが2大出版社に対して取りうる重要な選択肢になったね。
ニューザラマ:うーん、とてもシンプルだね。話を戻すけど、イメージの創設は君のキャリアにとってどんな意味合いがあったと思う?
ライフェルド:全てさ。あれは僕のキャリアにおいて唯一にして最も重要な決断だった。
ニューザラマ:さっき、イメージ・コミックスが唯一無二であり、キャピタル・ディストリビューションの消滅がそれに大きく関与してるといったけど、その理由を説明してもらえるかな?
ライフェルド:キャピタルは倒産する前までは業界第2のコミックス流通業者だった。彼らはイメージのような人気出版社のコミックスの流通を確保できるよう、僕らに扶助金を出してくれてたんだ。ただ、起業を考えてる作家たちにとって残念なことに、この扶助金はもはや得られない。イメージの再来はないというのは、僕の私見じゃない。単なる事実だ。
ビジネスは変わってしまい、そうした扶助はもはや存在していない。だから、次世代のイメージは、今のイメージ・コミックスを通じて誕生することになるだろう、なぜなら、イメージの条件は、業界でもベストだからだ。
※イメージ・コミックスは、ずいぶん前から「自分のコミックを出版したいけれど、出版社を立ち上げるほどではない」作家のオリジナル作品の出版・流通を代行している(もちろん有償だが、ライフェルドいわく「業界でもベストな条件」らしい)。ライフェルド的には、そうしたイメージを通じてコミックを発表している作家たちから、次世代のイメージ・コミックス的な存在が生まれると考えている模様。
ニューザラマ:OKわかった。つまりは君の動機ってのは、君が次の段階に行く準備ができてたからだった。ところで君は、大会社での創作の自由の限界については感じていたかい? 僕らがトッド・マクファーレンにインタビューしたとき、彼は「1992年より前のマーベルとDCでは、クリエイターらがコミックスの編集方針に関わることは希だった」といっていたんだ。そうした決定は、作家抜きで行われてきた、とも。それは本当かい? 今はどうなんだい?
ライフェルド:時にイエス、時にノーだね。そもそも僕とトッドでは状況が異なるしね。
僕は大概、新規のキャラクターの舵取りに関わっていた――そう、誰もケーブル、デッドプール、シャッタースター、ドミノ、フェラル、ケーンのことなんか知らなかった。それらは全て僕の頭からあふれ出した創造物で、故に僕はとてつもなく自由に彼らを動かせた。
一方でトッドは会社で最も重要な、古典的なキャラクターを担当していた。なにせ彼は「スパイダーマン」を担当してたんだぜ? そりゃ、山ほどの不自由があったに決まってるさ。
とどのつまりは、僕とトッドは異なる道を歩んできて、同じ場所に着地したってことさ。
それで、僕のイメージでのゴールは、僕の次なるキャラクターを所有することだった。それまでの僕は既に充分すぎるほどの創造の自由を享受していて、そいつはとても素晴らしいものだった。だから僕は、もっとそれらに深く関わりたかった。そういうことさ。
ニューザラマ:ではロブ、イメージ創立以降、2大出版社での創造の自由は前進したと思うかい? 具体的にいえば、それらの変化は、君ら7人が1992年にしたことに影響されてると思うかい?
ライフェルド:100%その通りだ。特にマーベルは。彼らは作家らに気前よく振る舞わねばならなくなった。結果、マーベルで仕事をしている奴らは、よりよい報酬を与えられている。ま、僕はDC出身じゃないから、DCについてはどちらともいえないけれどね。
ニューザラマ:イメージ・コミックスの創設はコミック業界でのクリエイターの権利にどのような影響を与えたと思う?
ライフェルド:イメージの創設は、コミックスの歴史において最も成功したクリエイター・オウンの運動だね。
ニューザラマ:現状のコミック作家の権利についてどう思う?
ライフェルド:これまで通りさ。「創造して、自分で所有する」「創造して、他者と共有する」そのどちらかさ。――他の作家と共有するか、会社と共有するかはさておいてね。
ニューザラマ:本当に、その2つに帰結する?
ライフェルド:選択肢は、いつだって同じさ。
ニューザラマ:アラン・ムーアが、DCと結んだ契約によってクリエイティブな権限を“だまし取られた”と考えていることは、とても重大なことだと僕らは思うんだ。それで、例えばアラン・ムーアの『ウォッチメン』や『V・フォー・ヴェンデッタ』が1992年以降に生みだされていたなら――もしかしたらイメージから出版されていたなら――、状況は異なっていたと思うかい?
ライフェルド:僕は 『ウォッチメン』での彼の実際の契約がどんなものか詳しくない。それらを見たり読んだりしたこともない。でも僕は、彼が『スプリーム』『ヤングブラッド』『グローリー』それに『ウォーチャイルド』を書く上でサインしてくれた1996年の雇用契約書については知っているつもりだ。
アランは雇用者の立場で、物凄く沢山の作品を書いてくれた――おそらくは彼がクリエイター・オウンで書いたものよりも多く。そしてそれは、彼が申し出たことなんだ。
彼は初期のイメージでの仕事で、新たな『ウォッチメン』や更なる『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』を生みだすこともできた。でも彼はそうしなかったんだ。
彼が僕にしてくれた仕事は非常に素晴らしい。僕はかくも長きにわたって彼と一緒に仕事ができたことが嬉しいよ。
※アランは雇用者の立場で、物凄く沢山の作品を書いてくれた:この場合、それらの作品の著作権をムーアは持たず、彼と雇用契約を結んだライフェルドのスタジオ側に権利が帰属する。
ニューザラマ:最近のクリエイターの権利についての話題といえば、ムーア以外にはゲーリー・フリードリヒがコンベンションで「ゴーストライダー」の関連商品を売る権利について論議されているね。これは雇用者としてコミックを描く作家につきものの問題だと思うかい? 自分が生んだキャラクターを他の誰かが所有してるってのは、どんな具合だい?
※ゲーリー・フリードリヒ:「ゴーストライダー(ジョニー・ブレイズ版)」のオリジナルのクリエイター。劇場版『ゴーストライダー』の公開に前後して、同キャラクターの権利を巡りマーベルを訴えた。“コンベンションで「ゴーストライダー」の関連商品を売る権利”というのは筆者は知らないが、まあ、書かれている通りのことをして、揉めたか何かしてるのだろう。
ライフェルド:ゲーリーの権利については、僕は完璧に同情しているし、彼の苦境を憎んでもいる。クリエイターが被害をこうむっているところなんて、見たくないさ。やはり僕は「ゴーストライダー」についての彼とマーベルとの契約については詳しくない。その当時はもっとファジーだったろうしね。
僕がケーブル、デッドプール、シャッタースター、ストライフ、ドミノ、X−フォースその他を生みだしたときにサインした内容はキッチリ覚えている。それで僕は、作品に関与できた範囲、関与できる範囲を知った。同時に、それらのキャラクターらを僕が所有できないという事実も知ったのさ。
だから、僕が『ニュー・ミュータンツ』に新キャラクターらをもたらし、成功したことは、結果的にイメージの設立へ向けての燃料ともなった。それらの経験は常に僕と共にある。
「サインしようとするものを良く読んで、理解して」ってのが、僕の与えられる最大限のアドバイスさ。
ニューザラマ:80年代後半や90年代前半にコミックブック・アーティストと作家たちの組合を作ろうとした動きがあったそうだけど、映画業界やTV業界の作家組合に似た感じの「コミック作家組合」ってのは成立しうると思うかい?
ライフェルド:いいや、さほど希望は持てないね。あの頃が(組合が成立する)最大の機会だったんだろうけど、その頃ですら成功する望みは薄かった。抵抗が多すぎたよ。
そしてキャラクターが人々の意識を支配している現代においては、クリエイターへの信頼は、あの頃以上に低くなっている。故に今後も成立することはないだろうね。
ニューザラマ:話はまた戻って、イメージがいかにして集ったかについて聞きたいんだけど。そもそも君ら7人はどのようにして集まったんだい? そして君個人はいかにしてその運動に加わることになったんだい?
ライフェルド:うーん、僕はその運動に参加したんじゃないんだ。なにせ、僕が運動を始めたんだからね。
元々は、僕とエリック・ラーセン、それにジム・バレンティノがインディーズ・レーベルを作ろうと集まったんだ。トッドは僕らのそうした動きを最初から把握してて、僕らが準備を進めていることを知っていた。かなり早い段階で、彼は僕らに相乗りしてきて、僕らの運動に更なる燃料を注ぐこととなった。
やがて、ジム・リー、マーク・シルベストリ、それにウィリスがこの舟に乗ってきて、この運動はモンスターと化した。
で、僕は我慢できなくなって、マリブ・コミックスと提携して『ヤングブラッド』を出版してレーベルを始動した。いわば僕はモルモット、実験台、そんな感じだった。『ヤングブラッド』の初動が約50万部という結果が出て、僕らは僕らのしていることが成功しうることを証明した。
※マリブ・コミックス:当時、精力的に活動していたインディーズ系出版社。複数のレーベルを持ち、資金の少ない作家らのオリジナル作品の出版・流通の援助も行っていた。最初期のイメージの作品は、このマリブの出版・流通サービスを利用していたので、表紙にマリブのロゴが印刷されている。
いいかい、僕は仲間たちの中じゃ、とびきりの若造だった。僕には嫁さんもなかったし、子供もなかった。……住宅ローンもね。
一方トッドは数ヶ月前に最初の子供が産まれたばかりで、バレンティノは、その、5人ほど子供を抱えてた。ジム・リーは奥さんが妊娠中だった、エリックも……もう結婚してたんじゃないかと思う。そう、僕以外の面々は、その当時の僕には関係のない、様々な日常の問題に苦労していたのさ。
僕は単に若く、精力的なクリエイターで、自分の機会を最大限に拡げる時をうかがっていた。あの頃の僕は、狭き門を正に見つけたところで、飛びこもうとウズウズしていた。30代のロブなら、そんな20代のロブに“思いとどまれ”って説得してるところさ――もちろん40代のロブでもね。
で、仲間たちは、僕のセールスを途方もないものだと思ったけど、一方で彼らもそれに匹敵するか、それ以上のセールスを挙げられるという確信も持った。――本当さ、みんなそう思ったんだ。“俺ならもっと売れる”ってね。で、実際その通りになった。そう、僕が“フォース”を束ねるのは運命だったんだ。
ニューザラマ:ふーむ、君の“『ヤングブラッド』が7人の絆を結んだ”話を聞くに、その後君らがマーベルのオフィスに押しかけ、会社を辞めたのは自然な流れだったんだね。でも例えば、マーベル側がいくらかの要求を呑むことで、君がマーベルに残留していた可能性なんてのはあったかい?
※マーベルのオフィスに押しかけ、会社を辞めた:イメージ・コミックス創立のきっかけとなった伝説のイベント。1991年12月のある夜、当時のマーヴルの社長テリー・スチュアートのオフィスにライフェルド、リー、マクファーレン(ついでにマクファーレンの奥さんワンダと生まれたばかりの長女サイアンもいたらしい)が押しかけて、「僕たちがクリエイター・オウンの作品を描ける体制を作ってくれ、さもなくばマーベルを辞める」と直談判した(そして交渉決裂した)。
ライフェルド:いや、全く。さっきもいったように、僕はマーベルにとどまっていたら、下り坂にしか向かえなかったんだ。彼らは僕に次なるタイトルを創刊させる準備にかかってて、アセテート・カバー(※プラスチック製の表紙。1990年代中頃に流行った)で100万ドルの売上げを生み出せるのかを検討していた。
強調しておきたいんだけど、ジム・リー、トッド・マクファーレン、それにライフェルドだけが、マーベルで100万部ものコミックを売ることができたんだよ。僕らはファンに偉大なる経験を、コミックブックの新しいフレーバーを与えることで、それを達成したんだ。
当時はみんな、全てはマーケティングの成果だっていってた。それらは簡単に操作でき、再現できるものだって。だけど、再現なんてできはしなかった。確かにマーケティングも大事さ。けれど僕らは単なるコミックが、より大きな熱狂を生み出せることを証明したんだ。
※ジム・リー、トッド・マクファーレン、それにライフェルドだけが、マーベルで100万部ものコミックを売ることができたんだよ:この3人の部数の話についてはウチのブログのこちらのエントリも参照のこと。
その良い例が『ニュー・ミュータンツ』第100号だ。こいつは18ヶ月も前から瀕死の状態で、生命維持装置に繋がれてたシリーズの最終号だった。僕らには何のギミックもなかった。カバーはビカビカしてないし、ヴァリアント・カバーもなしだ。単なるコミック、単なるカバーさ。
でもこいつは、馬鹿みたいに売れた。――およそ60万部だったかな。売り切れて、3度も再刷された。ゴールド、シルバー、ブロンズ・エディションと出て、100万部を超した。これは、僕らがこの本の中、ストーリー上で築いたものが――新チームと新鮮なアイデアが、エキサイトを生み出したんだ。蛍光塗料のカバーかなんかから生まれたもんじゃない。
事実をいおう。ジム、トッドと僕はイメージでも100万部の売上げを連発した、一方マーベルは、あれ以来(100万部を)出していない。彼らが映画で莫大な成功を収めている現在において、この事実はより重大な意味を帯び始めると思うね。
当時の僕らは創造的な活力を持っていて、門戸は開かれていた。――ここで在野の若き才能に僕から助言させて欲しい。まず、「開かれた門戸ってのは、さほど長くは開いてない」ってこと。それと、ちょっとしか開いてないんだから、「開いてたら飛び込め」ってことさ。
僕はこの10年の間、少なくとも1ダースの才能が完璧に開かれたチャンスを無駄にしているのを見てきた。彼らは次の創造的な飛翔を前に、非常に怖じ気づいてたか、あるいは見せかけの安寧に陥っていた。
ああ、いつだってリスクはあるさ。でも、門戸が開いた時には、リスクを負わなきゃならないんだ。僕にとっては、1992年の時点でマーベルにとどまるってのはありえない選択肢だった。僕は僕のキャリアの次の段階を築かなければならなかったからだ。
ニューザラマ:トッドは、あなたたちがDCのオフィスも訪れてたといってたんだけど……。DCが適切な契約で君らを引き抜けた、ってことはありえた?
ライフェルド:僕はDCのオフィスに行ったことはないよ。多分、それには僕は呼ばれてなかったんだろうね。面白そうな話だけど、僕は知らないよ。当時僕らはDCと、彼らのキャラクターを扱った企画について話したことはある、でも、ほんの短い期間さ。
ニューザラマ:あれから20年がたつけど、イメージ創立当時の経験で、何を一番覚えているかい? 20年前を振り返るに――何が頂点だったと思う?
ライフェルド:あれは僕が今までコミック業界で経験した中で、もっともエキサイトな出来事だった。イメージの団結は空前絶後の嵐を生みだした。僕らは業界の誰もが忘れられないエキサイトに達したんだ。特にファンがね。
僕らはファンのためのコミック出版社だった。彼らが僕らのキャリアを支え、僕らの成功を導き、僕らを頂点に押し上げてくれたんだ。
そう、実にとてつもなかったよ。ゴールデン・アップル(※ロサンゼルスにある、著名なコミックショップ)で開かれた僕のイメージ・コミックス初のサイン会はね、1000人以上もの人が建物をぐるりと囲んで、店の裏手、隣のブロックまで伸びていったものさ。会は6時間もかかって、実にクレイジーなお披露目パーティだった。イメージは全てを変えてしまったんだ。
このエキサイトが僕にとって最高潮だった。コミックに関わる全ての人々から受けたあの熱気……。あれはコミックスにとって真にスペシャルな時だったね。
ニューザラマ:当時のコミック業界からの反応はどうだった?
ライフェルド:うーん、イメージは、いわば“逆転サヨナラホームラン”で、業界の全てを変えてしまったんだ。そう、1992年8月に、7人の男たちが7つのコミックスを生みだしたことで、業界ナンバー2のコミック出版社が誕生してしまったのさ。
そこに満ちていたのは疑念(僕らのね)、パニック(僕ら以外の出版社のね)、そしてファンと小売業者からのエキサイトだった。
僕らは当時のイメージが到達したようなレベルの成功は想像だにしていなかった。本当さ。現実に対して、僕らの創造していたものは、遥かにちっぽけだったよ。そう、あれは、その一部であったことを誇りに思える、偉大な旅立ちだった。
※“逆転サヨナラホームラン”:原文では「the shot heard 'round the world」。まあ、意味は各自ググれ。
ニューザラマ:イメージとクリエイターの権利双方において、次なる20年に何を望むんだい?
ライフェルド:その辺の似たり寄ったりのコミックスよりも、よりエキサイティングなコミックスを見たいと思うね。お定まりの、教科書通りのもろもろにはもう飽き飽きしているんだ。
単に、良いコミックブックが見たい。そしてそれらがクリエイター・オウン発だったなら、うん、そいつは実にファンタスティックだね。
僕はコミックブックを愛している。それだけだ。僕はスコット・スナイダーの『バットマン:ザ・コート・オブ・オウルス』が、DCから出てるからといって嫌いにはなりはしない。そして、ブライアン・K.ヴォーンの『サガ』なら、どんなとこから出てようが愛せてたと思う。僕は単に良いコミックブックを求めてるんだよ。
もしも作家らが自由な創造の場を与えられたなら――スナイダーやヴォーンのように――それは僕らの仕事全てにおいて良きことだ。委員会だか何だかから出るようなコミックは大概クズだよ。
※ブライアン・K.ヴォーンの『サガ』:『Y:ザ・ラストマン』他でおなじみ、ブライアン・K.ヴォーンが2012年から開始した新作。イメージ・コミックスから出ている。
ニューザラマ:では最後に……ロブ、イメージ・コミックスが20周年を迎えるにあたって何かいいたいことは?
ライフェルド:僕はイメージが導いてきた全てを、心の底から誇りに思う。イメージが1992年に在ったことは、業界全ての人々にとっての偉大なる成果だ。
▼オマケ:キャピタル・シティ・ディストリビューションの解散の流れ:
キャピタル・シティ・ディストリビューションは、1990年代初頭までは、ダイヤモンド・ディストリビューションと並ぶ業界第2位のコミック流通業者だった。
そのキャピタルが、何故にツブれたかというと……これが、当時のマーベル・コミックス社の行動が遠因だったりする。
順を追って話すと、まずこの当時バブル景気に沸いていたコミック業界の中でも、ひときわイケイケだったマーベルが、1994年に業界第3位の流通業者「ヒーローズ・ワールド・ディストリビューション」を買収して、「自社で流通までも行っちゃおう!」としたのがそもそもの始まりになる。
マーベルが自社流通を行うということは、従来の流通業者はマーベルの商品を扱えなくなる、ということだ(扱うにしても、卸値はマーベル側よりも高くなるので小売店に避けられてしまう)。この当時、マーベルはコミック業界で実に1/3ほどのシェアを誇っていたので、同社の商品を扱えなくなると、単純にいえば売上げが1/3減ることになる。
実に、ひどい話だ(あまりにひどいので、後にキャピタルはマーベルを訴えたりもしている)。
そんなわけで、売上げが激減することととなったダイヤモンドとキャピタルは、残った売上げを確保するために、DC、イメージ、ダークホースといったマーベル以外の出版社に対して諸々の便宜を図ることで、「販売特約」を結ぶ、という動きにでる。
――インタビュー中で、ライフェルドがいっていた、キャピタルから得ていた「扶助金」も、おそらくは「販売特約」のためにキャピタルがイメージに計っていた便宜の一環だろう。
このダイヤモンド、キャピタルによる「販売特約」合戦は、最終的にダイヤモンドがマーベル以外の大手(DC、イメージ、ダークホース)と「販売特約」を結んだことで、キャピタルの敗北が確定する。
結果、キャピタルは経営が破綻し、1996年にダイアモンドに買収された。
しかも翌1997年、ヒーローズ・ワールド・ディストリビューションの経営も立ちゆかなくなり、マーベルはコミックの自社流通を辞めた(キャピタルにはいい迷惑だ)。
そんなわけで、コミック流通業界はダイヤモンド1強になり、今に至る。
なお、インタビュー中ではライフェルドはキャピタルを「倒産した(out of business)」といっているが、実際には上記のように買収されたのであり、倒産はしていない。
2月頃のニューザラマに掲載されてた、「イメージ・コミックスが20周年を向かえるに当たって、ロブ・ライフェルドに当時を回想してもらったよ」インタビューを、適当に訳した(どのくらい適当かというと、長々と書かれていた前書きをザックリ省略したくらい)。
とりあえず、「ロック雑誌のアーティスト・インタビュー」風というか、インタビュアーが馴れ馴れしい口調で語りかけて、ロブがフレンドリーに答えてる感じで訳してみた。どうでもいいですが、ロブの一人称は個人的には「僕」なのです。
しかし、過去の栄光を語る段になると、ロブがやたらと「僕の(my)」を多用するのね。これはとてもロブらしいなぁ、と思った。ウザイので微妙に削ったけど。
今回訳しながら思い出したんだけど、オイラの初めての海外通販はロブ率いるエクストリーム・スタジオのバックナンバーを全部揃えるためだった。そして、初めて出したコミックの同人誌は『ヤングブラッド』本だった。どんだけ好きだったねん、当時。
つか、当時そんだけ好きだったんで、今もロブを割と本気で支持してて、出されたコミックは漏らさず買ってんだけどね。
オイラ的には、1990年代にイメージで精力的にクリエイター・オウンの作品を発表していたロブ・ライフェルド(当時もデッサン的には難はあったしスワイプもしていたけど、とにかくエネルギッシュで勢いのある絵を描いていた)という作家が大好きであったので、現状のロブに関しては「DCでの仕事をとっとと打ち切られて、『ヤングブラッド』他に集中してくれないかなぁ」と思う次第。
ともあれ。
●ロブ・ライフェルド、1992年を回想し、クリエイターの権利を語る
ニューザラマ:やあロブ、まずは君らがマーベルを辞める直前を振り返ってみようか。君がマーベル/DC式のシステムを去り、イメージ・コミックスを創設するに至った最大の動機はなんだったんだい?
ロブ・ライフェルド:1992年にマーベルを去ろうとした動機かい? まず、僕のクリエイターとしての次なる発展の段階を求めて。それと僕の創作物を所有して、それらの行く末を僕自身が決められるように、ってところだね。
仮に僕が『ニュー・ミュータンツ』と『X−フォース』のコミックスを数百万部売った後もマーベルに残っていたとしたなら……僕のキャリアは下る一方だったろうね。
当時の僕はまだ23歳だった。僕は会社に僕の最高のストーリーとアート、それに創造物を送りだしていて、会社と僕は持ちつ持たれつの関係だった。
僕はマーベルの雇用者として、やれるだけのことをやった。だからその次の段階として、僕の創作物をきちんと管理できる場で、僕の創造的なエネルギーを集中させるべきだと思ったんだ。
僕は適切な場所、適切な時、適切な機会を求めていた。幸運なことに、僕には同様のことを感じていた仲間たちがいた――創造的な閃きを生みだすために力を合わせ、今でもそうあろうとしている仲間たちだ。
※仲間たち:一応解説しておくと、ライフェルドと共にイメージを創設した6人(計7人)のアーティストのこと。ロブ・ライフェルド、ジム・リー、トッド・マクファーレン、ジム・バレンティノ、エリック・ラーセン、マーク・シルベストリー、ウィリス・ポータシオ。
ニューザラマ:それは今もイメージ・コミックスの存在する動機であり続けてるのかい? それとも、“使命”は変わった?
ライフェルド:全くもって、今も同じ動機さ。
15年前にキャピタル・ディストリビューションが消滅したことによる流通の条件と状況の変化によって、イメージのような会社の再来は不可能になった。とはいえ、僕らが作り出したレーベルは、次の段階に進もうとしているグループや個人にとって重要な意味合いを持つものとして存在しているよ。
※キャピタル・ディストリビューション:正確には「キャピタル・シティ・ディストリビューション」。イメージ設立当初は、業界第2位のコミックス流通業者だった。1996年に経営が破綻し、業界第1位のダイアモンド・ディストリビューションに買収された。長くなるので詳細は巻末のオマケを参照。
ニューザラマ:コミック業界にとって、イメージ・コミックス創設の伝説はどんな意味を持ってると思う?
ライフェルド:イメージの伝説は、創作の幅を拡げることを望む作家らが2大出版社に対して取りうる重要な選択肢になったね。
ニューザラマ:うーん、とてもシンプルだね。話を戻すけど、イメージの創設は君のキャリアにとってどんな意味合いがあったと思う?
ライフェルド:全てさ。あれは僕のキャリアにおいて唯一にして最も重要な決断だった。
ニューザラマ:さっき、イメージ・コミックスが唯一無二であり、キャピタル・ディストリビューションの消滅がそれに大きく関与してるといったけど、その理由を説明してもらえるかな?
ライフェルド:キャピタルは倒産する前までは業界第2のコミックス流通業者だった。彼らはイメージのような人気出版社のコミックスの流通を確保できるよう、僕らに扶助金を出してくれてたんだ。ただ、起業を考えてる作家たちにとって残念なことに、この扶助金はもはや得られない。イメージの再来はないというのは、僕の私見じゃない。単なる事実だ。
ビジネスは変わってしまい、そうした扶助はもはや存在していない。だから、次世代のイメージは、今のイメージ・コミックスを通じて誕生することになるだろう、なぜなら、イメージの条件は、業界でもベストだからだ。
※イメージ・コミックスは、ずいぶん前から「自分のコミックを出版したいけれど、出版社を立ち上げるほどではない」作家のオリジナル作品の出版・流通を代行している(もちろん有償だが、ライフェルドいわく「業界でもベストな条件」らしい)。ライフェルド的には、そうしたイメージを通じてコミックを発表している作家たちから、次世代のイメージ・コミックス的な存在が生まれると考えている模様。
ニューザラマ:OKわかった。つまりは君の動機ってのは、君が次の段階に行く準備ができてたからだった。ところで君は、大会社での創作の自由の限界については感じていたかい? 僕らがトッド・マクファーレンにインタビューしたとき、彼は「1992年より前のマーベルとDCでは、クリエイターらがコミックスの編集方針に関わることは希だった」といっていたんだ。そうした決定は、作家抜きで行われてきた、とも。それは本当かい? 今はどうなんだい?
ライフェルド:時にイエス、時にノーだね。そもそも僕とトッドでは状況が異なるしね。
僕は大概、新規のキャラクターの舵取りに関わっていた――そう、誰もケーブル、デッドプール、シャッタースター、ドミノ、フェラル、ケーンのことなんか知らなかった。それらは全て僕の頭からあふれ出した創造物で、故に僕はとてつもなく自由に彼らを動かせた。
一方でトッドは会社で最も重要な、古典的なキャラクターを担当していた。なにせ彼は「スパイダーマン」を担当してたんだぜ? そりゃ、山ほどの不自由があったに決まってるさ。
とどのつまりは、僕とトッドは異なる道を歩んできて、同じ場所に着地したってことさ。
それで、僕のイメージでのゴールは、僕の次なるキャラクターを所有することだった。それまでの僕は既に充分すぎるほどの創造の自由を享受していて、そいつはとても素晴らしいものだった。だから僕は、もっとそれらに深く関わりたかった。そういうことさ。
ニューザラマ:ではロブ、イメージ創立以降、2大出版社での創造の自由は前進したと思うかい? 具体的にいえば、それらの変化は、君ら7人が1992年にしたことに影響されてると思うかい?
ライフェルド:100%その通りだ。特にマーベルは。彼らは作家らに気前よく振る舞わねばならなくなった。結果、マーベルで仕事をしている奴らは、よりよい報酬を与えられている。ま、僕はDC出身じゃないから、DCについてはどちらともいえないけれどね。
ニューザラマ:イメージ・コミックスの創設はコミック業界でのクリエイターの権利にどのような影響を与えたと思う?
ライフェルド:イメージの創設は、コミックスの歴史において最も成功したクリエイター・オウンの運動だね。
ニューザラマ:現状のコミック作家の権利についてどう思う?
ライフェルド:これまで通りさ。「創造して、自分で所有する」「創造して、他者と共有する」そのどちらかさ。――他の作家と共有するか、会社と共有するかはさておいてね。
ニューザラマ:本当に、その2つに帰結する?
ライフェルド:選択肢は、いつだって同じさ。
ニューザラマ:アラン・ムーアが、DCと結んだ契約によってクリエイティブな権限を“だまし取られた”と考えていることは、とても重大なことだと僕らは思うんだ。それで、例えばアラン・ムーアの『ウォッチメン』や『V・フォー・ヴェンデッタ』が1992年以降に生みだされていたなら――もしかしたらイメージから出版されていたなら――、状況は異なっていたと思うかい?
ライフェルド:僕は 『ウォッチメン』での彼の実際の契約がどんなものか詳しくない。それらを見たり読んだりしたこともない。でも僕は、彼が『スプリーム』『ヤングブラッド』『グローリー』それに『ウォーチャイルド』を書く上でサインしてくれた1996年の雇用契約書については知っているつもりだ。
アランは雇用者の立場で、物凄く沢山の作品を書いてくれた――おそらくは彼がクリエイター・オウンで書いたものよりも多く。そしてそれは、彼が申し出たことなんだ。
彼は初期のイメージでの仕事で、新たな『ウォッチメン』や更なる『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』を生みだすこともできた。でも彼はそうしなかったんだ。
彼が僕にしてくれた仕事は非常に素晴らしい。僕はかくも長きにわたって彼と一緒に仕事ができたことが嬉しいよ。
※アランは雇用者の立場で、物凄く沢山の作品を書いてくれた:この場合、それらの作品の著作権をムーアは持たず、彼と雇用契約を結んだライフェルドのスタジオ側に権利が帰属する。
ニューザラマ:最近のクリエイターの権利についての話題といえば、ムーア以外にはゲーリー・フリードリヒがコンベンションで「ゴーストライダー」の関連商品を売る権利について論議されているね。これは雇用者としてコミックを描く作家につきものの問題だと思うかい? 自分が生んだキャラクターを他の誰かが所有してるってのは、どんな具合だい?
※ゲーリー・フリードリヒ:「ゴーストライダー(ジョニー・ブレイズ版)」のオリジナルのクリエイター。劇場版『ゴーストライダー』の公開に前後して、同キャラクターの権利を巡りマーベルを訴えた。“コンベンションで「ゴーストライダー」の関連商品を売る権利”というのは筆者は知らないが、まあ、書かれている通りのことをして、揉めたか何かしてるのだろう。
ライフェルド:ゲーリーの権利については、僕は完璧に同情しているし、彼の苦境を憎んでもいる。クリエイターが被害をこうむっているところなんて、見たくないさ。やはり僕は「ゴーストライダー」についての彼とマーベルとの契約については詳しくない。その当時はもっとファジーだったろうしね。
僕がケーブル、デッドプール、シャッタースター、ストライフ、ドミノ、X−フォースその他を生みだしたときにサインした内容はキッチリ覚えている。それで僕は、作品に関与できた範囲、関与できる範囲を知った。同時に、それらのキャラクターらを僕が所有できないという事実も知ったのさ。
だから、僕が『ニュー・ミュータンツ』に新キャラクターらをもたらし、成功したことは、結果的にイメージの設立へ向けての燃料ともなった。それらの経験は常に僕と共にある。
「サインしようとするものを良く読んで、理解して」ってのが、僕の与えられる最大限のアドバイスさ。
ニューザラマ:80年代後半や90年代前半にコミックブック・アーティストと作家たちの組合を作ろうとした動きがあったそうだけど、映画業界やTV業界の作家組合に似た感じの「コミック作家組合」ってのは成立しうると思うかい?
ライフェルド:いいや、さほど希望は持てないね。あの頃が(組合が成立する)最大の機会だったんだろうけど、その頃ですら成功する望みは薄かった。抵抗が多すぎたよ。
そしてキャラクターが人々の意識を支配している現代においては、クリエイターへの信頼は、あの頃以上に低くなっている。故に今後も成立することはないだろうね。
ニューザラマ:話はまた戻って、イメージがいかにして集ったかについて聞きたいんだけど。そもそも君ら7人はどのようにして集まったんだい? そして君個人はいかにしてその運動に加わることになったんだい?
ライフェルド:うーん、僕はその運動に参加したんじゃないんだ。なにせ、僕が運動を始めたんだからね。
元々は、僕とエリック・ラーセン、それにジム・バレンティノがインディーズ・レーベルを作ろうと集まったんだ。トッドは僕らのそうした動きを最初から把握してて、僕らが準備を進めていることを知っていた。かなり早い段階で、彼は僕らに相乗りしてきて、僕らの運動に更なる燃料を注ぐこととなった。
やがて、ジム・リー、マーク・シルベストリ、それにウィリスがこの舟に乗ってきて、この運動はモンスターと化した。
で、僕は我慢できなくなって、マリブ・コミックスと提携して『ヤングブラッド』を出版してレーベルを始動した。いわば僕はモルモット、実験台、そんな感じだった。『ヤングブラッド』の初動が約50万部という結果が出て、僕らは僕らのしていることが成功しうることを証明した。
※マリブ・コミックス:当時、精力的に活動していたインディーズ系出版社。複数のレーベルを持ち、資金の少ない作家らのオリジナル作品の出版・流通の援助も行っていた。最初期のイメージの作品は、このマリブの出版・流通サービスを利用していたので、表紙にマリブのロゴが印刷されている。
いいかい、僕は仲間たちの中じゃ、とびきりの若造だった。僕には嫁さんもなかったし、子供もなかった。……住宅ローンもね。
一方トッドは数ヶ月前に最初の子供が産まれたばかりで、バレンティノは、その、5人ほど子供を抱えてた。ジム・リーは奥さんが妊娠中だった、エリックも……もう結婚してたんじゃないかと思う。そう、僕以外の面々は、その当時の僕には関係のない、様々な日常の問題に苦労していたのさ。
僕は単に若く、精力的なクリエイターで、自分の機会を最大限に拡げる時をうかがっていた。あの頃の僕は、狭き門を正に見つけたところで、飛びこもうとウズウズしていた。30代のロブなら、そんな20代のロブに“思いとどまれ”って説得してるところさ――もちろん40代のロブでもね。
で、仲間たちは、僕のセールスを途方もないものだと思ったけど、一方で彼らもそれに匹敵するか、それ以上のセールスを挙げられるという確信も持った。――本当さ、みんなそう思ったんだ。“俺ならもっと売れる”ってね。で、実際その通りになった。そう、僕が“フォース”を束ねるのは運命だったんだ。
ニューザラマ:ふーむ、君の“『ヤングブラッド』が7人の絆を結んだ”話を聞くに、その後君らがマーベルのオフィスに押しかけ、会社を辞めたのは自然な流れだったんだね。でも例えば、マーベル側がいくらかの要求を呑むことで、君がマーベルに残留していた可能性なんてのはあったかい?
※マーベルのオフィスに押しかけ、会社を辞めた:イメージ・コミックス創立のきっかけとなった伝説のイベント。1991年12月のある夜、当時のマーヴルの社長テリー・スチュアートのオフィスにライフェルド、リー、マクファーレン(ついでにマクファーレンの奥さんワンダと生まれたばかりの長女サイアンもいたらしい)が押しかけて、「僕たちがクリエイター・オウンの作品を描ける体制を作ってくれ、さもなくばマーベルを辞める」と直談判した(そして交渉決裂した)。
ライフェルド:いや、全く。さっきもいったように、僕はマーベルにとどまっていたら、下り坂にしか向かえなかったんだ。彼らは僕に次なるタイトルを創刊させる準備にかかってて、アセテート・カバー(※プラスチック製の表紙。1990年代中頃に流行った)で100万ドルの売上げを生み出せるのかを検討していた。
強調しておきたいんだけど、ジム・リー、トッド・マクファーレン、それにライフェルドだけが、マーベルで100万部ものコミックを売ることができたんだよ。僕らはファンに偉大なる経験を、コミックブックの新しいフレーバーを与えることで、それを達成したんだ。
当時はみんな、全てはマーケティングの成果だっていってた。それらは簡単に操作でき、再現できるものだって。だけど、再現なんてできはしなかった。確かにマーケティングも大事さ。けれど僕らは単なるコミックが、より大きな熱狂を生み出せることを証明したんだ。
※ジム・リー、トッド・マクファーレン、それにライフェルドだけが、マーベルで100万部ものコミックを売ることができたんだよ:この3人の部数の話についてはウチのブログのこちらのエントリも参照のこと。
その良い例が『ニュー・ミュータンツ』第100号だ。こいつは18ヶ月も前から瀕死の状態で、生命維持装置に繋がれてたシリーズの最終号だった。僕らには何のギミックもなかった。カバーはビカビカしてないし、ヴァリアント・カバーもなしだ。単なるコミック、単なるカバーさ。
でもこいつは、馬鹿みたいに売れた。――およそ60万部だったかな。売り切れて、3度も再刷された。ゴールド、シルバー、ブロンズ・エディションと出て、100万部を超した。これは、僕らがこの本の中、ストーリー上で築いたものが――新チームと新鮮なアイデアが、エキサイトを生み出したんだ。蛍光塗料のカバーかなんかから生まれたもんじゃない。
事実をいおう。ジム、トッドと僕はイメージでも100万部の売上げを連発した、一方マーベルは、あれ以来(100万部を)出していない。彼らが映画で莫大な成功を収めている現在において、この事実はより重大な意味を帯び始めると思うね。
当時の僕らは創造的な活力を持っていて、門戸は開かれていた。――ここで在野の若き才能に僕から助言させて欲しい。まず、「開かれた門戸ってのは、さほど長くは開いてない」ってこと。それと、ちょっとしか開いてないんだから、「開いてたら飛び込め」ってことさ。
僕はこの10年の間、少なくとも1ダースの才能が完璧に開かれたチャンスを無駄にしているのを見てきた。彼らは次の創造的な飛翔を前に、非常に怖じ気づいてたか、あるいは見せかけの安寧に陥っていた。
ああ、いつだってリスクはあるさ。でも、門戸が開いた時には、リスクを負わなきゃならないんだ。僕にとっては、1992年の時点でマーベルにとどまるってのはありえない選択肢だった。僕は僕のキャリアの次の段階を築かなければならなかったからだ。
ニューザラマ:トッドは、あなたたちがDCのオフィスも訪れてたといってたんだけど……。DCが適切な契約で君らを引き抜けた、ってことはありえた?
ライフェルド:僕はDCのオフィスに行ったことはないよ。多分、それには僕は呼ばれてなかったんだろうね。面白そうな話だけど、僕は知らないよ。当時僕らはDCと、彼らのキャラクターを扱った企画について話したことはある、でも、ほんの短い期間さ。
ニューザラマ:あれから20年がたつけど、イメージ創立当時の経験で、何を一番覚えているかい? 20年前を振り返るに――何が頂点だったと思う?
ライフェルド:あれは僕が今までコミック業界で経験した中で、もっともエキサイトな出来事だった。イメージの団結は空前絶後の嵐を生みだした。僕らは業界の誰もが忘れられないエキサイトに達したんだ。特にファンがね。
僕らはファンのためのコミック出版社だった。彼らが僕らのキャリアを支え、僕らの成功を導き、僕らを頂点に押し上げてくれたんだ。
そう、実にとてつもなかったよ。ゴールデン・アップル(※ロサンゼルスにある、著名なコミックショップ)で開かれた僕のイメージ・コミックス初のサイン会はね、1000人以上もの人が建物をぐるりと囲んで、店の裏手、隣のブロックまで伸びていったものさ。会は6時間もかかって、実にクレイジーなお披露目パーティだった。イメージは全てを変えてしまったんだ。
このエキサイトが僕にとって最高潮だった。コミックに関わる全ての人々から受けたあの熱気……。あれはコミックスにとって真にスペシャルな時だったね。
ニューザラマ:当時のコミック業界からの反応はどうだった?
ライフェルド:うーん、イメージは、いわば“逆転サヨナラホームラン”で、業界の全てを変えてしまったんだ。そう、1992年8月に、7人の男たちが7つのコミックスを生みだしたことで、業界ナンバー2のコミック出版社が誕生してしまったのさ。
そこに満ちていたのは疑念(僕らのね)、パニック(僕ら以外の出版社のね)、そしてファンと小売業者からのエキサイトだった。
僕らは当時のイメージが到達したようなレベルの成功は想像だにしていなかった。本当さ。現実に対して、僕らの創造していたものは、遥かにちっぽけだったよ。そう、あれは、その一部であったことを誇りに思える、偉大な旅立ちだった。
※“逆転サヨナラホームラン”:原文では「the shot heard 'round the world」。まあ、意味は各自ググれ。
ニューザラマ:イメージとクリエイターの権利双方において、次なる20年に何を望むんだい?
ライフェルド:その辺の似たり寄ったりのコミックスよりも、よりエキサイティングなコミックスを見たいと思うね。お定まりの、教科書通りのもろもろにはもう飽き飽きしているんだ。
単に、良いコミックブックが見たい。そしてそれらがクリエイター・オウン発だったなら、うん、そいつは実にファンタスティックだね。
僕はコミックブックを愛している。それだけだ。僕はスコット・スナイダーの『バットマン:ザ・コート・オブ・オウルス』が、DCから出てるからといって嫌いにはなりはしない。そして、ブライアン・K.ヴォーンの『サガ』なら、どんなとこから出てようが愛せてたと思う。僕は単に良いコミックブックを求めてるんだよ。
もしも作家らが自由な創造の場を与えられたなら――スナイダーやヴォーンのように――それは僕らの仕事全てにおいて良きことだ。委員会だか何だかから出るようなコミックは大概クズだよ。
※ブライアン・K.ヴォーンの『サガ』:『Y:ザ・ラストマン』他でおなじみ、ブライアン・K.ヴォーンが2012年から開始した新作。イメージ・コミックスから出ている。
ニューザラマ:では最後に……ロブ、イメージ・コミックスが20周年を迎えるにあたって何かいいたいことは?
ライフェルド:僕はイメージが導いてきた全てを、心の底から誇りに思う。イメージが1992年に在ったことは、業界全ての人々にとっての偉大なる成果だ。
▼オマケ:キャピタル・シティ・ディストリビューションの解散の流れ:
キャピタル・シティ・ディストリビューションは、1990年代初頭までは、ダイヤモンド・ディストリビューションと並ぶ業界第2位のコミック流通業者だった。
そのキャピタルが、何故にツブれたかというと……これが、当時のマーベル・コミックス社の行動が遠因だったりする。
順を追って話すと、まずこの当時バブル景気に沸いていたコミック業界の中でも、ひときわイケイケだったマーベルが、1994年に業界第3位の流通業者「ヒーローズ・ワールド・ディストリビューション」を買収して、「自社で流通までも行っちゃおう!」としたのがそもそもの始まりになる。
マーベルが自社流通を行うということは、従来の流通業者はマーベルの商品を扱えなくなる、ということだ(扱うにしても、卸値はマーベル側よりも高くなるので小売店に避けられてしまう)。この当時、マーベルはコミック業界で実に1/3ほどのシェアを誇っていたので、同社の商品を扱えなくなると、単純にいえば売上げが1/3減ることになる。
実に、ひどい話だ(あまりにひどいので、後にキャピタルはマーベルを訴えたりもしている)。
そんなわけで、売上げが激減することととなったダイヤモンドとキャピタルは、残った売上げを確保するために、DC、イメージ、ダークホースといったマーベル以外の出版社に対して諸々の便宜を図ることで、「販売特約」を結ぶ、という動きにでる。
――インタビュー中で、ライフェルドがいっていた、キャピタルから得ていた「扶助金」も、おそらくは「販売特約」のためにキャピタルがイメージに計っていた便宜の一環だろう。
このダイヤモンド、キャピタルによる「販売特約」合戦は、最終的にダイヤモンドがマーベル以外の大手(DC、イメージ、ダークホース)と「販売特約」を結んだことで、キャピタルの敗北が確定する。
結果、キャピタルは経営が破綻し、1996年にダイアモンドに買収された。
しかも翌1997年、ヒーローズ・ワールド・ディストリビューションの経営も立ちゆかなくなり、マーベルはコミックの自社流通を辞めた(キャピタルにはいい迷惑だ)。
そんなわけで、コミック流通業界はダイヤモンド1強になり、今に至る。
なお、インタビュー中ではライフェルドはキャピタルを「倒産した(out of business)」といっているが、実際には上記のように買収されたのであり、倒産はしていない。
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