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●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その4(余談風):

2007.03.30 Fri

 うぃす。

 ちと前回から間が空きましたが、長々続けてきた「スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。」シリーズ最終回気味なソレで。

 今回は「以下、余談」な話をしようかと。

▼余談その1:著作権を持っていても、シーゲル家は「スーパーボーイ」のコミックを出版できないのだ。

 その、今まで語ってきたような次第で、「スーパーボーイ」の著作権はシーゲル家に戻ったわけですが。
 で、権利が戻ったからといって、「じゃ、今後『スーパーボーイ』のコミックは、下手をしたらDCコミックス社以外から出ることになるんだ。もしかしたら、マーヴル・コミックス社から出るかも! なんてこった!」……とかいう具合にゃあ、ならないのが世の中のママならぬ所でして。

 なぜなら、「スーパーボーイ」という名前の「商標権」は、DCコミックス社が所持しているのですわ。これが。
 でもって、商標権っつーのは、法律上は、DCコミックス社が「スーパーボーイ」の名前を商業目的で使用し続ける限り、同社が保持してられるんですわ。
 加えて、DCコミックスは、スーパーボーイやスーパーマンの胸についている「Sマーク」の商標権も所持していまして。
 でもって、法律上は、DCコミックスが「Sマーク」を商業目的で使用し続ける限り(以下略)。

 つまりは、「スーパーボーイ」の著作権を所持しているシーゲル家が、彼ら自身の『スーパーボーイ』のコミックを出そうとした場合、ですな。DCコミックス社が上記の商標権を所持している以上、

1.該当のコミックのタイトルに、『スーパーボーイ』を使えない

2.該当のコミックの主人公は、おなじみの「Sマーク」付きのコスチュームを着てはならない

 という、2点を満たしたコミック、要は「スーパーボーイ」としての特徴が、スポイルされたしかモンしか出版できないのですわ。

 ただまぁ、シーゲル家は、多分、彼ら自身で「スーパーボーイ」のコミックを出版する気はないでしょうが。
 余所の会社(まあ、DCコミックス社がその筆頭でしょうが)に、相応の条件・金額で、ライセンスを与える方が、遙かに楽に金を儲けられますから。

 ちなみに、この「著作権を持っていても商標権は他社なので、コミックを出版するのに不都合が生じる」例として代表的なのは、元フォーセット・コミック社の「キャプテン・マーヴル」ですな。
 現在、DCコミックス社は、フォーセット・コミックス版の「キャプテン・マーヴル」の著作権を所持してるわけですが、「キャプテン・マーヴル」の商標権自体は、マーヴル・コミックス社が所持してます。
 故に、DCコミックス社は「キャプテン・マーヴル」の登場するコミックのタイトルに、そのまんま『キャプテン・マーヴル』の名を使用できず、代わりに、『パワー・オブ・シャザム!』といったタイトルで出版しております、と。


▼余談その2:スーパーボーイ(コナー・ケント)が死んだのは、本件と関係がない(と、思う)。

※以降には『インフィナイト・クライシス』のクライマックスに関わるネタバレがあるので注意してくださいな。


 えー、「スーパーボーイの著作権がシーゲル家に戻った」っつー、判決が、ニュースサイトなどで広まったのが2006年3月ですが。
 この時期ってのは、丁度、DCコミックス社の一大クロスオーバー『インフィナイト・クライシス』がクライマックスを迎えてた時期でして。

 で、ご存じの方も多いでしょうが、この『インフィナイト・クライシス』本編では、当時のDCコミックスの作品世界における「スーパーボーイ」(コナー・ケント。スーパーマンのクローン人間で、テレキネシスの応用で、スーパーマンに似た超能力を発揮する人)と、「スーパーボーイ・プライム」(平行世界アース・プライム出身。オリジナルの「スーパーボーイ」によく似てるけど、オリジンは全く異なる)が戦い、スーパーボーイ(コナー・ケント)の方が死亡する、と言う展開がありまして。

 でー、この展開と、裁判の判決を結びつけて、
「『インフィナイト・クライシス』のストーリー中で、スーパーボーイ(コナー)が死んだのは、シーゲル家の元にスーパーボーイの著作権が戻ったあおりで、DCコミックス社が、スーパーボーイを処分することを決めたから」
 などといったことを指摘するファンもおりましたが。
(あと、『インフィナイト・クライシス』のラストで、スーパーボーイ・プライムが、DCユニバースから隔離・封印される、ってオチは、スーパーボーイがDCコミックスの手を離れた、っつーのを暗示している、とか)

 個人的には、この説は、根拠や必然性に乏しく、まぁ、ブッチャケ、「偶然の一致」だと思います。

 理由としては、まず、

1.『インフィナイト・クライシス』第6号(スーパーボーイが死ぬ回)、第7号(最終回。スーパーボーイ・プライムが封印される回)は、確か2006年3月&4月頃に発売されている。

2.コミック雑誌の進行を考えるに、例の判決が下った2006年3月23日の時点で、『インフィナイト・クライシス』第6&7号のシナリオは、既に完成していたと思われる。

 故に、「タイミング的に“例の判決”を、作中に反映させることは、無理くさい」と。

 っつーか、仮に、その辺のシナリオが改変可能な時期に、「著作権が元に戻ったよ」ってなニュースが飛び込んできた、と、してもですよ。『インフィナイト・クライシス』みてぇな、数年がかりで積み重ねてきた、20年に1度のイベントのオチを、今さっき飛び込んできたニュース、しかも会社的にデリケートなニュースを、シナリオに盛り込もう、とか、考える編集者がいると思いますかね? 俺は、思わないが、どうか。


 あと、シーゲル家が所持する「スーパーボーイ」の権利に、スーパーボーイ(コナー)が抵触してるから殺した、ってのが、どうもね。
 別に、殺すことは無いのに。

 その、
1.シーゲル家が所持している「スーパーボーイ」の権利は、あくまで「子供時代のクラーク・ケント」が主人公の物語とその派生物であり、「スーパーマンのクローン人間」であるスーパーボーイ/コナー・ケントは、上記の著作権には含まれない(=シーゲル家にオリジナルのスーパーボーイの権利が移ったからと言って、スーパーボーイ/コナーの権利まで、シーゲル家に移るわけではない<当たり前ですが、念のため)。

2.一方で、「スーパーボーイ(コナー)はオリジナルのスーパーボーイをパクっていて、実に著作権侵害です」とか、指摘される可能性もあるが、これについては、コナーの能力やコードネームを変えるなどすれば、コナー・ケントを、シーゲル家の保持する著作権とは関係のないものにすることもできた。

3.で、オリジナル・スーパーボーイの著作権侵害を回避するための手段は“殺す”以外にいくらでもあったのに、スーパーボーイは死んだ、ということは、むしろ、スーパーボーイ(コナー)は、シーゲル家に著作権が戻ったこととは、関係なく死なされたんじゃねぇのか? って、オイラは思うが、どうか。

 まぁ、微妙に、説得力ないですが。


 つかまぁ、オイラの持ってる『インフィナイト・クライシス』(ハードカバー版)の巻末の解説に、「スーパーボーイが死んだ理由」について書いてあったりするんですが。

 その理由ってのが、こんな感じで。

1.『インフィナイト・クライシス』を統括していたDCの偉い人、ダン・ディディオは、当初は物語のクライマックスで、ナイトウィングを殺すつもりでいた。

2.これに対して、『インフィナイト・クライシス』のライター、ジェフ・ジョーンズを筆頭とするスタッフは、ナイトウィング殺害を断じて拒否。

3.ディディオ「殺したくないなら、ナイトウィングぐらいに、“殺すとインパクトのあるキャラクター”を提案したまえ」

4.「じゃ、スーパーボーイで」と誰かが言った。

5.ジェフ・ジョーンズ、それも嫌がったけど渋々同意。

6.スーパーボーイ、名誉の戦死。

 っつーことらしいですわ。ひどいね、どうも。

 まぁ、上記の経緯は、「全部嘘」で、本当は、「シーゲル家に文句を付けられないよう」スーパーボーイを殺したのかもしれませんが、俺的には、上記の経緯が、実に「もっともらしいし、まぁ、そんなモンだろう」と、思いますわ。

 まぁ、信じたい説を信じればいいんじゃないでしょうか。

 っつーわけで、取りとめも無くなった所で、この話はオシマイ(なんたる適当さだ)。

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●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その3

2007.03.23 Fri

 続きー(棒読みで)。

 あさて、前回は、「なんでスーパーボーイ(だけ)が、ジェリー・シーゲルの著作物だったのか」、「どうしてそんなことになったのか」の説明として、スーパーマンの著作権の移転だの、スーパーボーイの誕生だの、「スーパーマン」の著作権を巡る1948年の裁判の話をしたわけですが。

 さて今回は、
「なんで、今になって(っつーても5年前の2002年ですが)、シーゲル家はスーパーボーイの著作権を取り戻そうとしたのか?」ということについて、語ってこうかと。

 まあ、先に答えを言っちまうと、
「著作権法でそう決まってたから」なんですが。

 そんなわけで、今回は著作権の話ですが。まぁ、俺が語れる程度の法律の話ですんで、そう難しくはないので、安心してくださいな。


▼著作権の「移転」のおはなし:

 さて、シーゲル&シャスターらが、裁判の和解の条件として、DCコミックス社に「スーパーボーイ」の著作権を「移転」したのが、1948年のこと。

 えー、ここでお詫びをひとつ。
 前回までの記事で、権利を「委譲した」あるいは、「売却した」と、軽々しく書いちまいましたが、これは誤りでした。
 正確には、シーゲルは、DCコミックスに10万ドルで「スーパーボーイ」の著作権を「移転した」が正解です。すいません。

 で、この「移転」っつーのは、著作権法において、「保持期限」が定められております。
 ですんで、この保持期限が過ぎれば、移転させていた著作権は、元の著作者(この場合はシーゲル家)に帰ってくるわけですよ。
(※「委譲」や「売却」じゃ、権利を放棄した形になりますんで、帰ってきませんね。すいません)

 めでたいですね。
 ……ま、この保持期限が、すぐに終われば、の話ですが(<ワザとらしい振り)。


▼著作権の「保持期限」のおはなし:

 あさて、その保持期限ですが。
 この当時の著作権法では、DCコミックス社は、移転された「スーパーボーイ」の著作権を、以降、28年間保持することができました。
 でもって、この保持期限は、望むなら更新手続きを行うことで、もう28年間、伸ばすことができたりしました(まぁ、DCとしては、望むでしょうな)。
 要するに、DCコミックス社は、28+28=56年間、「スーパーボーイ」の著作権を保持することができたわけですな(具体的には、1948年+56年=2004年まで)。

 しかも、1976年、アメリカの著作権法が改定されたことで、この保持期限が伸びやがります。 

 この結果、DCコミックス社は、従来の56年に加えて、更に19年間、「スーパーボーイ」の著作権を保持できるようになりました(つまり、1948年+28年+28年+19年=2023年まで)。

 めでたいですね。
 ……保持できれば、ですが(<ワザとらしいフリ・その2)。


▼著作権の「終了権」のおはなし:

 で、ですな。
 この、1976年に改定された、著作権法ですが。
 この改定法では、上記のような、著作権を移転された側の保持期限を延ばしたのみならず、移転に同意した、元の著作権の所持者にも、新たな権利を与えていたんですわ。

それが、「終了権」ってヤツです。

 この「終了権」ってのは、簡単に言いますと、自分の著作権を、他者に移転させた人間が、
「あなたに著作権を移転していましたが、色々と不都合がありましたので、やっぱり返してください」
と言った具合な書類(むろん、もっとキチンとした書面ですが)を相手側に通知し、著作権局に登記することで、著作権の移転を、文字通り終了させられる権利です。

 この終了権は、正規に手続きを踏んでしまえば、移転された側が「断じて、返しません」などとゴネようが、実効されちまう、強力な権利なのですわ。

 ただし、これだけ強力な権利ですんで、おいそれと行使できるようにはなっておりませんで。
 具体的には、著作権の移転からある一定の期間が経っていないと、行使できないのですわ。

 現行のアメリカの著作権法ですと、
「原則として権利付与の実施の日から35年後から5年の間」、つまり権利の移転から35~40年の期間にこの権利を行使できます。
 ただし、
「スーパーボーイ」の場合、この「終了権」の行使が盛り込まれた改定著作権法の実施(1978年)以前に権利が移転されている著作物ですので、扱いは異なりまして、
「著作権が最初に確保された日から56年後、または1978年1月1日のうちいずれか遅い日に始まる5年間」っつーことになります。
 で、「スーパーボーイ」の場合、「いずれか遅い方」ってのは、「著作権が最初に確保された日から56年後」になります。

 ちなみに、この権利は、当初は著作権者本人、配偶者、直系の子孫しか行使できませんでしたが、1998年に改定された結果、血縁のない遺言執行人も行使できるようになったそうで(次回以降への伏線になるかも)。

 とまれ、この法律によって、シーゲルが「スーパーボーイ」の権利を移転させた1948年から56年後、すなわち2004年に、シーゲル家は、DCコミックスへの「スーパーボーイ」の著作権移転の終了権を行使できることになります。


▼で、シーゲル家は終了権を行使したわけだ:

 そんなわけで、第1回目冒頭で箇条書きにしたのの繰り返しになりますが、

 2002年11月、ジェリー・シーゲルの未亡人であるジョアンヌ・シーゲルと、シーゲル夫妻の娘、ローラ・シーゲル・ラーソンは、DCコミックスに移転させていた「スーパーボーイ」の著作権の終了権を行使すべく、諸手続きを行いました(※ジェリー・シーゲル本人は1996年に他界)。
 で、2年間の猶予期間の後、(権利移転から56年目の)2004年11月をもって、「スーパーボーイ」の著作権は、法律上は、シーゲル家に戻りました。

 当然、DCコミックス社(っつーか、その親会社のタイム・ワーナー)は、
「スーパーボーイはウチの著作物です。なんでシーゲル家に返さなきゃ、いけませんか?」とばかり、「スーパーボーイ」の著作権を巡り、シーゲル家と裁判をいたします。

 が、2006年3月23日、連邦裁判官ハロルド・S.W.ルーによって、「スーパーボーイの著作権は、2004年11月17日の時点でシーゲル家に戻っている」との判決が下されますわ。

 ここで、ルー裁判官が判決の根拠としたのが、前回話しました、「スーパーマン」の権利を巡る、1948年の「シーゲル&シャスターvs.DCコミックス」の裁判ですな。
 この裁判でヤング裁判官が下した、「スーパーボーイはジェリー・シーゲル個人の著作物である」という判決が決め手となりまして、「スーパーボーイ」の著作権は、シーゲル家のものとなりました。

 めでたし、めでたし。


※この記事のソースの1つである「スーパーボーイ・コピーライトFAQ」ですと、シーゲル家は、以降、19年後の2023年まで、「スーパーボーイ」の著作権を保持できて、それ以降は、「スーパーボーイ」の著作権は失効する、とか書いてあるのですが。
↓こんな具合
[Siegels, who, if this decision stands (and it seems pretty clear cut), will retain the copyright until 2023, when the copyright expires.]
 こう、現行の著作権法だと「スーパーボーイ」の(1978年以前に発表された作品の)著作権の保護期間は「著作者の死後70年」だから、2066年(前述したようにシーゲルは1996年に他界)まで、著作権は失効しないんじゃないか、と思うんですが、俺、間違ってる?



 
 っつーわけで、今回は、
「なんで、今になって、シーゲル家はスーパーボーイの著作権の移転を終了させる手続きをしたのか?」という、お話でした。

 あい、今日はここまで。

 次回は、「以下余談」な、感じのモロモロの話をしようかと。


※今回触れている、アメリカの著作権法に関しましては、こちらのサイトの、日本語訳を参照しました。


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●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その2

2007.03.21 Wed

▼そもそも、なんで「スーパーボーイ」は、シーゲルの著作物なのか

 うぃす。

 続きですが。

 さて、前のエントリの終わりの方で、“カートゥーン版『リージョン』は、「スーパーボーイ」の著作権に触れる物ではなく、あくまで「スーパーマン」の著作権の延長線上にあるものになるよう、配慮されている”とか言った事例を紹介しましたが。
 この例でも解るように、現在、「スーパーボーイ」と「スーパーマン」の著作権は、それぞれ別物と見なされています。なぜだか。

 その、通例ならば「スーパーボーイ」という作品、キャラクターは、「スーパーマン」のコミックから派生した物ですので、「スーパーマン」の著作権に含まれることになります。当たり前ですが。
 が、とある“諸事情によって”、「スーパーボーイ」と「スーパーマン」の著作権は、別個の存在と見なされてます。それも、半世紀以上前から。

 さて、こっから話はいきなり70年近くさかのぼらせてもらいますが。

 ……長くなるんで覚悟しとくですよ?

 そもそも、ジェリー・シーゲル<Jerry Siegel>(脚本担当)とジョー・シャスター<Joe Shuster>(作画担当)の2人が創造した「スーパーマン」が、初めて出版されたのが1938年、DCコミックス社(※)の『アクション・コミックス<Action Comics>』創刊号でのことでありました。

※正確には、この当時の『アクション・コミックス』の版元の社名は、「DCコミックス」あるいは「デテクティブ・コミックス」ではなく、「ナショナル・アライド・パブリケーションズ」だったかと思いますが。面倒なので、この原稿内では、年月に関わらず、「スーパーマンの版元である所の例の出版社」については、「DCコミックス」の通称で統一します。ご了承ください。

 なお、この掲載と130ドルの原稿料(『アクション』創刊号に載った「スーパーマン」は13ページだったので、ページ単価10ドルですな)をもらうにあたり、シーゲルとシャスターは、DCコミックスとの間に、ある契約を交わしました。それは、「スーパーマン」の権利をDCコミックスに譲渡することと、以降10年間、シーゲルとシャスターがDCに作品を供給すること(専属契約みたいなもんか)という、後々に遺恨を残すことになるモンでした。

 ちなみに、シーゲルとシャスターは、この以前にもDCコミックス社の雑誌に「スラム・ブラッドレー<Slam Bradley>」や「バート・レーガン:スパイ<Bart Regan, Spy>」などのコミックを載せてもらっており、その際にもこのような形の、著作権をDCに渡す形の契約を結んだ上で、同程度の原稿料をもらっております。
 つまり、この時点で、シーゲル&シャスターは、著作権をDCに委譲することに関しては、特に文句はなく、むしろ、この契約を結んだDCコミックスの社長ジャック・リーボウィッツは「こんな荒唐無稽なコミックが売れるのか」と、嫌がってたようで。

 余談ですが、この、『アクション・コミックス』は、シメキリまでロクに時間が無くて、そのくせ営業が売り込みをかけてたおかげで、発売月を伸ばせず、かなりタイトなスケジュールで編集されてたそうです。
 この「スーパーマン」のコミックにしても、元もとは、DCと関係のない、新聞マンガのシンジケーション(新聞マンガの供給を司る会社)相手に新聞マンガを供給する仕事をしていた、M.C.ゲインズ<M. C. Gaines>のオフィスで打ち捨てられていたモンでして。
 『アクション』の編集者、ヴィンセント・スリヴァン<Vincent Sullivan>に「何でもいいから完成原稿よこせ」とか言われたゲインズのアシスタント、シェルドン・メイヤー<Sheldon Mayer>が「じゃ、これで」とか転送してきたのが、新聞マンガ用の原稿として描かれていたスーパーマンの原稿だったそうですわ。
 で、スリヴァンは、その原稿――新聞マンガのフォーマット(横に細長い短冊っぽい形)で描かれていた――をシーゲルらに送り返し、
「これを1日でコミックブックの版型に合わせて戻したら、掲載してあげるけど、やる? っつーか、やって頂けないと俺が困ります」的に依頼。
 シーゲル&シャスターは、お兄ちゃんたちと一緒に、元の原稿を切り張りして、13ページの原稿に仕立て直したそうですが。

『スーパーマン・アーカイヴス』とかで、リプリントされた「スーパーマン」第1話を読めば解りますが、全部のコマの高さ、大きさが均一な上に、各段の間隔が、結構広く取ってあって、結構奇妙な印象を受けるのですわ。

 閑話休題。

 さて、シーゲルとシャスターが、「いつも通り」に権利を売り飛ばし、ジャック・リーボウィッツが割と嫌々買い取った「スーパーマン」のコミックは、あに図らんや、その「荒唐無稽さ」が、読者の子供たちに受け、空前のヒット作品となります。
 調子に乗ったDCコミックスは、「バットマン」などの後続のスーパーヒーローものを送り出し、また、他のコミック出版社も、スーパーヒーローものに着手するなど、まぁ、「スーパーマン」のヒットは、コミック業界そのものを一変させていきました。

 やがて、DCコミックス社は、自分らが権利を持ってるのをいいことに、「スーパーマン」の新聞マンガ、ラジオドラマ、アニメーション映画に実写映画と、今で言うマルチメディアな具合に「スーパーマン」を展開し、更にはスーパーマンのイラストの描かれたバッジや弁当箱、スーパーマン・コーンフレークにスーパーマン・ピーナッツバター、スーパーマン光線銃等々の関連商品で多大な収入を得ていきます。
 が、シーゲルとシャスターは、前述のように「スーパーマン」の権利をDCに売却していたため、彼らはそれらの関連作品からのロイヤリティを得ることはできませんでした。

 さて、この時期シーゲルは、その脳髄を振り絞って無数のスーパーマンの物語を考えていったのですが、その中に、「スーパーボーイ」なるキャラクターの登場するストーリーがありました。
 ただし、この時シーゲルが発案したスーパーボーイの物語は、「責任感を身につける前のクラーク・ケントが超能力でイタズラをする」といった具合で、その後正式に誕生することとなる「スーパーボーイ」とは異なるものだったようですが。

 ともあれシーゲルは、DCコミックスに、他のコミックの案と共に「スーパーボーイ」のアイデアを提出します。が、DCコミックスの編集者は、「スーパーボーイ」の案はボツにします(読者の子供たちに良い影響を与えない、そのような話はスーパーマンの値打ちを減ずる、といったような理由による模様)。
 シーゲルは、その後、内容を変えつつ、幾度も「スーパーボーイ」のアイデアを出したようですが、やはり、DC側は、採用しませんでした。

 やがて1943年。この年シーゲルは、アメリカ陸軍に加わり、第2次世界大戦に従軍します。この結果、シーゲルに代わり、ビル・フィンガーやドン・キャメロンといったコミック作家らが、「スーパーマン」のコミックのシナリオを担当することとなります。
 こう、現代の日本的な価値観ですと、コミックのクリエイターが書けなくなった場合、連載は中断されるモンですが。「スーパーマン」のコミックの権利は、前述しましたように、クリエイターであるシーゲルではなく、出版社のDCコミックスに所属してますんで、それまでシナリオを担当していた人間がどっかに行こうが、単に担当者を換えて、連載を継続するだけでした。

 さて、シーゲルがお国のために、色々とやっていて、コミックに関わることができなかった1944年(ただし、シャスターのスタジオと連絡を取ってはいたようですが)。DCコミックス社のアンソロジー誌、『モア・ファン・コミックス<More Fun Comics>』第101号にて、新シリーズ「スーパーボーイ」の連載が始まります。このスーパーボーイこそは、「少年時代のクラーク・ケントが、おなじみの衣装を着て、スーパーボーイとして、スモールヴィルの町の平和を守っていく」といった具合な、今の我々がよく知る「スーパーボーイ」そのものでありました。
 無論、この企画には、戦地に赴いていたシーゲルは関わっていません(多分。第1話のみ、シーゲルがやっつけで書いた脚本あるいはアイデアをベースにしていた、との説もあり)。一方でジョー・シャスターは、依然、DCでコミックを描いておりまして、「スーパーボーイ」も彼のスタジオが手掛けました(この当時、シャスターは持病の眼病が悪化して、仕事の大部分は、自身のスタジオで抱えているゴーストに任せていたようですが)。

※ちなみに『モア・ファン・コミックス』第101号ですが、2000年度にDCが、自社のマイルストーンとなるコミックを復刻する「ミレニアム・エディション」企画の1冊として再版されてますんで、今でも安価で手に入れられます。はい。

 さて、1945年。なんと、この年、第2次世界大戦が終戦します(<ざったいので、ボケとか入れないでください)。
 シーゲルら戦地から戻ってきたコミック作家、それに編集者らは、前職への復帰を求めますが、それぞれのポストは、後任の人材が不動の地位を確立してる上、戦後のコミック市場が、往時の勢いをなくしていたこともあり、なかなかスンナリいかなかったそうですが、まぁ、これは余談。
 まぁ、シーゲル本人は、例の「10年間の専属契約」のおかげで、普通にDCコミックスに復帰できたようでしたが。

 やがて、この10年契約がそろそろ消えようという1947年4月。
 作品の内容を編集者に制限されたり、
「スーパーマン」のマーチャンダイジングの収益がロクに還元されなかったり、
 勝手にスーパーボーイを創造されたり、
 ……と言った具合な、DCコミックスによる自分たちへの不当な扱いに対し、遂に業を煮やしたシーゲル&シャスターは「そっちがその気なら、ケンカを売ったるわい」とばかり、DCコミックス社に対しての訴訟を起こします。
 彼らが求めたのは、「スーパーマン」に関する全ての権利を取り戻すことと、500万ドルの損害賠償でした。

 ちなみに、ジェラルド・ジョーンズ作の名著、『Men of Tomorrow: Geek, Gangsters, and the Birth of the Comic Book』によれば、この時、シーゲル&シャスターは、ボブ・ケーンと接触し、彼らの訴訟に協力するよう、求めたそうです。ボブ・ケーンは、ウチのブログを読みに来てる様な、奇特なアメコミファンならご存知でしょうが、「バットマン」の作者です。
 シーゲルらと同様、DCに「バットマン」の著作権を譲渡していたケーンと組むことで、彼らはこの訴訟を、より大ごとにしようと考えてた模様ですな。
 これに対して、コミック作家として以上に、マキャベリストとしての才能にあふれたケーンは、シーゲルらに適当な返事をしておいて、即座にDCコミックスのオフィスに向かったそうです。で、ケーンは、ジャック・リーボウィッツに対し、
「シーゲルとシャスターが、あんたたちを訴えようとしている。これ以上面倒ごとを増やしたくなかったら、俺との契約を更改しなさい」的に申し出たそうで。
 これに対してリーボウィッツが
「スーパーマンもバットマンも契約を書面で交わしてる以上、ウチのもんなんです。君と再契約とかしなくても大丈夫です」
とか高をくくった返事をするや、
「実はワシ、あの契約を結んだ時は、未成年だったねん。故に、あの契約は無効やで?」
とかいう、限りなくウソ臭い切り札を出します(っつーか、たぶんウソだったと思いますが<あんた、本当にケーンが嫌いなのな)。
 最終的にリーボウィッツは、再契約に応じ、ケーンは「バットマン」の権利を部分的に取り戻した上に、以降の数年間、相応の原稿料で、DCにコミックスを供給する旨の契約も交わしたそうですから、恐るべし(<この時期ケーンは、作品のほとんどをゴーストに描かせていたので、専属契約は、原稿料さえ相応の額をもらえれば、むしろドンと来いだった)。
 で、この裏取引によって自身の権利を確保できたケーンは、適当な理由をつけて裁判への協力を断ります。

 めでたし、めでたし(ケーンが)。

 さて翌1948年、この裁判は結審します。
 ニューヨーク州立裁判所のJ.アディソン・ヤング<J. Addison Young>裁判官は、シーゲルとシャスターの主張を退け、くだんの契約が有効なものであり、「スーパーマン」の権利はDCコミックスが所持している、との判決を下します。
 この裁判においてDCコミックス側は、腕利きの弁護士を雇い、例の契約書をはじめ、数々の記録を書面にて残していたのに対し、シーゲルとシャスターは、シーゲルが、従軍中に出会った友人を弁護士にして、書面よりも口頭での弁論が主だった、ってんで、まぁ、ハナから勝ち目の無い裁判でありました。

 が、その一方でヤング裁判官は、「スーパーボーイ」については、ジェリー・シーゲルが「スーパーボーイ」の著作権の所持者である、という、意外な判決を下しました。

 これは、過去にシーゲルが提出した「スーパーボーイ」のアイデアをボツにし続けたにも関わらず、シーゲルが兵役にある間に、「スーパーボーイ」を生み出したDCコミックス社の行為が「不公正である」と、みなされたためでした。

 なお、この判決が下された直後、シーゲルとシャスターは、DCに対し「スーパーマン&スーパーボーイ」に関する権利を、10万ドルでDCコミックスに売却する旨の和解案を提示され、渋々同意しました。
 10万ドルっつーと、まぁ当時としちゃ相当な額でしたが、そのほとんどは弁護士への報酬に消えました。

 ちなみにシーゲルらの弁護士は、この裁判で得た金を元手に、ハリウッドで映画プロデューサーとして大成したそうです(一説では、この弁護士は、DCコミックス側とも通じてて、さらに金を得ていたとか、いないとか<あまり本気に取らないこと)。

 めでたし、めでたし(シーゲル側の弁護士が)。


 えー、長々と書いてきましたが、
“そもそも、なんで「スーパーボーイ」は、シーゲルの著作物なのか?”
 っつーことと、
“なんで「スーパーマン」と、「スーパーボーイ」の著作権は別物として扱われてるの?”
 の、2点についての答えが、解っていただけたでしょうか。

 なぜなら、
「裁判で偉い人がそう決めたから」です。はい。

 っつーか、私見ですが、こういう「不公正」の是正に関しては、相応の金を支払うってのが普通じゃねぇかと思うのですが、なぜにヤング裁判官が、金ではなく、権利を丸ごとシーゲルに与えたのですかね。
 とまれ、ここでヤング裁判官が「スーパーボーイはシーゲルに権利が帰属する」と判決を下したことが、半世紀以上の後、強い意味を持ってきます。

 っつーことで、今日はこれまで。


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●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。

2007.03.20 Tue

▼割と久々に「アメコミ講座」風なソレ:

 こう、なんとはなしに、ウィキペディア(英語版)その他の、ネット上のスーパーマン関連のテキスト諸々を読んでたのですよ。
 その中で、現在DCコミックス社は「スーパーボーイ」の権利を所持しておらず、スーパーマンの原作者の1人である、ジェリー・シーゲルの遺族の元に返ってることを知りまして。

 で、「なんでスーパーボーイが、そんなことになってるのか?」ってのが気になりまして、ちょいと検索してみたら、この経緯が割合に根が深かった&興味深かった(まぁ、野次馬根性ですな)ってんで、まとめてみた、ってのが今回のエントリ、という次第で。

 とりあえず、記事のソースとしては、
その名も「スーパーボーイ・コピーライトFAQ」な、こことか、
newsramaの過去記事その1その2その3など。

 とりあえず、正しい情報を伝えたいので、解釈違いや誤ってるトコがあったら、突っ込んでいただければ幸いです。

 あ、ちなみに、このエントリで話題にしてます「スーパーボーイ」は、「スモールビルを舞台に、少年時代のクラーク・ケントが活躍するお話」の方でして、こないだまで健在でした「スーパーマンのクローン人間っぽい人」こと、コン・エルさんではないですので、あしからず。


▼とりあえず、近況を手短にまとめると、こんな感じらしい:

1.2002年11月、ジェリー・シーゲルの未亡人であるジョアンヌ・シーゲル<Joanne Siegel>と、シーゲル夫妻の娘、ローラ・シーゲル・ラーソン<Laura Siegel Larson>が、DCコミックスに対して委譲していた「スーパーボーイ」の著作権に対し、終了権を行使すべく、事務手続きを行う。

2.この手続きから2年後の、2004年11月17日をもって、「スーパーボーイ」の著作権は、法律上はシーゲル家に戻ったと見なされる。

3.「スーパーボーイはウチのものであり、シーゲル家に権利などない」てな具合に、タイム・ワーナー(DCコミックス社の親会社)が反発。「スーパーボーイ」の著作権を巡り、裁判になる。

4.2006年3月23日、連邦裁判官ハロルド・S.W.ルー<Harold S. W. Lew>は、「スーパーボーイ」の著作権は、2004年11月17日の時点でシーゲル家に戻っている、との判決を下す。

5.この結果、現在では「スーパーボーイ」の著作権はシーゲル家が保持している。

 めでたし、めでたし(シーゲル家が)。


▼シーゲル家が著作権を得たことによる影響:

 さて、この判決は、当然ながら、DCコミックスが展開している「スーパーボーイ」がらみのコンテンツに、大きな影響を与えることになりました。

 まずは、

1.“少年時代のクラーク・ケント”である所のスーパーボーイに関連したタイトルが、出しにくくなった。

 今や著作権がシーゲル家に移っている上に、シーゲル家とDCコミックスの法廷闘争は、継続中ですので、「スーパーボーイ」がらみの新刊は、出しにくくなってます。
 ただし、2007年4月には、DCコミックスの「ショウケース・プレゼンツ」シリーズで、『スーパーボーイ&リージョン・オブ・スーパーヒーローズ』の単行本が出ますので、DCは「スーパーボーイ」関連のコミックを全く出せない、というわけでもないようですが(とりあえず、この本に記載されてるコピーライトが、非常に気になりますね)。

2.「スーパーボーイ」あるいは、「スーパーボーイ」っぽい人の登場するドラマやアニメが微妙な立場に追い込まれた。

「スーパーボーイ」といえば、若い頃のスーパーマン(当たり前だ)。若い頃のスーパーマンが登場するドラマといえば、TVドラマの『スモールヴィル(邦題:ヤング・スーパーマン)』で、ありますな。
 この『スモールヴィル』ですが、今回の裁判の結果により、非常に危うい立場に追い込まれています。
 その、今回の判決の結果、DCコミックス(=親会社のタイム・ワーナー)は、2004年11月17日をもって「スーパーボーイ」の権利を失効したわけです。しかし、『スモールヴィル』は、2007年現在も、新作が制作され、放映されています。
 つまり、今回の判決に従えば、2004年11月17日以降に製作された『スモールヴィル』のエピソードは、シーゲル家の著作権を侵害している可能性が高いのです。

 ちなみにDCコミックス側は、この件に関して、
「スーパーボーイ」が登場する以前にも、スーパーマン=クラーク・ケントの若い頃を描いたコミックは登場していた。『スモールヴィル』は、それら“ヤング・クラーク・ケント”の登場するコミックを元にした作品であり、「スーパーボーイ」を原作とはしてない。故に、著作権の侵害には当たらない。
 などといった、苦しい反論をしています。

 対してシーゲル側は、
「スーパーボーイ」以前にコミックに登場していた“ヤング・クラーク・ケント”は、赤ん坊や幼児にすぎません。ティーンエイジャーのクラーク・ケントは、「スーパーボーイ」が元祖ですが。
 と、一蹴。

 この著作権侵害については、「スーパーボーイの著作権は誰に属してるのか」っつーのを決定する今回の裁判では、判決は下されませんでしたが、今回の裁判の判決を下したルー裁判官は、この裁判に関する書類の中で、

『スモールヴィル』は、明白に「スーパーボーイ」が原作だろう。

 といった旨の発言をしております。

 あと現在絶賛放映中(北米で)の、カートゥーン版『リージョン・オブ・スーパーヒーローズ』には、“若い頃のスーパーマン”がレギュラーで登場していたりしますが。
 今回の裁判の判決が下された後に放映が開始された本作では、“若い頃のスーパーマン”は、決して「スーパーボーイ」の名では呼ばれませんで、「ヤング・スーパーマン」といった具合に呼ばれてます。
 要するに、この人は「スーパーボーイ」でなく、「スーパーマンの若い頃」であって、シーゲル家が権利を持つ「スーパーボーイ」とは関係ない、あくまでDCが著作権を保持している「スーパーマン」の延長線上にあるキャラクターと言うことですよ、というエクスキューズのための「ヤング・スーパーマン」呼ばわりですな。

 ちなみに、このカートゥーン版『リージョン』の企画初期の頃は、まだ判決が下されてなかったんで、プレス・リリースなどでは、「スーパーボーイ」の名前が堂々と記載されてたそうですが。

 ま、こんなところが、現状、と。

 でー、ですな。
 ここまで読まれてきた方は、何故に「スーパーボーイ」の著作権が、論点になっているのか? そもそも、なぜに「スーパーマン」の著作権と、「スーパーボーイ」の版権が、別物として議論されてるのか? で、その「スーパーボーイ」の著作権が、なんでシーゲル家単独に帰属してるのか? と言ったあたりを、こう、疑問を持たれた方もおられるかと思います。
(持たれなかった方は、面倒くさいので持ってるフリをしてください。すいませんが)

 っつーわけで、次回はその辺を、1から説明していこうか、ということで、

 ツヅク。


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●シリーズ・最近の海外通販@第一部クライマックス。

2007.03.17 Sat

▼どうでも良きクライマックス:

 豆知識:「週刊少年チャンピオン」における、「次号、クライマックス!」のアオリは十中八九、「次号、最終回」と同意。


 こう、「ワンイヤー・レーター」以降の環境も落ち着いたことだし、『アトム』、『ホークガール』、『リージョン』あたりの、最近のDCユニバース全体を把握するために押さえていたけど、そろそろいいか、的なタイトルを買い控えて、新刊の注文数を絞ろう、とかいう方策を打ち出す。

 この機会にメールオーダーと、ローンスターの料金の差額を確認してみたら、現状の注文数では、メールオーダーとローンスターの差が10ドル程度しかないことが判明。

 2週間以上待たされることの代価が10ドルか……。ローンスターに戻しちまうかなぁ。


 豆知識2:週刊少年チャンピオンで連載中の『電遊日記』のメインキャラクター、エリスモリソンのネーミングの由来は、あの人とあの人。
  
  
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●シリーズ・最近の海外通販。

2007.03.15 Thu

 前回のあらすじ:1月発売分のコミックは、2月17日頃に届いた。

 それは2月の中旬のこと。1月分のコミックが届いてから5日後くらいのこと。

 家に帰ると、メイルオーダーから荷物が届いててビビる。

 まさか、2月分……!? いや、まだ2月終わってねぇ! とか思って、確認したら、そういや、2月分のコミックは、試しに隔週で発送するよう、オーダーしてたのを忘れてた。<オマエはそんなのばっかしだな。

 逆算するに、2月第2週のコミックが発売されてから、約1週間強で着いたことになり、それすなわち「メイルオーダーのくせにラグがほとんどない」という、異常事態であった。<失礼な。

 まあ、「隔週」でコミックの発送を指定するカスタマーは、「月末に一括発送」を指定してるカスタマーよりも、数が少ないんで、必然的に発送までの作業時間が短くて、早く届いたんでしょう。

 つまりは、メイルオーダーからの荷物が、いつも20日前後に届くのは、「宅配業者が遅い」っつーことではなく、純粋に「月末の発送作業は沢山あるので、送れる状態にもってくまでエラく時間がかかる」っつー、メイルオーダー側の都合なんだろなぁ、という推測を、裏付ける具合な証拠が届いたようなモンで。

 月末の作業だけ、マンパワーを割けば短縮できるんじゃね? とかいうツッコミは、「うちは安さ第一で、経費削ってますんで、そんな人件費は割けません」っつー、ことなんだろうなぁ、と、勝手に独り合点。

 ちなみに、2月後半分は、3月15日現在、まだ届いてません(まぁ、いつも通りですが)。

 さて、スピードを取るか、金を取るか……。
  
  
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●最近読んだ本。

2007.03.14 Wed

戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌 戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌

小田切 博 (2007/03)
エヌティティ出版
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 っつー訳で(何が?)、昨日、神保町で売ってたので買ったー。

 さっき読み終わったー。

「テロ」と「戦争」と言う現実を前にした、アメリカン・コミックスの作家や、出版社たちの対応や変革を、同時期の日本のマンガの反応、以降のアメリカン・コミックス市場の変質なども絡めつつ、語っていくドキュメント──ってのは、版元の書籍紹介テキストを横目で見つつ、大雑把にまとめた内容ですが。

 中身は大まかに3部に分かれてまして、まず第1部は、「そもそもアメリカン・コミックスとは」的に、アメリカン・コミックスの大まかな輪郭と体質、日本のマンガと異なる点、似てる点などを挙げつつ。

 第2部は「9/11」前後のコミック市場の流れや、テロが作家たちに与えた直接的な影響の叙述、第3部が9/11以降のコミック業界の変質について、と言った具合。

 当たり前ですが、アメリカン・コミックスを良く知らない読者に対して書かれてますんで、各用語やタイトル名、作家名などには、一々注釈を付けて丁寧に語ってます。

 こう、もともとの発売予定日から大幅にずれて発刊されたこの本ですが、この辺の注釈や、無闇に充実した巻末の参考資料一覧あたりをきちんとすんのに時間がかかってたんじゃねぇかなぁ、とか邪推してみる。

 なんつーか、これまで「箱男」ブログを読んできた人とかですと、ブログの方で掲載されてた翻訳テキストが、こう、ジグソーパズルのピースがはまってくみてぇに、次々に有機的にリンクしてくのを見ていく楽しみもありやす。

 あと、紹介されてた資料が、適切な場所で引用されてるのを見て「うむ、やはりここで『コミックブック・ネイション』来たか」とか、頷いたり、参考資料一覧に、日経BP社のあのクソ高いハーストの伝記が載ってるのを見てニヤリと笑う、といった楽しみ方もありますな。<お前だけだ。

 とりあえず、アメリカン・コミックスに興味のある人は、アメコミに対する認識が数段深まり、目からウロコがペロペロ落ちる、良い本ですよ。

 こう、本書のサポートページも、気づけば出来てるようで。

 とりあえず、サポートページにおきましては、P98の「ダニー・ドノヴァン」と、P131の「ダイナミック・フォース」の注釈を希望したく。

 まとまりも無く、オワル。
  
  
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●『ゴーストライダー』を見た。

2007.03.11 Sun

▼『ゴーストライダー』を見たねん。

 公開初日のオールナイトで2回見た。

 感想としては、ビジュアル面で、カッコいい所もあるけど、脚本がヒドいなぁ、と。

 とりあえず、脚本で一番気になったのは、ダメな物語(メディアを問わず)にありがちな「なぜか何でも知ってて、主人公をご都合主義的に導く」存在が、3人(メフィスト、ケアテイカー、ブラックハート)もいやがる点。
 ジョニーさんは、なんら主体性なく、こいつらに引かれたレールに沿ってバイクを走らせるだけなのにはウンザリです。
 それ以外に、物語に影響を及ぼすのは「すげぇ偶然」(たまたま力尽きた所が墓所だった。たまたま窓から見えるところでゴーストライダーが暴れていた)だけだし。


 以下は原作ファンとしてのツッコミ。

1:ジョニーが、冒頭からエンディング(そしてそれ以降も)、「魂」を奪われっぱなしなのはどうなのか

 原作コミックを知らない人に言っておきますと、コミック版では、ジョニーはメフィストに魂を奪われてねぇのですよ。実は。
 原作じゃ、魂を奪いにきたメフィスト(初期の設定ではサタン)は、ロクサーヌによって退散させられてます(パンフには「ジョニーが悪魔祓いを行いサタンに復讐」とか書いてありましたが、間違いです。多分、原作読んでないんでしょう)。
 なんでも、彼女は「無垢な精神の持ち主」であったそうで、その彼女のジョニーへの愛情は、「吸血鬼に十字架」並に、悪魔を退散させる力があるんだとか。

 でー、ジョニーの魂を奪えなかったメフィストは、嫌がらせにジョニーに呪いをかけて、夜中になると問答無用でゴーストライダーに変身するようにしちまう、ってな流れで、物語が幕を開けますわ(パンフには「初期のエピソードは魔界を舞台」とか書いてありましたが、間違いです。多分、原作読んでないんでしょう)。
 こう、「ロクサーヌのピュアなハートでジョニーが救われる」っつー、原作の展開は、ハリウッド映画向きな設定じゃけぇ、うまくアレンジしてくれるんじゃねぇかなぁ、とか思ってたら、ばっさりカットかよ!

 いや、今回のロクサーヌ役のお姉ちゃんに「ピュアなハート」言われても「じゃ、まずその胸の谷間をしまえ」とか突っ込みますが。
 つかロクサーヌがTV局のレポーターに、とかいう改変は、安易すぎ。

2:なんでジョニーが「ペナンス・ステア」の能力を持ってやがるのか

「ペナンス・ステア」の能力は、復讐の精霊の化身である2代目ゴーストライダー固有の超能力であり、ジョニー版ゴーストライダーは持ってません。
 っつーか、原作のジョニー版ゴーストライダーの正体は、メフィストの旧敵・妖魔ザラソス<Zarathos>ですので、「ペナンス・ステア」のような、悪を罰する能力は持ち合わせようもないです(パンフには、「ザソラス」って書いてありましたが以下略)。

 劇場版にしてもジョニーはメフィストの呪いでゴーストライダーになったわけで、その彼が何故「ペナンス・ステア」を持ってたのかが、全く解らねぇ。堕落した魂を回収する役割のゴーストライダーが、その魂をいちいちウェルダンにしてどうする気やねん。
 実はジョニーは原作版みてぇに特別な血統で、彼をゴーストライダーにすることで、ペナンス・ステアが使える……とか、無理矢理考えてみたが、劇中でケアテイカーが「ゴーストライダーはすべてペナンス・ステアを持ってる」って明言してるので、今のナシ。

 てな具合。

 どうでもいいけど、公式サイトの「プロダクションノート」の冒頭、
「原作コミック『ゴーストライダー』のオリジナル版は1940年代にスタートした。当初は西部のガンマンを主人公とするウェスタンだったが、70年代にマーベルが版権を取得した際、スタント・ライダーのジョニー・ブレイズを主人公とする超自然ものへと生まれ変わる」
 って一文が、ツッコミどころ多すぎです。何とかしてください。
 
 以上、原作ファンも面白がって見てる訳じゃねぇ、的な感想でした。
  
  
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タグ:アメコミ映画

●久々に今日読んだアメコミ。

2007.03.08 Thu

 Amazonの話題ばっか振ってるのもアレなんで、久々に今日読んだアメコミの話でも。

▼『ゴーストライダー:ファイナル』

『ゴーストライダー』第2シリーズの事実上の最終号である第93号と、原稿がある程度描かれながら、出版されなかった(注文部数が少なかった模様)第94号(=真の最終回)の完成版をカップリングにした特別号。

 劇場版『ゴーストライダー』も公開されるし、なし崩しに「不肖の子」である第94号を、認知さしちまおうぜ! という、ドサクサに乗じた企画、な感じですか。

 そもそも、第93号がね、「ゴーストライダーがその真の正体を現し、ブラックハートを殺害した! ゴーストライダーは地獄の王に! そして、主人公ダン・ケッチが……死亡した!?」ってな感じの引きまくりなラストでして。

 でー、ソレを受けての真の最終回である所の第94号は、さぞや怒濤の展開で、さながら島本和彦の『燃えるV』最終回みてぇに、「最終回だから、いく所までいくぜ!」な話じゃねぇか、とか、勝手に期待してたんですが。

 結論から言えば、この第94号ってばね。「さらなるどんでん返しが!」ってなモンは、一切ございませんですわ。第93号のラストを受けての、シットリとしたエピローグで。

 ゴーストライダー(=ノーブル・ケール)は、アレな感じになるし、ジョニー・ブレイズも、あんな具合に収まるしねぇ。唯一、主人公のダン・ケッチは、アレな人がソレな感じになる、ってのはありつつも、心の平穏を見いだしてるし、全体としちゃ、実に、「めでたし、めでたし」に終わってますなぁ、と。

 感想としちゃ「スカされた印象はあるけど、ソレは俺が変に期待していたのが悪いんであって、これはこれで良いエンディングだなぁ」という具合。第2シリーズのファンは、このエンディングを見届けてやるよろしね。

 しかし、このきれいなエンディングだと、その後『ピーター・パーカー:スパイダーマン』第93号で、「悪魔は嘘をつく」の一言で、全部台無しにされたアレが、余計重いボディブローだなぁ、と。っつーか、この最終回で、一応、平穏を見いだせたブレーズが、以降の『ゴーストライダー』でアレな感じになるのも、なんだか不幸だなぁ。

 ちなみに巻末にはダン・ケッチ版ゴーストライダーのプロフィールが掲載されてるけど、これは『オフィシャルハンドブック・オブ・マーヴルナイツ2005』の再録。『スパイダーマン』第93号でダンとゴーストライダーが再合体した所で記事は終わってて、特に追加情報はナシ(まぁ、以降、ダンは登場してねぇんで追加しようもないですが)。

 とりあえず、次回のエントリーは、劇場版『ゴーストライダー』になる予定。
  
  
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タグ:今日読んだアメコミ

●Amazonな日々。

2007.03.08 Thu

▼グッドモーニン・ベトナムな日々:

 モダンマスターワークスの記事を書いてて、思い出しましたが、マイケル・ゴールデンの『ザ・ナム』(※)の日本語版(全2巻)って、今でもAmazonで新品が普通に買えるのね。こないだ何気なしに検索かけたら出てきたんで、アゴを外しましたわ。



 いや、てっきり絶版だとばかり思って、ちょいと前に、古本屋で微妙な状態の本を買ってたんすが、版元の並木書房のホームページでも、普通に売ってやがるよ。そんなに初版刷り過ぎたのか(ヲイ)。

(※)ザ・ナム:内外にカルト的な人気を持ち(『マーヴルX』でも紹介されてたっけね)、また寡作でおなじみマイケル・ゴールデン先生の、代表作の1つ(っつーても、最初の1年かそこらでレギュラー・アーティストを降りてるけど)。

 タイトルどおり、ベトナム戦争が舞台の戦争コミックで、ベトナム戦争開戦20周年の1986年に創刊。ゴールデンの担当期は、兵器・銃器が手を抜かずに描かれてて、実に好感が持てやす。

 なおライターのダグ・マーレィおよび、初代編集者のラリー・ハマは、共にベトナム従軍経験あり。

 ちなみに、毎号毎号、かっきり20年前のその月に起きた事件や戦況を元にストーリーが展開していき(つまり、1987年1月に出た号では、1967年1月に起きた事件が描かれる)、12年かけて「ベトナム戦争」を描き切ろうという、実に野心的な目論見の雑誌だったが、約6年で打ち切られる。残念。


 絶版でない、といえば、小野耕世先生『スーパーマンが飛ぶ』も、いまだにAmazonで普通に買えるんだよなぁ。数年前に、日記でネタにしたんだけど、未だに買える模様(そして多分、初版が送られてくると思う)。
  
  
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タグ:Amazon 邦訳コミック

●モダンでマスターなワークスな日々。

2007.03.08 Thu

▼マスターワークスだぜ、な日々:

 今日も今日とて、マグワイヤ本の適当な箇所をめくりつつ、インタビュー読んでニヤつく日々ですが。

 ふと検索かけたら、トゥモローズ・パブリッシングの、「モダン・マスターズ」シリーズが、Amazonで全巻買えることに気付いた。

 なんか、ジョージ・ペレズに至っては、DVDも出てるけど、ペレズが絵を描いてく過程が見れたりするのかなぁ。

 ペレズ、バーン、デーヴィス、サイモンソンといった、巨匠に加えて、ブルース・ティム、アーサー・アダムスといった、日本人好みな作家も揃ってるのがこのシリーズの良いトコですな。

 っつーか、6月発売予定のvol.12が、マイケル・ゴールデンで、8月発売予定のvol.13ジェリー・オードウェイかよ! どっちも俺さん直球ストライクなアーティストだよ! うむ、即座に予約。
 
 

   
  
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●最近のマーヴェル。

2007.03.01 Thu

▼DCダイレクトの13インチ キャプテン・マーヴェルが届いたねん:

 届いたねん。

 嬉しさのあまり、手持ちのキャプテン・マーヴェルのアクション・フィギュア コレクションを並べて写真撮影をしてみた。

marvels00.jpg


 写真下手でスマン。

 13インチフィギュアは、良い感じなデキです。

 服は、タイツでなく布が良かったなぁとか、腰の帯はもっと太い方がいいなぁとか、表情はこんな怖い顔(なんか三沢に似てる……)じゃなくて、C.C.ベック調の朗らかな顔がいいなぁとか、腰周りの肉付きがもっとドッシリしてる方が俺のマーヴェルだなぁとか、言いたいことは色々ありますが、このサイズで出た、ってこと自体に満足。幸せ。
  
  
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タグ:シャザム! アメリカン・トイ

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