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●ウォッチメン見た、な日々。

2009.03.31 Tue

▼見たねん。

 いつもは、歌舞伎町で見るんだけど、今回、歌舞伎町じゃ深夜にやってなかったんで、新宿3丁目の方の新しくて綺麗な映画館で見た。

 でもパンフ売って無くってションボリ。


 個人的な感想としては、

 良かったトコは、ロールシャッハの「HURM」と「DO IT!」が、俺が原作読んで脳内で想像してた声質と一致してたトコと、飛行船でのエロスシーンでの火炎放射がカットされてなかったトコ。

 一方で、ロールシャッハの「手錠とノコギリ」のアレが改変されてたトコと、「全世界の全人類全てが奇跡なんじゃぜ!」とかいうシルクスペクターさんのセリフがなくなってるトコとかが「ちぇー」な感じだった。

 とかなんとか。


 クライマックスの「イカ」の改編は、まぁ映画って見返せないから、無駄にキャラとか伏線増やすよりも、あそこに帰結させちゃったのは賢明じゃね? とか。
(でもアレだと「アメリカの監督責任」ってことにされたり、「アレがああなった原因てなんだ?」ってのを国家を挙げて調査したら真犯人に行きつかね?)

 でー、イカっぽいソレの後、アレなシーンを目撃したナイトオウルさんがアレな行動を取るトコも、娯楽作品としての落としどころをつけるために必要だろうからOKじゃね、とかそんな感じ。
(その後のエピローグに登場した彼が、あんましロールシャッハのことを引きずってないように見えたのは、この2人の腐れ縁が好きな俺的にはちょっとションボリでしたが)

 なんだろ、感想としては「原作を楽しそうに再現してるし、原作にないシーンも、初見じゃ不快じゃなかったし、入れた意図もわかる気がするから、いんじゃね?」とか、そんな感じな。


 っつーか、ブッチャケ、「自分の好きなシーン」がどんな風に映像化されてるか、あるいはどんな風に変更されてるかを確認するために見に行ってるっつーか、原作コミックと引き比べてどうか、ってのが俺的に見方の基準になっててな。

 こう、「お、原作と同じ構図だね」とか「あぁ、雨に打たれる女神像が出てきたってこたぁ、物語の1/12が消化されたのね」とか、「あ、このシーンだと、あの辺にプラカード持ったコヴァックスが居るな……はい居た」「はい、ここでガラスの宮殿浮上しマース」的にね、終始脳内に原作コミックが投影されてる感じ。

 映画オリジナルなシーンや描写を見ても、「あぁ、これは原作とは違うけど、良い感じに膨らませてるな」的に、原作と引き比べちゃってたしな。

 ちなみに映画独自の演出で好きだったのはロールシャッハが一所懸命に帽子をカブり直すトコ(+ロールシャッハがアレなことになった後、帽子が転がってくトコ)と、オープニングのゴールデンエイジ~キーン条例制定までのアレ(逆に微妙だったのはそのオープニング内でケネディ殺害犯があいつだって描写したトコ)。

 でー、途中から「こいつは映画を見る態度として正しくねぇ」とか思ったけど、それでも最後まで脳裏に原作の各カットを投影しつつ見てた。

 だから、この映画を「面白かった?」って聞かれると、俺の場合「俺は原作を面白いって思ったので、この映画も楽しめたよ」って返答になるねん。

 原作と引き比べるのは楽しかったけど、それは映画が面白かった、と言うことになるのか? ってのがね。

 うぬ。


 どうでも良いけど、コメディアンの葬式で「サウンド・オブ・サイレンス」が流れるのはまぁいいとして、ベトナムのシーンで「ワルキューレの騎行」が流れたのには、どんな顔したらいいかわからなかった。

 あと飛行船内でのエロスシーンで「ハレルヤ」は勘弁して頂きたい。なんか、直前に読んだ『聖☆おにいさん』の満面の笑みのイエスさんが脳裏に浮かんできた。<知るか。
  
  
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●ハルク的な日々。

2009.03.30 Mon

▼最近買った雑誌のハナシ:

 巻頭特集「『ウォッチメン』とアメコミ劇画の世界」目当てに「映画秘宝」を購入したら、巻末の連載記事(てか今号から連載再開)「小池一夫伝説RETURNS」(文:大西祥平)に、幻の「ぼくらマガジン」(講談社・刊)版『ハルク』の詳細な解説記事があって、非常に感激する。

 俺さんは、この「ぼくらマガジン」版については小野耕世(構成)&西郷虹星(作画)の体制で始まって、途中から小池一夫が加わり、その後、被爆者の描写が問題になって「お詫び」を掲載した、的な経緯をうっすらと知ってた程度でしたが。

 今回の記事を読んだら、謝罪文掲載後に『ハルク』は一旦「第1部・完」で終了してたとか、その後作画担当を替えて第2部が開始されてたとか、実は『ハルク』が連載終了したのは上記の「お詫び」がらみではなく、「ぼくらマガジン」自体が休刊したため等々の事実が解って眼からウロコがボロボロ落ちる。

 きちんと小池一夫、小野耕世両氏に取材して、きちんともろもろの事実関係をはっきりさせてるのが非常にスバラシイです。やっぱ、二次資料とか伝聞だけ聞きカジリじゃいかんよな、と。


 なお、「ぼくらマガジン」版『ハルク』で連載の途中で「お詫び」が掲載された件について、記事の筆者は、

「ちなみに筆者の取材に際して、小池一夫と「監修」の小野耕世は両名とも何らかの問題が起こったことは覚えていたが、その「お詫び」が、抗議を受けた結果なのか、それとも自主的な判断によるものなのかの記憶はどちらも曖昧であった。」
※斜線部は「映画秘宝」2009年5月号P.64より引用

 てな具合に書いてて、この件で「実際に講談社の方へ抗議があったものかは不明」、としていますが。

 たまたまオイラ、「ぼくらマガジン」版『ハルク』への「抗議があった」ことを示す新聞記事のコピーを持ってたので、今回はこいつを貼り付けてシメようかと。
(たしかこの記事、旧HPでネタにしたことがあったような気がするけど忘れた)


※記事のミダシに「こんどは『ハルク』」と書かれてるのは、
 その直前に例の『ウルトラセブン』のスペル星人騒動があったから。


 ちなみにこの新聞記事は、昔、知り合いが持ってた特撮の同人誌の原稿(スペル星人の原稿だったと思う)で紹介されてたのを見つけて、記事の部分だけコピーして手元に置いてたモン。

 なので引用元は不明。すまぬ。

 そんな感じで、今日もやりっぱなしでオワル。


 次回は「映画版『ウォッチメン』を見たぜ」な話でも。

 ……今度ヒマができたら『ハルク』や『ムーンナイト』でも読みに(コピーしに)国会図書館でも行くかなぁ(今は児童書は国会図書館じゃないんだっけか)。
 
  
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●どうでもよき感慨。

2009.03.26 Thu

▼最近のプレビュー的な。

 DCの6月の新刊が発表されてるですね、と。

 まぁ、5月に引き続いて、『ファイナル・クライシス』アフターマスと、バットマンの跡目争い関連で、沢山本が出てますね。

 この手のイベント好きな俺さん(<『ファイナル・クライシス』はタイインも全部買ったぜ!<いばるな)的に、買う本が倍に増えててイヤーン、とかいう感じですか。せめてどっちか片方でお願いしたい。いや、俺がどっちか片方だけ買えば済む話ですが。

 ふと気付いたら、レイ・ウェインが『ジャスティスリーグ』の、ジェリー・オードウェイが『ジャスティスソサエティ』のライターをしてて吹く。

 ていうか、ゲリー・コンウェイ(『ラストデイズ・オブ・アニマルマン』)、ジム・スターリン(『ストレンジ・アドベンチャーズ』)、マーヴ・ウルフマン(『ヴィジランテ』)、マイク・グレル(『ウォーロード』)と、なんか一部のライターが1970年代後半っぽくて、それはどうなのかと少し思ってみたり。

 あとジム・シューター(『リージョン』休刊してなければ……)とかロイ・トーマスとかが欲しいトコですな。

 どうでもいいけど、今の『ストレンジ・アドベンチャーズ』って、ハードコア・ステーションも登場してるのか。なんつーか、ジム・スターリン版『スーパーロボット大戦』と化してるな、おい。
(※『ハードコア・ステーション』:昔、ジム・スターリンが書いてた/描いてた6イシューのミニシリーズ。ジム・スターリンなので宇宙が舞台。読んでないので、それ以上のコメントできません、すみません)

 あと6月から一部の雑誌が3ドル99セント/40ページになって、巻末に10ページのバックアップストーリーが付くっていう新フォーマットが気になりますが。

 ちなみに、6月発売の本では、
『デテクティブ・コミックス』(バットウーマンが主役)に『クエスチョン』のバックアップ(無論、どっちもグレッグ・ルッカがライターだよ!)
『バットマン:ストリート・オブ・ゴッサム』(新シリーズ)に『マンハンター』のバックアップ
『ブースターゴールド』に『ブルービートル』のバックアップ
『ティーン・タイタンズ』に『ラヴェイジャー』のバックアップ
 といった具合。

 他方、『ストレンジ・アドベンチャーズ』も40ページになったのに、バックアップはなしな模様。……まぁ、この本てば、そもそもジム・スターリン オールスターズだから、単独のキャラのバックアップを作るくらいなら、本編を10ページ増やして、そいつも共演させちまえ、とかいう考えなのかしら。

 とまれ、『ブルービートル』『マンハンター』といった、「いい話だけど売れない」あたりのタイトルが、こういった形で延命されるのは、個人的には「よくやったぜ、ディディオ」な感じですが、売り上げ的にどうなるのかなぁ、というのが。

 いっそ3、4本のタイトルをぶち込んだアンソロジーにしてみるのはどうか。更に、100ページジャイアントにして、『ナイトウィング』『ロビン』『オラクル』を1冊の雑誌に……って、『バットマン・ファミリー』誌かよ! 1970年代リターンズかよ!


 あと、ジェフ・ジョーンズ先生の快作「スーパーマン&ザ・リージョン・オブ・スーパーヒーローズ」のソフトカバー版も出るぜ。

 この本は……

「地球を汚染する異星人どもを追放せよ!」異星人排斥運動が席巻する31世紀の地球。旧友リージョン・オブ・スーパーヒーローズの要請で、この時代に顕現したスーパーマンは、瓦解寸前のリージョンと共に、反異星人派のメタヒューマンたちと戦うが……。メタヒューマンであるが故に孤独だったスーパーマンと、それを癒してくれたリージョンたちとの絆の強さがドラマのポイント。このポイントが結実する最終話の見開きは泣ける。オススメ。

 な感じのハナシ(右にある「マイショップ」用に書いたレビューをコピペした)。

『ファイナル・クライシス』タイインの『リージョン・オブ・3ワールズ』の前日談にあたる話なので(『3ワールズ』でなんの説明もなく“JLA”が敵に回ってる理由はこの話を読めば解る)、そちらを気に入った人にもオススメ。

 
 以上、毎度トリトメなく。


 カードで通販してると、雑誌の値段ってあんまり気にしなくなってるな、とか感慨を抱いてみたり。
  
  
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●どうでもよいムーアっぽい何か・3

2009.03.09 Mon

▼誰が見張りを見張る見張りを見張ろうというのか。

 新版『ウォッチメン』を購入したのぜ(3月1日に ※このテキストは割と前に書いたものを今更エントリにしてます)。

 真っ先に巻末付録のムーアの企画書を読んで、割と満足した。

 なんつーか、こう、ムーアの企画書って、「どんなテーマ、思想の元に、この作品を書くか」「登場する予定のキャラクターについて、現時点で決めていることや活躍の展望」を筆の向くまま延々と書いてるんで、読んでて凄ぇワクワクするよな!

 あとこの巻末資料は、俺のこないだのムーアインタビューの翻訳を踏まえて読むと、『ウォッチメン』のそもそものコンセプトとか、ムーアがいかにクエスチョン(&ディッコ)が好きかとか、あとナイトシェードはどうでもいい、とかいったあたりがよりはっきりして面白かった。俺グッジョブ。

 あと、『ウォッチメン』本編読み返したら、コメディアンの元ネタであるゴードン・リディがほんのちょっと登場してたことに気付いた(劇中では「リディ」としか呼ばれてないけど、まぁ、ゴードン・リディでしょ)。

 っつー訳で、調子に乗って今回は、例のムーアインタビュー抄訳第3弾を貼り付けてオワル。お題は「ムーアがどんだけスティーブ・ディッコを好きなのか」。


――(子供の頃のムーアは、コミックの購入リストを作って毎月その上位のコミックから順に買ってた、という話を受けて)チャールトンのコミックはあなたの購入リストの下の方でしたか?
アラン・ムーア:場合によった。チャールトンは時にはリストの下位だったろう。
 しかしやがて、素晴らしき時代が訪れた。その頃には――後に俺は、それがディック・ジョルダーノがチャールトンの雑誌に無数の創造的な関与をしだした頃だと気づいたんだが――それらはリストのかなり上位にきていた。
 そうした1つに『チャールトン・プレミア』というのがあった。『ショーケース』式のタイトルだ。同誌の2号か3号に、あの素晴らしき短編、最近亡くなったパット・ボイット<Pat Boyette>による「チルドレン・オブ・ドゥーム<Children of Doom>」があったのを覚えている。それは非常に進歩的なストーリーテーリングの作品だった。彼は(ジム・)ステランコのようなアーティストが台頭してきて、実験的な手法を弄んでる当時の状況に気付いていたんだと思う。それでパットは自らも実験的な作品を舞台に投げ込むことにした――そのように俺には思えた。

※インタビュアーの質問のしかたで解るとおり、チャールトン・コミックス社は、元々はダメ出版社だった。ムーアが言ってる様に、ディック・ジョルダーノが編集者に就任するまでは、「粗悪な印刷」「薄給で作家をこき使う」「玉石混淆、つか石の方が多い」感じの出版社だった(ただ、薄給な分、作家陣には好きな様にやらせてたので、インタビューでムーアが挙げた様な名作も出たりした)。
※『ショーケース』はDCコミックスのコミック誌。毎月読み切り作品を掲載し、読者の反応が良かったものを単独誌として創刊させるというシステムで、文字通り新作コミックのショーケースな雑誌。


ムーア:そして、ディックが編集者だった黄金期に先駆けるスティーブ・ディッコ作品を、俺は大層楽しんでいた――『キャプテン・アトム』やチャールトン・モンスターブックスなどだ。故に俺がチャールトンを好んだ理由は、元々はスティーブ・ディッコに寄るんだろう。
 他の偉大なアーティストやライターらの影響はないとは言わないが、それら全てのエースはディッコで、彼はディック以前の時期に俺が目を留めた唯一の作家だった。

 非常に短命な連載があったのを覚えている。おそらくはハーラン・エリスンの『「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった<Repent, Harlequin! Said the Tick-Tock Man>』を元にしていて、未来的な道化師のキャラクターが登場する話で、ジム・アパロが描いていた。彼はひょっとしたらハーレクィンとかなんとかいう名で呼ばれていたかもしれない。とりあえずジム・アパロによって描かれてたことは覚えてる。それは2、3話で終わってしまった。多分、スティーブ・スケーツ<Steve Skeates>あたりが脚本を書いてたんだと思う。

 その時期、そうした非常に優れた小品があった。そしてもちろん、チャールトンのビッグな改革により、新ブルービートル、新キャプテン・アトムその他が生まれ、活気づいていった。
 そうした全てはチャールトンを俺の「最初に買うコミック」リストの上位に押し上げるのに貢献した。それらコミックは結局、マーヴルやDCの牙城は崩さなかったが、しかしその黄金期、チャールトンの作品はこの2社の最良な作品と肩を並べていた。

――『ザ・クエスチョン』は覚えてますか?
ムーア:ああ、もちろん。あれはまた別の、非常に興味深いキャラクターだった。あの奇妙な外観の中に、ほぼ純粋なスティーブ・ディッコのキャラクターがあった。
 ザ・クエスチョンは当時市場にあったどのスーパーヒーローとも異なっていた。そして同作は、スティーブ・ディッコが『ウィッツエンド<Witzend>』に載せた、一層ラジカルな『ミスター・A』を、メインストリームのコミックス流に翻案した作品に見えた。
 あの当時は、俺がちょうど英国のコミック・ファンダムに関わりだした頃だったと思う――当時はスタン・ニコルス<Stan Nichols>なる紳士(彼はその後いくらかのファンタジィの本を書くこととなる)が出版した英国製のファンジンがあったんだ。
 スタンのファンジン『スタードック<Stardock>』には、「プロパガンダ、あるいは何故ブルービートルはジョージ・ウァラスに推されたか」なんて記事があった(笑)。その当時、1960年代末の英国のコミック・ファンダムにはきわめて強いヒッピー要素があった。
 サイケデリックな『ドクター・ストレンジ』や、十代の不安を描いた『スパイダーマン』によって、スティーブ・ディッコは明白にヒッピーらの英雄となった。にもかかわらず、ディッコの政策は明白にそれらのファンとは異なっていた。彼の視点は、ミスター・Aや、時に他の作品に登場する抗議者やビート族の描き方を見れば明白だ。その記事はその事実を初めて指摘したものじゃないかと思う。
 そう、スティーブ・ディッコは非常に、非常に右翼的な政治課題を持っていた(無論、彼には完全にそうする資格がある)。しかしその当時、それは大変に興味深く、おそらくそのことが俺に、ロールシャッハを極右的なキャラクターとして描かせることとなった。

※ジョージ・ウァラスは1960年代のアラバマ州知事。詳細はググれ。(<ヲイ)

――『ザ・クエスチョン』やいくらかの『ブルービートル』におけるディッコの主張を読んだ際、それらに困惑あるいは反感を持ちましたか?
ムーア:うーん……。
――その両方?
ムーア:いや、ノーだ。
 俺はサルバドール・ダリの仕事を見て、それに驚嘆することができる。俺個人は、ダリはおそらくは全くウンザリするような人間で(笑)、ぎりぎりのファシストだと思っているんだが、それは彼の芸術活動の天才性を損なうものではない。
 スティーブ・ディッコの場合、俺は少なくともスティーブ・ディッコの政治的課題は俺のものとは非常に異なっていると感じている。スティーブ・ディッコは政治的課題を持ち、故にいくつかの点で他の多くの同時代人の先を行っていた。
 1960年代を通じて、俺は非常に素早くスティーブ・ディッコのアイデアのソースについて学び、そして早くから、彼がアイン・ランド(Ayn Rand:アメリカの女流小説家)の著作を非常に気にいっていることに気づいた。

――彼女の哲学は研究しましたか?
ムーア:俺は彼女の『ザ・ファウンテンヘッド<the Fountainhead>』を読まなきゃならなかった。そして俺は、アイン・ランドの哲学が馬鹿げたものであることに気づいたと言わざるを得ない。そいつは20世紀初頭に燃え上がった“白人至上主義者が支配者民族を夢見る”的なそれだった。
 彼女のアイデアは全く俺に訴えかけるところがなかった、しかしそれらはある種の人々――彼ら自身がエリートに属しており、排他される側の大衆ではないと密かに信じている人々――から支持を得られる類のアイデアに見えた。
 俺は基本的にディッコのアイデア全てに賛同しかねる。しかし彼はそれらの政治的なアイデアを表明した件で功績を与えられるべきだ。
 俺はいくらかのフェミニストがデイヴ・シムを同様に捉えていると思うよ。おそらく彼女らはシムの言うこと全てに賛同しかねる、だが少なくともそこではある種の性的かつ政治的な議論が行われている。
 そうした理由から、俺はディッコを尊敬している。

 数年前、俺は「ジ・エンペラーズ・オブ・アイスクリーム」なるローカルなロックバンドに所属していた。俺たちのナンバーの1つ、ライブでいつもウケてた曲は、「ミスター・A」って曲だった。
 そいつのビートと旋律はベルベット・アンダーグラウンド<Velvet Underground>の「シスター・レイ<Sister Ray>」の丸パクリだったが、歌詞はスティーブ・ディッコについてのものだった。

――“良い/悪い、黒/白”的な? (笑)
ムーア:歌詞の一節はこんな具合だ
“彼はカードをつまみ上げて、その半分を黒く塗る それで彼はその主張を君に明示できる/彼は言う「こっちが間違い、こっちが正しい、こっちが黒でこっちが白、その狭間にはなにも、なにもないんだ」それがミスター・Aの主張さ”(笑)。その後、コーラスだ。
 こいつはベルベット・アンダーグラウンドのいただきだが、スティーブ・ディッコに非常に共感した歌詞がついてくる。なぜなら当時の俺にとって、スティーブ・ディッコは非常にいたいけな存在だった。彼がYMCAか何かの施設に身を寄せてると聞いたんだ。当時は確か『スパイダーマン』何周年記念だかの時期で、なのに彼がそんな扱いを受けてるのはある種の犯罪だと思ったんだ。

 スティーブ・ディッコは俺の政治的志向とは完全に対極にある。いや俺がコミュニズム的に見て極左だとは言わないが、しかし俺はアナーキストで、故にディッコの立場とは180度異なる。しかし俺は、かの人物を大いに尊敬し、彼のアートワークに確かな敬意を払う。そして、彼の妥協しない態度に、なにがしか俺が大いに共感できるものがあるという事実。ただ、俺が妥協しかねるものと、彼が妥協しかねるものは、おそらくは非常に異なるだろうが。

 つまりだ、例えそれが同意しかねる道徳であったとしても、強力な道徳規範を持つ人物は、現代社会において大きなアドバンテージを持つ人物だ、ってことだ。

(中略)

 俺は単にディッコの描線が好きなだけなんだ――彼の描くものは実はどうでもいい。それにスティーブ・ディッコは常にスーパーヒーローを描いてたわけじゃなかった。俺のもっとも好きなスティーブ・ディッコ作品は、彼がウォーレンの“コレクターズ・エディション”で描いたものだ。そこで彼は薄墨とグレーの色調を用いて、非常に素晴らしかった。いやスティーブ・ディッコときたら、彼が何を描こうと、例えそれが怪獣ゴルゴやアトラスのスーパーヒーローかなにかであっても、全て素晴らしいものだった。

※ウォーレン:ウォーレン・コミックス。怪奇・SFコミックスで一世を風靡した出版社。『ヴァンピレラ』とかが有名。
※アトラス:アトラス・コミックス。1・マーヴル・コミックスの前身の出版社名。2・マーヴル・コミックスの生みの親であるマーティン・グッドマンが後年に興した(そしてあっという間にツブした)新出版社。本文でムーアが言ってるのは2の新生アトラス・コミックスの方。



 以上。

 何この熱烈なラブコール。
  
  
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●続・最近のマーヴェル。

2009.03.07 Sat

▼写真を撮るのだ、なソレ:

 デジカメの電池をなんとかした。

 っつーわけで、こないだマテルの「DCユニバース・クラシック」のキャプテン・マーヴェルを購入したので、おうちにあるその他のキャプテン・マーヴェルたちと記念写真を撮ったナリよ(ニュー・ゴッズのフィギュアですか? まあ、そのうち)。


どれも微妙にコスチュームの解釈や顔の造形にバリエーションがあるのがいいねん。

 前回撮影した時より、4体バカシ増えてるので(あとオマケでビリーやホッピーも入れてるので)、結構な大所帯に。

 っつーても、まだ13インチのキャプテン・マーヴェルもいるし(ファインダーに収まらないので今回はお休み)、マーヴェル・ジュニアやメアリー・マーヴェル、ブラック・アダムにシヴァナなんかも入れれば、あと10体は増えるけどな(更にマーヴルの方のキャプテン・マーヴルとか、マーヴルマンも入れれば……)。

 そのうち、階段状の台座を手に入れて、全部の“マーヴェラスな人たち”のフィギュアを『キングダム・カム』の表紙風(もしくは、卒業式の記念写真風)に撮影したいなぁ、と思った。

 あといつかはルースでいいのでケナーの「スーパーパワーズ」版シャザムが欲しいと思った。

 それから関係ないけど、ダイヤモンド・ディストリビューションの「マーヴル・セレクト」版キャプテン・マーヴルが早く投げ売られないかなぁと思った(<ヲイ)。
  
 
 オマケで、昔撮った「マーヴェラスなひとたち」の写真を見っけたので、貼り付けてみる。



 以上。
  
  
 ちなみに今回の写真に写ってるキャプテン・マーヴェルのアクションフィギュアの販売元・シリーズ名を全部言えた人にはケナー「トータル・ジャスティス」版パララックスほか数点のよい感じのフィギャーを詰め合わせにした、オレ特製「DCヒーローズ・アクション・フィギュアセット」をプレゼントするナリよ(全部言えたらだけどな!)。

 締め切りは5年後くらいで。
  
  
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●神降臨。

2009.03.02 Mon

▼DCダイレクトの『ニュー・ゴッズ』が神すぎる件について。

『ファイナル・クライシス』の最終話をようやく読んだー。

 難しいことはよくわからんが、とりあえずウォーリー死ななくてよかった。

 とりあえず、第1話から読み返す。


 それはそうと、DCダイレクトから昨年出てた『ニュー・ゴッズ』のアクションフィギュアの出来がすさまじいのだ。

 この神っぷりを伝えるべくデジタルカメラを取り出したのはいいが電池切れたので1枚しか撮れなかった。ウヌレ。



 このフィギュアのなにがイカスといって、「ジャック・カービィの筆致を立体に落とし込む」という、明快なコンセプトと、それを高次元で実現させちゃった原型師のカービィ好きっぷり。

 肩の筋肉のスジや、おなか周辺の服のシワとかに注目するとわかりやすいんですが、カービィのあの「ザシュッ」とした描線を再現するために、あえてモールドのエッジを立ててるのよ。シワの強弱も、「カービィの描線」を意識して、太いところはごんぶとな筆致で、細い線の端は「にょろり」と筆を遊ばせてるトコとことかが、最高ぉぉ(ウットリした目で)。

 また顔が実に「カービィ顔」でな。写真のダークサイドは、まぁ、割と似せやすい特徴のある顔なんで例としては解り難いですが、今回写真に取りそこなったライトレイなんか、「カービィの描く色男顔」を忠実に立体化してて凄ぇねん。

 あと手、手ね。カービィの描く、四角くて太くて第2関節あたりにシワがジャジャッって入ってる「あの手」も手抜かりなく立体化してる(個人的にはもう一回り大きく、片手で顔を覆い隠せるくらいが良かったけど、素立ちだと変か)。

 惜しむらくは、DCダイレクトなんで、関節可動が申し訳程度で、「カービィ・ポーズ」(右手を前に突き出して走ってくる感じの、無闇にパースのついたアレだ、アレ)が取れないことだが、単なる素立ちでも「おぅ、カービィ……」な雰囲気があるので問題なし。

 あと地味にベースが「カービィ・ドッツ」なのも素敵。

 そのうち、きちんとした写真を撮りたく思う。(<おまえの「そのうち」には悪意が溢れている)
  
  
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