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●突発的 コミックス・コードな記事、の巻。

2014.08.25 Mon

▼前書き:

 こう、他の書くべきエントリを書き上げるまでの繋ぎとして、こないだ発作的に翻訳したテキストを、貼り付けてみるエントリ。

 ネタは2013年のニューヨーク・コミコン(NYCC)のコミックブック・リーガル・ディフェンス・ファンドのパネル「The Secret History of Comics Censorship」についてレポートした、CBRのこちらの記事を、まあ、いつものように勝手に日本語に訳したもの(フェアユース! フェアユースなのです!<むしろ そーいうこと言うなや)。

コミックブック・リーガル・ディフェンス・ファンド:通称CBLDF。「わいせつ図書販売」で訴えられたコミックショップ店主や、パロディ作品を描いて訴えられた作家など、コミックブックに関連するケースで、合衆国憲法修正第一条(「合衆国議会は、国教を制定する法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律、または言論・出版の自由もしくは人民が平穏に集会して不満の解消を求めて政府に請願する権利を奪う法律を制定してはならない」)の保障する権利に抵触する裁判において、各個人を援助する非営利団体。

 とりあえず、以下翻訳。


■NYCC:コミックス検閲の秘めたる歴史

 1950年代に起きたコミックスの検閲の歴史はデビッド・アイドゥー(David Hajdu)の『ザ・10セント・プラグ(The Ten Cent Plague)』などにまとめられている。しかしイリノイ大学助教授の研究者キャロル・ティリー(Carol Tilley)はこの物語にいくらかの新たな角度を発見した。それも意外な場所──ドクター・フレデリック・ワーサムの文書から。ワーサムは言うまでもなく、1954年に刊行された、コミックスの害悪について仮定し、それらに対する警告を発した『無垢への誘惑』の著者である。

 1954年、ワーサムは彼の視点から見たコミックスというものの概要について、米上院で証言した。これを受け、ECコミックスのパブリッシャー、ビル・ゲインズは読者に反応を求めた。その結果、200人以上のティーンエイジャーがワーサムに手紙を送り、彼がいかに間違っているかを指摘した。

 ニューヨーク・コミコンの「CBLDF:コミックス検閲の秘めたる歴史」パネルにおいて、ティリーはこれらの書簡を紹介し、また1950年代の反コミックス運動のより私的な側面についての洞察も披露した。
 コミックブック・リーガル・ディフェンス・ファンド(CBLDF)の事務局長チャールズ・ブラウンスタイン(Charles Brownstein)はティリーとエイブラムス・コミックアーツ(Abrams Comicarts)の編集ディレクター、チャールズ・コークマン(Charles Kochman)とのディスカッションの司会を務めた。

エイブラムス・コミックアーツ:大雑把にいうとオシャレでアート志向のサブカル系インディーズ出版社。

「年長者を驚き恐れさせることは、若者たちの使命です」
 パネルが開始されるとブラウンスタインは聴衆にこう言った。
「一方で、年長者である我々の使命は、何故我々が恐れたのか、そして何故子供たちがそれを好んだのかについて子供たちと対話すること、もしくは、それらを規制することです。──現代においては、ビデオゲームの分野で、今正に喧々囂々の議論が行われています」
 ビデオゲームには規制の試みを押し返す強力なグループが存在しているが、1950年代当時のコミックスにはそのような支持者はおらず、業界はモラル・パニックに手ひどくやられた。

「どこかで誰かを殺した奴がいて、それはそいつがコミックブックを読んでたからだ、なんてのは、単細胞のバカ野郎です」
 ティリーは11歳のブライアン・アーサー・マクラフリン少年がワーサムに書いた手紙の引用から始めた。
 彼はこうも書いた。
「バカげてますか? あなたの本もバカげてますよ」
 そしてこう結んだ。
「僕はあなたがコミックブックスを、僕と同じくらい理解してくれることを望んでいます、それから僕はいつかの未来に、みんながコミックブックスの良いところ、悪いところを理解してくれることを望みます」

 今や主として反コミックス運動によって人々に記憶されているワーサム博士だが、往時の彼は、無数の先進的な観点を持った、尊敬するに足る精神科医だった。1940年代、彼はハーレムにある教会の地階に小児科医院を共同で設立し、また彼はベルビュー病院の医療所のディレクターを務めた。そこでの彼の患者の多くは、児童裁判所から派遣されていた。

※ベルビュー病院:マンハッタンのイーストリバー沿いに築かれた公立病院。

「それら“非行少年”らの多くは単なる問題児で、学校が嫌いだったり、過度に妄想にふけっていたり、あるいは学習障害を持っていました」ティリーは言った。
「中には肉体的に、精神的に、あるいは性的に虐待されていた患者もいました。それら少年たちのいくらかは軽犯罪者であり、また精神的な問題を抱えていると診断された者もいました。そしてワーサムは、彼らのほとんどがコミックスを読んでいたという点から、コミックスと少年犯罪が密接な関係にあるのだと主張したのです」

 ティリーによれば、1950年代初頭には児童の95%以上、高校に通う世代のティーンエイジャーの80%以上がコミックスを読んでいた。1954年度には10億部近いコミックスが合衆国内で売られており、これは国民1人あたりに30冊のコミックスが行き渡る計算となった。第2次世界大戦後、コミック出版社はスーパーヒーロー・コミックスだけでなく、ホラー、クライム、ロマンスなど、様々なジャンルに手を出していた。それらのコミックスは本来は成年層をターゲットとしていたが、若い読者の手にもたやすく渡っていった。

 ワーサムが始めて公共の場で反コミックスの主張をしたのは1947年、郵政委員会で証言した時だった。この時ワーサムは、裸体主義者(ヌーディスト)の専門誌のパブリッシャーを擁護し、同誌に掲載されている裸体の量は、コミックの読者がさらされている害毒に比べれば遥かに無害であると主張した。この公聴会を新人レポーターとして取材したジュディス・クリスト(Judith Crist)は、記事中に彼の言葉を引用した。
「明白な話です。半裸の女性は全裸の女性よりも蠱惑的なのです。我々精神科医はもとより、単純な米軍兵士ですらも、そう認識しています」
 クリストは続く数年間、雑誌「コリアーズ(Collier's)」にて、「子供部屋の恐怖(Horror in the Nursery)」なる題名でワーサムの研究についての記事を書き、ワーサムの視点を広範な読者に広めた。

 当時ワーサムは、フォークロア研究者にしてパブリッシャーであるガーソン・レッグマン(Gerson Legman)の援助でコミック業界の内部情報を集めていた。
「レッグマンは、ワーサムの業界内部の情報への渇望を満たしました」とティリーは言う。
「レッグマンは彼にクライム・コミックスのリストを送り、号数を維持したままタイトルだけを変えるコミックスのからくりについて説明し、製紙業も営んでいる出版社など、業界内の疑わしいビジネス上のつながりについてのあらましを述べました。彼はまた、ニューヨーク大学の教授ハーベィ・ゾーボー(Harvey Zorbaugh)による、コミックスのワークショップ(研究集会)についての報告書も共有しました」
 ゾーボーはコミックスを教育に用いるワークショップを主催しており、レッグマンはこのワークショップについての書簡をワーサムに送った。“(ワークショップの)初期の17人の参加者のうち、15人はコミックブック出版社に雇用された代理人だ”と。
 実際、この情報は、コミックス業界がティリー言うところの“お抱えの弁証者(paid apologist)”を雇っているとのアイデアをワーサムに与えた。
「彼はまた、DC/ナショナル・コミックス、フォーセット、ヒルマンその他の会社に顧問として雇われている人々についての更なる情報を探って行きました」とティリー。
「やがて彼の怒りはDC/ナショナルとその指名顧問であるロレッタ・ベンダー(Lauretta Bender)とジョゼット・フランク(Josette Frank)らに集中して行ったのです」

 ベンダーはワーサムと同じくベルビュー医院で働く精神科医だった。彼女の2番目の夫であるポール・シルダー(Paul Schilder)(彼もベルビューの精神科医だった)とワーサムの間に意見の対立があったことが、ワーサムが彼女を好ましく思っていなかった一因ではないかと思われる。

 一方のフランクは、ティリーいわく“熱心な、キャリア志向の女性”で、両親へ子育ての指導を行う組織「チャイルド・スタディ・アソシエーション(Child Study Association)」の相談役であり、DCコミックス社のアドバイザーも勤めていた。彼女は書評を書き、またDCのラジオショーやコミックスへの指導も行っていた。
「フランクとチャイルド・スタディ・アソシエーションはワーサムの格好の標的となりました。彼は同組織がコミック業界との癒着を隠し、腐敗した出版人らのための太鼓持ちになっていると責めたのです」ティリーは言った。
「……癒着を隠すといっても、彼女の名前と、彼女がチャイルド・スタディ・アソシエーションに所属していることは、1941年以降にDCが刊行した全てのコミックスのクレジットに記載されていたというのですがね」
「彼はまた、友人がフランクの主催したパーティに出席したときの話を、克明に記録しています。その友人は、ジョゼットは“ちっぽけで、地味で、ぞんざいに”見え、そのパーティでお茶を供していたロレッタ・ベンダーは“魔女のバァさん”の様だったと述べています」
 ワーサムはまた、チャイルド・スタディ・アソシエーションのフランクの上司シドニー・グルーエンバーグ(Sidonie Gruenberg)を軽蔑していた。

 おそらくは、そうした私的な嫌悪が、1954年に米上院で開催されたキーフォーヴァー公聴会にワーサムが出席した直接的な原因となったかと思われる。この時ワーサムは、エレン・ウェールズ・ウォルポール(Ellen Wales Walpole)なる第三者を通じて会に招かれたが、ウォルポールはエステス・キーフォーヴァー上院議員と近しい女性で、彼女自身の私怨を抱えていた。

「彼女の共通の友人たちの証言によれば、ウォルポールは、ある種の精神衛生上の問題を抱えていたようです。ともあれ彼女は疑いなくチャイルド・スタディ・アソシエーションに恨みを抱いていました」とティリーは言った。
「どうやら1940年代後半に、子供たちの感情について論じたウォルポールの一連の書籍に対して、シドニー・グルーエンバーグは辛らつな批評を行っていたらしいのです。この話については、まだ全容はつかめていないのですが、結果としてウォルポールはチャイルド・スタディ・アソシエーションへの恨みを積み上げ、復讐への筋道を築いていたのです」

 1950年、ウォルポールはワーサムがキーフォーヴァーと対面できるよう手配し、彼女はワーサムに、キーフォーヴァーが委員長を務める「組織犯罪に関する特別委員会」が開催する公聴会用に質問を発案するよう勧めた。ワーサムは1950年に開催された公聴会にはさほど関心を持たなかったが、1954年にキーフォーヴァーが主催した新たな一連の公聴会では、彼は望んで証言した。要は、ティリーに言わせれば、「その子供向けの本へのネガティブな書評さえなければ、キーフォーヴァーとワーサムは出会いすらしなかったかもしれません」ということだ。

※正確には1954年度の公聴会はキーフォーヴァー主催ではなく、ロバート・C.ヘンドリクセン主催かと(キーフォーヴァーも出席していたが)。

 この1954年の公聴会では、デル・コミックスの副社長ヘレン・メイヤーズ(Helen Meyers)、新聞マンガ『ポゴ(Pogo)』のクリエイターにしてナショナル・カートゥニスト・ソサエティ(National Cartoonists Society)代表のウォルト・ケリー(Walt Kelly)、それにビル・ゲインズら100人以上の証人が証言した。ティリーは公聴会の証人の中にあって、ワーサムは極めて保守的な立場にあったと指摘する。また彼女は、その数年後に撮られたキーフォーヴァーと彼の子供たちがコミックスを読んでいる写真を見せた。

 公聴会の後、ゲインズはECコミックスの読者らを招き、彼らの側の事柄について書いた手紙を委員会に送るよう求め、およそ200人が実際に手紙を送った。ティリーはそれらティーンやプレティーンからの手紙のいくらかを読み上げ、彼らがいかなる大人に育ったかの情報も添えた。

 14歳の少年フィリップ・プロクターからの手紙にはこうあった。
「僕らがそれらの雑誌を買うのは、血に飢えているからではありません。僕らが買う理由は、それらの物語のため、ビックリするオチや、アートワーク、そしてもちろんそれらが見たこともないものを見せてくれるからなのです」
 成人したプロクターは風刺コメディを演目とする劇団「ファイヤーシアン・シアター」の創設者の1人となった。彼はティリーに言った、彼が風刺に傾倒したのは、コミックスを攻撃してきた“堅苦しく、ケツの穴の小さな検閲者ども”を、嘲笑いたかったからだと言う。

 13歳のリン・クロフォードはこう書いた。
「あなたは論説で、コミックブックス (ホラー、セックス、ラブ、クライム)が非行の増加の原因だと主張されていました。私はそうは思いません。私はあなたが例に挙げた子供たちは、コミックブックを見る前から既に非行に走っていたのだと思います」
 ワーサムはクロフォードの手紙に返事は書かなかった──彼は、彼の見解に異議を唱えた手紙の大半に返事を書かなかったのだが──。だが彼は、手紙のスペルや文法の誤りを赤インクで印をつける時間はあったようだ。

 15歳のブライアン・マルホランドはこう書いた。
「僕はこの数ヶ月、EC コミックスの編集者たちに最近のコミックブックを取り巻く状況について書くよう促されてきました」
「僕には出来ませんでした。なぜなら合衆国政府が無害なマンガを全廃したいだとか、そもそも全廃できるなんてことは、馬鹿げていると思ったからです。けれど、ちょうど昨日、僕はECコミックスが5誌のコミックを休刊せざるを得ないという記事を読みました。理由は、合衆国中の卸売業者や小売業者が、犯罪やホラーを扱ったコミックブックスを取り扱わないよう強要されたからだそうです。こんなことはロシアで起きることです。アメリカで起きてはなりません」
 ティリーは昨年マルホランドと話している。彼はちょうど地区検事長という重職を退職したばかりだった。

 その後、いくらかのコミック・クリエイターらもワーサムに手紙を書いた。ゴールデン・エイジのヒーロー、『スピード・セントール(Speed Centaur)』のクリエイター、マルコム・キルデール(Malcolm Kildale)は当時施行されていたコミックス・コードについての不平を述べるため、1950年にワーサムに手紙を送った。彼は、パブリッシャーが身内を取締まっているに過ぎないコミックス・コードに効果はないと考えていた。
「僕は皆と同様、検閲を好みません」彼はそう書いていた。
「ですが僕はコミックブック業界には取締まりが必要だと思います。おそらくは野球界と似たような。コミックスにもランディスが必要なのです」
 ──ここで挙げられているランディスは、「ブラックソックス事件」後に野球界を浄化したMLBの初代コミッショナー、ケネソー・マウンテン・ランディス(Kenesaw Mountain Landis)のことである。
 ワーサムに手紙を書いた最も有名なクリエイターは、スーパーマンの創造者の1人ジェリー・シーゲル(Jerry Siegel)だろう。彼はワーサムに2通の手紙を送ったそうだが、ティリーはそれらの内容についての詳細は述べなかった。

 1954年、『無垢への誘惑』と上院の公聴会によって盛り上がった動きに対する反応として、コミックス ・パブリッシャーらは「コミックス・マガジン・アソシエーション・オブ・アメリカ(Comics Magazine Association of America)」を創設し、コミックス・コードを公布した。ティリーによれば、ビル・ゲインズがライル・スチュアート(Lyle Stuart)を介してワーサムに接触し、コミックス・コード・オーソリティを率いる立場になるよう提案した可能性があるという。この件に関する明確な証拠はないが、確かにスチュアートはワーサムに、新たに作られたコミックス・コード認可章の着いたコミックを送りっており、同封した手紙の中で、オーソリティの頭であるチャールズ・マーフィー判事(Judge Charles Murphy)を手厳しく評した。

※ライル・スチュアート:当時のECの編集者。ゲインズが公聴会で読み上げたスピーチは、公聴会の前日に、スチュアートとゲインズが夜を徹して書き上げたものになる。

「あなたもお気づきかもしれませんが、マーフィー判事はさして聡明でもなく、政治的な点から雇われた人であり、おおよそはその信心深さ故に選ばれた方です」そう、スチュアートは書いた。
「大して驚くべきことではありませんが、彼のコードは、さながらスペルマン枢機卿(Cardinal Spellman)の承認した教会の法典のようで、 普通のコミックスではさして抗議を受けない類の事柄について禁じています。ビル・ゲインズは欠点の多い人間ですが、真正直で、誠実な人間です。その彼が、いまや自身の誠実さの犠牲になろうとしているのです」

※スペルマン枢機卿:この当時のカトリック教会のニューヨーク大司教。

 翌年、ECの編集者アル・フェルドステインはワーサムの妻ヘスケス(Hesketh)と電話で話し、その後、手紙を書いている(フェルドステインは後にこの件は記憶にないと言っているが、ティリーは手紙に書かれたサインは彼のものだと確信している)。その手紙でフェルドステインはコミックス・コードが実施されたやりかたへの憤りを述べている。その手紙に添えられた鉛筆による走り書きにはこうあった、「ドクター・ワーサムはその理由についてけして答えはしないでしょう。彼はマーフィーの就任に関わる全てが、適切であると考えてはいません」

 最後にティリーは、コミックス・コードは過去の遺物だが、コミックスの規制の試みは形を変えて継続していることを指摘した。
「私の住んでいるイリノイでは、昨年『ペルセポリス』(マルジャン・サトラピ作のバンド・デシネ)を巡って大変な騒動がありました」と彼女は言った。
「イリノイの学校図書館の司書が、ある種の本を彼等の図書館の蔵書として購入すべきか悩んでいるという話も聞きました。例えばホモセクシュアリティについて言及したレイナ・テゲルマイヤー(Raina Telgemeier)の『ドラマ(Drama)』や、ハッキングを扱ったエド・ピスコー(Ed Piskor)の『ウィジー・ウィグ(Wizzywig)』 などをです。私の住んでいるコミュニティでは、公立図書館の司書がアラン・ムーアとメリンダ・ゲビー(Melinda Gebbie)の『ロスト・ガールズ』のような書籍を購入し、後に上司から該当書籍の撤去を求められる結果に終わっています」

 ワーサムは1970年代にホラーコミックス編集者アラン・ヒーウェットソン(Alan Hewetson)に贈った手紙の中で彼の成果を擁護している。
 いわく、
 「『無垢への誘惑』の刊行以降、事態は変化した。いまや全てのマスメディアの中でコミックブックはマイナーな影響しか持ちえていない。私の主たる成果は、マスメディアで起きていることは、社会を反映するだけでなく、社会に影響を与えてしまうものだと指摘することにあった。私はコミックス・コードを推奨したこともなければ、支持したこともなく、認めたこともない。私はもっとも惨たらしい類のクライム・コミックブックスを13歳以下の子供たちに直接見せるべきではないと提案したに過ぎない。そもそも検閲とは1つの機関が他の機関に対して行うものだ。コミックス・コードは“検閲機関”などではない。あれは業界内の協定に過ぎない」

「検閲への道程は、往々にして直接的ではありません」ティリーは言った。
「その道程は曲がりくねり、入り組んでいますが、時に個人的な動機や、私的な復讐、傲慢な倫理観によってその舳先を変えます──ちょうど、私が本日皆さんに話した物語のそこかしこに見られた様に。フレデリック・ワーサムの様な人々を含む“検閲者たち”は、自身が検閲者であると認識していません。ですから、我々は彼らに意見し、抵抗しなければなりません。ワーサムに手紙を書いた子供たちとティーンエイジャーたちのような個人や、1950年代の上院議員らは、各人の主張を彼らに発しました。CBLDFのような組織もまた、そうあるべきです。我々全員が、そうあるべきなのです」

 ティリーはボブ・スチュアート(Bhob Stewart)からワーサムへの手紙でパネルを終えた。彼は地元の図書館に『無垢への誘惑』を入れるよう要請し、同書を読破した。後に作家、カートゥニストとなるスチュアートは、既に1954年にECのファンジン「Potrzebie」を刊行していた。彼はワーサムにも1部を送り、他のECのファンたちも彼ら自身の雑誌を出版していると指摘した。
「結果、正にそれらECのファンたちは、合衆国全土を覆う文通ネットワークを作り上げているのです」と、彼は書いた。
「貴殿は、コミックブックスの文学的価値について論じ、時に罵り合うために集った、彼らティーンエイジャーが、非行少年たちよりも上等な存在であると認めるべきです。……貴殿が検閲に反対の立場を採っているということは、ジェームズ・ジョイスを再来(James re-Joyce)させるに充分な事実でしょう。なぜならひとたびコミックスが非合法化され、廃止されたなら、それはブラッドベリが『華氏451度』で描いたような焚書への近道となるからです」

※ジェームズ・ジョイス(1882/2-1941/1)はアイルランド人の作家。代表作の『ユリシーズ』は、当初アメリカにおいて掲載誌の没収、悪書追放教会による告訴、合衆国内での発売禁止処分などが行われた(こちらのリンク先の「出版」の項目などを参照)。ちなみに1954年の公聴会に証人としてたったM.C.ゲインズは、壇上でのスピーチに『ユリシーズ』の発売禁止処分が解除された際のエピソードを引用しており、当時のアメリカでは書籍の検閲について語る上で、『ユリシーズ』がそうした処分を受けていたことは、ある程度の共通認識があったと思われる。
 ちなみに「re-Joyce」は、ジョイスの再来(re-)的な意味合いと、「rejoice(喜ぶ、祝賀する)」を引っ掛けたシャレ。
  
  
 以上。

 こーいう、歴史的な出来事の背景に、実は個人の好き嫌いとか、過去の出来事に関しての私怨とかがあったかも知れぬ、っていう話、好きなのね。「かも知れぬ」で留めておくのが大事ですが。


・ワーサム博士をご存知ない方に置かれましては、ウチの以下の過去記事も読んでおくと、いいかも知れぬ。

●フレデリック・ワーサム、な日々。
  
  
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●最近のゴジラさん。

2014.08.11 Mon

▼『ゴジラ』見た:

 見た。

 先週のことだけど。


※以下シレッとネタバレ盛っておりますので注意。


 感想としては、クライマックスのゴジラ対ムートー♂♀のバトルが何よりも素晴らしいなぁ、と。

 ミもフタもないことをいってしまうと、「クライマックスのゴジラさんの大暴れが、他の不満を補って余りある映画でした」という感じです。

 最新デジタル技術で再現された主人公の活躍を見れたらそれで満足、という点においては、『ゴーストライダー』第1作と同じベクトルの作品じゃねぇかなぁ、と(ミもフタもなさ過ぎですか、すみません)。


 閑話休題。

 こう、ムートーさんはオス・メス2匹揃ってるとゴジラといい勝負するけど、それぞれ単体ではゴジラに苦戦するぜ、っていうパワーバランスとか、宙を舞うオスと体躯を生かしたメス、みたいなキャラクターがきちんと確立してたのが今回のバトルのグッドなとこだなぁ、と。

 それとゴジラさんの放射熱線が、「威力低くね?」思いきや(ムートーさんのEMPで威力が落ちてるとかいう設定があるらしいですが)、きちんと「トドメ」に使われる必殺技になってたのが「あるべき怪獣バトル」であるなぁ、と。

 つか、メスへのトドメのアレですが、怪獣プロレスにありがちな「アゴを引き裂く残虐ファイト」かと思いきや、「お前の表皮硬すぎるから、柔らかいところに集中攻撃したるわい」っていう、ストロングスタイルなソレだったのがイカス。怪獣王であるゴジラさんには、やっぱ残虐ファイトよりも、真正面からガツンとブチかまして勝つのがあらま欲しき姿ですね、と。


 で。

 その、怪獣プロレス盛り盛りの映画にせず、「父と子の絆」的な人間ドラマもそれなりに盛り込む、という作劇は、適切なアプローチだと思いましたが、割と早々に主人公とケン・ワタナベが別行動になったり、主人公の親父がサックリ退場したり、ゴジラの米本土上陸後は主人公の家族がとって付けたようなピンチに陥るかなぁと思ったら、バスがアレする程度だったりと、割合に人間ドラマのサバき方が微妙だったなぁ、と。

 申し訳ないけれど、「その程度の人間ドラマだったらイラないので、もっとゴジラさんを見せていただきたいなぁ」とか、思ってしまいました。

 なんか、ゴジラさんを人間を歯牙にもかけない、超然とした存在にしちゃったことで、「ゴジラと人間が絡めない」状況に陥ってるかなぁ、と。

 ……思えば、沢口靖子がテレパシーでゴジラさんの感情を中継するのって、割と良いアイデアだったのだなぁ(個人の感想です)。


 あと、主人公の扱いが適当というか、「爆弾処理のスペシャリスト」として作戦に参加してる割には、兵卒みたいに斥候に出たりとか、回収した爆弾を放っぽっていつまでもムートーの巣に残ってたりとか、挙げ句の果てには、海上に爆弾運んだけど、なんか疲れたしケース開かないから解除すんの諦めたわ、とかね、どうなの、と。

(「つか、今までさんざムートーさんのEMPでアレな目に会ってたのに、割と近い距離で爆発してる核爆弾のEMPで主人公の乗ったヘリは落ちねぇのかよ!」とかいう突っ込みは無粋でしょうか)

 こう、そういう主人公のアレな行動を肩代わりする、「面白黒人」もしくは「バカ白人」なキャラクターがもう1人欲しかったなぁ、と、ちょっと思った。

 正直、人間ドラマに関しては『XXX』のほうがまだいい感じだったよなぁ、と思う。

(※注:カッコ内には某ゴジラ映画の名前を挙げていましたが、同作品のファンにケンカを売ってるも同然ですので、削除しました)


 結論としては、「人間ドラマ削ってもっとゴジラ見せろ」ということに尽きる感じなのですが、スタッフロールでスクリーンを埋め尽くすデジタル系スタッフの名前、名前、名前を見るだに、予算的にはこれ以上ゴジラさんの出番を増やすのは無理なのだろうなぁ、と。

 すなわちもっとコンピューターの技術が発展しないかなぁ、という結論で、どうか。


 いいたいこといったので、オワル。
  
  
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●最近の脊髄反射。

2014.08.08 Fri

 ジム・リーが海外マンガフェスタに来るそうですね。

 とりあえず、「オレのコレクションの中で、何を差し出したら一番ジム・リーを苦笑いさせられるか」をシミュレートしてみて(ヲイ)、とりあえず、『デスメイト:ブラック』を差し出すのはどうかと思った。


※『デスメイト』:イメージ・コミックス創業当初に行われた会社間クロスオーバー。当時人気のピークにあったヴァリアント・コミックス社のスーパーヒーロー・ユニバースと、出来たばかりのイメージ・ユニバースのキャラクターたちがクロスオーバーした。
 全6冊のミニシリーズで、通常のコミックブック程度の厚さの『デスメイト:プロローグ』と『デスメイト:エピローグ』、それに『デスメイト:レッド』『デスメイト:ブラック』『デスメイト:イエロー』『デスメイト:ブルー』の4冊のプリスティージ・フォーマット(表紙は各タイトルの色が箔押しされてる豪華仕様)で構成される。
 なんや知らんけどイメージ・ユニバースとヴァリアント・ユニバースが合体しちゃって、双方のユニバースのキャラクターが入り乱れて悪と戦うぜ的なハナシで、まあ、内容はなきに等しい。
 ヴァリアント側が『ブルー』『イエロー』、イメージ側が『レッド』『ブラック』を出す予定だったが、イメージ側の2冊が締め切りを大幅にブッチギったおかげで読者の興味が失われて大失敗に終わった。
 ちなみにジム・リー率いるワイルドストーム・スタジオとマーク・シルベストリ、ウィル・ポーテシオらが『ブラック』を担当。ロブ・ライフェルド率いるエクストリーム・スタジオが『レッド』を担当。なお『レッド』のスクリプトは「コミコンの度にライセンスものコミックをディスるマン」ことエリック・スティーブンソン。
 でもって、当時のヴァリアントの総編集長だったボブ・レイトンは、ロブ・ライフェルドが『デスメイト:プロローグ』掲載の短編の原稿を一向に上げないのに業を煮やし、ライフェルドの仕事場のあるロサンゼルスまで飛行機で赴き、ライフェルドを仕事場に缶詰にし、原稿を受け取った後はホテルに籠もって自らインキングを行った(その間ヴァリアントの業務は停滞しまくった)。
 ……ちなみにライフェルドは本編である『デスメイト:レッド』の締め切りも、卸売業者が本気で怒るレベルでブッチギった。

 ……と、『デスメイト』の解説をダラリと書いたところで、「うん、イマサラ『デスメイト:ブラック』を差しだしたら、例のジム・リー・スマイルを浮かべたまま無言で破かれるな」という結論に至りましたので、無難に『ワイルドキャッツ/X-MEN』日本語版を差し出そう、と、思いました。

 小学館プロダクション版『X-MEN』1巻でもいいのですが、あれだとまんがの森渋谷店でいつまでも売れ残ってた「ジム・リーサイン入り『X-MEN アンコール』第1巻」を思い出して哀しい気分になるのでヤメ(末期は表紙のジム・リーのサインがカスレてたような記憶があるが、ウケ狙いの捏造された記憶やもしれぬ)。

 以上、ジム・リー来日にかこつけた、単なる1990年代バナシでした。
  
  
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