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●コミック原稿紛失世界記録、の話。

2008.06.12 Thu

▼どうでもよい豆知識:
記録として残っている、コミック作家の「原稿紛失枚数」世界一は、ジャック・カービィ。
その枚数は、少なく見積もっても6000ページ


 っつーわけで、雷句 誠先生はカラー原稿5ページ分をなくされたけど、世の中にはその1000倍もの枚数の原稿をなくされた作家もいるんだぜ、という、ウンザリするような豆知識。

 ジャック・カービィはマーヴル・コミックス社やその前身であるタイムリィ・コミックスで、『キャプテン・アメリカ』、『ファンタスティック・フォー』、『X-メン』、『ハルク』などを送り出した作家で、アメリカン・コミックス業界の“キング”として知られる人物。
 彼はマーヴル・コミックス社において、少なくとも8000ページ以上(一説では13000ページ)の原稿を描いたが、後年、彼がマーヴルから返却された原稿は約1900ページだった。
 実に6000ページ以上が紛失した勘定になる。

 この一件は、さかのぼれば1970年代に、マーヴルのライバル出版社であるDCコミックスが、それまで自社で管理していたコミック原稿を、作家たちに返却していったことに端を発する。
 現在では、当たり前である「原稿の作家への返却」だが、当時の(いわゆるメインストリームの)アメリカン・コミックス出版社では、原稿は出版社側が管理するのが慣例となっていた。
 このDCの活動は、競合相手であるマーヴル・コミックスにも影響を与え、やはり原稿を自社で管理していたマーヴルは、それらの原稿を順に作家たちに返却していく。

 ただしマーヴルは、原稿を返却するに当たり、各作家に対し著作に対する権利全てを放棄するという承諾書にサインさせた。
 権利全てを放棄するということは、返却されるべき原稿の所有権すらも放棄することに他ならないのだが、寛大なるマーヴルは、承諾書にサインした作家たちへの“贈り物”として、原稿を返却してくれた。
 何とも、お優しいことだ。

 ――やがて1984年8月、マーヴル・コミックスの上層部は、ジャック・カービィに対し88ページ分の原稿を返却することを提案する。
 打ち間違いではない。たったの88ページだ。無論、マーヴル・コミックス社の倉庫には、もっと沢山のカービィの原稿が眠っていたが、同社が彼のこれまでの功績に対し、充分な“贈り物”の分量としてはじき出した数字が88ページだった。

 無論、マーヴルは、「カービィが創作に関わった全てのキャラクターについて今後一切権利を主張しないこと」を記した承諾書も、カービィに送りつけた。
 ファンタスティック・フォーや、スパイダーマン(の原案)、X-メンなど、その広大なるマーヴル・ユニバースの基礎となる無数のキャラクターを生み出したジャック・カービィに対し、それらの功績に関する権利の一切を放棄しろ、と言ったのだ、マーヴルは。
 しかも、カービィに送りつけた承諾書は特別製で、「返却した原稿は、マーヴルの事前の許可なしに再録、複製、展示、売却することを禁じる」なんて条項まで付け足されていた。

 無論、カービィはこの条件を飲まなかった。


 翌1985年夏、コミック業界紙「コミックス・ジャーナル」がこの一件を取り上げた。「コミックス・ジャーナル」は続く号でもこの問題を扱い、カービィとマーヴルとの対立は、広く大衆の知る所となる。

 これを受け、ニール・アダムスやフランク・ミラー、ギャリー・トルードーといった当代一流の(そして反骨精神溢れる)作家たちは、カービィ支持を公然と表明した。
 その他のコミック作家の大半もカービィを支持した――マーヴルを敵に回すことを恐れ、公式にはそれぞれの立場を表明こそしなかったものの。

 更には同年11月19日、DCコミックス社の重役であるジャネット・カーン、ディック・ジョルダーノ、ポール・レーヴィッツの3人は、マーヴル・コミックス上層部宛てに1通の書簡を送った。
 その手紙に書かれていたことを要約するとこうなる。
・DCコミックス社は、カービィとその権利を支持する
・法律上、原稿の権利はカービィに帰属することは疑いようもなく、この件に関してマーヴルに議論や交渉の余地はない
・故に、可及的速やかにカービィに原稿を返却すべきだ

 カーンは元々児童向け雑誌の編集者で、ジョルダーノはアーティスト兼編集者からDCの重役に上り詰めた叩き上げの人物、そしてレーヴィッツはそのジョルダーノ門下でライター兼編集者として活躍し、ジョルダーノに続いて重役になった人物だ。彼らはDCの重役連でありながら、現場の事情、作家側の事情に通じた人間であり、それ故、カービィに肩入れした。

 コミック・ファンたちは、特に、カービィがマーヴルで手がけた作品を読んで育ってきた世代のファンは、コンベンションやファンジンなどでこの事件を語り合った。コミック・コンベンションでマーヴルのパネルが開催されると、ファンたちは最新作の情報よりも、原稿返却についての質問をパネリストにぶつけた。

 やがてマーヴルは、過去にカービィが取り交わした契約書に基づき、彼の描いた原稿の権利はマーヴルに帰属するとの声明を発表した。が、1978年に改定された著作権法では、原稿の権利は法律上はカービィに属していた。
 ちなみにマーヴルは、この著作権法の改正にあわせて自社の契約書の文言を修正し、契約に同意した作家が自動的に作品に関する権利を放棄するようにしていたのだが、幸いカービィは、契約更改時に新契約書のからくりに気づき、マーヴル・コミックとの再契約を拒否していた(その後DCコミックスに移籍している)。

 その後もしばらく、マーヴル・コミックスの上層部や弁護士たちはゴネ続けたが、結局、作家、ファン、業界誌、それに競合会社までもが一丸となった抗議活動に折れ、カービィに原稿を返却することとした。
 双方の弁護士を交えた数ヶ月に渡るやりとりを経た後、マーヴル・コミックス社は1987年5月に、同社の倉庫に残っていた約1900ページ分の原稿をカービィに返却する。
 残りの数千ページの原稿の行方は不明だった。


 1970年代後半から1980年にかけて、マーヴルの倉庫に収められた原稿の目録を制作していた人物によれば、マーヴルの重役の間では、倉庫内の原稿袋から数ページを抜き、お得意さんへの“おみやげ”にすることが一般的であったという。

 また一部の原稿を収めた箱は、マーヴル本社の貨物用エレベーターのそばに――原稿の入った封筒をカッパらって、そのままエレベーターで逃げられるような場所に――無造作に放置されていた。
「あそこから流出したらしい原稿は、よく出回っているよ」とは、事情通のコミック原画ディーラー。

 ちなみにその後、マーヴルは原稿返却に当たって承諾書を書かせるというやり方を放棄した。カービィの原稿が返却されてからしばらくして、ニール・アダムスが自身の原稿を返却するよう求めた際、マーヴルは書類の一枚もよこさず、黙って原稿を返却したという。
  
  

  
  
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タグ:編集者 豆知識

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