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●最近のアメリカン・コミックスとクトゥルフとか。

2013.12.09 Mon

 ういす。

 毎度お馴染み、適当な日常のハナシを書こうと思ったら、話の最初に持ってきたネタが長くなったので、それ単体でエントリにするという、いつもの計画性のない感じのソレ。


▼最近のクトゥルフ:

 森瀬 繚さんがTwitter上で講義してる「アメコミにおけるクトゥルー神話」の話が面白いなぁ、と思ったのでリンクを貼ってみる。

 1970年代前半頃のコミックス界の、怪奇・SF・ソーズ&ソーサリーといったジャンルがそれなりな盛り上がりを見せてた頃って好きなのよね、と、クトゥルフあんま関係ない感想を漏らしつつ。


 でー、ね。

 その、無粋は承知で1箇所だけ突っ込ませていただくと「アメコミとクトゥルー神話」第3回で言及されている、『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』第10号(1962/3)が

「現時点で確認されている、DCコミック作品への最初のクトゥルー神話ネタの挿入がこの作品であるようです」

 という解説は、適切ではない、と思うのですよ。
  
  
 具体的にいうと、件の『ジャスティスリーグ』第10号が刊行される20年以上も前、1941年にナショナル・コミックス社(DCコミックス社の前身ですね)から刊行された、『モア・ファン・コミックス』第65号(1941/3)掲載の「ドクター・フェイト」のコミックで、既にクトゥルフ神話的な悪人とガジェットが登場してるのですね。

 オイラの記憶が確かなら、この「ドクター・フェイト」の話は「スーパーヒーロー・ジャンルで初めてクトゥルフ神話的なガジェットが言及された話」とみなされてたかと思います。

 ……いや、これが「初めて」ではないとしても、『ジャスティスリーグ』第10号よりも前に「クトゥルー神話ネタの挿入」がなされたDCのコミックスが存在していたことは、確かかと。
  
  
 この「ドクター・フェイト」のお話ですが、タイトルからして、「ザ・フィッシュメン・オブ・ニャルラ=アメン(The Fish-Men of Nyarl-Amen)」というモノでして。

 タイトルの「ニャルラ=アメン」ってのはこの話の悪役の名前なのですが……まあ、クトゥルフ神話の神性ニャルラトテップ(Nyarlathotep)の名前が元になっているのでしょうね。

 でで、この話は、水晶玉によってニャルラ=アメン率いる魚人(頭が魚で、身体が人間という、クトゥルフ神話の怪物「深きものども」と同じ容姿)が地上侵攻を開始したのを察知したドクター・フェイトが、魔法で魚人軍団を撃退し、さらに魚人たちの海底都市に潜入、魚人たちの王ニャルラ=アメン・ザ・エンシェント・ワン(“旧きもの”ですな)を打ち倒し、しまいには海底都市も壊滅させる……という具合です。

 と、まあ、タイトルだけでなく、お話の舞台やキャラクター、そのネーミングにもクトゥルフ神話ネタが盛り込まれているのは、同意していただけますでしょうか。

 ……ちなみに、「The Fish-Men of Nyarl-Amen」で画像検索したら、こちらのブログに全ページアップされてましたので(ヒデェ、けどありがたい)、お暇な方は現物をご確認しちゃってください。わずか5ページですし。

※てか、たった5ページで、これだけの大スペクタクルな話が展開してくのが凄ぇ。

 紙メディアじゃなきゃ嫌だ! という方は、この話が収録されている『ドクター・フェイト』のハードカバーを購入して読むのもよいかもしれませんね(またそうやってお前はアフィリエイト・リンクを貼りやがる)。

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 ちなみに、この「ドクター・フェイト」の話を書いたライターはガードナー・フォックス。元は弁護士だったのが、世界大恐慌の影響で失職し、コミックブックのライターに転身したという異色の経歴の持ち主であります。

 彼はコミックブックのライター業のかたわら、1940年代後半からは小説家としても健筆を振るい、『ウィアード・テールズ』『アメージング・ストリーズ』といったSF雑誌にも作品を発表していたというSF畑の人でした。

 その後フォックスは、編集者ジュリアス・シュワルツと組み、ジョン・ブルーム(ライター。この人もSF小説家から転身)らと共に、1950年代後半からのヒーローものジャンルの復興(いわゆるシルバーエイジ)にも尽力しました。

 元々SF小説界の住人だったシュワルツの下で、その資質を存分に発揮したフォックスは、『フラッシュ』第123号(1961/3)掲載の「フラッシュ・オブ・2ワールズ」において、以降のDCコミックス社の世界観の基礎となる「マルチバース」の設定も創出しております。


 ていうか、クダンの『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』第10号のライターを担当していたのもガードナー・フォックスでして。

 同号に登場するフェリックス・ファウストやデーモン・スリーの諸設定にクトゥルフ神話的なガジェットが盛り込まれていたのは、個人的には、編集者であるシュワルツよりも、1941年から「ああいう話」を書いていたフォックスによるところが大きいのではないか、と、思う次第であります。

(ていうか編集者であるシュワルツは、どちらかというと物語の大筋をライターと共に決めてくのが仕事であって、タイムレス・ワンとかネクロノミコンみたいな、瑣末なガジェットを考えるのはライターのフォックスの領分だと思うのですよね)
  
  
 ……とまあ、そんな感じで、

・DCコミックス社における「最初のクトゥルー神話ネタの挿入」は、少なくとも『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』第10号ではない。

・あと『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』第10号において、クトゥルフ神話ネタを盛り込んだのは、ライターであるガードナー・フォックスではなかろうか?

 という2点を主張したく思うわけですが、いかがでしょうか。
  
  
 以上。


 ちなみにこの後、「旧支配者ムナガラー(M'Nagalah)の出てくる『トレンチコート・ブリゲイド』全4号をDCデジタル・コミックスで買おうとしたけど無かったので、COMIXOLOGYで買ったけど、ついでにタダで落とした『サイバー・フォース』がTPB丸々1巻分タダで読めるんで驚いたぜ!」とかいう話を続けようと思いましたが、長くなるのでまた今度。
  
  
※編註:筆者のどうでもいいコダワリにより、本稿では「Cthulhu」を「クトゥルフ」とカナ表記しております(引用は除く)。
  
  
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タグ:豆知識

●どうでもよいトリビア:レックス・ルーサーはゴーストによってハゲにされた。

2013.09.17 Tue

▼なんか見つけた:

 昔のファイルを整理してたら、なんか、8割くらい書き上げてた、トリビアルなテキストが出てきた。

 ここ最近、更新頻度が下がってるので、この拾い物のテキストを、適当に体裁を整えて、1個のエントリとしてみたく思った。

 ……問題は、いまひとつ情報の裏が取れていない、という点だが、まあ、間違っていたら読者諸兄が突っ込んでくれるだろう、とか、他力本願極まりないソレを期待しつつ、とりあえず掲載してみる。


 急募:今回のネタ元のコミックスが収録されている『スーパーマン・クロニクルズ』第2、3巻あたりを持っている方(ヲイ)。


▼どうでもよいトリビア:レックス・ルーサーはゴーストによってハゲにされた:

 スーパーマンの宿敵のレックス・ルーサーは、「ハゲ頭」というのが最大の外観的な特徴である。

 である、が、実はルーサーは最初期はハゲていなかった。まあ、一般的な量の赤毛を生やしていた。

 彼が何故ハゲたのかは、正確なところは不明だが、比較的信頼の置ける理由としては「ゴーストのせい」らしい。


 順を追って話そう。

 レックス・ルーサーが初登場を飾ったのは当時スーパーマンのコミックスが連載されていた『アクション・コミックス』第23号(1940/4)になる。ちなみに初登場時の彼は単なる「ルーサー」であって、名前はまだ付いていなかった。

 初登場時のルーサーは、前述の通り、まあ一般的な分量の赤毛を生やしていた。

 その後ルーサーは当時は季刊誌だった『スーパーマン』第4号(1940/春)、第5号(1940/夏)に登場した。この時もルーサーには毛が生えていた。

 なお、GCDのデータによると、『スーパーマン』第4号に登場したルーサーは赤毛だったが、第5号のルーサーは灰色の毛だったらしい。この辺は筆者は実本を持っていないので確認できないのだが、第4、5号が収録されている『スーパーマン:クロニクルズ』第3巻なぞをお持ちの方は、筆者に代わって確認してみるといいのではなかろうか(待て)。

 あとどうやら第5号で「レックス・ルーサー」という名前が成立したようなのだが、これも未確認である(いばるな)。


 が、赤毛だか灰色だかは知らぬが、ともかくも髪の毛を生やしていたはずのルーサーは、その後、新聞で連載されていた『スーパーマン』のコミックストリップに登場した時には、ハゲ頭で描かれていた。

 更に後、『スーパーマン』第10号(1941/5-6 ※この頃は既に隔月間になっていた)でコミックブックに再登場したレックス・ルーサーもハゲ頭で描かれていた。

 以降、ルーサーはハゲ頭で描かれるのが定着したようだ。


 で、クダンの新聞マンガで“ハゲ頭の”ルーサーを描いたのは、スーパーマンのオリジナルのアーティストであるジョー・シャスター……ではなく、レオ・ノワックという人物だった。

 当時のシャスターは、スーパーマンが大ヒットしたために、コミックブック、新聞コミック、グッズ等々、次から次にスーパーマンのアートを描く仕事を依頼されて、大忙しだった。そこでシャスターは、彼に似せた絵を描ける作家を雇って、彼らにもスーパーマンを描かせることとしていた。

 要するに、ゴースト・アーティストという奴だ。

 ルーサーが2度目に登場した『スーパーマン』第4号にしても、ポール・キャシディというゴースト作家が描いていた。

 で、ゴースト作家というのは、オリジナルの作家から色々と指示を受けて(このキャラクターはこの号のこの話に登場してるので、それを見て似せて描いてね、とか)、アートを描くわけだが、どうもこの連絡が上手くいかなかった結果、レックス・ルーサーはハゲ頭になったらしい。

 一説には、ルーサーの2度目の登場となった『スーパーマン』第4号には、ルーサーの配下として、「ハゲ頭の男」が登場しているのだが、どうもノワックは、このハゲ頭の男をルーサーと取り違えたらしい。本当かどうかは分からないが、割ともっともらしい気はする。


 ……あるいは、ルーサーの登場以前にスーパーマンの仇敵だった悪の科学者にしてハゲ頭のキャラクター、ウルトラ・ヒューマナイトと間違えた、という説もある。

 ──が、筆者は、この説には懐疑的だ。

 なぜならウルトラ・ヒューマナイトは、いわゆる“ツルッパゲ”ではなく、頭の周りに多少、髪の毛が残っていたからである。


 ちなみにこのウルトラ・ヒューマナイトは、1939年刊行の『アクション・コミックス』第13号でデビューした、「スーパーマンの最初期のレギュラーの仇敵」である。

 彼の容姿は前述したように、側頭部に多少白髪の残ったハゲ頭、それに白衣という、典型的な“世界征服を企むマッドサイエンティスト”のものだった。

 彼は、『アクション・コミックス』第13号(1939/6)で初登場し、その号で死亡した(合掌)。

 ……と、思いきや、続く第14号(1939/7)で再登場し、更に第17号(1939/10)、第20号(1940/1)と、ぼちぼち再登場した挙句、第21号(1940/2)で今度こそ死亡した。

 彼が死亡した後、その跡を継ぐように、第23号から登場したスーパーマンの新たなハゲ頭の仇敵がルーサーだった(まあ、初登場時はハゲ頭ではなかったが)。


 ちなみに、ウルトラ・ヒューマナイトは『アクション・コミックス』第20号に登場したときに、女優ドロレス・ウィンターズの肉体に自身の脳を移植する、という、中々にマッドなことをしている。

 ……なので、厳密には後期のウルトラ・ヒューマナイトはハゲ頭ではない。むしろフサフサであった。


 その後、1980年に出た『スーパーマン・ファミリー』第201号(1980/5-6 ※隔月刊)にて、“実は生きていた”ウルトラ・ヒューマナイトは、実に40年ぶりにコミック上に再登場したのだが、この時の彼は、自身の脳を「巨大なアリ」に移している(マジ)。

 更に、1年後の『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』第195-197号(1981/10-12)に、ウルトラ・ヒューマナイトは再登場するが、この時の彼は、アルビノの猿人という姿を採っている。

 女優→アリ→サルと実にワケの解らない変遷を遂げてきたウルトラ・ヒューマナイトだが、以降、約20年ほどは、この「白いサル」の姿でコミック誌上に登場し(※)、彼の“外観”の中でも最も有名なものとなる(後年のアニメ『ジャスティスリーグ』にも、この白いサルの外観で登場したし)。

(※)1983年に創刊された、第2次世界大戦当時のアース2を舞台とした『オールスター・スコードロン』誌では、ウルトラ・ヒューマナイトはドロレス・ウィンターズの姿で登場しているが、まあこれは例外。

 ──その後、ジェフ・ジョーンズの『JSA』にて、ウルトラ・ヒューマナイトは新たな肉体に脳を移すこととなるのだが、まあ、これはネタバレになるので、多くは語らない。


 以上。なぜか半分くらいはルーサーじゃなくてウルトラ・ヒューマナイトのトリビアでしたが。
  
  

タグ:豆知識

●アメコミの原稿料のハナシ、続く。

2013.07.10 Wed

▼続いた:

 こう、前回の記事を書いた後で、アメリカン・コミックスの原稿料とかについて、適当に検索してた(どれくらい適当かというと、英語でなく「アメコミ 原稿料」という日本語のキーワードで調べてたぐらい適当)。

 したら、かのバロン吉本先生が、1980年頃にアメリカで生活してて、マーベル・コミックスとかに営業をかけて、最終的に『サヴェッジ・ソード・オブ・コナン』でB&W(要は白黒ね)の短編を執筆したという話を見つけて「へぇぇぇぇ」となる。

 詳しくは、こことかここを読んでいただけると、まぁ、一発なのですが、要するに、バロン先生、1980年頃にサンディエゴ・コミック・コンベンションに参加して、で、その帰りの飛行機で、同じくコミコンに出席してた手塚治虫と一緒になって。

 でー、治虫がいつものように思いつきで「マンガ家同士でアメリカに家を買おうぜ!」とかいいだしたら、バロン先生、なぜか自分1人でアメリカに家を買っちゃって、その上、「よし、アメリカの出版社に持込みするぜ!」とか決心して、マーベル・コミックス社ほかの出版社を巡った、という。

 ……スゲェ。意味が解らないがとにかく凄い行動力だ。

 まあ、当時の先生は代表作の『柔侠伝』シリーズが完結して、それなりにまとまったお金を持ってたかしてたのでしょうね。……に、しても、アシスタント10名引き連れてアメリカに渡り、3ヶ月間アメリカで色々な体験をしつつ、日本向けの原稿を執筆してたとか、カリフォルニアに買った家からはるばるニューヨークのコミック出版社に営業かけに行ったとか、並大抵じゃない行動力だよなぁ。

 ちなみに、バロン先生が書いた短編が掲載されてるのは、『サヴェッジ・ソード・オブ・コナン』の第67号ね。アメリカのコミックデータベースサイト、GCDにもBaron Yoshimotoとして登録されてるのだ。ちなみに脚本はブルース・ジョーンズで、先生はペンシル&インクを担当。

 で、インタビューによれば、先生は当時日本ではページ1万円ほどの原稿料をもらっていたのだけど、マーベルでの原稿料はその5倍だったそうで。要は5万円、と。

 ちなみに1981年当時の平均円相場は、おおよそ1ドル221.45円(参考:wikipedia日本語版)。

 50000円÷221.45=225.78なので、この仕事でのバロン先生のペンシラー&インカーとしてのギャランティは、1ページあたり約225.78ドルって感じかしら。前回のエントリの数字だと、ペンシラー:150ドル、インカー:130ドルで、大雑把に合計して280ドルだけど、1980年頃は今よりも多少物価が安かったろうから、まあ、妥当な数字なのではないでしょうか(適当な)。


 あと、もう1つ見つけたのが、かの平田弘史先生が1980年代初頭に、DCコミックス社向けに描き下ろしグラフィック・ノベルを執筆していた、という記事。

 これね。

 まあ、元の記事を読めば解るように、結局、平田先生はもろもろあって原稿の完成を遅れに遅らせ、最終的にDCコミックス社と契約を解消、その後、さらに時間をかけて完成した原稿はインディーズ系出版社エクリプス・コミックス社から刊行されるという事態になったそうなのですが(DCから出ていたら、フランク・ミラーの『ローニン』と同時期の出版になってましたね)。

※ちなみに記事中に出てくる、平田先生とDCとの仲介をしたMike Friedrichは、メインストリームのコミックス界では『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』、『アイアンマン』などのライターとして知られるマイク・フリードリヒその人ですな。

 でー、この記事で興味深かったのは、平田先生がDCからもらっていた原稿料の金額が堂々と書いてあるところですね。

 平田先生はページ単価約215ドルだったそうです。おお。

 でもってこのレートは、DCコミックス社の他の作家の20%増し、新人作家としては50%増しの金額だったそうです。つまり、当時のDCの一般的なアーティストへのページ単価は約215ドル÷120×100=約179.16ドル。新人作家のページ単価は約215ドル÷150×100=143.3ドル、という感じですかね。

 ……あれ、でも215ドルって、バロン吉本先生のページ単価より安くね?

 あるいは平田先生の215ドルってのはペンシル+インクの原稿料じゃなくて、ペンシル単独でのギャランティなのかなぁ(でも平田先生って他人にインキングとかさせなさそうだしなぁ)。

 もしくはバロン先生が描いた『サヴェッジ・ソード・オブ・コナン』はマガジンサイズの雑誌だったから、通常のコミックブックとはギャランティのレートが違ってた、とか?

 それとも平田先生とDCとの仲介をしてたマイク・フリードリヒが仲介料を取った後の金額?

 あるいは単にDCコミックスがマーベルよりもギャランティが安……(<待て)


 まあ、とりあえず、1980年代にアメリカでコミックを執筆した作家とそのギャランティについての貴重な証言、ということでメモしておくものナリ(ていうか、マイク・フリードリヒが日本のマンガに興味を示して、個人的に活動してたことの方が驚きだよ!)。

 ちなみに劇画系の作家がアメリカの出版社で単発仕事をするというと、後は1993年にエピック・コミックスから刊行された小林源文・画の『サイコノーツ』が有名ですかね。こいつは日本語版も出てますが(考えてみれば、エピック・コミックス・レーベルの数少ない邦訳である。ついでにいえばアラン・グラントの数少ない邦訳作品でもあるな)。


 まあ結論としては、今度バックナンバー買うときに、クダンの『サヴェッジ・ソード・オブ・コナン』と、平田先生の『Samurai, Son of Death』を一緒に買おうと思った(サイコノーツはそのうち日本語版で)。

 以上。
  
  

タグ:アメリカのマンガ

●アメコミの原稿料ってページ単価500ドルなんだって、というハナシ。

2013.07.03 Wed

 Captain YさんがTwitterで紹介してたパブリッシャーズ・ウィークリィの記事(この記事)が面白かった。

 けど、その記事の話をここでワガ物顔でするのも気が引けるので、まあこの記事については簡単に概要を説明する程度で、後はこの記事がリンクしてた別の記事についてダラリと語ろうか、というエントリ。

 追記:Captain Yさんと原稿料の話といえば、この記事も、本稿と合わせて読むといいやも知れぬ。


 クダンの記事の中身は、これが結構込み入ってて、元々は2008年頃に『ウォーキング・デッド』の作者であるロバート・カークマンが「みんな、クリエイター・オウンの作品を書いたほうが儲かるぜ」とか何とかいってDCとマーベルと仕事をしなくなって、一方で、当時マーベルからクリエイター・オウンの『パワーズ』(昔はイメージから出てたけど)を出していたブライアン・マイケル・ベンディスが「いや、あんたは例外ですから。『ウォーキング・デッド』なんて規格外の大ヒットじゃないすか」とか反論して、実際にコミックの原価と、問屋が発表してる受注部数を元に「何千部売れれば利益が出るのか」というミもフタもないラインを引きつつディベートした、ということがあってな(この記事)

 で、該当の記事は、そのディベートから4年がたった2012年現在ではどれだけのインディーズの作家が「儲けを出してるのか」ということを、もろもろの情報ソースを元にもっかい試算してみるという、実にまあ、アケスケな記事で(「4年間経って、全体的に利益を出してそうな部数のインディーズ・コミックスが増えてるぜ!」とかいう結論)。

※この記事には、コミックブックの部数あたりの原価(1000部しか刷れないと1冊当たり2.77ドルもかかるけど、1万部刷れば1冊66セントだって)とか、色々と興味深いデータが載ってるので、各自読んどこう(ナゲヤリ)。


 でで、この記事は、あちこちのソースから数字を引用しているのですが、そのうちの1つ、今回のエントリのタイトルである所の「アメリカン・コミックスの原稿料はページ単価500ドル」という奴は、グレン・ハウマン(Glenn Hauman)という編集者兼パブリッシャー、小説家のブログの記事が元になっていてな。

※ここでいう「アメリカン・コミックス」はメインストリームの伝統的なコミックスのこと、と一応いっておく。


 このハウマンは、米版Wikipediaのエントリを読む限りは、それなりにキャリアを積んだ編集者で、ほんでもってパブリッシャーとしても成功してる人でして。まあ、その人のいうことだから、割合的を射てる価格なんじゃないかと思います(適当)。

 で、クダンのハウマンのブログ記事によると、伝統的なカラーのコミックブックの1ページ分の原稿料の総額は、

・ライター:100ドル
・ペンシラー:150ドル
・インカー:130ドル
・カラリスト:90ドル
・レタラー:30ドル

 ってな具合になっていて、その総額が「500ドル」だそうで。

 まあ、会社の規模とか、担当作品の人気とか、使ってる作家の「格」とかによって、この数字は上下するわけで、結局はケース・バイ・ケースではあるのですが、「だいたい500ドル」ってのが一般的な感覚らしいです、と。


 感想としては、やっぱりコミックスの花形であるペンシラー&インカーというアーティストが1、2位で、3番目がライター、4番目がカラリストで一番最後がレタラーって感じなのね、と(見たまんま)。

 レタラーは作品によっては(セリフがクソ長いブライアン・マイケル・ベンディス作品とか)ページ単価30ドルじゃやってられないような気もしますが。いや、逆にベンディス作品だと、「キメのコマだけど擬音がない」とかいうページも多いから、楽なのかしら。

※つっても、こないだのエントリでも触れましたが、近年の大手出版社のレタラーは社内受けがメインなので、大手の場合は、多少、事情が違ってきてると思いますが。


 ちなみに、元記事のハウマンのブログだと「一番金をもらってるペンシラーだけど、月1冊担当して(150ドル×22ページ=)3300ドル。年収は39600ドルだけど、毎号の表紙のイラストは、別にギャランティが出るから、それも加味すれば年42000ドルくらい。ま、さほど大金持ちって訳じゃないね。ライターにしても、月1冊で2200ドル、彼らは表紙なんかを描いて収入を増やせないので、だいたい2冊担当することで、うまいメシを食ってる感じ」的なコメントを書いてるのね。

 ……個人的には、割といい金額もらえてると思うけど、「アメリカン・ドリーム」な大金じゃあない、って感じかね。

 ちなみに一般的なアメリカン・コミックスのペンシラーの月産生産枚数は22ページ前後だそうなので、彼らはライターのように2冊担当するってのは割と難しいみたい。

※まあ、これもケース・バイ・ケースで、一時期のマーク・バグリーとかロン・リムみたいに週22ページ描けちゃう作家もいるにはいる。

※無論、隔月で22ページが限界とか、年22ページで何とか、みたいな遅筆な作家(あえて名は出さない)もいる。


 昔、レジェンダリー大作家ロブ・ライフェルド先生が、「デビュー当時に僕がペンシラーとインカーを兼任してたのは、家計を支えるために、インカーのギャランティも欲しかったからだ」的なことをいってましたが(ライフェルドは諸事情により働き手がいなくなったライフェルド家を養うため、一念発起してコミック作家になったのだ!)、ペンシル+インクだとページ単価280ドルなんで、月1冊担当すれば280×22=6160ドルと、家族を養って余りある金額よね(実際、それくらいの金額をもらってたかは解りませんが)。

 ちなみに、近年割りと見かけるようになってきた「ペンシルの原稿にインクを入れず、直にスキャニングしてカラリング用の原画とする」とかいうスタイルのアートの場合、ペンシラーにはインカー分のギャランティは支払われないけど、「下描きの線を整理する」という作業に関して、多少のギャランティが発生するって、昔、タケシ・ミヤザワ先生がいってた。

 そういや、1990年代中頃のキース・ギフェン大先生は、ペンシルなしで、いきなり原稿にインクで描いてくという、豪快極まるアートスタイルでしたが、あれは、インカー分のギャランティしかもらえてなかったのかしら(どうでもいい)。

 まあ、ケース・バイ・ケースと(またそれか)。

 感想としては、なるほど。興味深い(社会人としてあまりに貧困な感想)。


 ……ま、この程度の感想で終わるのもなんなので、試しに「日本のマンガ」と比べてみようかね。竹熊健太郎式炎上商法で(そゆこというな)。

 こう、日本のマンガ家の一般的なページ単価は、「俺が聞いたところによると(<誰だお前)週刊少年チャンピオンの某大御所は3万円」「本宮ひろしは10万円(うそくせー)」「某社の4コママンガ誌の新人は6千円」とか、作家や出版社の「格」によって上下しますが、一般的な相場としては8千~1万円前後ですかね(異論は受け付けます)。

 まあ、今の米ドル相場にするとだいたい100ドル前後で(ファック円安!)、ペンシラー、インカー、ライターあたりとだいたい同価格帯のページ単価、と。

 ……ただし、一般的なマンガ家はライター、ペンシラー、インカー、レタラーの仕事をほぼ兼任する上、更にスクリーントーン貼りや仕上げ作業までをやって、ようやく1万円前後と、作業量的にはアメリカン・コミックスの作家の数倍の手間がかかってるのは、一応指摘しておくですね。

 ついでにいえば、アメリカン・コミックスのペンシラーが月産22ページ前後でやってけてるのに対して、日本のマンガ家の最前線であるところの週刊少年マンガ家の場合、週19ページ前後×4=月産76ページを最低限描かねばならない上に、人気作品の場合カラーページ(ページ単価は2、3倍くらい増えるけどシメキリは早い)や表紙(カラーページよりもいい金額もらえるけど、やはりシメキリは早い)をローテーションで描く「義務」が生じる感じで……働き者よね、日本人って(目をそらしながら)。

 しかも日本のマンガ家って、場合によっては背景やトーンワークを担当する人間を用意するわけだけど、その賃金は、出版社の「マンガ制作費」としては計上されず、作家個人が負担するという……

「単行本が出ればまとまったお金が手に入る」とかいうけど、要するに「単行本が出るほどに成功できなければまとまったお金が入らない」という……

 かてて加えて「単行本作業で連載をお休みする」とかいうことがあっても、単行本作業に関してギャランティでないし、連載をお休みするというリスクに対して出版社から保証金が支払われるでもなく……

 ……改めて書きだしてみると、ヒドい…スゴいな、日本のマンガ家。


※こーいう結論になっちゃうから、アメリカン・コミックスの作家と日本のマンガ家の比較はしたくなかったのよね(しれっと)。

※2014/0917追記:ていうか、日本のマンガ家とアメリカン・コミックスの作家とのギャランティにおける最大の違いって、「アメリカン・コミックスの作家は“アドバンス(前払い)”で原稿料がもらえる」「日本のマンガ家の原稿料は基本的に後払い」って点よね。
 アシスタント代に汲々してるマンガ家は、アドバンスで原稿料をもらえれば、かなり楽になるのよね。
 ちなみにアドバンスの場合、原稿が仕上がらなかったりすると、原稿料は返却するのね。当たり前だけど。


 とりあえず、日本のマンガ家は、何らかの形で待遇改善を求める組織を作ったり、ギャランティの交渉を行う代理人とかを立てたりするといいのでは……って、昔、竹熊健太郎が似たようなことをいってたな。


 ちなみにアメリカン・コミックスの歴史では、1960年代後半ぐらいにDCコミックス社で仕事をしてたベテランライター陣や一部の編集者が、「作家で組合的なものを作って給金上げさせよう!」という運動を起こしましたが、ライターよりも給料をもらっていたペンシラーやインカーが運動に興味を示さず(ヒデェ)、DCのベテラン編集者ジュリアス・シュワルツが運動の中心となっていたフリーランスのライターに仕事を振るのを止め(ヒデェ)、組合派の編集者がいつのまにかDCを退職してたので(……)、アッサりと潰れました。

 その後も組合的なものを作ろうという声は何度か上がってますが、形にはなってませんね。つか、現代のメインストリームのアメリカン・コミックスの場合、出版社に真っ向から楯突く位の気概のある作家は、「自分でインディーズ系出版社を立ち上げてコミックスを出版する」ってルートを採るしね。

 ……お、なんか冒頭のロバート・カークマンの話題につながった。


 そんな訳で、結論としては、日本のマンガ家も、ロバート・カークマンや、さいとう・たかを先生のように、インディーズ出版とか、自分で出版社を立ち上げるとかで、大手出版社に頼らないお金の稼ぎ方を模索するといいのではないでしょうか。

 ……って、その辺突き詰めると鈴木みそみたく、過去作品を個人で電子書籍化、みたいなハナシになるのか。

 じゃ、それで(ナゲヤリ)。

 オワル。
  
  

●リメンバーナインティー、な日々。

2012.02.17 Fri

 こう、ブログ更新したいなぁと思ったけど、書き上げたテキストが、玩具だのプラモとかの話だったので、「アメリカン・コミックスのブログであるのに、久々の更新でこーいうのもアレであるな」と思ったので、ボツにしてみた(まぁ、その内リサイクルする)。

 っつーわけで、アメリカン・コミックス絡みのネタを書こうと思ったけど、最近のアメリカン・コミックスをロクに読んじゃないので、オイラが最近ブームにしてる1990年代ネタでお茶を濁してみようか、という。


▼どうでもよい豆知識:「当時のマーベルの発行部数の記録を塗り替えた」の、巻:

 こう、1990年代にアメリカン・コミックスの紹介記事とか、邦訳コミックスの巻末記事とか、ソニーが出してたオシャレアニメ雑誌「AX」のコラムとかで、イメージ・コミックスなり、当時のスターアーティストなりを紹介した記事を読んでたときに、ですな。

 それらの中の、トッド・マクファーレンのプロフィールで、「マクファーレンの『スパイダーマン』創刊号は、当時のマーベルの発行部数の記録を塗り替えた」なんて記述を、まあよく見かけたじゃないですか。ないですか。――ま、とりあえず、「あった」ことにしてください。

 でー、一方で、ジム・リーのプロフィールを読んでも、「リーの『X-メン』創刊号は、当時のマーベルの発行部数の記録を塗り替えた」とかいう記述があったじゃないですか。――ま、とりあえず(略)

 さらにはロブ・ライフェルドのプロフィール(まあ、当時ですらこの人のプロフィールが載るのはレアでしたが)を見てもね、「ライフェルドの『X-フォース』創刊号は、当時のマーベルの発行部数の記録を塗り替えた」なんて記述があったりして。――ま(略)

 要は、当時見かけたマクファーレン、ライフェルド、リーの3人のプロフィールで、一様に「当時のマーベルの発行部数の記録を塗り替えた」なんて書かれてたんですよ。ご記憶あるかは知りませんが、ま、とりあえず「そんな気がする」程度に思ってください。


 で、オイラ個人はね、当時、そうした記述を見かけるたびに、「発行部数記録の大安売りだな」とか思いつつ、「なんで“頂点は1人”なはずの発行部数の記録保持者が3人いるねん」とか首を捻ってたですわ。

 ま、首を捻ってはいたもののですね、それらの詳細について調べるでもなく(当時はインターネット黎明期でダイヤル回線でテレホーダイなモンで、なんかあったらネットで検索、とかいうこともしにくいし。そもそもGoogleすらなかったしな!<1998年創立なのよ)、「ま、どうせ洋画の宣伝の“全米ナンバー1!”みてぇに、なにかしらのレトリックで、3人とも記録保持者ということにしてんだろ」とか結論づけて、その後、気にするのを辞めてたんですが。


 で。

 最近、なんとなくマクファーレンについて調べてたら、例の「発行部数の記録を塗り替えた」件について、触れてる資料を見つけてな。

 それを読んだら、「ああ、こういうことか」と納得できたので、そのことについて言及してみようと思った次第。前置き長くてすみません。

 いやウスウス推測してるでしょうが、要は最初にマクファーレンがそれまでの発行部数を塗り替えて、その1年後にライフェルドがマクファーレンの記録を塗り替えて、さらにその後リーがライフェルドの記録を塗り替えた、という、「順番に塗り替えてった」という、そんだけの話だったんですが。


 とりあえず、淡々と事実だけを語ってきますが。


・マクファーレンの「発行部数の記録を塗り替えた」ハナシ:

 まず1990年に、当時のスーパースター・アーティスト、トッド・マクファーレンがライター、アート(ペンシル&インク)双方を担当するというコンセプトの『スパイダーマン』誌が創刊されたワケですが。

 ちなみにこの雑誌は、当時、『アメージング・スパイダーマン』誌のアーティストを担当して高い人気を博していたマクファーレンが「好きなように絵を描きたい、それを実現するには僕がライターになるしかない!」とかいいだしたのを受け、当時の担当編集者ジム・サリクラップが立ち上げたという、非常にバブリーな経緯によって創刊されてます。

 最近、アメリカン・コミックスを読み出した諸兄にはピンと来ないでしょうが、この当時のトッド・マクファーレンというアーティストは、それはそれは大人気だったのですよ。奴が「あれしたい」っていったら、それが大企業マーベルの注力する企画として動いちゃったりするほどに。

 でー、この『スパイダーマン』誌の創刊号は、265万部も発行され、単一のコミックブックでの発行部数の記録を塗り替えたのでした。ね? スーパースター・アーティストでしょ?

※ちなみにこの数字は発行部数であって実際に売れた数ではないことは注意な。


 まあ、レアな「プラチナム・エディション」を含む全7バージョン(違うのは表紙だけで中身は一緒)が「コレクターズアイテム!」的なアオリと共に発行されたんで、投機目当てのコレクター(当時はそういう人種がいたのだよ。信じられないだろうけど)が、1人で何冊も何十冊も発注したために発行部数が伸びた、という、バブリーな背景があったことは述べときます。

※メインストリームのアメリカン・コミックスは、発行の2ヶ月前にコミックショップなぞが問屋に必要な部数を発注し、それを受けて出版社が発注のあった分だけ刷る、とかいうスタイルなので、発売日の朝から量販店の前で並んだりしなくても、割合、欲しいだけの冊数が手に入ります。――いや、「限定○○○○部!」とかいうコミックは、さすがに各ショップへの割当量とかが決まっちゃいますが。ま、普通のオンゴーイングシリーズの第1号なんてなぁ、注文があればあるだけ刷ります(まあ、『スパイダーマン』も一番レアなプラチナムエディションだけは部数限定だった気がしますが)。


 ああ、ちなみに2012年現在の「バリアント・カバー」(「○○冊注文するごとに1冊、人気のアーティストが描き下ろした特別な表紙のコミックが配本されるよ!」とかいうアレ)と異なり、この『スパイダーマン』の7種類のバリアントカバーのアートは1種類だけです。

 この「全部同じ絵」が描かれたカバー群の「何が違うか」といいますと、「背景の印刷に使われてるインクが違う」のです。……いや、マジで。

 参考のために内訳をいうと、まず、普通のインクで刷られた通称「グリーンカバー」、次にシルバーの特色インクを使って刷られた「ブラックカバー」、でもって第2刷目に、ゴールドの特色インクを使った「ゴールドカバー」、それに箔押しの「プラチナム・エディション」の4種類。

 このうち、グリーンとブラックは「コレクターズ・アイテム」と印刷されたポリバック(まあ、ビニール袋ね)に封入されている別バージョンがあり、一方でゴールドカバーには、レアなUPCコード(バーコードのことな)が印刷されているバージョンも有ったので、それらのバージョン違いを合計すると全7バージョンになるわけで。

※当時、ポリバック入りのコミックを「保存用」「読む用」で2種類買った経験のある人、手を挙げなさい。

 はーい(<手前ぇじゃねぇか!)

 ……すいません、『ゴーストライダー』の「ライズ・オブ・ミッドナイト・サンズ」クロスオーバーの全話を「保存用」に買って、「読む用」にTPB『ライズ・オブ・ミッドナイト・サンズ』買いました……。あと神保町の中野書店で『ゴーストライダー』アニュアル第1号(元はポリバックに封入されてたけど、開封済み中古だった)を買って、その後に未開封のものを買い直しました。……ちなみに当時のポリバックは、光にあて続けると分解するエコな素材だったんで、暗所に保存するのが基本ですね。

 画像検索したら、こちらのホームページに全バージョン掲載されていたのでリンクしてみる(ね、同んなじ絵でしょ?)。

※なお、リンク先の右の方にある「クロミウムカバー」は後年(1990年代後半頃)、「過去の名作をプラスチック製のキラキラ光るカバーにした“クロミウム・エディション”として再版する(中身は広告が自社広告にさし替わったぐらいでほぼ同じ)」とかいう、ワケの解らないブームの頃に出たもの……だと思う。

 思い返すと、本当にワケが解らないよな、クロミウム・エディション。いや、俺も当時鳴り物入りで立ち上がったクリフハンガー・レーベルのコミックス(『デンジャーガール』『バトルチェイサーズ』『クリムゾン』『スチームパンク』)の、各創刊号クロミウム・エディション買ったけどさ(<オイ)。あと、DCミレニアム・エディションの『ジャスティスリーグ』のクロミウムも買ったな。

 ……閑話休題。

 ま、そんなわけで、マクファーレンは「バリアントカバー」の恩恵もあって、『スパイダーマン』創刊号を265万部も刷ってもらえたのですよ、と(<今までグダグダ書いてた話が1センテンスでまとまったぞ、オイ)。


・ライフェルドの「発行部数の記録を塗り替えた」ハナシ:

 が、この当時のスーパースター・アーティストはトッド・マクファーレン1人ではありませんで。そう、あのレジェンダリー・スーパースター・コミックス・アーティスト、ロブ・ライフェルド大先生も、当時のマーベルには居たのですよ! ですよ!

 な、わけで翌年、ロブ・ライフェルド脚本&作画(脚本はファビアン・ニシーザと共著)の超ホット・コレクターズ・アイテムな『X-フォース』が創刊されまして。この第1号は当時のXーメン・フランチャイズの大ブームと、スーパースター・コミックス・アーティスト、ロブ・ライフェルドの人気もありまして、実に390万部もの部数を計上しました。

 当時の無闇なX-メン人気もあったとはいえ、マクファーレンの記録に100万部以上も差を付けるあたり、さすがにレジェンダリー・スーパースターですね。――最近、アメリカン・コミックスを読み出した諸兄にはピンと来ないでしょうが、この当時のロブ・ライフェルドといえば、朗らかな笑顔と大言壮語と勢い重視のアートで知られ……今と同じじゃねぇか。

 ああ、ちなみにこっちは、5数種のトレーディング・カードのいずれかが封入されているという、AKB商法(こっちが先やがな)なソレが執られており――ああ、違うのはカードだけで、表紙も中身も一緒ですよ?――更に背景にゴールドインクが使われた第2版(こっちにはカードは付かない)の計6バージョンが出て、やはりコレクターが複数冊買っていく感じで、部数を伸ばしました。――ちなみに、このゴールドカバーは1万部しか刷られなかったので、『X-フォース』創刊号の各バリエーションの中では一番レアリティが高いらしいぞ。

 ――どうでもいいけど、このころのマーベルって、第2版をゴールドインク(微妙に発色が鈍いのよね)で背景を塗りつぶす、というのをなんでか多用してたよね。『ゴーストライダー』第15号とか(ピンポイントな例示過ぎる)。

※薄々お気づきでしょうが、当時の筆者は『ゴーストライダー』にドハマリしてて、ポリバック入りのコミックスを買って未開封で壁に飾ったり、複数のカバーを押さえたり、「ミッドナイト・サンズ」関連誌全部買いしてたりしてました。


・リーの「発行部数の記録を塗り替えた」ハナシ:

 でーまぁ、このレジェンダリー記録も、ですな。当時のマーベル最強のスーパースター・アーティスト、ジム・リーが、当時のマーベル最高峰のコミック『Xーメン』の新シリーズ創刊号で追い抜くわけですが。……しかも、『X-フォース』創刊の、わずか2ヶ月後に。

 っつー訳で、ジム・リー作・画の(※最初のストーリーアークの脚本はクリス・クレアモントと共著)『Xーメン』創刊号が、実に750万部という、ライフェルドの記録を大幅に上回る(ほぼ倍)数字を打ち立てます。

 さすがに、当時のマーベルの看板雑誌(今、『アベンジャーズ』が看板雑誌なのになじんでる読者は違和感あるのかしら)である『X-メン』に、「表紙をチョロリと描いただけで売上げが伸びる」スーパースター・アーティスト、ジム・リーの相乗効果たるや、スサマジイものですな。ウォーズマンのベアークロー二刀流並の数字のインフレですわ。

※一説によると、750万部のうち、実売は300万くらいらしいけどなー。

 ――ああ、例によってこちらも、5バージョンのカバーが発売されてますね。ジム・リーが描き下ろした横に長いイラストを4等分し、それぞれ異なる表紙として発売した通常版4バージョン(全バージョン集めて順番に表紙を並べると、1枚の絵になるよ!)と、それら表紙をひとまとめにした横に長~い表紙(折りたためるよ!)を持つデラックス版の、計5バージョンです。

こちらのホームページで全バージョンの絵が見られます。

 なお、このデラックス版は上質紙を使っており、質的にもデラックスになっております。――ただし、通常版が各1ドルだったのに対し、こちらは3ドル95セントと、通常版約4冊分の値段なんですが。

 ちなみに、『X-メン』フランチャイズが上質紙を恒常的に使いだすのはもう数年後、「リージョン・クエスト」の頃からですな。この頃のマーベルは「『X-メン』フランチャイズは上質紙を使ったデラックス・エディションと、普通の紙を使ったニューススタンド版の2種類を出すことにするよ!」とかいうワケの解らない政策をとってまして(中身は紙以外同じで、ニューススタンド版の方がやや安い)、それが気づいたらニューススタンド版も上質紙を使うようになってましたな。

 当時、オイラはデラックス版で買い続けようとしたんだけど、時々間違ってニューススタンド版も買っちゃって、泣く泣くバックナンバーでデラックス版を買い直したなぁ。でー、デラックス版を買い直したぜ! と思ったら、よくよくクレジットを見たら、「第2刷」だったりしたんで、ムキになって初版買い直して、都合3冊手元に残ったりな(<我ながら無意味なこだわりだと思う。ちなみに『ガンビット&エクスターナルズ』の第1号。<よほど悔しかったんでいまだに記憶に残ってやがる)。


 っつーわけで、1990年代の適当なトリビアをダシにしつつ、1990年代の適当なる思い出を閑話として挟み込むという、俺得なエントリ、これにてオワル。
  
  
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