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●どうでもよいムーアっぽいなにか。

2009.01.30 Fri

▼最近のムーア。

 こう、劇場公開も近づいて、方々のブログで話題になったりならなかったりな『ウォッチメン』について、「ここはいっちょう俺も適当に語ってブログのアクセス数をあげるぜ」とか、浅ましいことを思いつく。

 で、適当にネットサーフィンして見つけた、トゥーモロー・パブリッシングのホームページのABCを始めた頃のアラン・ムーアへのインタビュー記事を、なんとなく読む。

 内容的にはムーアが子供の頃の英国のコミック流通についてだとか、「俺はスティーブ・ディッコが好きだったんだぜぇ! 俺はアナーキストで、ヤッコさんは右翼だけど、それでも尊敬してる! 俺がロックバンドに参加してたとき、ディッコについての詞も書いたんだぜ!」とか、「でもさ、ディッコの作品のテーマって、アイン・ランド(Ayn Rand:アメリカの女流小説家)の著作からの影響大きくね?」とか、あともろもろで、非常に面白かった。


 試しに全文訳してみようかと思ったけど、半分方訳したトコで「あー、無理」と判断して、まぁ辞める。っつーか、昔ムーアの企画書訳したときも思ったけど、この人の口語体の文章は、1センテンスが無駄に長くて時々同じことを言い直すんで、意味がとりにくいんだよ!<逆切れ

 とりあえず、日本でも評価の高い『ウォッチメン』と『キリング・ジョーク』に関して、ムーアが言及してる箇所は割りとスラリと訳せたので、今日はそこだけ貼って、逃亡する。

 っつーワケで以下引用。


──現在の仕事であるアメリカズ・ベスト・コミックスは、あなたが先程おっしゃった“陰鬱なダークエイジ”後の作品として、『ウォッチメン』への解答なのですか?
アラン・ムーア:『ウォッチメン』への反応はさほどない。何故なら俺は、あの作品に大いなる敬意を払っているからだ――あれは偉大な作品で、デイヴ(・ギボンズ)と俺は良い仕事をしたと、非常に誇りに思っている。

(中略)

『ウォッチメン』は俺が依然として大量の愛着を持ち合わせている仕事で、実に画期的な作品だった。デイヴと俺はあの本のために一連のテクニックを開発したものさ。
 しかし俺が『ウォッチメン』を書き終えた時、それらの技法は既に陳腐なものに感じられた。俺の言いたいことが解るかい?
 俺は次の作品には同様のストーリーテーリングのテクニックは使いたくなかった。だから『ビッグナンバーズ』や『ロストガールズ』、『フロム・ヘル』にはキャプションはないし、ワザとらしい“巧妙な場面転換”なんかもない。単に的確な場面転換があるだけだ――その方が俺にはより自然な手法に思えるんでな。
 俺が言いたいのは、俺は『ウォッチメン』のカラクリは気に入っているってことだ――あれは良くできたスイス時計のような作品、メカニズムだ、解るかい?

──(そうしたメカニズムは)書くのに疲れますか?
ムーア:ああ、非常に疲れる。ああしたレベルの複雑さをもったもの――その複雑さが表面上だけのものを書くのは。俺は思ったんだ“ああ、こんなことは2度としたくない”って。
 同じくらい複雑な作品は書いている。『フロム・ヘル』は『フロム・ヘル』なりに、『ウォッチメン』並に複雑だ。しかし『フロム・ヘル』の複雑さはより物語的なものだ。それは見かけ倒しでなく、そして俺は『ウォッチメン』以来、あの作品のような見かけ倒しな作品を書きたいとは思わない。
 ……あれと同時期に手がけた『キリング・ジョーク』は、やっちまったと思ってる。確かにブライアンのアートは美しいが、あれは俺の作品の中ではおそらくもっとも気に入らないものの1つだ。あれは『ウォッチメン』のストーリーテーリング技術に近すぎたんだ。
 もしも2年前か2年後――俺たちが『ウォッチメン』でしたことに、俺がそれほど影響を受けてない時期にあれをやってれば、おそらくは異なったものになったろうし、よりましなものになっていたろう……まあ少なくとも脚本に関して言えばだ。
 
  
 以上。

 とりあえず言えることは、『キリング・ジョーク』とか『ウォッチメン』の、このシーンとこのシーンが対応してるんだぜ的な、わかりやすい演出を指して、「ここの演出が凄いんだぜ! さすがムーア、天才!!」とか鬼の首を取ったように言ってるボイズンガールを時々見かけるけど、ムーア本人を目の前にしてそんなことを言うと、あの野郎の機嫌を損ねるので気をつけろ、と。

 あとついでに、『ウォッチメン』の初期企画について触れてる箇所を貼り付けて寝る。


(インタビュアーに「『ウォッチメン』にはMLJコミックスのヒーローの要素も入ってるのではないですか?」と聞かれて。※MLJは現在のアーチー・コミックス)
ムーア:ああ、正解だ。『ウォッチメン』の初期のアイデア――それは完成した『ウォッチメン』とは似ても似つかない――は、非常にシンプルなものだった。
 丸々1つの会社のコミックのライン、作品世界、コンティニュティ、スーパーヒーローに満ちた世界――願わくば中断され、もはや出版されていない会社のコミックのライン――を持てて、そして俺が異なったやり方でイジれたなら、きっと素晴らしいだろうと思ったんだ。
 このアイデアは、俺が似たような作品――要するに『マーヴルマン』さ――を手掛けた後のものであることは覚えていて欲しい。あの作品で俺は既に存在しているキャラクターを用い、彼と彼の存在する社会的環境を、より不快で、おそらくはより現実的な世界観に当てはめた。
 それで俺は、MLJのキャラクターたち――アーチーのスーパーヒーローたちを用いることから考え出した。なぜなら彼らはその当時出版されてなかったからだ。そして俺の知る限り、彼らの権利は容易に得られたろうからだ。
 初期のコンセプトでは、1960年代から1970年代版の、より馬鹿げたバージョンのザ・シールド(※MLJの看板ヒーロー)が波止場で死体で発見される。でもって、復帰したジャック・カービィ版プライベート・ストロングなどのいくらかのキャラクターが登場し、殺人事件が展開していく。
 俺は、“著名なスーパーヒーローが死体で発見される、ってのはコミックブックの出だしとしてなかなかのモンだろう”って考えてたんだ。で、謎が明かされるにつれ、一段、また一段とこのスーパーヒーローの世界の真の中心に近づき、それらスーパーヒーローの一般的なイメージとは異なる現実が明かされる。まあ、こんな感じのアイデアだった。

 ディック・ジョルダーノ(※元はチャールトン・コミックスの編集者で、後にDCコミックスに移籍。とてもえらいがその偉業はここでは書ききれない)がチャールトン作品を買収した時、デイヴ・ギボンズと俺は何か一緒にやろうって話していた。
 俺たちは『2000 A. D.』で2、3のストーリーを手掛けていて、彼と組むのは非常に楽しかった。で、俺らはDCで何かをやりたかった――俺たちはブライアン・ボランド、ケヴィン・オニールに続く英国離脱組の第一波で、俺は離脱組初のライターだった。そして俺たちは一緒に仕事がしたかった。
 初期の頃は、『チャレンジャーズ・オブ・ジ・アンノウン』のミニシリーズでもやろうかとか、どっから思いついたのか、『マーシャン・マンハンター』ミニシリーズのカバーの下描きも進めてたりした。
 だがやがて俺は、“これらは普通のシロモノだ”と思った。既に他の人間がそれらのキャラクターに関する企画を進めているだろうし、それ故DCは俺らに彼らを使わせたがらないだろうとも。
 で、その時点で俺は、MLJ/アーチーキャラクターらのアイデアを思いついていた、しかもこれは、いかなる既存のスーパーヒーローの一団にも当てはめられるアイデアだった。例えばタワー・コミックスのキャラクター、サンダー・エージェンツあたりでも、同じことができたろう。
 物語はスーパーヒーローたちについてのもので、そのスーパーヒーローたちがどいつらでもかまわなかった――彼らが共感できる存在で、人々が彼らを覚えていて、故にそれらのキャラクターらの現実がいかなるものかが明かされた時に、大きなショックと驚きを与えられるならば。

 で、ディックはチャールトンのキャラクターをDCのために買収してきてて、彼らの使い道を探していた。そこでデイヴと俺は企画書を提出した。この時点で企画は、いくらかのチャールトン・キャラクターが登場するものとなっていた。
 こいつにどのくらいのアイデアが盛り込まれていたかは覚えちゃないが、確か殺人で幕を開け、誰が殺人犯かもはっきりと決めていた。それに動機のアイデアもあったし、プロットの骨子は揃っていたと思う――こうした全ては実際のところ『ウォッチメン』では最もどうでも良いことどもになった。完成した作品のより重要な要素は、ストーリーテーリングやコマ間に潜ませたものであり、プロットはちっぽけなものだった。
 で、過激で普通でないスーパーヒーローの本を計画していた俺らは、タップリと懐かしさを含んだチャールトンの偉大なラインナップは、読者に共感と反響を与えると踏んだ。だから俺らはこの企画を、新たに加わったチャールトンのキャラクターを用いる形で提出した。

──それでその企画をディックに送った?
ムーア:そんな所だ。詳細は忘れた――何せずいぶん前のことでな。
 やがてディックから返事が来たのは覚えている。彼は企画を気に入ったが、彼は実の所、チャールトンのキャラクターを使わせたくなかった。
 なぜならこの企画は彼らの多くをひどい目に会わせたまま終わる。俺らの企画の後でDCが彼らを更に利用できるようにしておくならば、俺たちがこの企画で意図している衝撃が減じることは避けられなかった。
 もし俺らがチャールトンのキャラクターらを『ウォッチメン』に使っていたら、第12号の後には、──まあ、キャプテン・アトムは依然生きてるかもしれないが、『ウォッチメン』で起きたことを大分なかったことにしなければ、DCはそれらのキャラクターを扱ったコミックブックを出せなかったろう。

 当初俺は、新たにでっち上げた薄っぺらなキャラクターで、この企画ができるとは考えていなかった。そんなことをしたら、それらのキャラクターが読者に対して持つ全ての共感を失うことになり、それは俺がこの本で重要な箇所だと思っているものを減じると思ったからだ。
 やがて俺は気づいた。もしも俺が代用品のキャラクターらを適切に書けて、彼らに何らかの形で親しみを抱かせられたなら、そして彼らの持つ何がしかが一般的なスーパーヒーローへの共感や親しみを読者に想起させたなら、きっとうまくいくだろうと。

 で、俺らはコンセプトを練り直しはじめた。チャールトンのキャラクターらを出発点として――これは俺らがディックに従った――そしてここでプロットが関わってきた。俺らはキャラクターを変形させていき、そして俺は、そうした変化が俺により一層の自由を与えてくれることに気づきだした。
 キャプテン・アトムを原子力のスーパーヒーローにして、彼に原子爆弾の影を漂わせるという単純なアイデアは、オリジナルの企画の頃からあった。
 だが、ドクター・マンハッタンをある種の量子科学的なスーパーヒーローにすることで、全く新たな次元が開けた。彼の回りに漂うものは、単なる核の脅威以上のものになった。また俺たちがドクター・マンハッタンで描けるもの、彼の感情と彼の時間の認識の仕方は、キャプテン・アトムには相応しくなかった。だから、こいつは最良の選択だったのさ。そのことに俺が気づくのにしばらくかかりはしたもののな。

 俺は思った“実際こいつはクールだぜ!”。第1号を書いた時点で、俺はこのアイデアに夢中になっていた。
 正直、疑念を抱えたまま、準備に入ったんだ。だが一旦、行動方針を決めちまって、俺とデイヴの間でやりとりが始まったら、そして俺がデイヴのスケッチとアイデアを見始めたら……そうさ、俺が第1号を書きだした時、俺はキャラクター達をつかみ、そして彼らは俺の頭の中で強固になっていった。
 俺はそれらをスクリプトに落とし込み、そして、第3号の最初のページを書いてた時に俺は気付いた。こいつは俺らが思ってた以上のものだって。
 俺は突然に思った、“ヘイ、道路のこっち側の壁に放射線マークの看板が取りつけられてるところから始めるんだ。それで核の脅威が強調される。そしてこの新聞売りに叫ばせるんだ、暇を持て余した市井の人間が時々する様な具合に。で、この子供が読んでる海賊コミックのナレーションがかぶさる。そしてそれらが互いに関連する様にしてく。で、この海賊マンガで言及されてることを、このコマの絵に、もしくは新聞売りが言っていることに関連づけたら……おいおい、なんだかスゲぇことが起きてないか?” この時、『ウォッチメン』は飛翔したのさ。そしてこの時、俺は単にスーパーヒーローを暗く描くことよりも重大な何かが起きていることに気付いた、そう、暗く描くなんてのは、前に『マーヴルマン』でやったことだしな。
  
  
 以上。

 寝る。
  
  
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●続・最近の買いモノ

2009.01.27 Tue

▼「ぶりてん」って書くと、食い物みたい。<で?

 うぃす。

 例の「ザ・クラシック・マーヴル・フィギュリーン・コレクション」のデッドプール特集号を買えるトコを検索したりしなかったり。

 とりあえず、いつも使ってるマイルハイやローンスターには在庫なし。

 版権元のイーグルモス・パブリケーションのサイトに行ったら、全号直売してたけど、イギリス国内にしか発送してねぇでやんの。おのれ、イギリスン(造語)め。ていうかカタログ見づらいぞ、コンチクショー。<八つ当たり

 結局、イギリスのコミック&トイショップ大手の「フォービドゥン・プラネット」で取り扱ってるのを発見。

 考えてみれば当たり前なんだけど、イーグルモス・パブリケーションてば、イギリスの出版社なんで、むしろイギリスのショップに潤沢に在庫があんのね。

 でー、ソレ1冊だけ買うのもなんなので、ついでに同シリーズのゴーストライダー特集号と、「DCコミックス・スーパーヒーロー・コレクション」のキャプテン・マーヴェル(シャザムの方ね)特集号なぞも買う。……しまった、ケーブル特集号も買うべきだったな。

 あとついでにクマのプーさん(っぽいナニカ)のぬいぐるみとか、『エイリアンvs.プレデターvs.ターミネーター』の英版TPBとかいった、イギリス流通な品々も注文してみた。

 以上、特にオチもなく。とりあえず、「注文受け付けたよ」メールも来たので、多分、問題なく届くと思う。
  
  
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●最近の買いモノ

2009.01.27 Tue

▼最近のよい買いモノ。

 こう、手持ちのコミックブックが順調に増えてきたので、豆魚雷でショートボックスを8つバカシ購入。

 それだけ買うのも何なので(<無駄使いの言い訳ですね)、ついでに最近気になってたイーグルモス・パブリケーションズの「ザ・クラシック・マーヴル・フィギュリーン・コレクション(※)」第46号、キャプテン・マーヴル特集号も試しに注文。

(※)ザ・クラシック・マーヴル・フィギュリーン・コレクション:まぁ、ディアゴスティーニあたりの「週刊 世界の戦車 毎号戦車模型つき」なソレみたいに、毎号特定のマーヴル・ユニバースのキャラクターを特集して、そのキャラクターのメタルフィギュアと20ページの小冊子がセットで売られてるシリーズ。今の所80号強出てて、まだまだ続く。
 また、DCユニバースのキャラクターを対象に、やはりメタルフィギュアと小冊子を同梱した「DCコミックス・スーパーヒーロー・コレクション」も現在展開中。


 でー、俺的には割とフィギュア(ハンドペイントで結構良い仕上がり)目当てで購入してて、小冊子は「まぁ、20ページだしな」的な認識だったんですが。

 何気なしに読んだこの小冊子がね、キャプテン・マーヴル(マー=ヴルさんとジェニス=ヴルの2代分)の歴史、キャラクターの発展、能力の詳細、仲間や仇敵、誕生秘話までを、実に手際よくまとめ上げてて感心する。いや、20ページ舐めてました。反省。

 ……てかまぁ、キャプテン・マーヴルというキャラクターの歴史が、この20ページの小冊子に綺麗に収まる分量だった、というソレもあるでしょうが(どんなに歴史の長いキャラクターでも、毎回20ページ&同じページ割で紹介してるので、有名キャラになればなるほどザックリした紹介になるはず)。

 ちなみにこの号の刊行時期が、ちょうど『シビルウォー:ザ・リターン』の出た前後で、「ジェニス死亡→しかしこれでマーヴルの歴史が終わったわけではない……」的な結びで、ギリギリ綺麗にまとまってるのも良かった。


 でー。

 この冊子の巻末に、各キャラクターの製作秘話を紹介する「ビハインド・ザ・シーン」ってコーナーがあるのですが。この記事がね、わずか2ページ半なのに、ちゃんとロイ・トーマスやジム・スターリンといった、キャプテン・マーヴルの歴史のターニングポイントに関わった作家達に取材して、コメントをもらってるのに非常に感心した。
 多分、他の号も同様にきちんとコメント貰ってるんだろうし、ソレを実現させられるだけの予算と時間的余裕のある体制で作ってんだろなぁ。

 っつーか、ロイ・トーマスのコメントがブッチャケ過ぎで吹く。

 かいつまんで言うと、

・キャプテン・マーヴルに「キャプテン・マーヴル」という名前がつけられたのは、純粋に「キャプテン・マーヴル」という名前の商標権をマーヴルが取得するため。それ以外に理由なぞない。

・ていうか、当時(1967年)のマーヴルの社長マーティン・グッドマンが、「ヨソの会社から“マーヴル”の名を冠したコミックが2度と出ないようにしろ、特にキャプテン・マーヴルって名前のヒーローは」とスタン・リーに命じたのがそもそもの始まり(トーマス「って、当時スタンに聞かされたんよ。細かい事情は知らないけど」)。

・トーマス曰く「多分、グッドマンは他社がマーヴルの名を冠したヒーローを出版することが耐えられなかったんだろうね。ほら、彼はゴールデンエイジに『マーヴル・ミステリー・コミックス』を出していたけど、後発のフォーセット社の「キャプテン・マーヴェル」が大ヒットして、マーヴェルといえば真っ先にキャプテン・マーヴェルを思い浮かべる有様だったからね。グッドマンが自社の名前をなかなかマーヴルに変更しなかったのも、他社でマーヴェルの名を冠したヒーローが大人気じゃ、紛らわしかったんだろうね」

・で、スタンは当時構想してた「クリー星人の軍人が地球でヒーローとして活動する」SFヒーローものの主人公に、実に無造作にキャプテン・マーヴルと名づけた。

・後にシリーズをスタンから引き継いだトーマスは、ゴールデンエイジのコミックのマニアだったので、オリジナルのキャプテン・マーヴェルの要素をマーヴル版キャプテン・マーヴルに取り込もうと考えた。

・結果、オリジナルのキャプテン・マーヴェルの「少年が大人のヒーローに変身する」というコンセプトがパク……もとい、オマージュされ、リック・ジョーンズがキャプテン・マーヴルに変身するという、新展開に。

・ついでにトーマスは、キャプテンのコスチュームデザインを一新することとし、自らデザイン案を描いた。が、このコスチューム、ブッチャケ1946年にジェリー・ロビンソン(※)が創造したマイナーなスーパーヒーロー(なにせ2号で休刊)、「アトマン」のパク……オマージュだった(本人がそう言ってるんだから、しょうがないべよ)

(※)バットマンの作者ボブ・ケインのアシスタント。後に「バットマンとロビン以外の全ての絵を描く仕事」「バットマンとロビンの目玉以外全部描く」仕事にランクアップ(バットマンとロビンに目玉はない? じゃ、そういうことなんじゃねぇの?)。


ブッチャケ過ぎなトーマス先生への敬意を表し、アトマンとキャプテン・マーヴルの画像を並べてみる。

 以上。

 とりあえず、本日の結論としては、「ザ・クラシック・マーヴル・フィギュリーン・コレクション侮りがたし」という感じで、こらいよいよデッドプール特集号を手に入れなアカンなぁ、と思った。
  
  
  
  

  
  
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●最近のどうでも良きことども

2009.01.21 Wed

▼適当なつぶやき:

『ケーブル』誌(オイラが定期購読してるねん)と『X-フォース』のクロスオーバー「メシア・ウォー」、面倒なので『X-フォース』サイドの話はスルーしようと思ってたらストライフさまが降臨なされるとのことで、ライフェルドマニアの俺さん的に、むしろ全話購入決定。とりあえず、プロローグっぽい本とか再オーダー。

 先週末、突然にウチのブログ経由で『エンパワード』が11冊売れる。ありがとう、としあき……いや、模型裏はとしあきじゃねぇか。俺もいつかエンパワードさんのフィギュアをスクラッチしたいよ。


▼適当なつぶやき2・っつーか、何だろう、この駄文。

 こう、コミックブックなり(一次情報)を読まずに、他人の書いたテキスト(二次情報)を読んで、ヨソのサイトで「これってこうなんだぜ!」ってウケウリする行為って、あるじゃないですか。
 まぁブッチャケ、このブログで書きタラしてる豆知識なんかも、そうしたタグイのウケウリなのですが。

 こう、10年以上もネット上で駄文を書きタラしてると、中には俺のテキストを余所でウケウるような人もいるようで。

 その、俺的には、ウチのサイトの文章を余所でウケウられることはね、割と「嬉しいこと」だったりするのですよ。実は。
 俺のサイトのテキストに目を通してる人間がいて、それを信用した上でウケウってるってことが確認できるんで、俺としては嬉しいし、「もっと余所さまが安心してウケウれるような、正確できちんとした文章を書かなアカン」とかも思うですよ(思っても実行に移せてない点は反省するトコですが。<一向に完成しないグリーンランタン講座のリライトとかな)。

 だから、まぁ、ウチにあるテキストをウケウってアメコミwikiとかを更新するのはぜひやれ(つか、あのwiki、マーヴルに比してDCの情報量が寂しいので、もっとこう、頑張っていただきたい)。


 一方でね、俺の書いたテキストが間違った形で他でウケウリされてるのは、とても哀しいことでね。
 俺は、一応は、他人に正しい情報を伝えようと思って、そうしたテキストを書いてたわけでね。それが誤読されちゃってるってのは、第一に俺の力量不足なわけで、とても哀しいのですわ。

 まあ中にはね、ウケウル側の人が、オリジナルのテキストの文末を改変したり、自分なりの表現にして書き込んでいたりした結果、元はまぁそれなりに正確だった情報が、なんだか誤解を招く表現に変わっている場合もあってな。
 この場合、「俺の力量不足」というファクターは薄れて、割とウケウった側に責任をナスリつけることができるのですが、それでも「間違った情報がそこに流通している」という現実は、情報を発信した側であるこちらとしては哀しくなるのですよ。
(できれば、まんまコピー&ペーストでウケウって欲しいなぁ、とか思うのですが駄目ですか)


 その、こないだな、某アクション・フィギュアのブログを覗いてたら、コメント欄で多分、俺の旧アジトのDCユニバース年表をソースに、色々とウケウってた方を見かけたのですよ。

 それが、「明らかな誤読」「現在では古い情報」「元のシンプルな説明にウケウる側の主観を足したことで微妙によれた表現になった」等々、さほど長くもない文章に、可能な限りの誤読を詰め込んでいるという、近年希に見るクオリティで、非常に、心を揺さぶられた(思わず、今日のこの長文を書いてしまうくらいに)。

 え? 「間違ってたんなら、お前がコメント欄で突っ込んでやれ?」
 すみません、現在の俺は自分のブログだけでデカイ面してる、ネット引きこもりっつーか、自分の手の届く範囲でしか物事に責任を負いたくないんで、そういうのはしたくないんすよ。<偉そうだけど、情けないな、お前。

 ……昔は匿名で突っ込んでたこともあったけど、そういう「ウケウる人」って、指摘されるを発言を全部撤回するだけで、「何が間違っていたか」に向き合わない人が多いしね……。<って、人のせいにして逃げてるだけですが。

 まあ、結論としては、「ウケウル時は、別の情報ソースも参照して、裏をとった方がええよ」という。


 そんな俺は、自分の書いた「デッドプールはデスストロークのパクリ」の豆知識の信憑性を、もう少しキッチリしときたいなぁと思って(ブッチャケ、あのネタ米wikipediaからのウケウリやねん)、この豆知識の出展元である「the Classic Marvel Figurine Collection」のデッドプール特集号を買っときたいんだけど、どこも売り切れだよ、コンチクショー。
  
  
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タグ:デッドプール

●どうでも良き一人合点。

2009.01.15 Thu

▼最近のつぶやき。

「たけくまメモ」の最近の注目記事である所の「『バクマン』に関するコメント欄の流れ」と、それに関して意見を述べてる「島国大和のド畜生」の記事を読んで、思ったこと、気付いたことをツラツラと書く。

 あくまで俺個人が思ったことで、しかも結論なぞ出てないんで、他人さまが読んでも面白くないとは思うけど、まぁ、メモみたいなモンで。


 第1に、この手の日本のマンガとアメリカン・コミックスの製作体制比較なぞが話題に上った場合、アメリカン・コミックスが割合露出していた1990年代頃に得た知識で(大雑把にいうと「DC、マーヴルは自社で権利を持ってて印税を払わないんだぜ!」「イメージ・コミックスは作家自身に権利が属してるぜ!」とかいう非常に凝縮されたアレ)、アメリカン・コミックスの作家・編集者の体制をザックリと切る人が出るなぁ、と思う。

 まぁ、俺自身も編集者・作家の関係とか原稿料について詳しい訳じゃないので、そのように思うだけで「実際にはこうだぜ!」とか突っ込むことはできないのが申し訳ないですが。

 ……とりあえず、現在はDCもマーヴルもそれなりに著作権を認めたり、印税もしくはそれに準ずるギャランティを支払ってるはずだけどな(コミックを原作としたオモチャとかのロイヤリティでもめた話は聞くので、日本とは契約が色々違う模様)。

 ていうか、「作家の権利を保証するぜ!」とかいう錦の御旗を掲げてたイメージ・コミックスで、その辺の権益を享受できたのは創設者とその周辺だけで、各作家のスタジオに雇用された作家には、結局権利もクソもなく、やってることはDC、マーヴルと変わりない(「綿花農園から逃げた農夫が新たな綿花農園を作っただけ」と揶揄される)とか、
 理想を掲げた作家がドンブリ勘定で運営したおかげで会社が傾いて、結局、きちんとしたビジネスマンをパブリッシャーに迎えて立て直したとかいう、イメージ・コミックス社の現実って、日本じゃ全然知られてないよね(この辺は、コミックス・ジャーナルの公式HPのアーカイヴにイメージ10年史みてぇな記事があったはずなので、今度きちんと読んで、できればブログの記事にしようと思った)。


 でー、第2にね。

 この手の日米のマンガ・コミックの製作体制を比較した際、我々日本人は割と無意識に、両者の“製作費”を等価で見ているんじゃないか、ってことに気付いた。
 で、俺なりに考えてみたのですが、いわゆるメインストリームのアメリカン・コミックス(要するにDC、マーヴルの出してるヒーローもののコミックス)の製作費って、マンガの数倍はあるんじゃないのかなぁと、思い至った。

 昔、俺が「タケシ・ミヤザワ先生(※日系コミック作家。当時訪日していた)にお話を聞く会」みてぇなのに出席さしてもらった時、原稿料の話がちょいと出てな。
 ミヤザワ先生はズバリの数字こそ言わなかったものの、新人のコミック作家(この場合はペンシラー)のマーヴルのページ単価は、日本の新人マンガ家のページ単価とだいたい同じくらい、ということは言ってた(言ってた……よな<当時のメモが見あたらないので記憶で書いてますが<最悪だ)。

 えーと、アメリカのメインストリームのコミックブックというのは、基本的に分業制で、編集者、ライター(脚本家)、ペンシラー(下描き)、インカー(ペン入れ)、レタラー(セリフの写植や効果音の描き文字を加える)、カラリスト(原稿を着彩する)という具合に、細かく別れてるのですが、ミヤザワ先生の話からするに、その1部門であるペンシラーだけで、マンガ家と同じ原稿料をもらっている模様なのですよ。

 てこたぁ、ライターも大体ペンシラーに準じる金額をもらってるだろうし、更にインカー、レタラー、カラリストも(ライターやペンシラーといったメインの作家ほどじゃないにせよ)それなりの金額をもらってると考えると、アメリカン・コミックスのページ単価って、日本のマンガの優に3~4倍は行ってるのではないかと思う。
(「編集者の給料も足したら、トントンになるんじゃね?」とかいう、いらぬ茶々を思いついたけど、無視してください)。


1/16追記:すいません、ココ、理屈が飛躍しすぎた。
・つまり、1人がもらう原稿料はマンガ家もペンシラーも変わらないけど、作業量自体は(マンガの作業行程を「ネーム/下絵/ペン入れ/仕上げ」の4段階と大雑把にくくれば)ペンシラーはマンガ家の1/4位程度。
・しかもアシスタント代とかの、支出も少ない(1コマ描くのに「モデルを雇って、コマと同じライティングを当てた写真を取る」とかいうことをしてる作家もいるけど、そういう人はページ500ドルとかもらってる大作家)。
・また、ニューヨークと東京では、前者の方が部屋代とか物価は安い。
・そんなわけで、月産22ページ(コミックブック1冊分)、ページ単価80ドルの新人ペンシラーでも、新人マンガ家よりかはマシな生活を送れてるのではないか。

 とかいう理屈を書き連ねた上で、「(一般的な)アメリカン・コミックスの作家は、日本のマンガ家とよりも賃金水準は相対的には上なんじゃね?」とかいう言説に繋げてから、次の一文に入るベキだった。



 これまでその辺に思い至らず、オイラは割と無意識に「(一般的な)アメリカン・コミックスの作家は、日本のマンガ家と同程度の賃金水準にある」ものと思って、マンガ家とアメリカン・コミックスの作家を比べてたなぁ、と気付いた。

 こう、ね、「毎回のアシスタント代だけで赤字が出て、単行本の印税でようやくプラスに転じられる」とかいう気の狂った賃金水準にある日本のマンガ家と、コミック作家とを同列に見て「印税もらえないの? 可哀想!」とかいう短絡的な認識をしちゃうのは、実は間違っていたかも知れないと気付いた。

 間違ってないのかも知れないけど……その、日本の底辺のマンガ家のように「原稿を描けば描くほど貧乏になる」とかいう、どうかしてる生活を送ってるコミック作家って、いないと思うよ?(まぁ、コピー誌に毛の生えたようなオルタナティブ・コミックスの作家ぐらいまで行けばいるかも知れないけど)。

 むしろアメリカン・コミックスってのは、印税なりをもらえなくても(実際には現在はそれなりにもらえてるはずなんだが)、それなりの水準の生活が維持できる程度には作家が稼げるビジネスモデルが確立してるんじゃねぇの? とかいうことに気付いた。

 実際どうかは調べてませんが。

 ……とりあえず、かのビル・ジェーマス先生(マーヴルの元えらい人。コミックス製作のシロウトなのに、ベテラン作家に「こうすれば受けるヨ!」とか口出し、「じゃ、見本を見せるヨ!」とか言いつつ自分がライターのミニシリーズを刊行させたという経歴を持つ)の『マーヴィル』最終号(確か新人作家へのギャランティや契約についてミもフタもなく書いてた記憶が)を読み返そうと、思った。


 あと、「大手の出版社が作品の権利を持っていること」ってのは、それらのオリジナルの作品(スーパーマンとかバットマンとか)を創造した作家らには、色々と遺恨を残してるかも知れないけど、現代の作家志望者にとっては既に織り込み済みなことで、別に現在のアメリカン・コミックスにとってネガティブな要素じゃないと思うねん。

 ていうか、そうした権利が欲しければ出版社を立ち上げちゃうしな、向こうの作家は。

 こう、「日本のマンガ家は自分の作品を全てコンロトールできるのが、素晴らしいぜ!」とかいう言説ってあるけど、自分の作品どころか、その流通や営業までをコントロールしてるアメリカのインディーズ作家兼出版社社長のフリーダムさに比べれば、なんてこたぁない気がするぜ!

 と、毎度トリトメもなく書き連ねて、オワル。
  

 とりあえず、タケシ・ミヤザワ先生の作品へのリンク貼り付けてみる。  

  
  

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●コミックマーケット75に参加したねん、の巻。

2009.01.04 Sun

▼そーいうわけで、まぁ報告的なもの。

 うぃす。

 年が明けましたね。今年も、まぁ、よしなに。

 そんなわけで、参加してきましたよ。コミックマーケット75。

 ちっと強気に刷った(※何度も言うけどあくまでウチの水準での「強気」な)新刊の『ボルトロン』本は、結局余った。まぁ、既刊の方と合わせて印刷代+参加費は越えたのでまぁアレですが。

 今回は、大学時代のサークルの先輩がアニメ評論あたりのシマで参加するとかで、無理を言って『ボルトロン』本を委託さしてもらいましたが、そっちでも30冊バカシ売れてくれて、こう、「委託って良いものなのだなぁ」という結論に至る(何をイマサラ<すいません、何分今回はじめてオフセット本を出すような素人ですんで)。

 でー、先輩に指摘されて気づいたですが、「ゴライオンとかダイラガーXVとか、いまどきの若者は知らない」のね。よく考えたら四半世紀前の作品だしな。

 ただ世代的に知ってる人とかは、別にアメコミに興味のなさそうな人でも立ち止まって手に取ってくれたのは、割とこう、「いえーい」という感じ。早足で通り過ぎようとしてた30代くらいの方が、突然振り返って「ゴライオン?」って表情でこっちを見る、ってのも2、3度あって、「してやったり」ですよ(何をしてやったりなんだかは、この際、気にせずに)。

 あと、「ブログ読んでます」とかい言いつつ本を買ってく方なぞも結構いて恐縮する。ていうかすいません、無愛想なネット弁慶の恥豚(※ちとん、と読む。(C)伊集院光)で。

 でー、1年半ブリの参加だったんすが、「この面は、確か1年半前も長時間立ち読みするだけで買ってかなかった野郎だ!」って人が、2人ほどいまして苦笑い。英語で言ったらビタースマイル(意味なし)。まぁブッチャケ、この人ら2年前も3年前も長時間立ち読みするだけして買ってかなかったのを記憶してますが。ええ(根に持ってるのか)。

 でー、今回は更に長時間立ち読み+「同人誌買えば1ページ目に書いてあるよ」ってな基礎中の基礎を質問してくる3人目が登場。

 まぁ、立ち読みで足を止めてる人がいると、逆に「これは見といたほうがいいかな?」ってな具合に手に取ってくれる人もいるので、それはそれで(まぁ、ポップとかが立ち読みしてる人の影になるって不都合もあるけどねー)。

 そんな感じで、撤収後にロヒキアさんたちと飯を食ったりして帰る。

 お疲れでした。

「次」は何にも考えてないけど、出すならJLA本のメンバー紹介本の増補改訂版とか、グリーンランタンとかかなぁ。こう、今の若い世代のDC入門みてぇな本でいこうかと。

 せっかく『グリーンランタン:リバース』をアレしてる人とかもいることだしね……。
  
  
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