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●スーパーマンの著作権、シーゲル家に。

2008.03.31 Mon

▼スーパーマンの著作権、シーゲル家に:

 まだ急がしいんですが、とりあえず、こいつだけは書いとかなアカン。


スーパーマンの著作権、シーゲルの遺族に与えられるとの判決

シーゲルの遺族、『アクション・コミックス』第1号の著作権を得る


 要は、去る3月26日、連邦裁判官が「スーパーマン」の著作権が1999年をもってジェリー・シーゲルの遺族に復帰していた、との判決をくだしたそうで。

 ……ついに来たか。


 シーゲル家の弁護士マーク・トベロフ<Marc Toberoff>によれば、2013年以降、タイム・ワーナー(DCコミックスの親会社ね)は、シーゲル&シャスター家のライセンス許諾がなければ、いかなるスーパーマン関連の出版物、グッズその他を送り出せなくなるとか。

 ……逆に言えば、シーゲル&シャスター家がライセンスを降ろしさえすれば、マーヴル・コミックス社からも「スーパーマン」のコミックを出せるんだよなぁ(……ま、スーパーマンの商標権はDCコミックス社が持ってるから、コミックのタイトルに「スーパーマン」って記載できないんだけどな)。

 なお、このトベロフさん、この手のクリエイターと出版社間で色々とややこしいことになってる著作権がらみの件に出張ってくる、法曹界では割と有名な人だそうで。

 で、トベロフってば、「取り戻してあげた」コピーライトの版権管理や、コンテンツビジネス(トベロフはハリウッドのプロデューサーでもある)も担当して、お金を稼いでるそうですわ。なんたる商売上手か。


▼参考・ウチのブログのスーパーマンの著作権関連記事バックナンバー:
●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。
●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その2
●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その3
●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その4(余談風):
●スーパーボーイは、ジェリー・シーゲルの著作物だった。その5(まだ続いた):
●いかにしてシーゲル&シャスターはDCコミックスと和解するに至ったか。
  
  

  
  
関連記事
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●最近のラズ。

2008.03.26 Wed

▼今日とか読んだアメコミ:

 溜まった新刊コミックを粛々と消化中。

 とりあえず、昨日今日は、こないだまでやってた『バットマン』系タイトルのクロスオーバー、「リザレクション・オブ・ラズ・アル・グール」全9話を一気に読んだ。

 これが、パート1から、いきなり細かい状況説明なしにストーリーが進行しててな。「おぉ、疾走感のある演出じゃ」とか思いつつ読み進めてったですが。

 が、次々にロクな説明もなく新旧のキャラクターが登場してくんで、サスガに「疾走感ありすぎじゃね?」とかいう感じで。

 家に帰って、試しに「読んでないコミック」山をもっかいひっくり返したら、パート0にあたる「プレリュード」を発見。これ読んだら、一連の登場人物、みんなここに出てるじゃねぇか! ウヌレ。しかもエピローグもあるし。全11話じゃねぇかよコンチクショー(逆ギレ)。

 こう、長年コミックを読んでるおかげで、クロスオーバーで何の説明もなく新キャラが登場しても雰囲気で読み進める姿勢ができあがってて、逆にその辺に気づかなくなってやがるなぁ、と思った。

 ストーリーの方は、タイトル読めば解る通り、ちょいと前に死んだ(死んでたのよ)ラズ・アル・グールが、なんや知らんけど生き返りました。でも、蘇生が不完全なんで肉体が滅びつつあるから、自分の血縁であるダミアンと精神を交換してやるぜ、とかいう感じ。

 でー、ご存じか知りませんが、ダミアンはブルース・ウェインとタリア(ラズの娘)の間に生まれた息子でして。タリア的にはラズよりも息子に情があるんで、「爺ちゃんから逃げてお父ちゃんのトコへ行きなさい」的にダミアンをバットマンの所へ逃がす、っつー。

 一方で、ラズの仇敵であるザ・センセイは、不老不死の秘法を求め、ヒマラヤの方だかへ行ってたり、とかそんな具合。


 ま、バッサリした感想としては「全11話かけときながら、盛り上がりに欠けるなぁ」という。

 結局、あらすじから予想の付く着地点に、さほどズレもなく着地したってな感じで、読者の誰もが思い入れのないキャラが1、2人退場して、どうでもいい血縁関係が明らかになった程度で、ストーリー的には胸躍る起伏はなし。

 人間ドラマの方では、争いの焦点となるダミアンがストーリーの中核を担うのかと思いきや、実はロビン(ティム)が中枢ってのは意表をつかれましたが。それ以外のバットマンやタリアらにドラマが無くてさ。
 ……だったら、クロスオーバーじゃなく、『ロビン』誌上で3、4話くらいかけてやりゃ済む話じゃね? とか思わないでもなかった。

 個人的には、こう、バットマン関連タイトルでのクロスオーバーだと、どうしても噛ませ犬な役回りを演じることが多いナイトウィングが、ティムとの絡みで「ファミリーの長兄」としての役割を与えられてたのは良かったなぁ、と。
 でもまぁ、だったら『ロビン』と『ナイトウィング』誌上のクロスオーバーで(略)とか、思わないでも。
 ――っつーか、クロスオーバー中盤での「ナイトウィングvs.ロビン!」な回で、「あぁ、ついにバットマンの噛ませ犬どころか、ロビンの噛ませ犬に成り下がったか、ディック」とか、ハラハラしたのはナイショだ。

 あとストーリー進行がガタピシしすぎ。3カ所かそこらで繰り広げられてる話のそれぞれが別に噛み合うでもなく進んでくし。中盤、ロビン&ナイトウィングの話を丁寧に書いてたと思ったら、いきなし「その頃、ダミアンとバットマンは大変なことになってたのである!」とか、全く別な場所でクライマックスに達してるのは、どうかと。

 つか、ザ・センセイのエピソードは要るのか?

 あと、全9話が終わった後のエピローグで、ラズ・アル・グールがあんな感じになるのは、それでいいのか、と。

 なんかこう、久々のバットマンのクロスオーバーと思いきや、別にバットマン・ユニバースが大きく揺らいだりしなくて、クロスオーバーの意味ねぇなぁ、と。
 同時期の『X-メン』の「メシア・コンプレックス」が、キッチリまとまってたのに対してショボイなぁ、と。

 まあ、ロビンファンなら楽しめるかも(<クソゲーのクロスレビューのシメかよ)


  
  
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タグ:今日読んだアメコミ

●どうでもよい講座:“最初期の”バットマンについて。

2008.03.24 Mon

▼DCコミックス講座:バットマンの“最初期”って何時なのさ?

 うぃす。

 この所、適当な書き逃げばっかで、キチンとしたテキストを書いてなかったんで、久々に「完成せずにほっぽっといたテキストを、適当にリサイクル」シリーズで、お茶を濁しつつ通常営業に戻そうかと。

 っつーわけで、今回のお題はバットマンの“最初期”について。


 えさて、バットマンの歴史や、そのキャラクター像の変遷についての話になると、よく挙がるトリビアに、
「最初期のバットマンは非常にビターな性格で、悪人の生命に頓着しない冷血漢だった」
 というものがありますな。あるんですよ。ええ。

 で、ここで問題ですが、このトリビアで提示されてる「最初期」って期間は、いったい何時まででしょうか?

 とりあえず4択で。
(1)バットマンがピストルで悪人(吸血鬼)を射殺した『デテクティブ・コミックス』第32号(1939/10)の前後
(2)ロビンが登場した『デテクティブ・コミックス』第38号(1940/4)の前後
(3)独立誌『バットマン』創刊(1940/Spring)の前後
(4)コミックス・コードが導入された1954年の前後

・解き方のコツ:年代的に近い選択肢(1)~(3)に対して、選択肢(4)は明らかに年代が離れすぎています。これは選択肢から外していいでしょう。

 さて回答ですが。

 前置きも何もなしに答えを言っちまえば、(3)ですが。ええ。

 その、大概、この手の期間の区切り方ってのは、研究者にとって意見が分かれるモンですが(シルバー・エイジの始まりがいつかとか、語ってる人によってまちまちでしょ)、幸い、このバットマンの「最初期」に関しては、はっきりと(3)だと断言できる資料があるんですよ。これが。

 えー、ティム・バートン監督による劇場版『バットマン』が公開された1989年に、ボブ・ケーン――言うまでもなくバットマンの創造者としてクレジットされている人物ですな――が出した『バットマンと私<Batman & Me>』という、自伝がありまして(Amazon.co.jpじゃ、書影が見られない&ハードカヴァー版しかないのでAmazon.comにリンク)。

 この本というのが、ケーンの自慢大会といいますか、バットマン&ロビンとその世界観が発展していく過程における他の作家たち(ビル・フィンガーとかジェリー・ロビンソンとか)の貢献を、「全てが俺の発案だ」と、我田引水しているという、彼のエゴイスティックな人となりが実によく伝わってくる代物なんですが、まあそれはこの際おいといて。

 で、この本の44~46ページに、そのものズバリ、「最初期のバットマンが路線変更をさせられ、暴力を禁じられた」件について語られてるですな。これが。

 言動に問題があるとはいえ、バットマンのクリエイターとされてますボブ・ケーンその人の証言ですんで、この記事で語られてる時期が、「バットマンの最初期」についての作者側の公式見解でしょう、と。

※まぁ、中には松本零士先生みたいに、むしろ自伝の記述の方が、全く信用できない、という作家もいますが、ここはケーンを信じましょう。


 っつーわけで、この記述を日本語訳しつつ引用すると、このような具合で(原文は改段落の少ない文体だったんで、日本語訳では分かり易くするため適宜改行を入れてみました)。

 私(※ボブ・ケーン)は、『バットマン』のストリップ(※連載もののコミックの古風な言い方)を完全にコントロールできていたわけではない。編集者たちは、ビル(※『バットマン』のライター、ビル・フィンガー)と私のできることに、徐々に制限を課していった。
 初年度のバットマンは残酷なヴィジランテで、法律の外で活動をしていた。『デテクティブ・コミック』の初期の数話では、彼は銃すら所持していた。
 我々がバットマンの銃の使用を巡って、初めて検閲に抵触したのは『バットマン』第1号でのことだった。この中のある話で、バットマンは彼の飛行機に機関銃を搭載し、巨大な怪物との戦いで、それを使用した。
 この話を書いたのはビルだ。彼のアイデアであり、私のではない。これらは、パルプ小説『シャドー』の主人公が、2丁の45口径を愛用していたことに影響を受けていた。
 そもそも我々は、バットマンに銃を持たせることに何ら疑念を抱いていなかったのだ。なぜなら、シャドーが持ち歩いていたのだから。しかしながら読者は、銃の使用を遺憾に感じた。
「実に、しまったよ」ビル・フィンガーは回想する。「私は、バットマンに銃で悪人を撃たせた。そうしたら、ホイットニー・エルズワース(※当時のバットマンの担当編集者)の前に引き出されたってわけさ。彼は言った。“2度とバットマンに銃を持たせるな”。彼は正しかったよ」
 編集者たちは考えた。バットマンを殺人者にすることは、彼のキャラクターに汚点を残すだろう、そして母親たちは、そんな作品を子供に読ませたがらないだろう、と。
 新たな編集方針は、バットマンをヴィジランティズムから遠ざけ、法の側につかせるというものだった。我々は彼を警察の“名誉会員”とし、法律の外にいながらも法を順守する立場とした。そして暴力を避けるため、我々はバットマンをより曲芸師に近づけ、敵を倒すにあたっては、武器よりも、優れた身体能力を用いさせるようにした。
 この一連の道徳的な傾向は、1940~1941年の時期、『バットマン』第1号が出た頃に変わった。悪人を殺すこと、撃つことは不可能となった。というよりも、この『バットマン』第1号の話は、DCコミックス社に独自のコミックス・コードを作らせる結果となり、全てのアーティストとライターはそれらを守ることを義務づけられた。
 このコードは、鞭打ち、首つり、ナイフの使用、あるいは性的な事柄の言及を禁じた。
「flick」という単語すら禁じられた。なぜなら、ブロック体でレタリングすると別の語に見えるからだ(※要するに「FLICK」が「FUCK」に見える)。


 以上、引用終了。


 っつーわけで、この文章を信用するなら(この際、信用しましょう)、バットマンが冷酷だった“最初期”というのは、おおよそ「『デテクティブ・コミックス』第27号(バットマン初登場)から『バットマン』第1号まで」だと定義づけられますな。おおよそですが。

 まあ、路線変更がなされるきっかけとなる読者からの手紙は、無論『バットマン』第1号が出版された後に届いたモンですし。それを受けて編集部がコミックス・コードを設定するまで、それなりに時間はかかってるはずですし。その間にも、次号以降の『バットマン』の原稿は進んでいたはずですんで。それ故、『バットマン』第1号の直後から、いきなり作風が変わった訳じゃないでしょう。当たり前ですが。

 まあ大体、『バットマン』第1号が出てから、1、2ヶ月程後の時期の「バットマン」の作品も、まだ“最初期”の作風に準じてたんじゃないでしょうか。憶測ですが。

 ちなみに、このケーンの証言は、バットマンの「最初期」の定義を教えてくれると同時に、DCコミックス社が1940年代の時点で、作品の内容を制限する独自の検閲コードを取り入れてた、ということも伝えてくれますな。

 このことから、1954年のコミックス・コードの導入は、DCコミックス社自体にはサホドの打撃を与えなかったんじゃねぇか、とか推測するが、どうか。

 以上。


▼余談。:

 ……ちなみに元々書いてた文章では、この後「じゃあ、最初期のバットマンは本当に冷酷だったのか?」ということを、当時のコミックを1話1話読んで調べてく、ってな話になってたのですが、「この号ではバットマンは×人に重傷を負わせ、×人を殺した」とかいう箇条書きを延々と読まされてもアレだなぁ、と思った為に手が止まってました。

 今回はその辺、バッサリ切って掲載したわけですが。

 まあ、コミックを読んだですが、最初期のバットマンは、本当に冷酷でしたけどね。正当防衛や事故とはいえ、ほぼ毎回、彼のおかげで人死にが出てたり、「これ、死んでるよね」的なシーン(直接の描写はないけど、ビルの屋上から悪人をポイポイ投げ捨てる)とかがありますので。

 個人的に、倫理的に一番どうかと思ったのは、ロビンの初登場回の『デテクティブ・コミックス』第38号。この回でバットマンは、仇敵ボス・ズッコをハメるために、ボス・ズッコが衝動的に殺人を行うよう仕向けてるですよ。かなりく故意に。

 しかも、そのズッコの殺人を、待機してたロビンが冷静にカメラで撮ってるの。師弟共に犠牲者を助ける気、全くナシ。この写真が証拠になって、ボス・ズッコは電気椅子に送られるんだけど……ヒドイよなぁ、正直。

 ……よく、「ロビンの登場により、それまで冷酷だったバットマンの物語は陽性にシフトした」とかいう記述がありますが、あらぁ間違いですな。下手したらロビンが登場した後も、この第38号みたいな陰惨な話が続いてた可能性はあるですよ。

 一方で、最初期のバットマンのコミックの中にも、1話だけ妙に明るい雰囲気の話もありまして(『Detective Comics』第36号)。この話じゃバットマンは、「お前たちギャングはボウリングのピンだ! ストライク!」などと軽口を叩きつつ、アクロバティックな技で朗らかにギャングを倒してるですわ(※この当時のバットマンのアクションシーンは無言・無表情で、敵を殴る蹴るといった具合で、非常に地味)。

 しかもこの回はアクションシーンの要所で大ゴマが使われるなど、同時期のバットマンの物語とは絵的にも雰囲気が異なっていまして。……むしろ、DCの自主規制コード導入以降の、陽性なバットマンに近い雰囲気ですよ。

 てこたぁ、DCによる自主規制コードの導入なぞが無くとも、作者側の物語への試行錯誤で、この第36号の系譜を継いだ「陽性なバットマン」への路線変更もあり得たんじゃないかと。

 で、結論としては、バットマンが最初期のアレから陽性な方向へシフトした原因は、「ロビンの登場を契機に」みてぇな単一の理由によるモンではなく、

・作家陣の試行錯誤

・ロビンの登場

・DCによる自主規制コードの制定

 といった、複数の要因が同時期に重なった結果、って感じなんだろな、と。

 以上。またもトリトメなく。


  
  
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タグ:アメコミ講座

●どうでもよいポグ。

2008.03.18 Tue

▼P・O・Gの巻:

 前回のエントリで言及してたリサイクルショップで買ってきた品、その2。

 ゴーストライダーのPOGS


実家から回収してきたハズブロのゴーストライダー12インチと記念写真。

 POGってのは、俺らの世代の関東圏に住んでたアメコミ野郎だと、「なんか下北沢の頃のゴールデン・コミックスの奥のほうのダンボールにゴッソリブチまけられて、二束三文で売られてた牛乳瓶のフタ」みてぇな印象しかないのですが(<お前の個人的な記憶を「俺らの世代」とか言い切るな、コラ)。

 Wikipediaグーグルで調べたら、元々はハワイ発祥の文化&遊戯で、ビンテージ雑貨としてコレクションしてる人もいる、結構奥深いジャンルなことが判明。うむ、軽はずみな発言をしなくてよかった。

 ちなみに、ワタクシただいま、トイザらスで買ってきたフリトレーのチートスを喰らいながらこの記事を書いてるのですが、日本のチートスのオマケに一時期ついてきた「メガタゾ」ってのもPOGSの別名(正確には「タゾ」。頭の「メガ」は日本の方で勝手につけた模様)ってなことも解って「へぇ」とか、嘆息してみる。

 あとPOGSは1990年代に北米で瞬間的にブームになったんだけど、その際、余波が日本にも伝わってきてて、バンダイ他数社がPOGSを出してた模様(まぁ、流行りすらしなかったようですが)。

 ちなみに、写真のブツはスラマー(POGSで遊ぶ時に使うプラスチック製のPOG)が、ゴーストライダーのメダリオンになってたのが気に入って買った。

 つか、ゴーストライダーのメダリオンって、デザイン的に大好きなんだけど、あんまりグッズとして世に出てないのねん。

 今度、オイラのバイクのガスキャップにハメるんだ♪(<いや君、バイクなんて持ってないだろ)。
  
  
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タグ:豆知識 アメリカン・トイ

●最近の帰還。

2008.03.17 Mon

 うぃす。

 仕事がようやく一段落ついた。明日からまた次の仕事が佳境ですが。

 俺が会社に籠もってグダグダしてる間に、花粉の季節は到来するわ、1ドル100円切るわ、「トランスフォーマー・クラシック」(オモチャ)は発売されるわで、スッカリ世間から取り残されました。

 オマケに、「仕事が終わる頃には、発売されるんだ」とか心の支えにしてた『エンパワード』第3巻はいつの間にか4月発売になってるし。
  
  
▼最近の買い物自慢:

 でー、「トランスフォーマー・クラシック」のメガトロンが欲しくて、土曜日あたりに実家の方にあるトイザらスとか行った。けど、全部売り切れてて(ヨソじゃ余りまくりなバンブルすらねぇ)、ションボリ。

 がー、ついでに立ち寄ったリサイクルショップで、プリテンダーのブラジオンが、クラシック・メガトロンと同じくらいの値段で売ってて、ハナミズ吹いた(汚ねぇな)。


同じハズブロ製のドクター・ドゥームさまと記念写真。

 ……まぁ、メガトロンもブラジオンも語尾に「ン」が付くし、戦車に変形するし、似たようなモンか。俺はプリテンダーじゃブラジオンよりもロードブロックさんの方が好きなのですが(<聞いてねぇ)。

 見れば解るとおり、未開封でブリスターに割れもなく、非常に美品。ま、ブラジオンあたりのプリテンダーはいじっても楽しくないので、多分、一生開封しねぇと思う。

 このリサイクルショップ、前にもバトルユニコーン(未開封)を800円で売ってたり、メトロプレックス(シール使用済み。パーツは付属の戦車だけ欠け)を当時定価程度で売ってたりと、ワケがわからねぇ代物をデタラメな値段で売ってて侮れねぇ店だったんですが、しかしまさか、20年前の海外版トランスフォーマーを未開封新品3000円也で売ってるとはなぁ、とか思いつつ。
  
  
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タグ:アメリカン・トイ

●書き逃げよう、今日も。

2008.03.10 Mon

▼最近の日常:

 うぃす。生きてました。

 とりあえず、「仕事終えたぞ」とか思ったら、「やっぱ今までのはナシで作り直せ。締め切り延びないけど」とかいう逆境に追い込まれて、失踪したくなる日々です。

 とか言ってる間に、定例の仕事と次のデカめの仕事の仕込みをせにゃならなくなってきて、休めねぇ。なんたるファックだ。


▼最近読んだアメコミ:

 アメコミは、まぁそれでも読んでますが。ようやくクリス・クレアモントの『エイリアンズvs.プレデター:デッドリー・スピーシーズ』(『エイリアンズvs.プレデター:オムニバス』第2巻収録)読み終わった。

 感想としては、なんつーか、『エイリアンズvs.プレデター』という作品のファンは、あんまり面白くない話で、クリス・クレアモントのファンなら、まぁまぁ面白い話じゃないか、という感じ(つまり俺は、あんまり面白くなかった)。

 その、「クレアモント先生の書きたいSF世界」ありきで、そこにエイリアンとプレデターを、なんとなく盛り合わせてる感じがしてね。

 こう、薄口のP.K.ディックの出汁で、マッチョな牝牛を煮込んで、表面に『エイリアンズvs.プレデター』のみじん切りで覆ったような感じ? <わからねぇ、サッパリわからねぇ。

 だから、表面上は『エイリアンズvs.プレデター』っぽいんすが、口に放り込んで咀嚼すると、オリジナルの『エイリアン』シリーズ、『プレデター』シリーズの風味がしないねん。クレアモントの作品世界っぽい匂いしかしないねん。

 かといって、この作品世界の風味ってのが、『X-メン』とかでオイラが知ってるクレアモント風味とも違っていて、こう、「SF作家としてのクレアモント風味」っつーか、いうなれば、『暁のファーストフライト』風味? って、俺、『暁のファーストフライト』読んでねぇので、断言できかねますが。すみません。


 てぇか、クライマックスの「アレとアレとアレという、3つのデッドリーなスピーシーズが手を組んで、アレとアレとアレの悪しき所を集めたような存在&諸悪の根源に立ち向かう」とかいう展開はね、確かに、『エイリアンズvs.プレデター』という作品世界でなければできないことだけど、『エイリアン』と『プレデター』の作品世界はブチ壊しちゃってるよなぁ、と。

 こう、ベテラン作家に企画モノを書かせると、オリジナルの作品に対する「敬意」よりも作家性が上に立って、結局、豪腕で作品世界自体がねじ伏せられちまう流れの見本だなぁ、と。その意味では、メアリー・スーと同一ベクトルにあるかもなぁ、と、感覚的に思った。

 あと、ご都合主義も多すぎ。いや全てはあの「万能な黒幕」の仕組んだことかも知れねぇけどさ(<「全て悪役の手のひらの上でした」ってのは、フィクションのオチとしては、ご都合主義以上にいただけないけどな)。

 とりあえず、エンターテイメントとして単純明快な『プレデター:ビッグ・ゲーム』(『プレデター:オムニバス』第2巻収録)でも読んでウサを晴らしたるわい。
  
  
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タグ:AVP 今日読んだアメコミ

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