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●『アベンジャーズ2』の思い出、的な。

2015.10.06 Tue

▼ここはオレの日記帳であるので:

 今更ながら、8月に見た『アベンジャーズ2』について思ったことを書き残すエントリ。

 ここはオレの日記帳であるので、書きたいものを書きたいタイミングで書くのである(開き直りとも言う)。

 日記帳というのは数年後に「2015年のオレはこの様なことを考えていたのか」と、振り返るためにも存在するものであり、数年後のオレからしてみれば、2ヶ月後に感想を書いていようが、「誤差」なので、まあ、今更書くことにした。

 つか、こないだ別冊映画秘宝の記事を書いたときに、このブログの過去記事がとても役に立ったので、記録というものはしておくべきだと思ったのだ。


▼っつーわけで、見た当時エントリにしたかったことを書く:

 その、ここ数年のアメリカン・コミックス原作映画とか、その他ハリウッドの大作アクション映画とかって、大概、クライマックスに「スゲェ大破壊」が起きるじゃないですか。

 こう、デジタル技術が発展して、お金と時間さえあれば「スゲェ大破壊」なシーンを作れる現状においては、多分、映画製作の途中でお偉いさんが「クライマックス派手にしたいから、デジタルでドカーンとやってよ」的な要請とかも来たりするのですかね。

 まあ、ネコもシャクシもビルドカーンで土煙モコモコで巨大建築物がゆっくり傾いて、その後自重で崩れてズシーンで、津波と台風と地震でハルマゲドンな感じじゃないですか(適当)。

 でね、個人的に、ああいう「スゲェ大破壊」のシーンって、微妙に居心地が悪くってね。

 何故って、まあ、あれだけの大破壊がある以上、画面に映ってないトコでケガ人、死人が出てそうじゃないですか。それも結構な数。

 でー、大概「スゲェ大破壊」って、物語のクライマックスシーン──もうそんなに映画の尺が残ってないタイミングで起きるわけで、そうなると、主人公の正義の味方とかって「スゲェ大破壊」の被害の方に目を向けてる暇はなくって、「スゲェ大破壊」を引き起こした張本人の方へ向かわざるを得ないじゃないですか。

 それが、どうにも居心地が悪くてさ。


 近年のアメリカン・コミックス原作映画では、クライマックスで「スゲェ大破壊」が起きても、居心地悪くなく見られた作品って、『X-MEN:フューチャー&パスト』くらいですかね。あの映画じゃ、クライマックスでマグニートさんがスタジアムだかを「ゴゴゴゴゴ」って浮かすけど、幸い、人っ子一人いない、休場中のスタジアムを持ち上げてたじゃないですか。あれは良かった。マグニートさんも人類を憎んではいるけど、その辺、気遣ってくれてる優しい人なのだと思いました。

 一方で、『キャプテン・アメリカ:ウィンターソルジャー』のクライマックスの「ヘリキャリアーを舞台に大暴れ」なアレは、一応、「これだけ大暴れしてると、死人とかも出てそうですが、このヘリキャリアーに乗ってるのは、悪のテロ組織ハイドラのメンバーなので大丈夫です」的なエクスキューズがなされてた感じだったけどさ。

 ただこう、あのヘリキャリアーの中のハイドラ隊員の中には、「オフィスでよくランチを食べに行く同僚がみんなハイドラに入ってしまったので、なんとなく自分もハイドラに入ってしまったOL」とか、「父親もシールド職員兼ハイドラで、“ワシが在職中にハイドラが決起することはなかったから、お前も大丈夫だろうし、ハイドラ手当てがもらえるんだから入っておきなさい”とかいわれて、とりあえずハイドラに入ってみたシールド事務員」とかみたいな、“世界征服とか考えてなくて、割と適当な理由でハイドラに加入してた人”もいたんじゃないか、とか思って、でも暴れまくってるキャプテン・アメリカにはその辺の事情を個人個人に問いただしてる暇はないよなぁ、とか思ってしまうのですよ、オレ的には(考えすぎです)。

 んで、最近の作品だと、『トランスフォーマーズ』の4作目とか、今度の『スーパーマンvバットマン』とかで、「前作でヒーロー絡みで“スゲェ大破壊”が起きてしまった」ことでヒーロー側が非難されるとか、そういう、スゲェ大破壊をヒーロー側が目を向けてられなかったことの指摘、みてぇなのは、ボチボチされてるかなぁ、とか思いつつ。でもやっぱり「スゲェ大破壊」が起きている時に、そこに目を向けるのが、ヒーローというもののあるべき理想ではないかと、思うのよね。


 でー、ね。『アベンジャーズ2』でもそういうクライマックスの「スゲェ大破壊」はあるのですが、本作の場合はね、ウルトロンが「スゲェ大破壊を起こそうとしている」と、アベンジャーズが気付いた時点で、「現場から市民を逃がそう!」ってハナシになるのよね。

 しかも、それを提案するのはキャプテン・アメリカでさ。

 だよね。

 そうだよね。

 キャプテン・アメリカという人は、スティーブ・ロジャースという人は、真っ先にその提案をするよね、と。

 個人的に本作で一番の名シーンだなぁと、思いました。
  
  
 いじょう。全然『アベンジャーズ2』の話してないけど、いいたいことはいったのでオワル。
  
  
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●『マーベル・マンガバース』版スパイダーマンを読み返したぜ、な日々。

2015.01.19 Mon

▼『マーベル・マンガバース』版スパイダーマンを読み返した:

 した。

 やはり、オイラ個人としては、面白かったなぁ、と思った。

 でー、これから長々と書く説明的なそれで、興味を持った方には読んで欲しいかなぁ、と思うのだけど、現在『マーベル・マンガバース』を読む手段って、

「TPB(多分、初版以来、再版されてなさげ)を、Amazonマーケット・プレイスとかで、無闇なプレミア価格で買う」

「コミックショップでバックナンバーを買う」

「マーベルの電子書籍読み放題サービス、マーベル・アンリミテッドで見れるらしいので、加入して、見る」

 とかいう、少々ハードルの高いソレらな感じで、あんま簡単には読めないのがションボリだなぁ、と。

 まあ、読める状況にあったり、買ったけど積んだまま、とかいう人は試しに読んでみ? と。


 ちなみに、今回のエントリで触れる「マーベル・マンガバース版スパイダーマン」ですが、定義としては、オリジナルの「マーベル・マンガバース」の企画において刊行されたワンショット『マーベル・マンガバース:スパイダーマン』と、その後スピンオフとして刊行されたミニシリーズ『スパイダーマン:レジェンド・オブ・ザ・スパイダー・クラン』の2つ、カーレ・アンドリュースがライターを務めてる2本ね。

 スパイダーマンが全然出てこない『マーベル・マンガバース』本編とか、その後のオンゴーイング・シリーズや、スパイダーマンが主役の1人を務めてはいるけど、ライターが違う『ニュー・マンガバース:ザ・リングス・オブ・フェイト』は除外。

 要するに、カーレ・アンドリュースの書いてる物しか認めませんという、狭量なソレ。こちとらジジイなので狭量なのはしょうがないのだ(開き直り)。

 書いている、といえば、アンドリュースは『マーベル・マンガバース:スパイダーマン』の方では、ライティングのみならずアート(ペンシル&インク)も担当しておりますが。個人的には、こっちの『マーベル・マンガバース:スパイダーマン』のアートの方が、『スパイダーマン:レジェンド・オブ・ザ・スパイダー・クラン』のアートよりも好きかなぁ、と。

 んでアンドリュースは、この後2006年にも、ライティングとアートを兼任して、『スパイダーマン:レイン』なぞを書いて/描いておりますが、まあ、アンドリュースの『スパイダーマン』といえば、こっちの『レイン』の方が有名ですな。

 っつーかオイラ、『スパイダーマン:レイン』読んだ後、偶然に『マーベル・マンガバース:スパイダーマン』を書いた/描いたのもカーレ・アンドリュースだと知って驚愕したモんですよ。なんせアートスタイル全然違うんだもん。

※『スパイダーマン:レイン』:過去のとある事件で心を折られ、ヒーローを引退した老人のピーター・パーカーが、色々あってスパイダーマンに復帰するも、肉体と精神を折られ、挫かれ、敗北し、社会になんらの変革も及ぼせず、それでもピーター個人の贖罪のために足掻き戦う物語。ミもフタもない形容をすればスパイダーマン版『ダークナイト・リターンズ』。バットマンがその憤怒で社会を改革してしまう存在なのに対して、スパイダーマンってのは社会に敗北し続け、それでも戦う個人の物語なのだよなぁ、とか思わされる話。


 でー。


▼感想・総論的なもの:

 大雑把な感想としては、2作品ともに「スゲぇドライブ感溢れる構成」がみなぎっているというか、余分なシーンを極力省いて、心地よいスピードでラストに向けて物語を突き進ませてく感じが心地よいなぁ、と。

 こう、「ベンおじさんとピーターの絆の強さ」とか「ピーターは学校では超能力を隠して学内カーストの下の方にいる」みたいなディテールは、「詳細に描写しないけど、原典の『スパイダーマン』と大体同じなんで、類推して補完してね」的な省略をしてたり。

 あと、ザコとの戦闘シーンとか、仇敵を探し求めて街をさまよう、みたいな「描写としては必要だけど、物語を進める上では足踏みでしかない」シーンもバッサリ省略。

 さらには、設定とか過去の因縁の説明は「全てをご存知な師匠の霊体が夢を通じて説明」「なぜか夢の中で過去の出来事を幻視」的に、やはりシンプルかつ手短に済ませる感じで。

 でー、その辺を手短に済ませることで稼いだページを、自分が見せたいシーン(ピーターがベンおじさんを思い出して、「Noooooo!!」って叫びながら限界を超えた力を発揮するシーンは、盛り込みたいじゃん!?)とか、物語を面白くするガジェットの盛り付け(新たな敵を登場させたり、キャラクターを掘り下げたり)に費やしてる感じ。


 ただその、枝葉を切り落としたスピーディーな展開ってのは、逆に、「腰を据えて読み込んじゃう」と、要所要所の「も少し説明しとくべきじゃね?」ってディテールが気になる所も、無きにしも非ず……なのよね(ピーターの学校でのポジションについて、頭がいいのか、体育では本当の身体能力を隠しているのか、とかを、もうちょっとだけ説明しといて欲しいかも、とか)。

 ていうか……その、『スパイダーマン:レジェンド・オブ・ザ・スパイダー・クラン』の方がね。スパイダーマンが割と気軽にスパスパと悪のニンジャの首を飛ばしたりする話なんだけど、でもピーター個人は“殺人を犯した”という事実に葛藤しないのね。っつーか、その辺の葛藤に触れると話が横道にそれるので、ワザとガン無視してるんじゃないかと思う(多分)。

 その辺は、「悪人を殺さない」というポリシーがドラマにコクを生んでるオリジナルのスパイダーマンを愛する人には気になるっつーか、むしろ反感持たれるかもかなぁ、と思う次第ですが。

 こう、個人的には、敵のニンジャは「死んだら煙になる」感じの、「人外の何か」にして、故に首をスッ飛ばしてもOK! YES首斬り、NO葛藤! 的なエクスキューズを持ってもよかったんじゃないかなぁ、と。

 まあそもそも、敵のニンジャ軍団とかがね、“死んじゃってもいいような凄い悪人なのだ”て描写も割と淡白でね(あいつらは皆殺しにしても飽き足らないくらい位のヒドいことをしてた、的なセリフは出てるけど、絵で見せてないので、あんま重みがないのよね)。

 と、まあ、腰を据えて読んじゃうと、その辺のアラが気にかかるですが、このシリーズは、そういうところに目くじら立てるよりも、そういうところは「考えない」ようにして、作者側のスピーディな展開のつるべ打ちを、「この次の展開は? 展開は?」的に、少々気ぜわしいココロモチで読み進んでく方が楽しめるのではないか、と思った。

 なんだろ、荒削りなストーリー展開の良いところだけ見てあげましょうというか。

(……おかしい、このシリーズの「面白いところ」を挙げてたはずなのに、なんでこんな突っ込みとフォローを延々と書いてるのだ、オイラは)


▼『マーベル・マンガバース:スパイダーマン』の感想:

 まあ、最初に世に出た『マーベル・マンガバース』版スパイダーマンの物語、ということでいわゆるオリジン・ストーリーなのですが、「22ページしかないから余分なこと語ってるヒマはねぇ!」的に、実にもってスピーディに展開してくので……開幕1ページ目からベン叔父さんがアレなことになっております。

 でー、『マーベル・マンガバース』ってのは、手短にいうと、既存のマーベルキャラクターを「アメリカ人が考えるベタなマンガのキャラクター的にリ・イマジネーションする」という企画でありまして──例えば、ガンマ線を浴びたことで変身するハルクは、ジャパンの著名なラヂオアクティブ・モンスターである「ゴジラ」風の巨大怪獣としてリ・イマジネーションされてるのですが(<ベタでしょ?)。

 そんなわけで、本作のピーター・パーカーは、ニンジャ集団「スパイダー・クラン」の徒弟だったのですが、師匠であるベン・パーカーを、謎のニンジャ軍団クジ・キリ(九字切り? 九十九里?)のベノムに殺されてしまい、スパイダー・クランの最後の後継者となるのだった……とかいう、ベタにジャパナイズされた話になっております。

 でー、ベノムに復讐したいのだけど、メイ叔母さんが心配するので、ピーターのままでは活動できない。そこで、スパイダーな感じのマスクとコスチューム(オリジナルのスパイダーマンそっくりだけど、何故このデザインなのかの説明はバッサリ省略)を付けて街を飛び回る……とかいう感じでスパイダーマンが誕生する運びとなっております。ちなみにこちらのピーターは、本家スパイダーマンの様な壁に張り付く超能力などはないので、「手鉤」で壁面に張り付き、「鉤縄」を使ってスウィングしております。ニンジャなので。

 俊敏なスパイダーマンをマンガナイズしたい→そうだ、ニンジャにしよう! とかいう感じの、非常にベタな置き換えなのですが、更にベタさを推し進めて、ベン叔父さん=忍術の師匠としたり、敵役のベノムにも血族の因縁とかを盛り込んで、少ないページでドラマを充分以上に盛り上げることに成功してると思います。

 長期連載だと、この辺のごく狭い人間関係に色々と因縁を盛るのは、息切れしやすいんでアレですが、読みきりのワンショットなのをいいことに、「とりあえず要素を盛れるだけ盛ろうぜ!」という姿勢が個人的に高評価。


▼『スパイダーマン:レジェンド・オブ・ザ・スパイダー・クラン』の感想:

 ある意味でやりっぱなしで駆け抜けた『マーベル・マンガバース:スパイダーマン』が存外に受けたのか、程なくしてリリースされたミニシリーズ。ちなみに全5話。

 スパイダーマンが呪いのアミュレットを手に入れて闇堕ちして(コスチュームもブラックになるよ!)、闇のニンジャ軍団「シャドー・クラン」の一員になって、でもがんばってヒーローとして復帰するよ、とかいう、大筋自体はやはりベタで定番で王道なソレ。

 でー、気ぜわしいアンドリュースときたら、この定番展開に、スパイダーマン的、ニンジャ的なガジェットを盛れるだけ盛っておりまして、「見えざるを見、聞こえざるを聞き、触れえざるを触れる」スパイダー・クランの極意“スパイダー・センス”の謎とか、アミュレットを狙う謎のサイバー女怪盗ブラックキャット(被スパスパ要員)とか、シャドー・クランに恨みを持ち、闇堕ちしたピーターをも狙うデビル・ハンター(マット・マードック)とか、どうということのない脇役(学校の先生)なのに、何だか妙な存在感を示すオットー・オクタビアス先生とか、科学と魔法を武器にアミュレットを追い求めるノーマン・オズボーン(魔法でゴブリンになるよ!)とか、あと地味にがんばってるクジ・キリとか、説明不足にも程があるピーターの両親の謎とかとかとか、4ページ毎に新たな展開や、新キャラクターが出てくる感じの、せわしなくもサービス精神旺盛な展開となっております。

 しかも4号後半から意外な方向に物語が転がって、ラストバトルが予想もつかぬオチがついて(このシーンのオクタビアス先生が無駄にシブい)、いつの間にか悪は滅びていて(その一方で、今後にも繋がりそうな伏線も張られて)。でー、ピーターが日常を取り戻して、メイ叔母さんの微笑みと共に物語はなんだか大団円を迎える、という(残念ながらアンドリュースによる続編は出なかったけど)。

 なんつーか、前作が「スパイダーマンのオリジンを、マンガ&ニンジャなガジェットを盛りつつリメイクした話」であるのに対して、今回のシリーズは、「アメリカナイズされたニンジャ活劇にスパイダーマン的ガジェットを盛った」感というか。

 先立ってもいった様に、本シリーズのピーター・パーカー/スパイダーマンは、パカスカ人殺しするので、まあ、オリジナルのスパイダーマン的なヒーローからは足を踏み外してる感があるのですが、その一方で、割と“悪の親玉が肉親”だったりする、いかにもマンガ的な因縁の絡み合いが強化されててね……こう、スパイダーマンの神話からは逸脱した、新たな存在になりかかっているというか……なので、ミもフタもないことをいえば、本作がスパイダーマンであることにこだわらなければ、面白がれると思う。多分。

(……いかんな、どうしても手放しで「面白い」って言い切れない)


▼長々と書いて飽きたので、とって付けたようなオチ(おい):

 まあ、そういう訳で、荒削りだけど、見るべきところはある作品だと思うので、見れる人は、見ろ(本当にとって付けたようなオチだな、オイ)。

 こう、元々スパイダーマンのオリジンの変奏曲的なワンショットとして登場したのに、続編を求められたことで、スパイダーマンから逸脱した何かに変異し、その何かの可能性が萌芽することなく、ミニシリーズ『ニュー・マンガバース:ザ・リングス・オブ・フェイト』をもってマーベル・ユニバースから消えてった、というのがマンガバース版スパイダーマンの大雑把な歴史なのですが。

※『ニュー・マンガバース:ザ・リングス・オブ・フェイト』:「ニュー・マンガバース」と銘打ちながら、マンガバースの世界観を完全にぶっ壊したミニシリーズ。「もう、この世界駄目だから後腐れなく壊しとこうぜ」的に、それまでのシリーズに登場したキャラクターたちが、ポッと出のニンジャ軍団・ハンドによって9割方ブッ殺されてくという、厄介払いを絵にしたような話。ちなみにライターはC.B.セブルスキー。本作のライターだったというだけで、俺はこの10年以上もセブルスキーに対していわくいいがたい感情を抱え、そしてこれからも抱え続けることだろう(知らぬ)。

 そのマンガバース版のスパイダーマンが消えてから10年が経った今になって(『ニュー・マンガバース:ザ・リングス・オブ・フェイト』は2005年の作品)、唐突に「それもまた、スパイダーマン・ユニバースであるのだ」的に、ジャパンのスパイダーマンと肩を並べて存在を肯定されるという事態にね、いわくいいがたい(これは肯定的な意味で)感情を抱くのでありますよ。ええ。

 ヒーローもののコミックスのコンティニュイティというのは、10年くらいのスパンで付き合っていくべきものなのだなぁ、とかなんとかいう、適当な感想でどうか。

<飽きたので完>
  
  

●Kindleを称えよ、そして定価46.99ドルのキャプテン・マーべルのTPBを327円で手に入れるのだ、な日々。

2015.01.09 Fri

▼最近のKindleな日々:

 前回の『アフターライフ・ウィズ・アーチー』に引き続き、「Kindle版がスゲェ安い本を見つけたので、皆も買うがいい」的なエントリ。

 なんと、みんな大好き、キャプテン・マーベルの46.99ドルもするTPBが、たったの327円で買えるよ! ヘイルKindle!!

 ……いやまあ、「キャプテン・マーベル」つっても、“みんな大好き”な方のフォーセット・コミックス版キャプテン・マーベルでも、ましてやマーベル・コミックス版キャプテン・マーベルでもなく、キャプテン・マーベルの名を冠したヒーローの中でも最もマイナーであろう、M.F.エンタープライゼス版キャプテン・マーベルですが。


※M.F.エンタープライゼス:1940年代末~1950年代中頃に活動していたコミック・アーティスト、マイロン・ファスが1966年に興した(そして1967年に畳んだ)出版社。お気づきの通り、社名は創業者のイニシャルに由来する。1950~1990年代にかけてファスが無数に立ち上げてはツブした出版社の1つ。

※M.F.エンタープライゼス版キャプテン・マーベル:1966年刊行の『キャプテン・マーベル』第1号にて初登場したスーパーヒーロー。『キャプテン・マーベル』誌4号と、『キャプテン・マーベル・プレゼンツ:ザ・テリブル・ファイブ』誌2号を残し、翌年にコミック・リンボに消えた。『キャプテン・マーベル』の名前は、フォーセットのキャプテン・マーベルとあえて被らせてたようで、『キャプテン・マーベル』誌の表紙の「キャプテン・マーベル」のロゴの横には「オール・ニュー」とかシレッと書いてある。図々しい。
 クリエイターは、かのヒューマントーチ(オリジナルの方ね)を生み出したカール・バーゴス。ただし、バーゴスは表紙とかは描いてるようだけど、本編は別の作家が描いている(ネームくらいは切ってたんじゃないかとは、いわれている)。
 ちなみにキャプテン・マーベルは、異星から来たアンドロイドで、「スプリット!」の掛け声で分裂した四肢を四方八方に飛ばせる(分裂は関節単位で行える)、いわゆる「オールレンジ攻撃」な能力をメインに、あと目からビーム出したりとか、空飛んだりとかできる(分裂した四肢も、単独で飛行できる)。ちなみに分裂した四肢を元に戻す掛け声は「シャザム!」もとい、「ザム!(Xam!)」。「ザム!」って叫ぶとコマの背景に雷のエフェクトが描かれるのが「ワザとやってるだろ、これ」って感じ。ちなみにサイドキックの少年の名前はビリー・バクストン。絶対ワザとだ。


 閑話休題。

 でー。

 このM.F.エンタープライゼス版の『キャプテン・マーベル』のコミックを全話収録した『スプリット!』って本が、こないだ(つっても結構前)出たんですが。

 これね。

Split!
Split!Roger Elwood Carl Burgos

2014-09-14
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 その、「キャプテン・マーベルの名を冠するヒーローは、なんとなく追いかける」性癖を持つオイラ的に、アナウンス時からこの本が気になっていたんですけど、まあ、定価が46.99ドルもしやがる上、ファッキン円安なソレで、買い控えていたのですが。

 んでー、こないだ未練がましく、Amazon.co.jpのこの本のページに行ってみたらね、Kindle版がたったの327円で売られててな。

 外しましたよ、アゴを(倒置)。

 Amazon.co.jpだと、クダンの単行本は時価5700円で売ってるので(ファック円安! <しつこい)、327÷5700=5.73%で……実に、94.27%引きですな! ヘイルKindle! 


 ちなみにこの本の版元のCreatespaceなる出版社は、どうやら自費出版の会社みたいね。

 要はこの本、アメリカ人のコミックファンが、パブリック・ドメインになったM.F.エンタープライゼス版『キャプテン・マーベル』のコミックスをスキャンして、自費出版したのでしょうね。でー、紙の本の定価が高かったのは、多分、そんなに部数を刷らなかったんで、原価が高くなっちゃったんでしょうね。


 ちなみにKindle版は、造本が凄く適当でして。



 とりあえず1ページキャプチャしてみましたが、全ページこんな感じに、周囲に無駄過ぎる余白があるのです。ちなみにスキャンも適当で、ご覧の通り、酸化して黄色くなったページを補正もクソもなく掲載していて、ページによっては斜めにカシイデたり、隣のページが見切れてたりもします。

 ……だが、それがむしろ味わい深い、とか思えるようならあなたも一人前です。何の一人前かは謎ですが。


 でー、ひととおり目を通しましたが、この『キャプテン・マーベル』ってば、非常に牧歌的な「子供向けコミック」でね、なんというか、読んでて心癒されました。

 とにかく、各回の悪人がね、愛嬌があるのよ。

 こう、誤解からキャプテンと戦うけど、途中で戦うのをやめて、「実はこんな事情があるのですが、あなたの強さを見込んで……」的な話をしだして、キャプテンの協力を仰いだりする「話のわかる」人とかね、割といるし。

 あるいはキャプテンの説得で改心して、「学校に戻って検察官になるよ」とかいい出して、後の話で本当に検察官助手になってる人とか。……どうでもいいけどこの人、ジェームス・ゴードって名前で、「ザ・バット」っていう、コウモリに似たコスチュームを身に着けた悪人の下で働いてたのよ。絶対ワザとだ。

 その他にも、凶悪な武器を持ってるんだけど、「俺は俺の武器を人に向かって使ったことはないんだ!」って真顔でいう人や、設定上は「殺人を犯した凶悪犯」なのに、変装のために洋服屋で盗みを働く際に、「俺は泥棒じゃないぞ! 泥棒は悪いことだ! どうにかして背広の代金を払うつもりさ!」とかいうセリフをウソブく人もいたりね。

 でー、個人的に大好きなキャラクターが、アトミック・ジョーさんって人でね。この人、初期の話でキャプテンと戦って、刑務所に送られるんだけど、その後の『キャプテン・マーベル・プレゼンツ:テリブル5』の第1号で脱獄に成功して、「フフフ……キャプテン・マーベルに借りを返してやるぜ!」とか、物騒なことを呟きながら去ってくんだけど……(この先はぜひ、現物を読んでいただきたいので省略)。

 ちなみに、悪人たちの名前は、先述の「ザ・バット」なんてのはかわいい方で、プラスチックマン(後にエラスチックマンに改名)とか、ドクター・フェイトとか、プロフェッサー・ドゥームとか、ザ・レイとか、とっても微妙な感じの名前が目白押しであります。もはやワザととかそういうレベルじゃねぇ。


 そんなわけで、ポケットに300円ほど小銭が余ってるそこのあなた、レッツ・スプリット!(適当)


・本日の名セリフ:キャプテン・マーベルさんが悪い人を捕まえた後に高らかにいったセリフ。

「The only way to make money is to work for it!(金を得る手段はただ1つ、働くことさ!!)」

 凄く当たり前だ! でも、キャプテン・マーベルの世界観だと、凄く含蓄があるセリフに聞こえる! 不思議!!
  
  

●最近の読書。

2014.06.30 Mon

▼最近の読書:

 そんなわけで、『ニュー・サンダーボルツ』を読んでおります。

 正確には、「読み返して」おります。

 ……いや、Amazonで『ニュー・サンダーボルツ』第1、2巻の単行本を注文しようとしたら、「お客様は以前にこの商品を注文してますよね?」とかAmazonのスクリプトに突っ込まれて、部屋を掘り返したら、『ニュー・サンダーボルツ』1、2巻が出てきたという。

 ていうか、このブログを「ニュー・サンダーボルツ」で検索したら、2009年頃に2巻まで買ってた様子の記事が出てきた。

 読み返したら、凄く「読んだ記憶がある」ストーリー展開だった。

 と、いうわけで、『ニュー・ザンダーボルツ』第3巻を注文した(当時の記述に「俺が読み逃してるニシーザ版『サンダーボルツ』の第3巻以降で~」と、あるので、第3巻以降は読んでないはず……)。

 ともあれ、『ニュー・サンダーボルツ』は、群像劇として非常に秀逸でね、それ以前の『サンダーボルツ』を読んだことがない人でも、なんとなく「こいつはこういうキャラなのだな」と、すぐに飲み込めて「ああ、こいつ、絶対“良いことをしようとして”問題を起こすキャラだ」と、先が気になるあたりがね、実に手馴れた転がし方だよなぁ、と。


▼最近の読書・2:

 邦訳版『ウォーキング・デッド』第5巻を読みました。

 毎巻毎巻クライマックスで「ぐあぁぁぁ」という展開が待ち受けてるこのシリーズですが、今巻も第14章のクライマックスで、「ギニャぁぁぁ」という展開で、スゲェなぁ。

 しかも「ギニャぁぁぁ」なことになったキャラクターが、続く第15章で「おひょ?」という感じなことになる展開も待ち受けてたりね。

 いや、順番的にはそろそろあのキャラクターが「ギニャぁぁぁ」なことになるのは予想はついてたけど、その後に「おひょ?」ってなるとは思ってなかったんでさ。実に意表を突かれましたよ。

 巻末の「訳者あとがき」で、「続刊の第100号では、もっと想定外の展開で、まさかのキャラクターが何人も突如退場しますよ? アメコミ史上最高に凄惨と評された殺戮シーンですよ?」とか書いてあってね。やべぇ、ロバート・カークマンやべぇ。

 第6巻も出ますように。


・余談:

 ちなみにこの本は、楽天ブックスで買ったのですが。

 楽天ブックスって、Amazonみたいに「お客様は以前にこの商品を注文してますよね?」的な注意はしてくれないのね。

 ええ、あやうく2冊届くところでした。


▼最近の読書・3:

 邦訳版『ジャスティスリーグ:アトランティスの進撃』を読んだ。

 ぶっちゃけ、「New52」に対して意欲が沸かなくて、でも一応、注文はしてて、恐るべき勢いで未読のコミックブックが積み上がってるオイラ的に、邦訳版New52は、実にありがてぇです。ジャパニーズバンザイ。

 ツイッターでCaptain Yさんが「Justice League誌1-17号+Aquaman 14-17号読んだ」とか書き込んでたけど、奇遇だね! オイラもジャスティスリーグ誌1-17号+アクアマン15-16号読んだトコだよ!(<書いてて恥ずかしくはないのですか、あなたは)

 感想としては、こう、オームちゃんが「お兄ちゃん大好き! お兄ちゃんが地上から帰ってこなくてさびしいので、地上を滅ぼします!」なヤンデレ系の弟になっててて、あと「そういやこの人ってばピーター・デヴィッド期の『アクアマン』でも結構アレな行動をしてましたよね」なあの人も、輪をかけてヤンデレになってて、大変に萌えました。

『アクアマン』オンゴーイングの方も読みたく思いました(イマサラか)。

 あと、表紙に朗らかに登場してるシャザムさんが…(多分、ヨソでさんざ語りつくされてるだろうから略)


・余談:

 この本の巻末の解説のアクアマンについての記述で、

>デビュー~シルバーエイジの頃は、地上人(父親)とアトランティス人(母親)のハーフという設定だったのだが、『クライシス』以降、純粋なアトランティス人だというふうに変更された。

 と、ありますが。

 この「地上人(父親)とアトランティス人(母親)のハーフという設定」は、1959年に刊行された『アドベンチャー・コミックス』第260号(1959/5)で初めて導入された設定であり、それ以前に「母親がアトランティス人」という設定は存在しなかったかと。

 というかそもそも、それ以前(デビュー~1959年まで)のアクアマンのオリジンは「海洋冒険家の息子が、父親の発見した古代アトランティス王国の科学技術と特殊なトレーニングにより、海中で呼吸ができるなどの超能力を身につけた」……といった具合に、「後天的に超能力を獲得した人」であって、血筋はオリジンと無関係ですし。

・参考:「The Abandoned An’ Forsaked – Aquaman Was TAUGHT to Breathe Underwater?」
  
  

タグ:今日読んだアメコミ

●最近読んでる本とか。

2014.06.24 Tue

▼最近読んでる本とか:

 こう、先週はイマサラ『アルティメット・ファンタスティック・フォー』を3年分ぐらい一気に読んでたのですが(本当に今更ですね)。

 ここまで読んでの率直な感想としては、『ファンタスティック・フォー』を現代的にリメイクするという当初の試みは、割合に悪くなかったなぁ、と。

(「当初の」ね<ここ大事)

 特に、ベンをリードの年上の幼馴染で、超天才なリードに対して「理解できないんだけど理解しようと努力してくれる善良な普通の人」というキャラクター配置にして(一方でリードをハナから否定してかかるリード父と対比させつつ)、2人の結びつきをより強くしたのが、良い追加要素だと思いました。

 でー、その自身の理解者をザ・シングというフリークに変異させてしまったという負い目が初期のリードの行動原理になってるし(この手の天才主人公って、そういう動機がないと腰の重いキャラになりがちだし)。

 あと、割と「人間のまま」で超能力を獲得したスー&ジョニーと、臓器レベルで人外になってしまったリード&ベンという明暗の分かれたペアを組ませつつ、一方で、ベンに気さくに付き合ってくれるジョニーと、人外でもリードを好いてくれるスーというつながりも成立させてるのがいいな、と。

 それと、オリジナルのリード・リチャーズの「中年の落ち着いたオッサン」成分を、フランクリン・ストーム博士という「5人目の家族」に振ってるあたりも地味にいい仕事だと思います。

 そんな感じのキャラクター配置と、20号までの、あえて「ファンタスティック・フォー」というチーム名を名乗らせず、個々人のコードネームもつけられてない、その上「It's Clobbering Time !」という口上もまだ決められてない、という「ヒーローチーム未満」な空気感が割合に好きでした。


 ……ただ、第21号からその辺がテコ入れされたかで、割と普通のヒーローものになっちゃった──唐突にこの号から「ファンタスティック・フォー」ってチーム名で呼ばれだし、普通にコードネームを名乗って、おまけに「4」マーク入りのコスチュームまで着てる──のが、残念かなぁ、と。

 しかもこの21号からの展開で、「フライトフル・フォー」(『マーベル・ゾンビーズ』世界のファンタスティック・フォーね)という露悪的なキャラクターがヒットしたおかげで、ストーリーの雰囲気も変な方に梶を切っちゃった感もあるようなないような。続くネイモア編のオチとか、ティーンエイジャー向けのコミックとしてはカタルシスがないにも程があるというか。


 あと、Dr.ドゥームの扱いが、ね。リードが若返ったおかげで、ドぅームも若返らせざるを得なくなって、単なる中二病キャラに堕してね? とかいう初動のマズさ、あと「ヴァン・ダム」という苗字の微妙さ、「ヤギの足に金属の肉体に緑のボロ毛布」とかいう悪役としてのキャラ立てのヒドさ、自分の拠点に接近してきたリードたちを出迎える方法が、自らバズーカを肩に担いでファンタスティッカーにブッ放すというロマンのなさ、再登場時に無理矢理軌道修正されて「ラトヴェリアの王様」にされてるという扱いの適当さ、結局、リードらの事故はこの人が原因でした、なことにされちまうヒネリのなさ、なにより再登場した話のラスト(第32号、2006/8)で次元の彼方に消えてから、今年(2014年)まで帰還しなかったという存在感の無さと、パーフェクトに最悪なキャラクターに磨き上げられてて、変な笑いが漏れますね。

(その上、帰還したと思ったら、掲載誌が打ち切られるという、華麗な追い討ちまで喰らう始末)

 多分これ、作り手の方は意図的なギャグとしてやってるんじゃないですかね(棒読み)。


 その他、個人的に気になったのは、単行本1、2冊単位でライターが変わるおかげで、その場その場で付け加えられてくSF設定に統一感がないトコかなぁ。

 こう、ウォーレン・エリスが「ゴム人間になってしまったリード・リチャーズは、いかなる消化器官を備えているか」とかいう、現代的な掘り下げ(っつーか、掘り下げなくてもいいのに)を試みる一方で、マーク・ミラーが「ゴム人間になったMr.ファンタスティックは、脳味噌もフレキシブルになったので超超超天才になったんだゾ!」とかいう無邪気な設定(単なる言葉遊びじゃねぇか)を付け加えてるのを読むだに、こう、頭を抱えたくなる感じが。

 っつーか、エリスにしても、地球人の認識をはるかに超えた異世界であろうN-ゾーン(本作版のネガティブ・ゾーン)を「割とフツーの死にかけの恒星系」として書いちゃって、あまつさえアナイラスを「単なる独占欲が強い羽根生えたオッサン」にして、しかも頭に光線銃が命中しただけでアッサリ死んじゃう程度の弱者にしちゃうという、イマジネーションとワンダーに欠ける展開を臆面もな書き飛ばしちゃうあたり、サムズダウンなのですが。

 オースン・スコット・カードを連れてこいとかいう気はないけど、それなりにSFのわかってる人間に設定資料集を作らせて、ライター陣はそれを参照するとかいう、世界観の作り込みは欲しかったかなぁ、と。

 以上、毎度散漫な感想で。……褒めるつもりでテキスト書きだしたのに、なんか後半ダメ出しヒドいな。


 どうでもよい余談:某話に登場する「ズヴィルポグア(Zvilpogghua)」とかいう怪物が、調べてみたらいわゆるクトゥルー神話関連でもトビキリにマイナーな神性であることが解って噴いた。マーク・ミラーは何を思ってこいつを出そうと思ったのか。


 次は『ニュー・サンダーボルツ』でも読もうと思う(脈絡ないなぁ)。
  
  
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 華麗なる表紙サギな第1巻(作中ではこんなコスチュームは着てません)。この1冊に限れば完成度高い話だと思う。

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 やはり表紙サギな2巻。ドゥームさんがロケランでファンタスティック・フォーを迎撃する、アレな感じのクライマックスが素敵(褒めてない)。

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 実に堂々たる表紙サギな(こればっか)第3巻。ネガティブゾーンの帝王アナイラス(スゲェ小物な悪党)とのあまり盛り上がらないクライマックスに酔いしれろ!(適当)

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 ネガティブゾーンから帰還したら、マッド・シンカーがバクスタービルを占拠してたり、あとインヒューマンズと遭遇したりと、新キャラ登場で世界観が広がるようで広がらない第4巻。折角のインヒューマンズ初登場なのに煮え切らないオチにションボリ(『アルティメット・ファンタスティック・フォー』の全般的なオチが、エンターテインメントとして丸きり煮え切らないという指摘は無視します)。

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『マーベル・ゾンビーズ』の世界観が産まれる第5巻。個人的には同時収録の「ネイモア編」の展開のアレさと煮え切らなさに、ここで読むのを辞めました。
  
  
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