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●どうでもよき日々また日々。

2015.02.26 Thu

▼どうでもよき感想:

『有害都市』の第8話が更新されてましたね。

 例の「有害指定を避けるのに有効な方法」が、中堅どころの出版社の青年マンガ誌の編集者が、配属初日に覚えるレベルの「業界あるあるネタ」で腰砕けだなぁとか、担当編集者に何も相談もせずに原稿に手を入れるのは作劇上のご都合ですなぁとか、ちょいとレギュレーションを課せられた程度で手が止まって人前で泣きだす豆腐メンタルの主人公に全く共感できないなぁ、とか、そもそも、暴力シーンのパーセンテージって、紙の単行本になるときに考えるべきものなのに、ウェブ連載の時点で考えるのって意味なくね? とか、ていうかもっと厳し目のレギュレーションのジャンルで傑作を生み出すべく奮闘しているクリエイターに対して失敬なハナシだよね、とか、アメリカ人と別れてから、アメリカ人とスカイプで話すまでのシーンに「結構な時間が経過しました」的な演出が一切ないので、主人公が数時間しか悩んでない感じに読めてしまうのは演出的に悪手じゃね? とか(背景が白すぎるのも、時間経過が感じられない一因だと思う)、なんだかアラ探しばかりする感じの姿勢で作品を読んでいる自分に気づいたので、「いかんなぁ、もっと純粋にフィクションを楽しまないと」と、反省しました。

 あと、この後、20行に渡って、

「“レギュレーションを課せられることは自由な表現を規制するものであり、面白いマンガを描く上で枷でしかない”的な描き方は、一面的だと思う」

「レギュレーションは時にクリエイターを発奮させ、実力以上のアイデアを閃かせる存在であると思う(時に、ね)」

「表現技法の引き出しが少ないのを、表現規制のせいにして、“僕は面白いマンガを描きたいだけなのに”とか泣き言をいわせるって、あまりに主人公が表現者として無能過ぎね?」

 とかいう感じの文字を書き連ねてましたが、なんだか収拾つかないし、「もはやアメリカン・コミックス関係ないよね」と、突然我に帰ったので、清書するのをやめて削除しました。

 君らもこんなヤクタイもないブログなぞ読んでないで寝たまえ。
  
  
<完>
  
  
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●最近の日常。

2015.02.20 Fri

▼アメコミNightにいったゾ、の巻:

 行った。

 なかなかに面白い雰囲気のイベントで、柳亨英さん、スーパーログさんの司会進行ぶりとかツッコミぶりが非常に面白うございました。また気になるテーマの回があったら行こう、と思いました。

 ていうか、スーパーログさんが、「SENさんの行動力はどうかしてる」という、ミもフタもない核心をついた突っ込みをされてまして、「そうだよね、あの人、よくよく考えると、“どうかしてる”人だよねぇ」と、今さらながらにして思いました(<失敬だ)。

 あと、最後の方で、オイラが10数年前に作った同人誌が紹介されたので、死ぬかと思いました(死んだ)。

 それから、隣の席のyokkunが、あまり飲んでなさそうなのに、非常にアッパーなテンションだったので、「あれ、この人が飲み会でいっつも変なテンションなのは、“酔ってるから”でなく、単に素なのかしら」と、思いました。

 試しにその後の2次会(幹事のねこのひとさんお疲れ様でした)で、yokkunにお酒を飲ませて観察してみまして、「多分、普段からテンションはそこそこアッパー」「そこに酔いが加わることで、言動がアサッテの方によじれていく」という感じなのかなぁ、と、思いました。

 あとyokkunは『ロードス島伝説』世代、という無駄な知識を得ました。わたくしは年寄りですので『ロードス島』というと「ウォーロック」の『トンネルズ&トロールズ』のリプレイくらいしか知りませぬが(<お前のボケはツッコミしづらい)。

 とりあえず、前回のツッコミに対して、SENさん本人から「ポスト・ゼロアワーって書いちゃうと、紙数が限られてる中で『ゼロ・アワー』の説明までしなければならなくなるので」と、わざわざ解説いただいて、とても合点がいきました。

 とかなんとか。
  
  
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●最近の解説冊子な日々。

2015.02.14 Sat

▼小学館集英社プロダクションから出た、『シャザム! :魔法の守護者』の、解説冊子がいいよね、というエントリ:

 いいよね、解説冊子。

<完>


 ……も少し長く書いた方がいいですか。


 まあその、この解説冊子は、ですな。シャザム/キャプテン・マーベルの歴史とキャラクターについて、とても真剣に、様々な資料に目を通しているであろう筆者が、

「表面3ページ、裏面4ページという、シャザム/キャプテン・マーベルの歴史とキャラクターをきちんと語る上ではけして多くないスペースを、いかに適切に使い切るか」

 とか、

「初心者にも解り易いよう、情報を絞りつつ、かつ平易な言葉で語る」

 といったあたりの命題に、真摯に、誠実に取り組んで原稿を書いている感じが伝わってきて、「いいよね」と思うのです。


※いやまあ、「オイラ個人がそう感じた」という、いうなればクソジジイの勝手な思い込みでして、実際には推敲とかせずに、内容とかも思いつくままスラスラ書いてって、気付けばきっちりスペースを埋められてた、的なソレで書かれてたりするのかも知れぬのでありますが。


 個人的には、DCとフォーセットの“例の裁判”回りの解説がね、他よりも割合に文字量を割きつつ、凄く気をつけた言葉遣いで、かつ、読者に軽く念押しする感じで書いているのが、大好きです。

※いやまあ、「おいら個人がそう感じた」という(以下略)

 こう、キャプテン・マーベルの通史を書こうと試みたことのある人間なら、あのあたりの原稿読むと、「うむ(詠嘆)」って、力強くウナヅく感じのね、いい文章よね。ホント。

(※「キャプテン・マーベルの通史を書こうと試みたことのある人間」なんてのが滅多に居ないことは、この際、ガン無視します)

 裁判関連の記述の直後に、「シャザム」の商標関連についての話をしてる構成も、すごくいい。読んでて微笑みがとまらないくらいに、すごく、心地いい(<変態か)。


 後は、表面のテキストのラストの方の、ジェフ・ジョーンズのコメントが、「~と、言っている」みたいな“伝聞系”でなく、「~と、語ってくれた」っていう結び方になってるのがね、萌えるよね。ちょう萌ゆる。


 でー、結論としては、この解説冊子は、今後、日本においてシャザム/キャプテン・マーベルを語る上で、まあ、目を通していて当然なくらいの“基礎資料”として、仕上がってるじゃないですか。

※無論、「オイラ個人がそう感じた」ことではあるが、貴様らもそう感じたであろうな、な?(強制かよ)


 ででー、これからシャザム/キャプテン・マーベルに興味を持つ若者が、ですよ。まず最初に手に取るであろう邦訳版『シャザム!』第1巻に、こんなクオリティの高い資料が付録として付いてくるわけで。

 こらもう、文化的な偉業ですよ。

(大げさですか。でも本気でいってますよ、俺は)


 なので、若者よ、感謝して、嚙みしめて、読むのである。この解説冊子を。


 ……ああ、それと、あくまで“基礎資料”ですからね。基礎。これでシャザム/キャプテン・マーベルの75年の歴史の極意が身に付いたとかいう、思い上がりをした若者がいたら、丸めた「Alter Ego」で頭をポコポコ殴りますからね。


▼オチらしきもの:

 まあ、ホメてばっかなのもなんなので、最後に、いつものうちのブログの、「誰にでも噛み付く狂犬」的なツッコミもしときますかね(<待て)。

 いや、ジェリー・オードウェイの『パワー・オブ・シャザム!』を「ポスト・クライシス」に含んじゃうのは、ちょいとザックリしすぎじゃないかなぁ、と、個人的に思うなぁ、と、いう、そんだけですが。

 個人的には、ロイ・トーマスのアレをのみ「ポスト・クライシス」として、んで、『パワー・オブ・シャザム!』は、「ポスト・ゼロアワー」と、見なしたいのね、と。

 その、『パワー・オブ・シャザム』と「ゼロアワー」に直接的な相関関係はなく、単に同じ年に出てただけ、という背景は踏まえた上で。

 無論、そのような指摘は受けるかもしれぬと解った上で、情報を解りやすくするために、あえて『パワー・オブ・シャザム』を「ポスト・クライシス」と定義したのかなぁ、とかも思いつつ。


 ……と、いうようにね、この基礎資料をサカナに、シャザム/キャプテン・マーベルのコンティニュイティ回りについての談義なども出来るようになった、ということも喜ばしいですね。

 なにより、喜ばしいです。

<完>
  
  
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●どうでもよきツイート。

2015.02.13 Fri

『有害都市』の第7話の「改訂版」がアップされてて。

 読んだ。


 ワーサム博士という一個人が1950年代のコミックス規制運動を主導した、的な書き方がママなので、

「こういう、事実関係を単純化させた図式で描きたいのであれば、やはり“ウォルサム博士”みたいな、架空の人名にして描くべきだったのではないか」

 という、前とさほど変わらぬ感想になりました。

 ていうか、例の“お詫び”で書かれていたように、この後、「実在した人物をモデルとした創作キャラクター」を出すのであれば、なおさら、ここでコミックス・コードという現実のハナシを、デフォルメさせた上で持ち込むのはアンフェアだなぁ、と、思った。

 ワーサム博士も「実在した人物をモデルとした創作キャラクター」として描けばいいじゃん、コミックス・コードも「実在したコードをモデルとした創作コード」として語ればいいじゃん、と。


 っつーか、主人公の背景に虚ろな顔のワーサム博士のイメージ映像が描かれてるコマが、なんかじわじわくる。

 ていうか吹く。

 ズルいよ、あのコマ。

(……改定前もあのコマあったっけ?)


 以上、呟きたいこと呟いたのでオワル(もはやこの件で長文とか書きたくない)。
  
  
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●最近のアメリカン・コミックスとラーメン(パクリ)な日々。

2015.02.05 Thu

▼通常営業、な日々:

 こう、とりあえず、わたくしとしては、『有害都市』について言及するのは、第7話の改訂版や、いっそ第8話が発表されてからで、と、思う次第であるので、このブログ的には、通常営業というか、いつもどおりの非常にヤクタイもない話を書いていきたいと思う日々でありました。


 とりあえず、あらためて(ていうかイマサラ)指摘しておきたいことは……『有害都市』第7話が「となりのヤングジャンプ」に掲載されたことで、ウチのブログのワーサム関連の記事に、もの凄い数のアクセスがあった。つまり、『有害都市』第7話を読んだことで、ワーサム博士やその業績に関して能動的に調べようと思った読者がそれだけいた(読み終えた直後、同じブラウザで作品の気になった箇所について検索できるのは、ウェブ・コミックスの何よりの利点だと思う)。そうさせるだけの力が、あの作品にはあった、ということは、割と大事であり、念頭においときたいかも知れぬ、と思った。


 あと、3日ほど前唐突に、もうこのブログは、アメリカン・コミックスの話題とかするのを辞めて、麺類大好きブログ、その名も「All-Noodle Blog」、略して「アノログ」なるタイトルに変えて(「オール・ヌードル」だから「オヌログ」だろう、とかいう突っ込みは無視します)、美味しいラーメンとか、オフィスの電子レンジで乾麺のソバをいかに美味しく作るか、とかいう話題だけを綴って行くこととしよう、と、思い立って、早速、「アメコミとラーメン」さんをパクって(ヲイ)、気になってた秋葉原の「田中そば店」に行って、「肉そば」のあっさりを食べつつ写真もスマホで撮って、「わたくしが喜多方ラーメンの太くて歯ごたえのある麺を好きな理由は、故郷である上州のかったいウドンを食してきたことに源流が求められるではなかろうか」とかいうどうでもいい考察をしたり、「ていうか、昨年末に仕事で三鷹の某アニメ会社(1階のテナントがピザ屋なので、入り口が凄くピザ臭いあそこ)に幾度か行ったんだけど、三鷹駅の構内の立ち食いそば屋が提供している“武蔵野うどん”が、硬さとか、醤油味を前面に押し出したツユとかが、故郷のウドンを髣髴とさせるソレで、三鷹に行くたび食ってました。駅構内にあるので、今度、ヒマなときに、立川駅構内の焼きソバ屋とはしごして、別に下車せず帰ろう」とかいう記事を書いてましたが、途中で飽きたので辞めました。

 まあ、その思いつきの名残として、現在のこのブログのタイトルは、「アノログ」になってますが。

 ……ウソですが(スクロールさせてブログタイトルを確認した善良な方々に幸あれ)。


 でー、これからヤクタイもない記事を続けようと思ったけど、なんか、前書きだけで沢山文字を綴って、満足したので今日はここまで(この適当さが、ウチの通常営業でございますので)。
  
  
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●業務報告と最近の私信。

2015.02.04 Wed

▼業務報告:

 なんとなく、このブログのカテゴリに「コミックス・コード関連」の項目を追加。

 理由:いちいち関連エントリ書くときに他のエントリにリンク張るのが面倒臭くなった。



▼Captain へのどうでもよき私信:

 個人的にはカーツマンかなぁ、と。クラムは年代が下り過ぎな気がする。

 ほら、カーツマンなら、「MAD」はコードの対象じゃなかった……的な話とかに繋げられるし。
  
  
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●ゴッドは天にしろしめし、なべて世は、どうでも良き日常。

2015.02.01 Sun

▼どうでもよき週末:

 先週中頃から今週にかけて起きた、もろもろの事象に対する、率直な感想を述べると、「やっぱり、俺は一生Twitterというメディアに手を出すまい」の一言に尽きました。

 まずその、前3回分のエントリを読めばわかるでしょうが、オレは、「俺はこう思う、なぜなら~」な感じな文章を書くときには、「なぜなら~」の部分を延々と書き綴りたい人なので、Twitterというメディアにそもそも向いてない。

 一方で、今回感じたのは、Twitterとブログ(あるいは、「このブログ」と限定すべきか)では情報の消費スピードが全然違うのね。オイラ自身は、『有害都市』について語るのは今回が2回目で、「もう少し語っておきたいなぁ」というココロモチなのですが、Twitterで『有害都市』について語ってたキミらは、もう、気分的には「語りつくしちゃったよなぁ」な感じでしょ、多分。

 論的にも、「とりあえず対象に対して気炎を噴き上げるターン」「対象よりも噴き上げた気炎に対して冷めた目で意見を述べる奴らのターン」「温厚な人らが“まあまあ”と、温厚な意見を述べたり、頭のいい人が総括するターン」と、3周位してる感じでしょ。

 そんなジェットコースターみてぇな消費速度にはついてけません。こちとら、10行のエントリを書くのに、ああでもない、こうでもないと話の流れだの、言及するべきネタだのを延々とこねくり回してようやく形になるくらい、脳味噌の回転が悪いのです。

 でー、文の構成をこねくり回し過ぎると、「『有害都市』の世界観では、アメリカン・コミックスはヒーローものしかないのに、なんであのエージェントの人は、非ヒーローものの、それもコミックス・コードに凄く抵触するようなマンガを買い付けに来たの?」という、最初の頃に考えていたツッコミを、し忘れたりもするのですが(未練がましくここに書く)。


 とりあえず、『有害都市』に関しては、敬愛する海法紀光氏が、“『有害都市』に書かれたアメコミの描写については、作中人物の発言で語られているだけで、本当に作中世界内での事実なのか、作者の認識なのか等まだまだわからないので、置いておきます。連載完結を楽しみにしつつ”と、ツイートしてましたので、オイラもこの辺でツッコミの手は引いて、判断保留するぜー、とかいう感じです。

 っつーか、まあ、ぶっちゃけ、『有害都市』、面白いじゃないですか(個人的な感想です)。刺激的なエンターテイメントとして。個人的には、「単行本を買うまではいかないけど、連載でキチンと追ってきたい」レベルの、面白さですよ。

 だから、第8回、はよう。


▼余談:

 どうでもいいことですが、海法紀光氏が、かたくなに「Comics Code」のことを、「コミックコード」と表記してて。

 こう、遡ること5年前、田中秀臣氏と海法氏がワーサム関連でツイート合戦してた時も、海法氏は厳然と「コミックコード」表記で統一されてて。

 多分、氏のことだから、きちんとしたポリシーがあって、「コミックコード」表記を続けているのでしょうが(英語では「Comics」の「s」はほとんど発音しないから、とか?)、その理由については、オイラが目にしてきた範囲内では語られてなくって。

 以来、氏がコミックス・コード関連の話をするたびに、微妙に気になり続けております。


 いじょう。

 毎度オチなどなく。
  
  
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