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●フレデリック・ワーサム、な日々。

2007.11.27 Tue

 えー、ウチのブログ名物「資料的価値が高いなぁと思った英文をパクって翻訳してダラリと貼り付ける」それシリーズ。

 今回は、まぁ、思うところがありまして、こちらのサイトに掲載されていた、フレデリック・ワーサム博士の生涯と、その晩年の転向についての記事を勝手に翻訳してみた。

 この記事、俺個人が、一昔前に読んで、ワーサム博士に対する認識を改めた(あと、コミックス・コードに対する誤解に気づいた)名文でして、今回はまぁ、ウチのブログの読者さんや、ワーサム博士で検索をかけてきた人に、その時の同様の体験を押し付けられたらよいなぁ、とか思って訳してみた。

 んでは。


 追記:「アメリカンコミックスが多様性を失ってしまったのはコミックス・コードという取り決めがあったからだ」的な言説に導かれてこのエントリにやってきた方に置かれましては、ウチのこちらのエントリや、こちらのエントリ、あとこちらのエントリとそこからリンクを張られてるエントリを読むことをオススメします。

 読むのが面倒な人は、

「コミックス・コード」は大手のアメリカン・コミックス出版社の偉い人が組織したコミックス・コード・オーソリティという団体が作った規制コードで、大手出版社がそれほど苦労せずにコミックスを出せるような条項になっている(ただし、怪奇・犯罪コミックスで部数を伸ばしていた中小の出版社の人気コミックスをガチガチに規制できるようになっている)」

「“コミックス・コードの影響で、出版社はヒーローものしか描けなくなった”というのは、誤った認識。ヒーローもののコミックブックは、コミックス・コード施行の数年前に廃れていた。コミックスコード施行後も、市場はヒーローもの以外のコミックスであふれていた」

「コミックス・コード施行後の環境下において、新たなジャンル開拓が試みられた中、一番ヒットしたのが、ヒーローもののコミックの現代的なリメイクだった」

 ということくらいは頭に留めておくと良いかと。

 あと関係ないけど、「コミックス・コード」を「コミック・コード」と誤記するヤカラには、日常会話で語尾に付ける「ス」の発音が上手くできなくなる呪いあれ(どうでもいい)。




フレデリック・ワーサム:擁護者に転向した反コミックス運動家
Fredric Wertham - Anti-Comics Crusader Who Turned Advocate

作:ドワイト・デッカー

 1940年代後半から1950年代初頭にかけ、著名な精神分析医フレデリック・ワーサム博士は、暴力的なコミックブックへの反対運動を導くことで合衆国中に彼の名を知らしめた。
 彼の1954年の著作、コミック業界を白日の下にさらした『無垢への誘惑』は、アメリカン・コミックのファンダムにおいて依然、非常に誇張された神経質な論として記憶され、またそれ自体がコレクターズアイテムと化している。そのテキスト中で言及され、図版を引用されたコミックブックすらも、彼とその著作との関連故にコレクターズ・アイテムとなっている。悪夢のような風説の流布と、米上院委員会による青少年犯罪についての公聴会に直面し、恐れをなした出版社は、出版から手を引くか、あるいは結託し、外部団体がコミックブックの検閲に関わってくる前に、検閲機関コミックス・コード・オーソリティを生みだした。
 アメリカン・コミックファンが、ワーサム博士を愛する理由は全くない。彼らは彼を、ヒステリックな著作でコミックを攻撃し、ECコミックス(大人向けの優れた作品を送り出していた出版社だ)の殺害を助け、さらにコミックス・コードをもたらし、アメリカン・コミックスを子供向けにおとしめた人間として記憶している。多くのファンはワーサム博士を、同時期の反共産運動で知られるジョセフ・マッカーシィ上院議員と関連づけた。ワーサム博士がコミックブックを“共産主義者の計画か何かだ”として非難した、などという都市伝説すらも広まっていた。
 事実はいささか異なっており、更に複雑になっている。ワーサム博士の主張の傾向の指標として、彼の複数の著作から引用した、以下の3つの文を検討していただきたい。

――私は、子供の頃に読んだ書籍を、一生を通じて大事にしている多くの大人たちを知っています。一方で私は、コミックブックを読んで大きくなった大人や若者の中で、センチメンタルその他の理由で、それらの“書籍”を取っておこうと考える者に、いまだ出会ったことがありません。 『無垢への誘惑』(1954)

――『無垢への誘惑』が登場した1950年代中頃、それは草の根レベルの反応として始まりました……。やがて変化が生じました。コミックブック内の殺人は減少し、クライム・コミックブック出版社の数も同様に減少していったのです。『無垢への誘惑』の出版から数年内に、クライム・コミックブック出版社29社のうち24社が事業から手を引きました。しかしこれは限定的な勝利にすぎません。我々はいまや、コミックブックの読者だった子供たちのいくらかが “虐待された子供”の両親や、同様の役割に就くという問題に直面しています。その上、非常に多くの古本のコミックブックが、依然、廉価で売られているのです。 『カインの徴候』(1966)

――よき懐古的な趣味として始まったコミックブックのコレクションは、値段が高騰し、商業的に過ぎる取引と化す危険に直面しています……。 『ファンジンの世界』 (1974)


 人間には、20年の月日を経て、彼の認識を改める権利があるだろう。しかしワーサム博士は本当に彼の認識を変えたのだろうか? そもそも、いかにして著名な精神分析医にして著述者は、コミックブックに関わることになったのだろうか?


 ニューヨーク・タイムス1981年12月1日号に掲載された彼の死亡記事によれば、フレデリック・ワーサムは1895年、ドイツのミュンヘンに誕生した。彼はロンドンのキングスカレッジ、ミュンヘン大学、エアランゲン大学で学び、1921年にウルツベルグ大学より医学博士号を得る。
 博士号取得後の彼は、ロンドン、ウィーン、パリで研究を続け、またジークムント・フロイトとの文通で、精神分析医を生涯の仕事とする意志を固めたという。1922年に合衆国に移った彼は、1927年にアメリカ国民となる。
 ワーサムのその後の経歴はめざましいものだった。彼は市の病院局の上級精神科医のポストを得、更にベルビュー病院の精神衛生診療所の所長ともなる。また後にはクイーンズ総合病院に勤務した。加えてハーレムのラファルグクリニック――貧困層のための精神衛生診療所で、主にニューヨーク市の黒人居住区の住民がかかる――の所長にも就任した。
 彼が「アメリカ精神医学ジャーナル」に寄稿した「学校分離の心理学的影響」は、1954年に、学校における人種分離は違憲であるとの判決が下された裁判(※)において、重要な証拠の1つとして最高裁判所に提出された。

(※)ブラウン対教育委員会裁判のこと。長くなるので詳細はリンク先を

 ワーサム博士が、その名を高からしめたのは、法廷顧問精神分析医としてである。ニューヨーク市裁判所用に彼が監督した精神科診療所は、全ての既決重罪犯に精神鑑定を行った、おそらくは合衆国で最初の診療所だった。また彼の提言は、多くの精神病患者および犯罪者の収容施設の設備と方法論の現代化を導いた。
 ワーサム博士は著述家でもあった。彼の処女作は、真っ当な科学的な著作『器官としての脳』(1934)だった。
 一方、母親を殺した17歳の少年の精神医学的な症例史である第2作『暗黒の伝説』は、より一般的な読者に向けた著作であり、文学的な隠喩も盛り込まれていた。同書のレビューはおおむね好意的だったが、とある医師は「不注意な間違いと言説の矛盾が、明らかに同書の科学的研究の価値を減じさせている」と言及している。この不注意な文章への批判は、ワーサムの著作全てで指摘される問題点である。
 彼の1949年の著作、『暴力の展示』は彼が証人や顧問として関わってきた、いくらかの著名な殺人事件についての全般的な研究書である。

 さて、いよいよコミックの話だ。
 両親と教育者たちは、長らくコミックブックについて不平をもらしていた。
 1940年12月、コミックブックがいまだ幼年期にあった早期から、「全国教育協会ジャーナル」誌は、「コミック・マガジンという毒への解毒剤」について議論する記事を掲載していた。
 一方、ワーサム博士は、彼の青少年犯罪についての研究の過程で、コミックブックに遭遇した。不良少年の多くが、それらを熱心に読んでいることに気がついた博士は、コミックが子供たちを犯罪と暴力に導く重要な環境要因だと、結論づけた。
 彼は 1947年5月29日に発行された「週刊文学研究レビュー」誌に掲載された記事で、彼の問題を提唱した。その後、彼は本道を外れ、暴力的なコミックブックへの反対運動に乗り出していくこととなる。
 続く7年を通じ、彼は講演を行い、記事を書き、コミックブックの脅威を調査する上院委員会にて専門家として証言し、1954年の彼の著作『無垢への誘惑:現代の若者へのコミックブックの影響について』の出版で、その頂点を極めた。

 これら反コミック運動を、恐怖と憎しみをもって振り返り、神経質にその再来を懸念する後年のアメリカン・コミックファンらは、1950年代初頭のコミック出版社が、彼ら自身の首を絞めていた、という事実を無視しがちである。
 時にワーサム博士は、彼の事例を馬鹿げたレベルにまで誇張して言うことがあるが、この件に関しては彼はその必要は無かった。この当時のコミックは、彼が言うように、全く下品で、暴力的で、悪趣味で、いかなる両親や議員もそれらを容易に追認できたからである。
 戦後のコスチューム・ヒーローの失墜により、コミックブックの流行は次第に暴力的でどぎつい犯罪ものとホラーものへと移行していた。両親と議員らは、子供たちが、可愛らしいウサギなどは登場せず、ひたすらに殺人と四肢切断の絵が横溢するコミックを見続けることを心の底から案じていた。
 そこに、著名な精神分析医が現れ、正に彼らが常から疑っていたことを裏付けてくれた──その通り、クライム・コミックブックを読む子供は、暴力に鈍感になるのです。どころか、暴力を便利な問題解決の手段として受け入れるようになります。コミックブックは子供たちに残酷さや性的倒錯、不誠実のあり方を教え、同情や愛情といった慎ましやかな美徳を蔑むように仕向けるのです。
 コミックブックは、ワーサム博士が彼の運動を開始した1947年の時点では、依然、穏やかだった。しかし、いくらかの出版社は、1950年代に全ての自制心を失い、ますます暴力的でむごたらしい物語を送り出し、博士の主張すべてを裏付けることとなった。

『無垢への誘惑』は、注目すべき本だ。ワーサム博士の大半の著作と同様、その主張は裏付けに欠け、論ばかりが長く、各々の事例はいかなるソースが引用されることも無く関連付けられ、文学的な引用句、あるいは隠喩がテキストに盛り込まれていた。
 いくらかの世代のコミックファンはこの本を見つける機会に恵まれ、多少の感想を残した。この本についてあなたが聞いた噂の全てはおそらく真実である。
 そう、ワーサム博士はスーパーマンをファシスト、バットマン&ロビンを成人男性と少年が同棲するという同性愛者の幻想、ワンダーウーマンを単なる変態として、強く非難した(連載初期の『ワンダーウーマン』のコミックは、目を見張るほど露骨に緊縛と服従を強調していたが故に、最後の非難だけは的を射ていると言わざるを得ない)。
 彼はコミックブックの絵には「見方を知っている者」への「絵の中に隠された絵」が含まれていると強く主張した。彼が「実例A」として示した図の、男性の肩の筋肉の陰影は、首を傾け目を細めて見れば、裸の女性らしきものに見えた。
 またワーサム博士はいくらかの物語を非常に誤って解釈している。とあるECコミックスの短編に対する解説は、その最たるものだろう。
 その話では、度を越して愛国的な市民らが、星条旗に敬意を表さなかったある男を殴り殺す。しかしその男は盲人で、旗が見えていなかったことが判明する……というものだった。ワーサムは、このストーリーは、愛国心が不充分な個人を手荒に扱うことを支持していると主張し、このきわめて大雑把な話の主題を、いかでか見落としている。
『無垢への誘惑』の大部分は、ある青年の犯罪歴の退屈な記述であり、彼をそのような振る舞いへと導いたであろう、恐るべき “クライム・コミックブックス”の例が、並列して解説されている。
 この“クライム・コミックブック”という語は、ワーサム博士によれば「正義の味方と悪人」をテーマとしたコミック――無論スーパーヒーロー、西部劇、SFも含まれる――を意味する包括的な用語だ(現代の用法では、この語は単に犯罪もののコミック、今や絶滅したコード実施以前のそれに限定されるだろうが)。
 そう、彼にとっては、単に全てのコミックブックが“クライム”コミックブックだったのだ。
 ワーサム博士によるコミックブックをいかにすべきか、という具体的な提案は、いささか不充分である。家庭において両親らにこれまで以上に警戒させること以外に、彼は暴力的なコミックブックを未成年に売ることを法的に禁じることを考えていたようである。いわば彼は、ある種のコミックブックのレーティングシステムを提唱した最初期の1人と見なすこともできる。
 後年のファンは、彼をコミックス・コード・オーソリティをもたらした責任を負う人間として記憶しているが、彼はけしてコードを支持、あるいは推奨しておらず、コミックブック出版社が、彼ら自身を規制することになんら信頼を置いていなかった。
 やがて、『無垢への誘惑』からの抜粋が、当時のアメリカで最も売れていた2誌、「リーダース・ダイジェスト」誌と「レディーズ・ホーム・ジャーナル」誌に掲載され、これがおそらく両親らに最大の衝撃をもたらした。
 ワーサムの本自体は概して好意的なレビューをされているように見える。多くのレビュアーは、ワーサムの提示する論拠が貧弱であっても、現実にコミックブックは彼がいうようにひどいものであり、それらはとるに足らないことだと考えたようだ。
 ワーサム博士は後年の個人的な書簡で、彼と彼の本を潰すために、コミックブック出版社があらゆる手段を講じていたと主張している。
 彼によれば、出版社らは『無垢への誘惑』のブック・クラブ版(※)の契約を破棄させるために、私立探偵にワーサムを尾行させ、圧力をかけられるようなネタを探させたという。

(※)ブッククラブ:各家庭に安価かつ定期的に本を供給することを目的に発足した、会員制の書籍販売システム。クラブに入会すると、毎月、ベストセラーや人気作品が数冊、郵便で届く。値段は大体、定価の半額。
 周囲数十キロが全て農地で、外界との接触手段は郵便しかないような、アメリカ郊外の文化的水準の発達に大いに貢献してきたが、近年は、インターネット書店の発達もあり、利用者は減少の一途を辿る。


 この話の真偽は定かではないが、1つ、明確な事実を挙げよう。この本が印刷された後、出版社は同書の巻末に2ページに渡り掲載されたコミックブック出版社の目録について、考えを改めた。おそらくは訴訟沙汰になることを恐れて、出版社は印刷済みの本から目録を切り取らせた。
 ただし、切り取られなかった本は少数ながら出回った。その目録を見たファンによれば、その不備と誤りは、ワーサムが1950年代のコミック業界において、どの会社が何を出版しているかについて、ろくに理解していなかったことを証明しているという。
 ワーサムの著作の他にも、コミックブック出版社は、アメリカ上院議会とニューヨーク州議会が1954年に主催した青少年の犯罪についての公聴会に直面することとなった。震え上がった出版社は、コミックスマガジン・アソシエーション・オブ・アメリカを結成、同組織は9月初頭には活動を開始し、程なくしてコミックス・コード認可証を初めて載せた本がスタンドに現れていった。
 だがワーサム博士は、早くも1955年2月初頭のニューヨーク州議会による委員会の公聴会にて、コミックブックはコード下でも改善されていないと証言している。証拠として彼は、コード認可済みの本に掲載された広告を通じ入手した鞭とナイフを提示した。
 だが、ワーサム博士が認めようが認めまいが、市場にはいくらかの変化が現れていた。コードの拘束的なルールのおかげで、暴力的でむごたらしいコミックブックはニューススタンドから消え、犯罪コミックと怪奇コミックは大部分が消失した。
 一方で、多くの出版社はコミック市場を去った。その中でECコミックスは、通常のコミックのラインを打ち切り、ユーモア雑誌「MAD」に業務を集中させた。かつての熱気は大幅に縮小したコミック業界から去っていったが、記憶と傷跡は、こんにちまで残された。

 1956年、ワーサム博士の新作、著名な殺人事件に焦点を当てた青少年犯罪についての研究書、『過ちの循環』が出版された。不思議なことに、「サタデー・レビュー」――10年近く前に、反コミックブック運動の発端となったとされる雑誌だ――には、ワーサム博士の簡単な経歴と、以下のような簡単なレビューしか掲載されなかった。

 ――コミックブック叩きから降りた後、ワーサム博士は人種分離やその他の社会的問題に対し、痛烈な批評を送り出した。それらの活動はこの著作の攻撃的な、当惑すべき性質によって損なわれたかもしれない。これは非常に悲しむべきことだ。なぜならワーサム博士は疑いようもなく繊細な社会的良心を持ち、子供たちが幸福に育つことを深く気にかけている人物だからだ。

 そして、ここにフレデリック・ワーサム博士は、彼の長く、成功した経歴の終わりの時を迎える。仮に彼が“クライム・コミックブック”に対し完全な勝利を収めていなかったとしても、彼がクライム・コミックブックという猛獣を飼い慣らすことに貢献したのは確かであり、彼は1つの仕事を成し遂げたという満足と共に引退することもできた。
 しかしながら、『無垢への誘惑』のページの奥深くに、時限爆弾は時を刻みながら放置され、彼が穏やかな引退後の歳月を過ごすべき時期に、突然爆発することとなる。

 引退後、ワーサム博士は、その隠遁の時間のいくらかを、暴力問題についての彼の最高傑作『カインへの徴候<A Sign for Cain>』の執筆に費やした。同書は1966年に初版が発行され、書き下ろしの前書きを加えたペーパーバック版が1968年に出された。
 極めて率直に言えば、『カインへの徴候』は信じがたい本だ。これは非常にお粗末に書かれた、暴力的な振る舞いの記録のとりとめのない集まりで、大部分は、いかなる日付やソースも与えられていなかった。それらの記事は、ワーサムの常にエキセントリックな注釈によって装飾され、大して関連のなさそうな文学的な引用句がスパイスとして振りかけられていた。
 人間というものはお互いに対してかくも残忍になれるのか、ということが、この荒涼とした大冊を読んで残る印象だ。
 ワーサム博士はこの事実を遺憾に思う一方で、そうした暴力的な性向を、ほぼ完全に環境に責任を負わせていた。明白に、ワーサムは暴力的なマスメディアを――まずはコミックブックから―― 一掃することを望んでいた。コミックは同書の中で猛烈な攻撃にさらされ(1960年代中頃には、コミックブックは取るに足りない媒体だったというのに)、次いで映画とテレビが攻撃された。
 彼が検閲に賛同しているとして非難されることを懸念したワーサム博士は、こう明言している。

――マスメディアの暴力への批判は、検閲と市民的自由の干渉に繋がる、と言われるかもしれません。ですが、子供たちを守るための社会的統制は、大人向け作品の検閲とは無関係です。子供たちは健康的に、堕落することなく成長する権利があります。市民的自由を求める戦いは、子供たちの背後で行われるべきではありません。表現の自由を求めて戦う者の中で、あけすけなサディズムを子供たちから隠すことに同意してくれる者をこそ、高く評価すべきなのです

『カインへの徴候』内でコミックブックに触れる際のワーサム博士は、まるで別世界のことを話しているかのようだった。
 1960年代中頃ですら、「古本のコミックブックが“破格値”で多くの冊数が出回っている」というくだりは、古本コミックに精通した人間にとってはお笑いぐさだった。かつてのコミックの読者が両親となり子供たちを虐待しつつある、という主張――無論、証拠やソースなしに提示された――は、驚きすらも超越している。
 彼はまた、“マスメディア・スーパーマンは権力、武力、暴力のシンボルだ”と告発し、スーパーマンをリー・ハーベィ・オズワルド(編註:ケネディ大統領暗殺事件の容疑者)と比較している。この当時のスーパーマンのコミックブックは、その歴史上でも、もっとも愛らしく、もっとも馬鹿げた内容だったのだが。

 彼はコミックブックの変化を不承不承認めつつ総括した。
――ストレートな犯罪ものの雑誌は減少し(犯罪もののストーリーは依然減っていませんが)、カバーにそれらのタイトルが踊ることはなくなったのは確かです(カバーの下に隠れた、というべきかもしれませんが)。
 現実的な都市部を舞台とした、殺人を扱った物語の頻度も減りました。いまや舞台はよりSF的で、超人的な男女と、惑星間や外宇宙の舞台、超人的な怪物を伴ったものに傾倒しています。ですが、動機は変わっていません:復讐、金、権力への渇望、破壊を描いています。
 西部劇の変化は最小で、従来どおりに野蛮です。女性の服の胸元は上がりました。しかし代わりに、ぴったりとした衣装に身を包んだサディスティックな女性があふれ、従来どおりに不愉快かつ破壊的です。その多くは姿を変えていても、犯罪と暴力は依然、コミックに君臨しているのです。


 ワーサム博士は断じた。
コミックブックは、安っぽく、粗雑で、無名です。子供たちは彼らの価値ある金を、悪い紙質、悪い言葉遣い、そして大概は悪い絵で満ちたそれらに費やしています

 以上は、30年前のことだ。『カインへの徴候』は絶版になり、今日では忘れ去られている。
 ワーサム博士が1981年に亡くなった際、ニューヨーク・タイムズの死亡記事は彼の法廷精神分析医としての業績と、人種分離への反対者としての立場を強調し、コミックについては、“コミック業界に怪奇と犯罪への偏向を和らげさせた功績を持つ”程度の言及しかされなかった。
 彼の主張が何であれ物事の趨勢に影響を与えていた時代は遠く過ぎていた──『カインへの徴候』ですらも、その主題に全く着いていけてない人間の書いたものだった。
 そして、彼はひっそりと死んだ。
 結局は、コミックファンだけが、彼を記憶していた。


 1969年頃、私(デッカー)は17歳の高校生だった。私はコミックス・ファンダムに入って2、3年程で、私自身のファンジンを出版する計画を立てていた。当時は、アマチュア出版こそが、コミック・ファンが互いにコミュニケーションを取る手段だった(これは、より古い、SFファンダムに倣ったやりかただった)。
 実際の所、コミック・ファンジンは古いコミックについての記事、各イシューとキャラクターの登場を記したチェックリスト、クリエイターへのインタビューなどの情報を交換する手段だった。
 それまで省みられてなかったジャンルやアートについて、ありとあらゆる印刷物に当たり、後世に残すために情報が収集されていった。
 一方で大量のコレクションや、そうした作業への学術的好奇心を持ち合わせない我々のような人間にとっては、ファンジンは偶発的にもたらされた自己表現の手段だった。
 1960年代から1970年代初頭にかけてのコミックファンはワーサム博士を憎んだ。彼らはECの死とコミックス・コードの制定、それに無防備な芸術への全国的な魔女狩りを導いたことへの責任を彼に負わせた(彼の観点では、彼は強欲な大企業から子供たちを守ろうとしただけなのだが)。
 ファンの出版物では、ワーサム博士はその所業によりほとんど伝説の存在と化していた。彼は親権あるいは社会的権威のシンボルであり、本人のためと称してコミックブックを取り上げる全ての親や教師の元型だった。
 1950年代中頃には、彼はシーンから消えていた。しかしそれから15年経っても、コミックファンは依然、彼の記憶に泥を投げ続けていた。

 私は他の人々のファンジンに2年かそこら寄稿していて、やがて自分自身でも本を出版してみようと決めた。私の本に寄稿してくれる人間を求めて、友人たちに連絡する一方、私は、とあるインスピレーションに打たれた。
 その日、私は公立図書館でコミックについての書籍を探していて、『無垢への誘惑』を見つけた。この本とECコミックスを悼むファンジンの記事で、私はワーサム博士が誰かは、そして彼が15年ほど前にいかなる騒動を起こしたかは知っていた。
 ふとした好奇心から、私は最新版の人名録を調べ、彼が依然、存命中であることを知り、彼の住所を手に入れた。
“こいつはちょっとしたことにならないか?”
 私は考えた。
“もしも私のファンジン用に、伝説の恐怖、ワーサム博士のインタビューを取れたとしたら?”
 若さ故の図々しさに満ちていた私は、彼に数冊のファンジンのサンプルを送った。ファンダムがどんなものかということを説明した、相当に長い手紙も添えて。それと、彼の著作中の様々な発言について、いくつかの質問も書き、彼がいまだにそれらの主張を支持しているのか、聞いてみた。
 そして、実に驚いたことに、ワーサム博士から返事が届いた。私の質問に直接答えてはいなかったものの、博士は彼が重要であると思ったいくつかのポイントに答えていた。

――私が関心を向ける対象は、コミックブックではありません。マスメディアですらありません。私は主として、子供たちと若者たちに関心を持っています。
 長年に渡り、私は大きな精神衛生診療所の院長でした……。そして私は、若者たちが少年院――そこでは、彼らは大概ひどい扱いを受けることになります――に送られるのを防ぐために、多くの仕事をしてきました。時に、非常な困難を伴いつつも。私はまた、多くの若者たちを援助し、彼らが電気椅子に送られないよう努力しました。
 かくも多くの未成年がトラブルを抱え、トラブルに巻き込まれるのを見てきた私は、彼らの問題に影響を与えた根源を見つけようと試みました。そうした研究の過程で、私はクライム・コミックブックに遭遇しました。
 私はコミックス・コードの創設に直結する、いかなる行為もしておりません。コードを支持したこともありませんし、全く信用していません。私の科学的所見が、唯一それらのコードに関係があるとするなら、それはクライム・コミックブック出版社――彼らのいくらかは非常な大金持ちです――に、彼らの最低の出版物を禁じる法令が制定されることを恐れさせた点にあるでしょう。それらからの防衛として、コードは創設されたのです。
 クライム・コミックブック内の残虐表現をコントロールすることと、検閲とは無関係です。検閲では子供たちを守れません。そもそも私は書籍の検閲に関しての裁判で、連邦裁判所に出廷を認められた最初のアメリカ人精神分析医でした。その壇上で、私は検閲に反対する証言を行ったのです。


 そしてワーサム博士は、ファンジンとファンダムについて興味を示した。私は彼の質問についての答えを返信した。
――気がつくと、ワーサムはファンジンの出版者に手紙を書き、彼らの出版物を求めていた。
 ワーサム博士の手紙は、ファンジンの「お便りコーナー」に掲載すらされた。大概、彼は暴力とメディアについての観点の正当性を、賛同しないファン編集者らに礼儀正しく説明していた。あるいは、会話に加わり、前の号で話題に上った事象についてのコメントを――実際にはそれらとおよそ関係のない事柄を――愛想良く語っていた。
 このように、彼流のやり方で、彼はファンダムに関わりだした。コミックファンの一部には、疑念と不信が渦巻いていた。彼が何を求めているのか、誰にも確証はなかった。
 いくらかの人間は、『無垢への誘惑』式の悪意に満ちた批評がファンダムに下されることを恐れ、ファンジンを送ることを断固として拒んだ。その他の人間は、不承不承送っていた。
 ワーサム博士のしようとしていたことは、彼の最後の著作、南イリノイ大学出版より1974年に出版された『ファンジンの世界:コミュニケーションの特別なる形態』として結実した。
 この本は、悪意に満ちた批評ではなかった。全くの正反対で、コミック・ファンダムへのファンレターだった。それも、かつて『無垢への誘惑』と『カインへの徴候』でコミックブックを非難し、それらの読者をモラルの怪物に仕立て上げたのも含め、思いつく限りのあらゆる罪でそれらを責めた彼からの、ファンレターだ。
 いまやワーサム博士はコミックブックの読者たちの活動をほめたたえ、我々の内輪の同人出版を、聡明な若者たちによる非暴力的なコミュニケーションの良きモデルとして提示していた。
 同書はまた、随分な余白とわずかなテキストからなる、非常に奇妙な本だった。1つの章が丸々ファンジンの誌名と、それらが出版された場所の長い長いリストだったりもした。
 あるレビュアーはこの本を“くどくどしく、明白な事象に贅肉をつけすぎ、実にまとまりがない”と評した。
 この本を読んでみれば、非常に世情に疎い人間が、非常に乏しい根拠から、必要以上の結論を引き出そうとしているような印象を受けるだろう。同書に収録された図版の選択基準は、系統だったもの……というより、彼の書棚から見つかるものに限られている様に見えた。
 さらに重要なことに、ワーサム博士はコミック・ファンダムの本質とその目的を全く勘違いしていた。
 おそらくは、かくも永い年月を、ニューヨーク市の刑事裁判システムで精神分析医として働き、暴力的な精神病質者らと情緒不安定な青少年たちを絶え間なく見続けてきいた博士は、その果てに、小規模な若者のサブカルチャーが、大人の指導や奨励などもなく、独自に平和的なコミュニケーションを築いているのに出くわした時、すっかり魅了されてしまったのだろう。
 同書の序章における、ワーサム博士がいかにしてファンジンに関わるようになったかについての説明は興味深い。なぜなら彼は『無垢への誘惑』や彼の1950年代のアンチ・コミック運動について、一切、言及していなかったからである。
 事情を知らない読者には、ワーサムは単に“マスメディアや若者たちの問題、暴力といったテーマについて著述し、語っている著名人”であり、そしてファンジン編集者は、この善良な紳士と交流すべく、快く彼らの出版物を送った、といった印象を受けるだろう。
 ワーサムがファンジン界においては伝説的な悪鬼と捉えられ、編集者と寄稿者からは地上に顕現した悪の化身と見なされているという、その立場について、ワーサムはなんら言及していない。
 彼は、コミックブックとサイエンス・フィクションがファンジンとファンダムの源泉であることを不承不承に認め、私がこれまでに見た中で最も歪められたこのジャンルの略史を、ファンの反戦的で非暴力的な側面に集中して語っている。
 コミックのファンジンがスーパーヒーローらに重きを置いていることを語るにあたり、彼は“ファンジンライターとアーティストら、とりわけ若い世代の創造的な創造力は、ヒーローらの導きに従う傾向がある、おそらく、この中には我々非英雄的な世代へのメッセージが含まれているのだろう”との所見を提示した。これは『無垢への誘惑』で、スーパーヒーローらを“クライム・コミックス”の風変わりな変種と分類し、特にスーパーマンをファシストの化身と見なした人物からの驚くべき告白、いや、それ以上のものだった。
 大部分、彼はコミックブックのファンダムへの関わりに対してはおざなりに扱い、言及が不可避な際は、戸惑ったように、あるいは横柄な態度でそれを扱った。
 彼はファンダムは単にティーンエイジャーにとってのコミュニケーションの手段として自然発生的に組織されたもので、コミックブックは単に偶発的に、あるいは事故でそれらの題材となったに過ぎないという仮定で話を進めたがっているようだった。
 常のごとく、ワーサム博士の関心は暴力に集中しており、彼はファンジンの世界にはそうした暴力が全く無いことを喜んで報告していた。
『ファンジンの世界』は研究者が逸脱してしまった最たる例だろう。これは多くの図書館で見つけられる、この題材を扱った唯一の本だ。たとえ、筆者がその対象について、まるで理解していなかったとしても。
 彼はけして多くを語っていないが――おそらくはプロフェッショナルとしてのプライド故に認められないのだろうが――『ファンジンの世界』はワーサム博士がこれまでの著作でコミックブックとその読者らについて書いてきた全てに相反している。

 最終的に、彼は認めたのだ。我々ファンが、コミックを読んでもなんら問題なく育った、ということを。
  
  
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●最近の海外通販:悪鬼羅刹編(<大げさな)

2007.11.25 Sun

 いまさっき、カード会社から、

「貴様のカードにイスラエルとレバノンの店から50ドル強の引き落としがあったが、貴様、この店を利用した覚えはあるか?」

 とか連絡があった。

 無論、無いので引き落とすなと言う。

 多分、状況からして、先週末にローンスター・コミックで1月分のコミックの注文をした際に、その手のソフトに引っかかったんじゃねぇかと(それ以外でネット上でカード番号のやり取りをしてねぇので)。

 こう、「ローンスターを利用してる人は、念のため明細を気にしたほうが良いのでは」とか、言いたいねんけど、状況証拠がそれっぽいだけで、100%ローンスターが悪いと確定してるわけではないんで、風説の流布になるよなぁ。

 まぁ、各自フダンから気をつけると良いのでは。

 安易にほいほいカード番号を入力するんでなく、PayPalとかに切り替え時やもしれんなぁ、とか思ってみたり。
  
  
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タグ:海外通販

●最近の日記的な。

2007.11.25 Sun

▼さりとて、どうでも良き日々:

 既に2月分のコミックの刊行予定なぞも出てるというのに、11月分のコミックがまだ届きゃしねぇですよ。

 11月分の荷物にゃ、『エンパワード』2巻も入ってるってぇのに、こういう時に限って到着が遅れるねん。あれか、「本屋でエロい本を買ったときに限って帰り道でハプニング」的なマーフィーの法則か。


 っつーわけで2月のDCコミックスの新刊も出てるワケですが。

 個人的には『ブースターゴールド』が、14年前のクロスオーバー『ゼロ・アワー:クライシス・イン・タイム』との「オフィシャルなタイ・イン」という馬鹿馬鹿しい企画が素晴らしい。

『ゼロ・アワー』タイ・インタイトルの伝統に従って、ちゃんと「第0号」だし、表紙は『ゼロ・アワー』第4号のパロディだし(っつーか、『ブースターゴールド』のアーティストは『ゼロ・アワー』のライター兼アーティストのダン・ジャーゲンス本人なんで、パロディどこじゃないのですが)。


 で、最近の『ブースターゴールド』プッシュに合わせて、「ショーケース・プレゼンツ」レーベルで、1980年代中頃に創刊された『ブースターゴールド』(vol. 1)がリプリント。

 内容は『ブースターゴールド』全25話に加えて、ブースターがゲスト出演する『アクション・コミックス』第594号も収録。

 でー、「ショーケース・プレゼンツ」はこれまで基本的に500ページ台だったんですが、今回は『ブースターゴールド』全号収録を達成するために、624ページにボリュームアップしてまして、実に気合いが入ってやがりますね。
 こういう、目的のためにはアッサリとフォーマットを逸脱させる編集者は大事にすべきです。

 こう、こないだまで“仮にショーケース・プレゼンツ版『スーサイド・スカッド』第2巻が出るとして、長編クロスオーバー「ヤヌス・ディレクティブ」を切りのいい形で入れるにはページ数が足りなくないか?”とか、勝手に心配をしてたんですが、多分、この編集者なら何とかしてくれるという結論に達しました。

 っつーか、『アクション・コミックス・アニュアル』出るの2月かよ! 今月ぐらいに出てたモンだとばかり思ってたよ!

追記:結局アニュアル出たのは5月でやんの。

追記2:「ショーケース・プレゼンツ:スーサイド・スカッド」は結局出ないでやんの。
  
  

  
  
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タグ:プレビューズ

●豆知識予備校:『AvP』の元ネタは『プレデター2』のエイリアンの頭蓋骨……ではない。

2007.11.15 Thu

 劇場映画第2弾の公開も近づき、また微妙に活気づいている『エイリアンvs.プレデター』ですが。

 こう、劇場版なりコミック版なりゲーム版なりの『エイリアンvs.プレデター』を紹介する記事で、マクラとして良く語られてるトリビアで、

「映画『プレデター2』のラスト付近で、プレデターの宇宙船内のトロフィールームに、エイリアンの頭蓋骨がスタッフのお遊びで置かれていたことからイメージが膨らみ、“エイリアンvs.プレデター”というコンセプトが誕生した」

 ってのがありますが。

(※「プレデター2 エイリアン 頭蓋骨」でググると、ゾロゾロ出てきますんで、ヒマな人は試してご覧なさい)

 俺の記憶が確かなら、このトリビア、1990年代前半の時点で既に日本国内のそっち系の雑誌で広く流布してて、「宇宙船」あたりの特撮雑誌や「ホビージャパン」「ホビージャパンEX」あたりの模型誌の海外クリーチャー系映画の特集(※)で、『エイリアンズvs.プレデター』について言及される際には、割と定番ネタとして語られてたような気がするのですが、どうでしょうか(<俺個人はあまり特撮系雑誌の方は明るくないんで断言しかねてますが)。

(※)あの頃は韮沢・竹谷が単なる1ライターで、月1ペースでフィギュアを量産してた、クリーチャー系フィギュアの一種の黄金時代だったなぁ。<竹谷エイリアンが表紙を飾った『ALIENS』特集号なんて、今のHJじゃ考えられねぇ。
 ……考えてみれば、俺がアメコミに興味を持ったのも、この時期の「モデルグラフィックス」のSF映画特集と「帝国通信」で、トップスの『スターウォーズ』トレーディング・カードが取り上げられてて、その取扱店である所の下北沢のゴールデン・コミックスに行ったのが……(ジジィの独り言は長くなるので省略)


 と、まぁ、そんな具合に長年当たり前のように流布してきた、この「『AvP』=『プレデター2』起源説」ですが。その、実に納得のいく話だし、割と複数の記事で異なるライターが言及してた(……ような気がする)んで、俺自身この有名なトリビアを10年以上も、何ら疑いもなく信じてきたですよ。

 ……が、ですな。

 ここ最近、コミック版『エイリアンズ』と『プレデター』について調べていて、気付いたのですよ。

「エイリアンvs.プレデター」というコンセプトは、映画『プレデター2』よりもダークホース・コミックス社によるコミック版の方が全然早い、という事実に。

 その、映画版『プレデター2』の公開は、アメリカでは1990年11月21日なのですが、一方で、ダークホース・コミック社が初めてエイリアンとプレデターが戦うコミックをリリースしたのが、これが1989年秋でして。

 ……そう、実は、『プレデター2』が公開される1年前の時点で、既に「エイリアンvs.プレデター」のコンセプトは誕生してたのですよ。

 この史上初の「AvP」なコミックを掲載したのが、ダークホース・コミックス社の1色刷りのアンソロジー誌『ダークホース・プレゼンツ』誌。同誌の第34~36号(カバーデート:1989/11, 12, 1990/2(※))に、3号連続で掲載された、『エイリアンズ』と『プレデター』の短編がソレですわ。

(※)通例、カバーデートは、発行月の1、2ヶ月先の数字が記載されるため、おそらくは1990年4~5月に出たんじゃないかと思います。……インディーズ系出版社の場合、カバーデート=発行月って場合もあるんで(確かデビルズ・デューはそうだった)断言はしませんが。

 この全3話の構成が良くできてましてー。まず第34号掲載の物語では、『エイリアンズ』でおなじみのクイーン・エイリアンが、謎の宇宙船の船内に繋がれ、延々と卵を産み続ける様子が描写されますわ(一方でプレデターは一切登場せず)。で、続く第35号では、プレデターの宇宙船内で、“狩り”に赴く戦士を決める決闘(格闘戦)の様子が描かれ(他方、こちらにはエイリアンは登場せず)、最後の第36話で、未開の星に放たれた卵から成長したエイリアンを、プレデターたちが狩っていく様子が描かれ、ここにエイリアンとプレデターの世界観が合流する、という。

 で、この『ダークホース・プレゼンツ』掲載の短編をプロローグとして、それから約半年後の1990年初夏に、コミック版『エイリアンズvs.プレデター』第1作、全4号(※)の第1号目(カバーデート:1990/6)が隔月刊で刊行開始されてるのですわ。
 一方で、映画『プレデター2』は、コミック版『エイリアンズvs.プレデター』が正式に刊行されたこの時点でも、まだ公開されてないのですわ、これが。

 コミック版『エイリアンズvs.プレデター』の最終号(4号)のカバーデートが1990/12ですんで、この号が出る前後に公開されたワケですな。よい具合にタイアップできたんじゃないでしょうか。

(※)正確には、第1号(1990/6)と第2号(1990/8)の間に、前述の『ダークホース・プレゼンツ』誌掲載の短編3話を再録した第0号(1990/7)が刊行されているんで、全5号。現在ではこの3話分は、カラリングが施され、『エイリアンズvs.プレデター』の単行本にプロローグとして収録されている。

 ……どうでもいいけど、『エイリアンズvs.プレデター:オムニバス』第1巻収録バージョンの『エイリアンズvs.プレデター』は、プロローグや各章がトビラで区切られずにシームレスに繋がってて、「タメ」がないのが微妙にイヤ(しかも、クレジットは「チャプター1~4、6:フィル・ノーウッド」みてぇに、ページ数でなくチャプターで表記してやがるのはどういうことか)。



 と、言うわけで、『プレデター2』以前に「エイリアンvs.プレデター」は誕生してたわけですが、そうなるとむしろ、『エイリアンvs.プレデター』が、『プレデター2』のエイリアンの頭蓋骨のシーンに影響を与えた可能性も出てくるわけですがー。

 ……試しに調べてみたのですが、あの頭蓋骨が、「コミック版『AvP』を意識してた」というようなことを示す資料は見つかりませんでした。すいません。

 ちなみに『プレデター2』で、エイリアンの頭蓋骨を背景に置いたのは、同作の特殊メイク&クリーチャーデザインを担当しましたスタン・ウィンストンだそうで。何故に彼が、エイリアンの頭蓋骨を置いたか? という理由については、検索した所「異なる種族、異なるクリーチャーをプレデターが狩り、殺してきたことを見せる手段として」てな具合でして、コミックについては言及されてませんね。
 ちなみにウィンストンは『エイリアン2』のSFXも担当してましてね。故に、あすこでエイリアンの頭蓋骨を置いたのは、「コミック版『AvP』を意識して」とかじゃなく、単に自分が過去に手掛けたクリーチャーの中からエイリアンをチョイスした、ってな可能性もありますな。

 ま、置かれた理由がどうあれ、あのエイリアンの頭蓋骨が露出する以前に、コミック版『エイリアンズvs.プレデター』が存在していた以上、頭蓋骨が「エイリアンズvs.プレデター」誕生の契機になった、という例のトリビアは誤りであることは確かですわ。

 ちなみに、今回の記事を書くために、英語圏のサイトを2、3確認したんですが、この『プレデター2』のエイリアンの頭蓋骨について言及してるテキストには、大概、
「このシーンが『AvP』のヒントになったとか言われてるけど、ダークホース版コミックスの方が先だからね」
って註釈が付いてまして。

 どうもメリケンあたりでも、この「『AvP』=『プレデター2』起源説」は、広く流布しちゃってるようですな。

 どっとはらい。


 ……っつーワケで、これから「『AvP』=『プレデター2』起源説」に基づいて記事を書いてた、こないだのエントリを部分的に書き直してきます。<ヲイ。

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タグ:AVP 豆知識

●最近の謝罪。

2007.11.11 Sun

▼謝罪・その1:

 コミケ落ちた。

 まぁ、個人的には『ボルトロン』同人誌(完全版)の制作を伸ばそうと考えてたんで、渡りに船、みてぇな感じでしたが。

 伸ばそうと思った理由:1月に出るコミック版『ボルトロン』ハードカバーに、出版されなかったオンゴーイングシリーズ第12号が収録されることが判明したので。

 同人誌を楽しみにしていました奇特な方におかれましては、次回、全ての情報を網羅した「完全版」をお見せする形で報いられれば、と、思う所存であります。


▼謝罪・その2

 こう、こないだの「スピードフォース講座」に続き、旧ページのグリーンランタンの記事をリメイクしてたりしてますが。

 その、現行の「シネストロ・コァ・ウォー」以降の展開も折り込まなきゃならんのですが、そもそも10月分のコミックがまだ到着してないんで、完成すんのはもう少し先になりますが。

 っつーか、元記事を原稿の設定に合わせてリライトするだけじゃ、色々と納得できないんで、構成から徹底的に変えようと思ってますわ。コミケも出ないことだし。

 あれだ、「リターン・オブ・スーパーマン」→「エメラルド・トワイライト」→「ゼロ・アワー」の流れでDCコミックスを読み始めて、その後、『グリーンランタン』(つかカイル)を軸にコミックブックを買いだしてった俺的にゃ、グリーンランタンについてのテキストは、「満足するボーダーライン」がフラッシュよりも高いのだなぁ、と、今更再確認した。

 とりあえず、実家から発掘してきた『グリーンランタン』のバックナンバーを読みふけってますが。

 ……これまで2回読み返した『グリーンランタン:リバース』が、ようやく細部まで内容を掴めた。つかこの話、「エメラルド・トワイライト」でシネストロが死んでなかった件とか、ガンセットの記憶が操作されてた件とか、重要なポイントをセリフだけで説明するのは、どうかと思った。フツー、コマの背景なりにイメージ映像を描くんじゃないのか。

 よし、次は『グリーンランタン:レガシー』だ。

 で、『グリーンランタン』のバックナンバーを読み返して気づいたのですが、オイラの旧ホームページ「グリーンランタン講座」および「DCタイムライン」の記述で、ガーディアンズがスターハートを「異次元に」封印した、と記述していたのですが。

 すいません、これが、原本を読み返したら、大間違いでした。

 正確には、スターハートを「とある恒星に」封印した、です(Green Lantern (vol. 2) #112-113参照)。

 長年、ウソ情報をタレ流してたことをここに深く謝罪いたします。


 それと同様に、「グリーンランタン講座」のセンチネルの項目で、「だが、この以前のスターハートを巡る悪の魔導師との戦いで、アランの体内にはスターハートの魔力の破片が残留しており~」とありますが、これも間違いでした。

 正確な所は、「この以前に、肉体を得て、独善に走ったスターハートとの戦いで、アランの体内にはスターハートの魔力が残留しており~」という具合(Green Lantern Quarterly #7参照)。

 この件に関しましても、深く謝罪いたします。

※2007/12/28追記:ていうか、スターハートとの戦いが、スターハートのパワーを得た直接の原因かどうかは定かではないので(※今現在そうした資料を見つけてないので)、この表現も要再考ですな。

 以上。
  
  
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タグ:同人誌 ボルトロン

●最近のマンガ。

2007.11.01 Thu

▼最近のマンガその1:

 どうなんだろ、これは。

 その内、クロスオーバーとかすんのかな。

「クライシス」みてぇなイベントとか、すんのかな。

 ……各作品が軌道に乗るか乗らないかの頃に終わる? ごもっともで。


▼最近のマンガその2:

 講談社のマンガ雑誌「モーニング増刊 モーニング・ツー」を買って、モーニング国際新人漫画賞の受賞作品を読んだ。

 大賞受賞作品は、こう、技術が高くて、実にソツがなくマンガを描いてて、「よろしいんじゃないでしょうか」以外の感想は思い浮かびませんでした。すみません。

 個人的には、どっちかってぇと副賞のマレーシアからの応募作品の方に惹かれるものがありましたが、見せ方の技術が足んねぇ感じで、まぁ大賞はやれないわな、とか。


 むしろ、大賞受賞者の受賞コメントの方が(リンク先参照)、アメリカのコミック界においてジャパニーズなスタイルを選択した作家の生の声として、非常に、非常に面白かったですが。……すいません、最近の俺ってば、コミックよりもコミック作家のプロフィールを読む方が好きっつー、「資料バカ」になっちゃったんで。

 出来れば、全応募作品読みてぇなぁ。山の有り様を知るには、山の頂点だけ見るんじゃなく、なるべく多く山を歩くのが、一番手っ取り早いじゃねぇですか。

 だから、応募作品全体を読んで、その傾向――どの国からの応募が多かったのか、各作品の内容の傾向は、コマの構成やセリフの密度はどこまでマンガよりなのか、作業分担はどの程度しているのか、あと、審査員はどんな価値基準で審査してたのか、なんてのを、皮膚感覚で掴みてぇな、と。

 ま、それを知ったところで、別にソコからナニガシカの論なりを引き出す気はなくて、「うむ、なんとなく、こんなモンだってことは解った」とか、自己満足するだけなんですが。


 ……次回の賞は、オープンな体制にして、ウェブ上なりで応募作品全部が見れて、閲覧者が投票できる、っつーのはどうか。普段日本のマンガしか読んでない人でも、「このマンガにゃ萌えが足りない」とか、普段の価値基準で審査さすの。

 で、その審査員コメントを全部読むと、今の日本のマンガの読者が何に基準を置いてマンガを読んでるのかが解って、非常に面白いだろなぁ、と、俺は思うねん。<結局、そういう資料が読みたいだけか、お前が。


 いやね、こんだけ特殊な立ち位置のマンガ賞って、それ自体がとても面白いドラマだと思うねん。

 などと、受賞作品の論評とかはなんもナシで終わってみる。
  
  
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タグ:アメリカのマンガ

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