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●狼男だよ、なハナシ。

2009.02.28 Sat

▼またwikipediaからのウケウリですまんが:

 なんとなく読んでた英語版Wikipediaの、マーヴ・ウルフマンの項に書かれてたエピソードが面白かったので適当に訳しつつ噛み砕いて紹介してみるという、毎度なソレ。

・どうでも良いトリビア:ライターのマーヴ・ウルフマンは、その名字がコミックス・コードの検閲に引っかかりそうになったことがある。

 マーヴ・ウルフマンといえば、『ニュー・ティーン・タイタンズ』や『クライシス・オン・インフィナイト・アーシズ』等のライティングで、1980年代のDCコミックスを代表する作家だ。

 彼の名字「ウルフマン<Wolfman>」というのは本名であり、ペンネームではない。多分、彼の祖先が毛深かったのだろう(ウソ)。

 ウルフマンは1960年末からDCコミックスでインターンとして働きだし、やがてコミックのライターとしてデビューした。

 当時のウルフマンは『ティーン・タイタンズ』などのヒーローものに加え、怪奇コミック『ハウス・オブ・シークレッツ』誌などにも作品を提供していった。

 さて、この当時の『ハウス・オブ・シークレッツ』等のDCの怪奇コミックは、基本的に1冊の本に3、4本の短編が収録されており、巻頭そして各短編のオープニングには“ホスト役”のキャラクターが現れ、読者に向かって「ようこそ秘密の館へ。さて、これから始まる物語は……」といった具合に、イントロを行うというのが基本スタイルだった(日本のTVドラマ『世にも奇妙な物語』のタモリの役回り、といえばわかるだろうか。若者はわかりませんか)。

 さて、1970年頃、『ハウス・オブ・シークレッツ』のとある号のイントロページのライターを担当することになったDCの若手(当時)ライター、ゲリー・コンウェイは、ウルフマン担当の短編の前に挿入されるイントロ部のセリフに、作者の名前を忍び込ませた。

「これから始まる話は、僕が昔々にさまよえる狼男(ウルフマン)から聞いた話なんだけど……」といった具合に。

 が、このセリフが、コミックス・コード・オーソリティ(CCA)による検閲の段階で問題になった。

 なぜなら当時のコミックス・コード(コミックス・コード・オーソリティの定めた自主検閲コード)では、「作中で狼男を描写してはいけない」というザックリとした要項があり(正確には「歩く死体、吸血鬼殺、吸血鬼、喰人鬼、食人嗜好、狼男等の描写や、それらを想起させるものは禁ずる<Scenes dealing with, or instruments associated with walking dead, torture vampires and vampirism, ghouls, cannibalism, and werewolfism are prohibited.>」)、クダンのセリフがこの要項に引っかかったのだった。実に杓子定規なことだが。

 このセリフを削除するよう通達したCCAに対し、コンウェイと担当編集者らは、セリフで言及されている「ウルフマン」が、実在の人物の名字にひっかけたものだと訴えた。最終的に、短編の冒頭にマーヴ・ウルフマンの名前をクレジットすることで(クダンのセリフの指すものを明らかにすることで)セリフを削除せずに済んだ。

 ちなみに、当時のDCの怪奇ものコミックにおいては、伝統的に各作家の名前を表記しないこととなっていた(理由は知らぬ)。が、ウルフマンがこの件でクレジット表記されたのをきっかけに、他の作家もクレジットの記載を求め、以降の怪奇コミックでは、(ヒーローものコミックなどと同様に)巻頭にクレジットを表記するようになった。


 また、この1件のせいかどうかは知らないが、1971年度に改訂されたコミックス・コードでは、例の「「歩く死体、吸血鬼殺し、吸血鬼、喰人鬼、食人嗜好、狼男等の描写は禁止」の要項は、単に「歩く死体や拷問の描写は禁止<Scenes dealing with, or instruments associated with walking dead or torture shall not be used.>」と手短になった。

 また狼男らに関しては、「吸血鬼、喰人鬼、狼男に関しては、『フランケンシュタイン』、『ドラキュラ』と言った古典、或いは、著作が世界中の学校で読まれている、エドガー・アラン・ポーや、サキ、コナン・ドイルその他の、著名な作家によって書かれた程度の高い文学作品のように、古式伝統に則った扱われ方をする場合、これを許可する<Vampires, ghouls and werewolves shall be permitted to be used when handled in the classic tradition such as Frankenstein, Dracula and other high calibre literary works written by Edgar Allen Poe, Saki (H.H. Munro), Conan Doyle and other respected authors whose works are read in schools throughout the world.>」という具合な長たらしい文言が加えられ、事実上解禁された。

●参考:クダンの事件の顛末と『ハウス・オブ・シークレット』の該当号のスキャニング画像を載っけてるページ
  
  
・ウルフマンの怪奇コミックの代表作『トゥーム・オブ・ドラキュラ』単行本


 結構沢山出てるのね(俺が持ってるの、『エッセンシャル』の1巻だけだ)
  
  
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●言わなくていいことをいう日。

2009.02.27 Fri

▼きらくにやろうよ、の巻。

 こう、ね。

 別にオイラ、『ウォッチメン』嫌いじゃないし、あの作品が“ヒーローものコミック”において「傑作」の部類に入れられる作品であることは否定しないけどね。

 けど、あの作品を、
「アメリカン・コミックスの頂点」
「世界一のSFコミック」
「グラフィック・ノベルの最高傑作」

 とかいう感じの、大仰な形容詞で語られるのは、なにか、こう、眉根を寄せちまうなぁ、と。

 いいじゃん、普通の形容詞で。

 最高とか頂点とかナンバーワンとか誰もが認めるとか、そーゆーの、いらんわい、と。
 ほら俺、競争とか「めざせ一等賞」とかいうのが嫌いなゆとり世代だし(<舌を抜け)。

 特に、『ウォッチメン』以外にヒーローものコミックを読んでなさそうなマンガ評論家さまとか、コミック読んでるかもしれないけど、書いてる原稿の精度がデタラメな映画評論家さまとかにそういう形容詞を使われると、ね(※特定個人のことは指してません)。
 こう、「貴様らがもう一生、切符を買う時のオツリが10円玉メインで出てきますように」的なユルい呪いをかけたくなりますね。重くなるよ? ポケット。

 ていうか、あれが「頂点」てことは、この20年間アメリカン・コミックスはなんら成長してなくて、アラン・ムーアという作家もあそこがピークだった、って言ってるのと等しくね?


 とりあえず、あれだ。このブログ読んでるあなた、あなたね。

 はい、今あなたには、「人に『ウォッチメン』の単行本を貸す時や映画版の話をする時に、“大仰な形容詞”を付けて、無駄に鼻息荒く紹介しちゃう」と、「今後喰うトマトが、熟してなくて無駄に硬いか、熟しすぎて噛むと“なふ”って砕けるかで、滅多に丁度いい塩梅のが喰えない」呪いをかけました。
(※トマト食わない人は、「ナス科の食べ物全てにおいて、いい塩梅のを喰えない呪い」になります)

 だから、肩肘張らずに、しかし、こういうのに興味を持ってくれる人間に『ウォッチメン』を勧めなさいな。お願いだから(ていうか、肩肘張って人に勧めると、勧められた方も身構えちゃうぜよ?)。

 とりあえず、オイラは、洋ゲーとかやってて、割とアメリカン・コミックスでも身構えずに見てくれるヤカラ1、2人に「今度やる例の映画の原作のコミックなんだけど、暇なら読む?」程度の適当な塩梅の勧め方で貸し付ける予定。

 以上、読み返さずに書き逃げる。

 明日こそは『JSA』と『スーパーマン』の感想書く。
  
  
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●デップーな日々。

2009.02.25 Wed

▼デッドプールな日々:

 今回は、『JSA』の「キングダム・カム」編とか、スーパーマンの「ニュー・クリプトン」編の感想なぞを書く予定でしたが、諸事情により予定を変更して、デッドプールさんのお話をするのぜ。


 っつーわけで(<何が?)、こないだフォービドゥン・プラネットに注文してた品々が届いたのぜ。

 っつーか、「発送しましたよ」メールも「送料は最終的にこのくらいかかりましたよ」メールもなしでいきなり着いたのデスガー。

 しかも、6品注文したうち2品しか入ってなくて、伝票に「下記の商品は在庫ないかまだ未入荷だったよ、スマンね」とか書かれててアゴを外す。

 それでいいのか、イギリスン(造語)。

 これだから揚げ物に酢をかけて喰うような奴らは信用できねぇ(<関係ねぇ。ていうかお前が酸っぱいものが苦手なだけだろ<ていうか急にフィッシュ&チップスが喰いたくなったので、今週末作ることにした<どうでもいい)。

 運良く届いた2個は、「ザ・クラシック・マーヴル・フィギュリーン・コレクション」のデッドプールさんの号と、その姉妹誌の「DCコミックス・スーパーヒーロー・コレクション」のシャザムさんの回。

 当初の目的である所のデッドプールさん特集号と敬愛するシャザムさん特集号が届いたのは、幸いと言えよう。届いてなきゃイギリスンどもに毎行「bloody」の単語を織り込んだ頭の悪い抗議のメールを送りつけるトコでしたが。


 ま、それはそれとして、待望の「デッドプールさんのオリジンに関わる裏話」なソレを読めたので満足した。

 こないだ(Wikipediaで読んだ記事を元に)俺が書いたソレと微妙にニュアンスが違ってて、「あぁ、やはり一次資料に当たらねばイカン」と思った今日この頃。


 以下、例によって適当に翻訳したソレを引用。

1:『ニュー・ミュータンツ』第98号(デッドプールの初登場号な)のレイアウトを見た時のファビアン・ニシーザ(デッドプールのライター側の生みの親)の感想
「最初俺が聞いてたのは、奴(デッドプール)が腕利きの殺し屋で、非常に俊敏だってことだけだった。スパイダーマンとパニッシャーを合わせた様な、な。
 で、(レイアウトを見た)俺は、ロブに電話してこう言ったんだ。
“こいつはティーン・タイタンズのデスストロークじゃねぇか!”
 そしたら奴は笑いながらこう言った。
“あぁ、バレたか<Ah, you cought me>”って。
 そして俺らは笑い合った」

2:なんでロブ・ライフェルドはデッドプールをデスストロークのパロディにしたのか?
「俺ら2人はティーン・タイタンズを愛していたし、この号で登場する3人の新キャラクター(デッドプール、ギデオン、ドミノ)の内、デッドプールは使い捨てのキャラクターにしようと話してたんだ」

3:デッドプールのキャラクターづけについて
「で、デッドプールをどんな性格にしようかって話になったんだが、ぶっちゃけロブは全部を俺に託した。
 でだ。ドミノとギデオンはより重く、よりシリアスな――『ニュー・ミュータンツ』誌上において可能な限りシリアスな――キャラクターになることは決まっていた。それで俺は、デッドプールをやかましく喋るヌケサク、戦っている相手に難癖をつけ、いら立たせるような奴にすれば、ケーブルの愉快な引き立て役になるだろうと思ったんだ」

4:デッドプールの名前について
「俺は奴をウェイド・ウィルソンと名づけた。俺らの内輪のジョークでは、奴はスレード・ウィルソン(デスストロークの本名)の遠縁の従兄弟――母親の姉妹の叔父の従兄弟ってことになってたんだ」

5:ミもフタもない話
「俺らは(デッドプールを)長期的にどうこうしようとは、全く考えていなかった。
 ただ、奴に対する読者からの反応は非常に良かった。そしてロブは奴を描くのを好んだし、奴が他のキャラクターに与える影響も好んだ。だもんで俺らは奴を再登場させ続けた。
 じきに奴は充分な人気を得たんで、奴でリミテッド・シリーズでもやろうか、と言うことになったんだ」

 以上。

 そういや、この間Humanflyさんにオススメされた『ヒーローズ・リボーン:レムナンツ』を読んだよ!(いや、結構前に読んでたけど、ここで話題にするの忘れてた)

『ヒーローズ・リボーン』で活躍していた某キャラクターが、リボーン版デッドプールになって人類殲滅を企んだり企まなかったりするのを三流ヒーローチームが何とかしようとしたりしなかったりするバカ話(褒め言葉)で、非常に満足。さすがはジョー・ケリーだぜ(褒めてますから)。
  
  


 とりあえず、デッドプールに興味を持ってる初心者の方に置かれましては、現行シリーズの第1巻(『Deadpool 1 (Secret Invasion)』)を予約すると良いのではないか。

 更にデッドプール道をまい進したい中級者の方におかれましては『ケーブル&デッドプール』を第1巻から買ってみるのも良いかも(その前にミニシリーズをまとめた単行本もオススメしたいけど、現在、強気な値段のマーケットプレイス商品しかないしな)。第1巻はロブ・ライフェルドが表紙だけど、中身は別の人が描いているので大丈夫だ。

 個人的には、いきなり最終巻である『Deadpool vs. the Marvel Universe』を読むのもアリだと思う(何故なら、この巻には諸事情によりケーブルが登場しないので、単にデッドプールさんの単行本として読むことが出来るねん)。

 ちなみに『デッドプール・クラシック』第1巻は、ロブ・ライフェルドの「奔放な」アートワークを許容できる、上級者な精神状態をお持ちでない方には勧められません。気をつけよ。


 ……すまん、今『デッドプール・クラシック』の収録内容確認したら、ライフェルドが描いてる奴は、プーさん初出の『ニュー・ミュータンツ』第98号オンリーで、残りはこないだまで入手困難だった『デッドプール』リミテッドシリーズ×2+『デッドプール』オンゴーイングシリーズ第1号で、むしろ初心者~中級者によし、俺によしな1冊だった。

 なので買え。俺も買う。

 しかし、『デッドプール』オンゴーイングシリーズの第1号だけ収録するところに、「『クラシック』第2巻から買わせねぇ」的な作為が秘められてる気が……。
  
  
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タグ:海外通販 デッドプール 俺メモ

●しょうもない悪態をつく日。

2009.02.17 Tue

▼最近読んだコミックスについての どうでも良い悪態

 「詰まらないものを詰まらないということほど詰まらないことはない」てな言葉もありますが。

 それでも時々は詰まらないものを詰まらないといいたくなる時もあるワケで、まぁ、そんな感じに、最近読んだコミックで、あんまり面白くなかったものをあげつらって俺個人はストレス解消するけど、これらのコミックを面白がって読んでた人には申し訳ない、そんなチラシの裏。

 とりあえず、次回は面白かったものを面白かったというエントリにするので勘弁してください。


▼『ファイナル・クライシス:レジスト』

 自分の創造した女キャラクターをエコヒイキすることにかけては当代一といわれる(<言ってるのはお前だけだ)グレッグ・ルッカによる『ファイナル・クライシス』タイインのワンショット。

 アラスジとしては、こんな感じ。
「『ファイナル・クライシス』でのアポコリプス軍の侵攻により、チェックメイト北極支部内に籠城をすることになったミスター・テリフィック、シンカー、スナッパ・カーら。とりあえずテレポート能力を持つスナッパーが、方々にジャンプしつつアポコリプス軍に対してゲリラ活動&打開策を講じるぜ」とかなんとか。

 籠城戦なのにテレポーターがいる(でも能力的には自分自身と手荷物運ぶのが精一杯&外での活動は超能力を失う危険性もある)、というシチュエーションは、活動的に物語を進めつつ、手詰まりになっていく閉塞感をも描けて面白ぇなぁ、と思った。

 でー、段々に追いつめられてくテリフィックさんに、手に汗握ってページをめくってたですが、オチがいつものルッカの「僕らのサーシャたんの尊い犠牲によって、人類は救われました! サーシャたん万歳!」ってアレで、ウンザリして天を仰ぐ。
 ていうか、テリフィックの取った最終手段が、ダークサイドに洗脳された仲間をスパスパ殺害してく、っていうのもどうかと思うんだ。それは『JSA』で描かれてるテリフィック像と、非常に乖離してる(そもそもルッカの描くテリフィック自体、『JSA』で描かれてるそれと乖離してるんだけど)。

 今回の話じゃ、早々にサーシャが退場したんで「ルッカなのにサーシャを始末! コレは久々に面白く読めるルッカなのか!?」とか思ったら、単にクライマックスへの伏線で、ごらんの有り様だよ。

※編註:この後20行くらい「何故ルッカはヨソの編集部から借りてるキャラクターを“踏み台“にして、自分の生み出したキャラクターを世界を救うカッコ良くてけなげなヒーローに仕立て上げやがるのか」というグチを書き連ねましたが、言ってることは昔書いたエントリと何ら変わらないので削除。

 っつーか、『ファイナル・クライシス』のタイインの『レベレーション』全5話もルッカが書いてて、こっちはまだ未見なんですが。
 あえて読まずに決めつけるけど、どうせ2代目クエスチョン&新スペクター(共にルッカの生み出したキャラクター)が、他のキャラクターを踏み台にして世界を救う話なんでしょ?


▼『バットマン:カコフォニー』

 映画監督兼コミックファンのケヴィン・スミスのライティングによる新作ミニシリーズ。とりあえず第1話目を読んだ。

 アラスジはこんな感じ。
「かつて、自らが雷神であるとの誇大妄想に取り付かれていたマキシー・ゼウス。しかし彼は今や精神の平衡を取り戻し、更にジョーカーベノムから精製したドラッグにより巨万の富を築いていた。
 だが、マキシーが己のトレードマークをくだらないドラッグにしていることを知ったジョーカーは、何者かの手引きによりアーカムを脱そう。ゼウスに対し正面から戦争を挑む……。」

 ジョーカー対マキシー・ゼウス(<噛みあわなそうだよな、しかし)、そして戦争の背後に潜み、ジョーカーを援助する何者か(あとバットマン)、という、構図は割と面白い。

 こう、「バットマンには広島弁が似合う」説を唱える俺的に、ギャングたちによる『仁義なき戦い』な話ってのは、割と好きなんですが。この手の話って、群像劇にしようとして登場人物を出し過ぎて、グダグダになりがちなのよね。こないだの『ゴッサム・アンダーグラウンド』とかな(っつーか、『仁義なき戦い』に話を絞ればいいのに、なんで『カウントダウン』とかと話をリンクさせるねん)。
 この話はそうならないでいてくれるといいなぁ、と、次号以降の展開に淡い期待を抱きつつ。

 ただ、ケヴィン・スミスはもう少しセリフに頼らない作劇をすべきだと思う(それとも、お前の撮る映画でも、ビジュアルよりも登場人物の長台詞で状況説明してるのか)。

 一連の背景の説明が見開き一杯のデッドショットさん(ゲスト出演。おいしい役回りを演じつつ、今回で退場)の長ゼリフってのは、どうなのよ。
 つかゼウスへの雑誌記者のインタビュー(もちろん不必要に長いセリフでのやりとり)でゼウス側の状況説明っていう陳腐な演出は、どうなのよ。
 しかも、それらの説明台詞が意味もなくダラダラしてて(ジェフ・ジョーンズなら1/10の語数で状況説明できる。断言してもいい)、しかも「背景に回想が絵で挿入される」とかのコミック的な演出も皆無って……。

 あと、お前もルッカみたいに、格の高い古参キャラを踏み台に、自分の創造したキャラクターにおいしいトコを持ってかせる、とかいうシナリオ書いたら呪う。断じて呪う(ていうか、今回デッドショットさんが某スミス作のキャラクターに喰われそうになっててドキドキしたよ!)。


▼『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』:第25、26号

 アラスジ:「書く気になれねぇ」「凄い強い敵にヴィクセンが1人で立ち向かうよ。チームものなのに」

 えーと、この話は、現行シリーズ初期から延々と続いていた伏線にケリを付ける話だったのですが。

 なんつーか、展開がね。

 2年間引っ張ってきてコレかい、と。

 しかも、ケリの付け方もね、なんつーかね。

 その、中学生が書いたファンタジー小説で(もしくは中学生が考えたTRPGのシナリオで)、ありがちなウザイ展開ってあるじゃないすか。

 箇条書きにするとこんな感じ。

・主人公たちを小指の先で100回殺せるような「大魔王」キャラが出てきて、でもなぜか、「フフフ、色々あるので今日はここまでにしといたる」とか、ナンノカンノいって、結局は何もせず立ち去る。

・クライマックスで「貴様らは物語の主人公だったのだよ!」とか、無意味にメタフィクションに転がる。

・とりあえず八方ふさがりになるけど、全てに通じたデウス・エクス・マキナが出てきて、ケリをつける。

・ていうかラスボスがデウス・エクス・マキナで、「最初から全てを仕組んでいました」とか偉そうに語る。

・下手をするとその後ラスボスは「全て計算通り」とか言い捨て逃亡(読者不完全燃焼)→「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ!」 うるせぇばーか(伊集院光風ツッコミ)。

 ……まさか、プロの物書きが書いた大手コミック出版社の、それも看板タイトルで、この全てを兼ね備えたソレを読まされるとは思ってなかったよ!

 ていうか、こんなどうでもいい話、『ヴィクセン』ミニシリーズなりでやれ。『ジャスティスリーグ』誌でやる意味ねぇ。

 ていうか、ゲストキャラクターにアニマルマンを迎えて、しかも、同じ社内でグラント・モリソンが看板ライターを務めてるのに、「この話は物語でした」オチは、著しく礼を失してると思うんだが。



参考:モリソンの『アニマルマン』単行本(近年全話TPBになった)。
「マイナーキャラだから、好きにいじっていいよ」とか言われた作者が、嬉々として主人公のキャラクターやオリジンを改変してって、最終的にメタフィクションになるっつー、モリソンの若々しさに溢れた作品
(ていうか、まだモリソンのあたまがおかしくなる前の作品なんで、メタフィクションでもわかりやすくサクサク読めるので君も読め。そして後で『インビジブル』読んで頭を抱えろ

最終巻のタイトルが、まんま「デウス・エクス・マキナ」ってのが、今見ると痛々しいけど、いいねん、20年前の作品なんだから。
  
  
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●どうでもよいムーアっぽい何か・2

2009.02.12 Thu

▼最近の日常的な。

 うぃす。

 まぁその、今やってる仕事が色々キナ臭くなってきたので、現実逃避に久々に更新。

 っつーわけで、前回のエントリにおきましては、「突発的にアクセス数増やすぜ!」的な目的は果たせまして。方々でリンクしていただいたりブックマークしてもらったりしていただきまして、あんがとね、と。

 っつーわけで、味をシめて、もとい、前回載せ忘れてた文章を貼り付けてみる。

 やはり、前回と同じく、トゥーモロー・パブリッシングのホームページのアラン・ムーアへのインタビュー記事からの引用。

 内容的には、『ウォッチメン』の各キャラクターの元ネタについて。


──ロールシャッハの原型はザ・クエスチョンですね?
アラン・ムーア:ザ・クエスチョンはロールシャッハだ、無論な。ドクター・マンハッタンとキャプテン・アトムも明白に対応している。
 そしてナイトオウルは新ブルービートル――ああ、テッド・コード版ブルービートルだ――に対応している。チャールトンの作品世界には初代ブルービートルがいたから、初代ナイトオウルってのも、きっと面白いだろうと思ったんだ。

 一方で、実はナイトシェードが(シルクスペクターの)元ネタだとは言いがたい。俺はナイトシェードが特に強力、あるいは興味深い女性キャラクターだと思ったことはないんだ。だからシルクスペクターは(元ネタのない)単なる女性キャラクターだ。とりあえずヒロインを入れておきたかったんでね。
 チャールトン・キャラクターを扱わなくなったことで、俺がナイトシェードにこだわる理由はなく、異なる類のスーパーヒロインにすることができたよ。まあ多少はファントムレディ、ブラックキャナリー――およそ俺の好きな類のコスチュームヒロインだ――には似たがな。
 シルクスペクターは、グループの紅一点という点ではナイトシェードに相当する。しかし実のところ、それ以上の相似点はない。

 コメディアンはピースメーカーだ。俺たちはより一層自由に発想し、彼をやや右翼的、愛国的にした。そして少しばかりのニック・フューリーと、おそらく多少のスタンダードなキャプテン・アメリカ式の愛国的ヒーローとをピースメーカーの外観に混ぜ込んだ。

 そうさ、あれらのキャラクターはこの様な具合にして始まった。元はチャールトンのヒーローらが抜けた穴を埋めるためだが、チャールトン式のキャラクターにこだわる必要はなかった。所によっては近づけたが、別の所では全く近づけなかった。

 アドリアン・ヴェイト(オジマンディアス)はピーター・キャノン:サンダーボルトだ。俺は常にピート・モリシ<Pete Morisi>の『サンダーボルト』が大好きだった……。そのアートスタイルは、“アレックス・トス様式”とでも言うべきものだった。まあ、けしてトス程にはうまくなかったが。しかしその絵には俺を強く引きつける、ある種の心地よい繊細さと優れたデザインセンスがあった。
 そして俺はこのキャラクターのアイデア――彼の頭脳の100%を用い、自身の肉体、精神の完全なコントロールができている――が非常に気に入っていた。アドリアン・ヴェイトはまさしくピーター・キャノン:サンダーボルトのキャラクターから直接発生したものだ。

──子供の頃の私は、どちらかというと左翼的な環境で育ちました。その頃、ピースメーカーとそのスローガン“彼は平和を愛するあまり、それを戦い取ることも辞さない<He loves peace so much he's willing to fight for it>”を見た時のことを覚えています。私は「ウゲ。反動的過ぎるや」と思い、放り投げました。
ムーア:俺が最初に読んだ時はこう思ったよ「ふむ、こいつは馬鹿げてる!」(笑) 。
 俺はわずか10歳かそこらで、まあ左翼の家族で育ったってワケじゃなかった――うちの家族は労働党に投票していた、そしてそれは労働党が社会主義政党だった頃だ――。ともあれうちは労働者階級の一家で、おそらくは良く教育を受けられた方じゃなかったし、両親の政治的信条も別に深くは浸透してはいなかった。
 だとしてもだ、“彼は平和を愛するあまり、それを戦い取ることも辞さない”なんてのはな(笑)。 この一文にゃ、無数に突っ込みどころがあった。

(中略)

 まあ俺らはピースメーカーやザ・クエスチョン当人を書いてるわけじゃなかった。どころか俺らはそうしたキャラクターをより極端にできた。俺らはおそらくザ・クエスチョンを不潔な部屋に住む情緒不安定でひどい体臭の持ち主の醜い小男(=ロールシャッハ)になんかできない――(『ウォッチメン』にチャールトンのキャラクターが出ることになっていたら)ヴィク・セージは成功したTVコメンテーターになってただろう。

 あと俺は10代の頃に気付いたんだ、ディッコは「K」って字に何らかの執着があるって。多分それは彼自身の名前に起因するのかもしれない。そして、多くのディッコのキャラクターは、目立つ「K」を持っているように見える……。テッド・コード<Kord>とかな……。俺には、ディッコはそうした響きが非常に気に入ってるかに思えた。ま、そうした適当な理由ではあるが、その影響でロールシャッハにはウォルター・コヴァックス<Kovacs>という本名を付けたんだ。

 我々のピースメーカー的キャラクターに対し、デイヴと俺は言った“こいつはコメディアン的な野郎なんだ”。確か俺はこの名前をグラハム・グリーンの著作『コメディアンズ』から取ってきたと思う。
 当時の俺はCIAなどの諜報機関の汚い手管のあれこれについてかなりのリサーチをしていた。だもんでデイヴと俺は彼を一種のゴードン・リディ(Gordon Liddy:ウォーターゲート事件で、ニクソン大統領の不正工作に関与した人物)的なキャラクターとした。彼よりちょっぴりデカくてタフな奴にしたが。(笑)

──(笑)。ゴードン・リディは“デカくてタフな”人間ですか? (笑)
ムーア:ああ、ゴードン・リディーはタフガイだ。まあ、肉体的にはそれほど大きく、たくましくはないが。しかしもしもリディがマンガ的な筋肉を持ってたなら……? そしてリディがニーチェの哲学のみを信奉し、彼の手をロウソクの炎の中に入れ、たとえ手が焼け付こうとも苦痛を感じないような猛牛だったら? そんな具合にして、少しばかりのリディー――イカれた右翼的な冒険主義者的な部分――が、コメディアンに取り入れられた。


 以上。

 ピーター・キャノン:サンダーボルトへの愛情から、割と「俗世間で成功したサンダーボルト」的なカッコいいキャラクターになったオジマンディアスと、クエスチョンが好き過ぎて(むしろ、ディッコが好き過ぎて)、逆にクエスチョンから遠く離れたキャラクターになったロールシャッハ、というキャラクターの対比は面白ぇなぁ、と思った。

  
  

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