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●補足。

2011.07.11 Mon

▼前回のフォロー、の巻:

 あー、前回のエントリでオニール&アダムスの『グリーンランタン/グリーンアロー』(正確には『グリーンランタン コ・フューチャリング・グリーンアロー』だが、どうでもよろしい)を「古典っつーてるけどそんなスゴイもんでもないよ」とか書きましたが。

 それほどスゴくはないけど、「色々と面白い作品であるよ」と、フォローするのを忘れてたので、ここに記すものなり。

 末期の「スピーディーがジャンキーに!」とかいう話だけが過剰に有名な気がするけど、オイラ的にはむしろ前期のロードムービー風の「通りがかった町で困ってる人を、なんとなく解決に導くぜ!」な話たちとか、中期の「ロードムービー的展開に飽きたんで、とりあえず、SFっぽい方に展開してみたぜ!」なヤツとかの、色々とエンターテインメントと時事ネタの距離感を模索してた感じの話が好きかしら。

 あともう1個いい忘れてたのは、今回の邦訳版では、ジェフ・ジョーンズが設定改変する前の、割とヌルい悪役だった頃のシネストロさんとブラックハンドさんが登場するぜ、と。

 中でもシネストロさんは登場シーンがことごとく顔が切れてたり後姿だったりという、「アダムスはそんなにシネストロの顔が描きたくないのか」な感じのヒドい扱いをされてるのに注目。

 ついでにいえば、キチガイになる前のガイ・ガードナーさんと、まだ陽気なアンちゃん(無職)だったころのジョン・スチュアートさんと、ゲリー・コンウェイに設定改変される前のブラックキャナリーさん(夫を亡くしたばかりの未亡人)が登場してるのでそっちもチェックだぜ。

 個人的には付録の冊子でブラックキャナリーさんの設定のグダグダをいかに適切にまとめてくれるかが注目だね!(<そんなところに注目してるのはお前だけだ)
  
  
 も少しデニス・オニールについて触れようかと思ったけど、同人誌の方でさんざ書いてたことのリフレインになったので中止ー。
  
  
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どうでもいいけど「ハードトラベリング・ヒーローズ」的なサブタイトルは付かないのね。
  
  
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●オニール&アダムスの『グリーンランタン/グリーンアロー』のハナシ。

2011.07.09 Sat

▼どうでもよき緑色、な日々:

 作:デニス・オニール、画:ニール・アダムスの『グリーンランタン/グリーンアロー』が邦訳されるんだってね。本当なん?(噂は聞いたけど、ソースを見つけてない)


 なんつーか、アレは日本のアメリカン・コミックファンの間では、「麻薬や人種問題、人口増加、公害などの社会的な題材を扱った偉大なる古典」的に伝えられてるかと思うですが。

 で、個人的にはね。その、「“スゲェ古典”とかいう事前情報で、必要以上に期待したり身構えて読むと、割と『アレ? こんなもん?』とかいう肩スカシな感想を抱いてしまうかもしれないんで、割と肩の力を抜いて読んだ方がええよ?」とかいう「余計な忠告」を送りたいなぁ、と思った。

 あとまあ、ヒーローもののアメリカン・コミックスの歴史なりなんなりを(大雑把でも)知識として持たず、その前後のコミックの流れをガン無視する形で「アレだけ」読んでも、とも思うですが。そこは付録の冊子とかで「いかにこのコミックがすごいか」を客観的に伝えてくれればいいんじゃないでしょうか。

 やっぱ正直ね、「1970年代初頭という当時に、そういうコミックを書いた」とかいう「歴史的背景と意義」を知った上で読むからこそ「おお、名作である」って感想を抱けるもんだと思うですよ、なんであれ古典ってモンは(乱暴に括りやがった)。

 ──いや、なんつーか、過去にオニール&アダムスの『テールズ・オブ・デーモン』が邦訳されたときに、「んだよこれ、古くせぇよ」「これは古典的な価値が……」「知るかよ、もっと今の作品を訳せよ」とかいうやり取りも見かけてたのでな。


 話を戻しますが、オニール&アダムスの『グリーンランタン/グリーンアロー』ってのは、伝えられてるように「社会問題を扱ってる」わけですが。

 とはいえ、あの当時のコミック(それもDCの)って、まだまだ「お子さんに向けたコミック」なんでね。

 その、確かに作中では「ヒーローが解決できない社会問題」っつーのが提示されはするんだけど、「それはそれとして」、話の本筋は「ヒーローが悪人を倒す」勧善懲悪なドラマになってるのさ。

 こう、「貧困層を踏みつけにして私腹を肥やそうとするアパートのオーナー」とか「労働者から搾取しまくりの鉱山経営者」とか「プラスチックでできた街(公害まき散らすよ!)の市長」とかいう「その回で提示された社会問題を利用してウハウハしている悪人」が登場して、そいつらをグリーンランタン&グリーンアローがやっつけておしまい、とかいう感じ。

 いっちゃえば、「根本的な社会問題は解決してないけど、とりあえず、そういう問題に関連した眼前の悪い人はやっつけて一歩前進したので、めでたしめでたし、ということにしてください」的な話なのね。

 ──この「社会問題を扱いはするけど、基本はヒーローが悪い人を倒す話」ってのはね、さして指摘されてないけど、『グリーンランタン/グリーンアロー』を語る上で割と重要なことだと、オイラは思うのですが、どうか。


 でー、こう、現代の「提示された問題は何も解決してないし、ヒーローは悩みっぱなしだし、問題に正面から向かい合いすぎたせいで、カタルシスもクソもなく重苦しい話」を読み慣れてる今の読者が『グリーンランタン/グリーンアロー』の「良くも悪くも勧善懲悪」なソレを読んでも、「あ、こんなもん?」とか思われそうな気がするのですが、どうでしょうか。

 やっぱこう、「人種差別はなくせないけど、人種差別をしている悪徳政治家の悪巧みは阻止したよ!」っていうアレと、「同性愛者の友人が私刑にあって意識不明の重傷を負ったけれど、その犯人に私的な復讐はできないし、友人のトラウマを消せもしない、ましてや社会から同性愛者への差別意識はなくせないので、むしろ主人公は地球人類に絶望して宇宙に逃げます」っていうソレとを同じ俎上には載せにくいじゃないすか。ねえ。


 いやまあ、オニール&アダムスの『グリーンランタン/グリーンアロー』も末期になると「環境テロリストを保護しようしたグリーンランタン&グリーンアローが、公害をまき散らしてる会社の警備員にまとめて袋叩きにされ、環境テロリストは死亡」とかいう「主人公が勝利せず、正義はなされず、カタルシスもクソもない重苦しい話」もやるんですが。

 ……ま、やったその回で『グリーンランタン』誌は打ち切られるわけですが(打ち切りの理由・不人気<内容は社会的に評価されてたけど、実際にコミックを買ってる層には受けが悪かった)。……ていうか、打ち切られるんで、最後に普段書けない重い話を書いた可能性もあるな。

 ただね、オニールが「そういう方向」に踏み込もうとすると、「グリーンランタンがことあるごとに一般人に殴られて気絶する」「ヒーローじゃ社会は変えられないことに気づいたグリーンアローが政治家を目指す」「ヒーローじゃだれも救えないことに気づいたグリーンアローが出家する」「ヤケになったグリーンランタンが衝動的に破壊活動を行う(※最終回ラストページ。<正直、やり逃げだと思う)」とかいう、手加減なしのヒーロー否定に転んじゃうのね。

 そういう展開は、キャラクターがどんどん逃げ場のない方へ追い込まれちゃうワケで、これが続いちゃうと「連載もののヒーローコミック」としては非常にマズいというか。少なくとも当時のDCの「1話完結で、あんまり話が後に連続しない」とかいう話のフォーマットでは限界あると思うのね。

「1話完結で、あんまり話が後に連続しない」っつーのは、まあ、話の冒頭で「スーパーマンが引退する!」「スーパーマンの正体がばれた!?」とかいう具合にキャラクターの状況が激変しても、オチでは元のさやに納まってて開始前と設定の変動はない、『サザエさん』的コミックのことな。

 そのオニール&アダムスの事実上のエピローグとして描かれた例の「グリーンアローが出家する話」にしても、たった1話で「ヒーロー活動で失敗→出家→やっぱりヒーローに復帰(=話の始まる前と設定はほぼ変わってない)」とかいう流れをやっちゃってるわけで。

※実際には、1話を3つにぶった切って『フラッシュ』のバックアップに連載されてたけど、面倒くさいので「1話」としといてください。

 そういうフォーマットでピーキーな話を書くのは作者的に疲弊するし、読者だって読んでて不安になるし(毎回主人公がひどいとこまで追い込まれるけど、オチでは元通りな話は、読んでて疲れるねん)、編集者としてもそれ以上突き進まれる前に打ち切っちゃうのもヤムなしかなぁ、と。


 こう、打ち切られた後の『グリーンランタン』誌は、『フラッシュ』誌のバックアップ連載を経て、数年後のDCインプロージョン期に復活するわけですが、復活以降の『グリーンランタン』は、依然、オニールがライターのままなのに「社会問題? なにそれ?」「グリーンランタン&グリーンアローの仲良しコンビが、朗らかに悪人を倒すよ!」ってな方向にシフトしてるのを見ても、まぁ、送り手側が「重い方に踏み込まない」ことを選択してるわけで。

 そんなわけで、アレは「1970年代という背景を踏まえて読むべき作品」であると同時に「1970年代という背景のおかげで踏み込めなかった作品」でもあったのだなぁ、と、ここまでノープランで書きたらしてて気づいた。

 だからまあ「“スゲェ古典”とか身構えて読むと、割と肩スカシな感想を抱くかもしれないけど、その連載末期は割とピーキーな方にも踏み込みかけてる、速すぎた作品じゃぜ?」とかいう感じなほうに発言を修正して見ようか。

 ……いや、もうちょっと構成とか考えてテキスト書こうよ。


▼余談:

 ちなみに、オニール&アダムスがその当時担当した『グリーンランタン/グリーンアロー』の話は、

・『グリーンランタン(vol. 2)』第76~87、89号
・『フラッシュ(vol. 1)』第217~219、226号(※バックアップの短編として)

 の、17号分なのですが。


 で、オニール&アダムスの『グリーンランタン/グリーンアロー』ってのは、以下のように何バージョンか単行本化されてるんですわ。

1・1990年代に出てたソフトカバー単行本(全2巻)

2・2000年に出たハードカバー単行本(全1巻)

3・2000年代に出た新版ソフトカバー単行本(全2巻)

4・今年5月に出た『ショーケース・プレゼンツ:グリーンランタン』第5巻

 の4種類。

 でー、これだけバージョンがありながら、上記17号分を全部収録してる単行本は、「3」の新版ソフトカバーだけなのさ(1と2は、『フラッシュ(vol. 1)』第226号が未収録、4は『フラッシュ(vol. 1)』連載分が丸々未収録)。

 いや、3だけが収録してる『フラッシュ(vol. 1)』第226号の話ってのはね、「ハル・ジョーダンがキャンプしてたら、怪しいキノコを食べてバッドトリップしちゃった、テヘ」とかいう、どーでもいい話なんですが、まあ、ないよりは収録した方がよい話というか。


 結論としては、邦訳版は全部収録してくれるよね? ハードカバー版を底本にしたりしないよね? と。
  
  

  
  
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●スーサイドなソレ。

2011.07.01 Fri

▼ようやく、の巻:

 ようやく、まあ、一息ついて。

 各ショップではDC9月のアレの注文が始まってて。

 面倒くさいので「創刊号全部よこせ」と注文しました。

 っつーか、イマサラ8月に出る新刊を「最終回全部よこせ」しなかったことを後悔してますが。

 そんなこんなで、残してる9月新創刊タイトルのレビューを再開するのぜ。


・スーサイド・スカッド

 作:アダム・グラス、画:マルコ・ルーディ。

 おなじみ「政府麾下のスーパーヴィラン・チームが、自殺的な任務に赴くぜ! 大丈夫! 替えならいくらでもいる!」な感じのソレこと『スーサイド・スカッド』が新創刊。

 ジョン・オストランダーによるオリジナルのオンゴーイング・シリーズに、キース・ギフェンによる第2シリーズ、そしてこないだのオストランダーによるミニシリーズとがあるんで、第4シリーズですな(※コミック的には「ボリューム4」とかいう表記をすべきですが、日本語として通じやすいよう「第4シリーズ」と書いてます。あしからず)。

 とりあえず、表紙とアラスジに描かれているメンバーは、キング・シャーク、ハーレィ・クィン、デッドショットの3人。っつーかキング・シャークさんは顔がシュモクザメになってますが。リランチで外観変更っていってもDNAから変わるのは反則じゃないでしょうか。

 つか、この3人から死臭が漂ってこないんですが。スーサイド・スカッドといえば、任務ごとにキャラが死んじゃうのがお約束だろうに!(<とか書くと、割と軽めにキャラが死んでる印象がありますが、オストランダーのシリーズでは、割とこう、きちんとキャラを立てた上で、物語上の必然で死ぬことが多いので、死に様に重みがあるのだよ。いや、ギフェンの第2シリーズは何の必然もなく死んでるけど)。


 それはそれとして、オリジナルの『スーサイド・スカッド』は、冷戦が終了して、「これからのアメリカは、テロリズムとの小規模な戦争になるんじゃね?」とかいわれてた時代に、第1話から「中東のテロリスト・チームがアメリカの空港を襲撃して大虐殺を行う」とかいうシーンで始まり(模擬訓練だけど)、それを察知したアメリカ政府が「テロを起こす前に叩きつぶす」とかいう感じで超攻性なカウンター・テロを実行、しかし数号後にテロ組織が復讐のためにニューヨークで今度はガチでテロを行うという、今の目で見ると「シャレになってない」話でして。

 ……何がいいたいかというと、「政府麾下の悪人チームが自殺的な任務を行う」という本誌のコンセプトを維持する以上、「ガチでテロと戦う」ことを書かざるを得ないわけだけど(ヌルい任務だと「スーサイド」の看板に偽りアリになるし)、「ガチでガチ」な話は描けない現状で、どこに落としどころを持っていくか、というのが、ライターの技量の見せ所であろう、と。

 こう、安易に「架空のテロ国家」とか作ってドンパチやらすのは、割と使い古されてるので、一工夫が欲しいなぁ、と。

 あと、オストランダーのミニシリーズで提示された「リック・フラッグ? 誰それ?」な設定は、この際ガン無視して頂ければ(あのひっくり返しに手を付けられるのはオストランダー当人しかいねぇと思う)。
  
  
 とかなんとか。

 次はブルービートルー。
  
  
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 オリジナルの『スーサイド・スカッド』単行本。元々「ショーケース・プレゼンツ」レーベルでの発売が予定されてたんですが、そっちは延期に継ぐ延期で、最終的に発売中止に。結局フルカラーのソフトカバー単行本で出ました。

 続刊の刊行も決定したようで、めでたし。

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