Home>2013年06月  TotalPages1

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

●どうでもよき呟き。

2013.06.25 Tue

 個別にエントリにするほどでもない短文を、適当に積み重ねてく、まあ、いつもの。


▼海法紀光さんはどう訳すのだろう:

 デッドプールのアダ名である「マーク・ウィズ・マウス」の日本語訳として「喋くり傭兵」というのと「無駄口傭兵」という2つの語を考えてみた。……いまいち。

 なんとなく、「無駄口傭兵」でググると、「もしかして: 無駄口洋平」とか聞き返された。誰だお前。

 ていうか、「無駄口傭兵」で検索すると、ものすごい勢いで二次創作小説がひっかかるのな。やはり「傭兵」という中二なキーワードがカギか(どうでもいい)。


▼マンガとかコミックで使われる、キャラクターなどの動きを表現する「線」を「動作線」あるいは「動線」と呼ぶのはポピュラーなのであろうか(長い):

『スーパーマン:フォー・オール・シーズンズ』の作中で、スーパーマンが高速移動するときの「動作線」が、赤・青・黄色のカラー帯になってるという表現は、俺の記憶が確かなら、『スーパーマン:フォー・オール・シーズンズ』で初めて試みられたもの……な気がする。で、その後、当時の『スーパーマン』関連タイトルでもエド・マクギネスとかが使うようになって、更にはスーパーマンだけでなく他のキャラクターも、キャラクター固有のカラー(たとえばフラッシュなら、赤一色もしくは赤+ちょっとだけ黄色)で動作線が塗られるようになった……気がする(アイマイな)。

 ……とかいう指摘を、邦訳版『スーパーマン:フォー・オール・シーズン』の出版を機に書こうと思ってたけど、「本当に『スーパーマン:フォー・オール・シーズンズ』が最初なのか」確認する作業がメンドいので、まあ、書けずにいた。

 とりあえず、「俺の記憶が確かなら」で始めて「気がする」でシメれば、責任の所在をアイマイにできるので(<できねぇよ)、この機会に書いてみる。

 この、動線が「赤・青・黄色」だったらスーパーマン、「緑一色」ならグリーンランタン、とかいう表現は、「キャラクターの個性を出すのにフキダシをカラーで塗る」ってのと同様、メインストリームのヒーローもののコミックがカラーで描かれていることのアドバンテージよね、と、書きながら気づいた。

 あと、キャラクターが色でシンボライズしやすい(「赤+黄色」でアイアンマン、「青・白・赤」でキャプテン・アメリカ、緑+グレーでDr.ドゥームとか)ことも、「カラーリングによる個性の表現」をする上で大事よね、と気づいた。


▼メインストリームのヒーローもののコミック、といえば:

 こう、オタク界隈で、「アメコミ」という言葉が、割合に「メインストリームのヒーローものコミック」を指していることと、「同人誌」という言葉が割合に「二次創作のマンガ」を指していることに対して、こう、微妙に思うところがあるのだけど、この2個のネタだけで、それなりにまとまった文字数のエントリなぞは書けやしないので、結局いつも「思うだけ」になっているのだが、この機会に指摘してみたく思った。

 指摘した。<完>


▼今回最もどうでもいいハナシ:

 有名ニュースサイトから「おたくのページの記事を寄稿させていただけませんでしょうか」(※ここでいう「寄稿」は「転載」と同義)とかいうメールが来て、深く考えずに「いいですよ」とか返信メールを出したけど、その後「そこのサイト名 寄稿」でググってみたら、「寄稿してもアクセス数が増えない」「むしろ元記事がグーグルで引っかからなくなる!?」とか、オソロシゲなことが書いてあったので(まあ、ウチのような零細ブログには関係ないことでしょうが)、承認しなきゃよかったかしら、と思ってたら、何故だかその「いいですよ」メールが「プロバイダのなんたらかんたらな理由で、結論としては送れなかったぜ!」とかいう英文メール(メールが送れなかったときに届く英文の自動発信メールと似たような感じのやつ)が、返信から1週間も経ったタイミングで届いて(何故?)、これはゴッドがオレに承認するなと天啓を発せられたのであり、ゴッズ・イン・ヘブンにしてオールズ・ライト・ウィズ・ザ・ワールドであるということにする(要は、忘れることにした)。

 つか一文節長ぇ。「。」を使いなさい、「。」を。

※意味がわからない人は「ガジェット通信 寄稿」で検索して「へぇ、こんなことがあるのね」とかいう感慨を抱くといい。
  
  
 いじょう、ほどほどに長くなったのでオワル。
  
  
関連記事
スポンサーサイト

●ゼニの話。

2013.06.14 Fri

 タイトル通り、「その辺に5億円くらい落ちてねぇかな」が口癖というゼニゲバ(いやらしく「じぇにげば」と発音するのを推奨)なオイラが、アメリカン・コミックスに関係がなくもないゼニ絡みの話を書きタラす、そんな浅ましいエントリ。


▼『HITMAN』、好評予約受付中!:

 こないだのエントリで、今度出る邦訳版『ヒットマン』の話をしつつアフィリエイト・リンクを貼ったら、実に6冊も『ヒットマン』が売れた。うわーい。

 読もう! コミックビーム!(ステマの押し売り<それはステマとはいわぬ)


▼ドル安ですね:

 こないだまで100円台かと思いきや、90円台半ばまでになってやがりますね。ええ、円相場ですが。

 個人的には、8月くらいまで100円と90円台を行ったり来たりな相場であって欲しいなぁ、と思ってたり。

 ……いや、80円台の頃にそれなりな金額を突っ込んで、その後70円台になったんで放置してた外貨定期預金の満期が8月でね。できればこう、満期日の前後だけ、突然100円台に突入して、その後は90円台に戻ってくれぬものか(アサマシイ)。


▼時代はkindle!(適当):

 こう、「鈴木みそがkindleで個人で電子出版して大もうけ!」とか「自作の恥ずかしい小説をkindleで電子出版してみた!」とかいう感じの記事をネットで読んで、「時代はkindleで電子出版ぜよ! 日本の夜明けぜよ、西郷さん!」とか、非常に単純な結論に至った(<こういう人は、歳を取って振り込め詐欺とかに引っかかります)。

 でー、ウチがこれまで書いてきた同人誌の原稿を、kindleで電子書籍として販売するのはどうか、と、思った。

 まあ、「グリーンランタンの歴史解説本」みてぇな、原作ありきな資料系同人誌は、原著作者の許諾なしには出せやしませんけど、その、「パット・リーとかいう人が会社を立ち上げて潰すまでの道程」みてぇな、オイラが資料を集めて、咀嚼して、1から綴った、まあ「一種のノンフィクション」的な、あの辺のテキストは「オレの著作物」であって、ヨソ様から著作権の侵害で訴えられたりはしないじゃないすか(まあ、パット・リーから名誉毀損で訴えられる可能性はあるけどな!)。

 なので、試しにやってみようかと思って、過去のテキストファイルを発掘してみてる今日この頃。

 ……「たけうち文書」ってシリーズ名は、どうか(<このシャレが言いたかっただけだろ、お前)。

 とりあえず、表紙のデザインは新潮文庫の旧シャーロック・ホームズ全集をパクって、グレーの図形を適当に並べて、2、3箇所カラーの図解をアクセントとして置く感じのソレにしたく思う(知らぬ)。つか、あのデザイン、誰が考えたか知らないけど、恐ろしく費用対効果が高いので、デザインの素人としてはパクらざるを得ない(臆面もない)。


 ……や、割と本気よ?
  
  
関連記事

タグ:同人誌

●どうでもよき感慨。

2013.06.03 Mon

▼「面白い」について語るということ:

 こう、前回のエントリを書いてる途中でな。

 ふと、ブログとかでマンガだのを紹介するテキストには2種類あるな、と、思った。

 1つは、まあ、「このマンガ面白いから、読んでみなよ」と、「面白い対象」を紹介して読者に「読んでみようかなぁ」というココロモチにさせたいテキスト。

 もう1つは、なんというか、「この面白マンガを、面白く紹介してる俺って面白いでしょ?」的に、マンガをネタにした「話芸」的なモノを披露して、読者に「このブログ面白いなぁ」と思わせたいテキスト。

 まあ、この2つにパッキリ分かれてるという訳じゃなく、大概のレビューのテキストというモンは、この2つの方向性が入り混じった上で書かれてる感じ、というか。

 個人的には「これ面白いから読んでみなよ」が大部分で、「オレのテキスト面白いでしょ?」はかなり薄めな比率で書きたいものであるなぁと思うのですが、まあ、ブログなんてやってる時点で、「オレ面白いでしょ?」が相当な比率を占めているのよね、実際。


 あとこう、「面白い作品の、面白さを、面白そうに紹介する」テキストを書く上で“対象の作品のオチをバラしちゃう”という行為は、書き手にとって一番ラクで、読者も面白がりはするけれど、必然の結果として、読者の読む気を削ぐ行為であるなぁ、と。

 対象の作品を「面白い読書体験」のために読めず、単なる「知ってるオチの確認作業」になってしまうことであるなぁ、と。

 いやまあ、ちょうどこないだ聞き返してたポッドキャストで、伊集院光がいってたことのウケウリですが(その昔『13日の金曜日』がTVで放映されることになって、ティーンの頃の伊集院が楽しみにしてたら、冒頭で淀川長治さんが「この映画、最後の最後にとてもビックリするようなことがおきますので……」的な解説をしてて、おかげでラストのジェイソン登場シーンが「確認」でしかなくなったとかいう話)。

 こう、淀川長治のような解説のプロであっても、そういうウッカリ受け手の興味を削いじゃうような語りをしてしまうのであるわけで、ましてや一応全国に向けて無差別に発信してるメディアで、何がしかをレビューするという行為には、気を配りたいものであるなぁ、と思った。


 あとこう、「ネット上の情報だけで、対象の作品を“読んだ気”になって、原本を買わずに語ったりもする」的な行為が、まぁ、アメリカン・コミックスみてぇな情報偏重のジャンルにおいてはアリがちじゃないすか。

 けどこれは受け手側の問題だけでなく、ネタ元のレビュー記事で、ウケを取るためにサックリとネタバレを書いてしまったりとか、あるいは詳細すぎる情報をネット上に上げてしまった送り手側にもいくばくかの責任はあるのではないか、とか、思ってみたり。

 ただ、アメリカン・コミックスの場合、「英語が解らない人への一助として台詞を翻訳してみる」とか「キャラクター解説」みたいな形で、正々堂々と物語の全容を語るケースもあって、それらは「レビュー」とはテキストの性質が違ってるしなぁ、と。

 ──例えば、オイラがグラント・モリソンの『アズテック』のTPBの紹介をする場合は、『アズテック』の後日談である『JLA』の例のエピソードの話はボカした形で書くでしょうが、「JLA全メンバープロフィール」みてぇな同人誌でアズテックのプロフィールを書く際には、実はアズテックを後援していたQの実態は……とか、邪神テスカトリポカの正体は……とかいうあたりは包み隠さずテキストにしますわ。なぜなら、「プロフィール」のテキストにおいては、ネタバレとかいうウェットな要素よりも、「情報を正確に、精緻に記述する」というクールな要素のほうが重視されるからで。

 まあ結局は、興味のある作品のタイトルを打ち込むだけで、それら「ネタバレを避けて書いてるテキスト」と「ネタバレをいとわず正確に記述してるテキスト」とが等価に検索結果として提示されるインターネットという無慈悲なる平等さを持ったメディアにも、責任の一端はあるとは思うのですが(と、とりあえず、道具のせいにして逃げる)。


 皆さんは、どう思われますか?(<問題を提起するだけして、答えは受け手に丸投げという、送り手として最悪なシメ)
  
  
関連記事

●"I am Baytor!"な、日々。

2013.06.01 Sat

▼『ヒットマン』が、邦訳されるって?

 ……日本語でいうと、『ヒットマン』が、邦訳されるって?

 説明ゼリフ的にいうと、ガース・エニスがライターを勤めてた頃の『ザ・デーモン』のアニュアル2号に「新ヒーロー」として登場させ、ほどほどに好評を博したがゆえに『ザ・デーモン』本誌にも登場し、季刊誌『バットマン・クロニクル』でチョロっと露出を経た後、なぜだかオンゴーイング・シリーズを獲得してしまった(しかもガース・エニス&ジョン・マックルアという『ザ・デーモン』の作・画がそのまま再登板)『ヒットマン』が、その後、連載は第60号(あと、第100万号も出た<1990年代のコミックスを語るとき、いちいちこれとか「第0号も出た」っていわなきゃならないのが面倒くさいよな)まで5年に渡り継続し、最終的に大団円に終わった快作であり、同時期の『プリーチャー』と並ぶガース・エニスの「デタラメなドンパチングですげぇ人は死ぬけど、その割に読後感が爽やかで、最終話を読み終えた後に空を仰いで微笑みたくなる」感じな、『ヒットマン』が、邦訳されるって?(長ぇよ)

 わぁい『ヒットマン』 あかり『ヒットマン』大好き(中学1年生以下の感想)。

 こう、こないだの『JLA』2冊とか、今回の『HITMAN』とか、1990年代後半の名作(しかもライターがイギリス人)の邦訳ブームが来てる感じですかね。

 ……つまりはモリソンの『アズテック』とか『インビジブルズ』とか、エリスの『トランスメトロポリタン』とか『プラネッテリー』とか、エニスの『プリーチャー』とか『エネミー・エース:ウォー・イン・ヘヴン』とかもじきに訳されるというわけですな! あるいは、アラン・ムーアの『ウォーチャイルド』とか!(<せめて『スプリーム』にしとけよ!)

※『エネミー・エース:ウォー・イン・ヘヴン』は1990年代後半ではないけど(2001年)、多分、誰も気づかないだろうから名前を挙げてみた。なぜならオイラが大好きな作品だからだ!(いばるな)


 とりあえず、訳者の海法紀光さんのツイッターでの呟きによると現在DCコミックス社から出ている単行本(全7巻)が底本となっていて、今回の日本版は原書の第1、2巻をまとめた感じらしいですね。第1巻が144ページで、第2巻が176ページなんで、300ページ強の本になりそうね、と。

 底本っつーても、リンク先のツイートを読んでくと、オリジナルの単行本では、第7巻だかに収録されてた『ヒットマン/LOBO』が追加で収録されてるそうで、完全に同じ内容じゃないみたいですが。

 ……つか、底本にしてる『ヒットマン』の単行本自体、第1~3巻までは144~176ページだったのが、第4巻で196ページに増えたと思ったら、第5巻では352ページと一気に倍に増えて、第6、7巻も300ページ台で出されるという、訳のわからないつくりですんで、アレを踏襲するわけにもいきませんがね。

※きちんと確認したわけじゃないけど、多分、記憶が確かなら『ヒットマン』の単行本は1990年代に刊行されてたのが前半の第3巻か4巻で止まってて、その後、TPBでシリーズ全話出すということが一般化した2009~2012年にかけて、従来のTPBの出し直しと、シリーズ後半部のTPB化が行われた影響で、こういうマチマチなページ数になったんだ、と思う。


 ……追加収録の分、元々の収録話数が減ってたらどうしよう(ないない)。

 いや、第2巻の最後に収録されてる第8号(「ファイナル・ナイト」タイイン)が、オイラの大好きな話でね。個人的にはあの話が翻訳されることが、今回の『ヒットマン』第1巻の刊行における、もっとも嬉しきことですんで(割と真顔)。「『ヒットマン/LOBO』を収録したから、第8号は2巻でね!」とかいうことになりますれば、血涙流してエンターブレインに「なぜかまた初台に移転してしまう」呪詛を飛ばしますんで。

 とりあえず、第8号のあらすじを大まかにいうと、DCのクロスオーバー・イベント「ファイナル・ナイト」の作中で、太陽がガス状生命体サンイーターに“喰われて”な、地球は氷河期に陥るのですわ。でー、“スーパーガイズ”が事件の収拾にあたる中、一般人に過ぎないモナガンと友人たちは、馴染みのヌーナンズ・バーに集まり、「今度こそ駄目なんじゃねぇかな」的に“世界の終わり”を待ち受けている、と。
 でで、店主のシーン・ヌーナンが、朝鮮戦争当時、今日のような厳寒の夜に38度線で体験した思い出を話したのをきっかけに、モナガンたちは自分たちが“最も死に近づいた瞬間”の話を語り始める……。という具合な、特に派手なドンパチングも、ドッグウェルダーが出るでもない、シンミリとした話なんね。
 このシンミリ具合が、ていうか、エニスがオンゴーイング・シリーズの幕間に書く、こういうシンミリ話が大好きなのよね、オイラ。こう、アイリッシュバーとかアーリントン墓地に集まった古強者たちが、昔の戦場での体験をシンミリ語る系のアレ。『プリーチャー』第50号とか(うろ覚え)。


 あとオイラ的に『ヒットマン』で好きな話は……ベタだけど第34号ですかね。これもやっぱり、アクションとかギャグはなしんこで、偶然、屋上で出会ったスーパーマンと、シンミリと話をするだけの話ですが。

(※)ベタ:この第34号は、1999年度のアイズナー賞「ベスト・シングル・イシュー」を受賞してるぐらい万人の認めた名作なんで、まぁ、「ベタ」よね。

 こう、バットマンに対しては、面と向かって憎まれ口を叩いて汚い台詞を吐きかけるモナガンが、スーパーマンに対しては、さながらボーイスカウトの少年のように背筋を正して敬意を払うという、ゴッサムの一市民を代表している感じの距離感が凄くいいのよね(それだけにこの話の後日談である『JLA/ヒットマン』で、スーパーマンとモナガンの関係が変わっちゃったのはちょいとションボリでしたが)。

 とりあえず結論としては、第34号が邦訳されるまで刊行が継続しますように、という具合ですか。

 いや、無論、最後まで出ることを望みますけど。

 最終エピソードの1個前のエピソードで、突然に世界の命運を背負わされたシックス・パックが、何一つ動じずに成すべきことを成すカッコよさとか、ラストエピソードでそれまでのストーリーラインに登場してきた奴らとその関係者だのが再登場していく王道の流れとか、とある登場人物が最後の最後に漏らす一言とか、唐突に「そういや、ヒットマンって『ブラッドラインズ』クロスオーバーで誕生した新ヒーローだったんだよな」とかいうソレを思い出したりする展開とか。

 あの辺のアレは、なるたけ多くの人々が読んで欲しいわさ、と。

 そして、ラストのモナガンの選択に強くウナズいて、最終巻の表紙を見返して、そして奇妙に爽やかな読後感に包まれたままに、夜空なんかを見上げて、微笑んで欲しいわさ。

 そんな感じで(ナゲヤリ)。


HITMAN 1
HITMAN1ガース・エニス 海法紀光

エンターブレイン 2013-08-31
売り上げランキング : 113


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



▼余談:

 こう、邦訳アメリカン・コミックスという、数千部程度の部数しか出ないジャンルの本が、逆に底の固い商品として、毎月数社から出るようになって結構経ちますが、今だとそれらの本の実売データを材料に「定価は高いですが、それでもコンスタントにこれだけの部数が売れます」って、営業を納得させ易いのかなぁと、思った(適当な想像です)。

 ちなみに、『ザ・デーモン』にヒットマンがゲスト出演してる回(第43、44、45、52、53、54号)はアメリカでも単行本になってないし、そもそもエニス期の『ザ・デーモン』は、コミックショップのバックナンバーでもロクロク見かけない代物だし、デジタル・コミックスですら1冊しか登録されてないので、もしも神龍とかに願い事をしなければならないような事態が生じた方におかれましては、「ギャルのパンティーおくれ」とかいうしょうもない願いはさておいて、エニス期の『ザ・デーモン』がデジタル化されるようお願いしといてください。
  
  
 ほんじゃま、"GOODBYE LADS"
  
  
関連記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。