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●最近のジャネット。

2012.07.15 Sun

 うぃす。

 忙しいです。

 まあ、昨日までのオイラが悪いんですが(ここで他者に文句タレてもしょうがないので以下3行ほど書いてたグチは削除)。


 でー。

 前回の更新から30日がたって、ブログの冒頭に広告が表示されやがっちまうので、また適当にエントリをでっち上げるものナリ。


▼イカスぜ、「BackIssue!」なハナシ:

 トゥーモロー・パブリッシングス社の出してる、回顧コミック情報誌「バックイシュー!」がここんトコ、オイラのツボをついたイカス特集をしてるなぁ、と思った。

 イカス。タコス。(<書いてて0.5秒で後悔)

 前々号(55号)の特集は、「ライセンス・コミックス」特集と銘打って、「ダークホース版『スターウォーズ』20年史」なんてぇ記事がメインで。まあ、「『バックイシュー!』って、1970、80年代のコミックス史をメインにした雑誌じゃなかったっけ?」とか思うも、内容はコミック版『スターウォーズ』の基礎資料となる充実ブリで、実に素晴らしい。あと、ディズニーの映画合わせかなんかで、マーベル版「火星シリーズ」(+DCのバローズ系コミック小特集)とか、ダークホース版『インディ・ジョーンズ』特集とか。――『スターウォーズ』の「What If」的なアンソロジーで、ジョーンズ教授がハン・ソロと競演してた(ややウソ)とかいう話が面白かったので、今度実本を買ってみようと思った。

 でもって、前号(56号)がアベンジャーズ特集(これもまあ、映画合わせか)。ロジャー・スターンの1980年代の連載特集とか、ホークアイ、モッキンバード、ワンダーマンの歴史とか、西海岸チームとかが特集。――と、個人的には興味深いんだけど、実本が部屋のどこかに消えたので、具体的に「ここがこう」ってのは指摘できなくてスマン。


 んでもって、今月出た最新57号は、ジンギス・カーン、キラー・カーンと並ぶ世界3大カーンの1人にして、元DCコミックス社のエグゼクティブ、ジャネット・カーンの特集でな。これが、30ページ以上ものカーンのロングインタビューを収録してて。オイラには「バックイシュー!」第3号の、キース・ギフェン&J.M.デマティスロングインタビュー以来の「家宝として留め置くべき資料」であると思うねん。

 まあ、カーン女史もさすがに30年も前の細かいトコは覚えてなかったりして、インタビュアーに「あらあら、よくご存じなのね、私よりも詳しいんじゃないかしら」とか、トボけた返答をしてるトコがね、なんかこう、いいね。

 とりあえず、ジャネット・カーンのことを詳細に伝えるのは面倒くさいので、大雑把にいうと、この人は、元々児童誌の編集者でしたが、DCコミックス社に引き抜かれ、1976年から同社のパブリッシャーとなった人です。

 弱冠28歳で、コミック業界外から、しかも女性で、DCのパブリッシャーに据えられた、と書くと、「ドンだけ見込まれて引き抜かれたんだよ!」ってのが伝わるでしょうか。

 まあ、ぶっちゃけ、当時のDCの編集部(男の子の文化であるコミックブックの編集者ですので、男だらけです)内では、カーンに対する反発は強かったそうですわ。

 DCの古参編集者、ジョー・オーランドも当初はカーンに反発してたんですが、やがてオーランドとカーンは「やるじゃねぇか」「お前もな」的に、「マブダチ」になりまして。でもってカーンはオーランドをマネージング・エディターに昇格させて、オーランドの幅広い作家の人脈を大いに活用し、後のDCの躍進に繋げた、と。なかなか、グッとくるハナシですな。

 あと、編集部内で反発はあっても、カーンに編集方針とかで面と向かって反対する人は、少なかったそうですが、その中でただ1人、彼女の意見に「きちんと理屈を伴って」反駁していた人物がいたそうで。

 それが誰あろう、後にカーンと共にDCのエグゼクティブとして辣腕を振るうことになるポール・レーヴィッツでして。カーン的にはちゃんと理由があって反対意見を述べたからこそ、ポールはその後、出世できたんだとか。――ちなみにレーヴィッツは、元々はオーランドの下でアシスタント・エディター兼ライターをしてた人ですね。

 一方、1980年頃に、DCは『ワンダーウーマン』のアニバーサリー・イベントを計画して、その計画用の人材として、カーンは当時大学を出たての青年を雇って、ジョー・オーランドの下に付けて2人で企画を進めさせたそうなんですが。ところがこの青年、精力的にアイデアを出してきて、オーランドともうまくやれてたんで、「あら、この子、この企画だけのために使うのはもったいないわ」とか思って、正式にDCで雇用することとしたそうで。

 その青年ってのが、まあ、後にキース・ギフェン&J.M.デマティスを作家に起用して、伝説の『ジャスティスリーグ・インターナショナル』誌を立ち上げた編集者アンディ・ヘルファーその人だったりするわけですが。

 ――つまり、カーンの慧眼がなければ、後のギフェンらの『ジャスティスリーグ』は存在しなかった、とか考えるだに、人間の繋がりってば面白ぇなぁ、と。

 ちなみに、ヘルファーはカーンには好かれてましたけど、同じオーランド門下の先輩であるポール・レーヴィッツとはウマが合わなかったらしいですわ。ヘルファーってのは、エネルギッシュなんだけど、どこかアナーキーな所があって(だから、後に『ジャスティスリーグ』なんてぇ雑誌を立ち上げられたんでしょうが)、レーヴィッツ的にはそのアナーキーな部分が気に入らなかったみたい。

 でー、当時のDCのオフィスでは、「レーヴィッツがヘルファーをクビにしたって」「で、カーンがヘルファーをまた雇ったって」的なジョークが流行ってたとか。イカス。――その後レーヴィッツは、アナーキーさではヘルファー以上なキース・ギフェンと長年組むことになるのも、まあ、面白いなぁ、と。


 そんな感じで、1980年代のDCの躍進の原動力となったジャネット・カーンの話を聞きたい人は、『バックイシュー!』誌の最新号を買いやがれ、というハナシでした。


 ――っつーか多分、俺、日本でも十指に入るくらいに、今回のジャネット・カーンのインタビューを喜んでると思う。
  
  
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タグ:資料本 編集者

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