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●どうでもよい感慨。

2006.09.29 Fri

▼スーさんちのメアリーさんの話:

 こう、「デキのよろしくないファンフィクション」という括りの中でも、更に一際鈍く光るソレ、いうなれば「読んでてウンザリするようなファンフィクション」に含まれるものとして、「作者オリジナルのキャラクターが、無闇に活躍して、無闇にひいきされてる」とかいうものが、あるじゃないですか。
 いや、あるんですよ。 あると思いねぇ。

 具体的に、そのウンザリ具合を言うなら、
1)該当のキャラクターが、既存のキャラクターに必要以上に関わる。既存のキャラの恋人になったりする。最悪、既存のキャラクターの性格や設定をねじ曲げてまで、既存のキャラクターと関係を持ったりする。

2)他の既存のキャラクターに比して、該当のキャラクターの描写がウンザリするくらい多い。世界を揺るがすような陰謀の話で、登場人物は割と淡々と動いていくのに、そのキャラにカメラが向いたとたん、キャラクターの内面描写を延々と書かれたりして、「いや、それどうでもよいから、話を続けて」とか突っ込みたくなる。

3)上記に加えて物語中での役割も、既存のキャラクターをさしおいて該当のキャラクターがおいしい所を持っていく。あげく「そのキャラクターは、世界を救うのに必要な特殊な能力を持っていた」とかいう、作者補正による「特権」も与えられる。

4)とにかく、作者が該当のキャラをいじる。あらゆるシチュエーションが、該当キャラに降りかかる。作者的には、運命に翻弄される愛しのキャラを描写できてニッコリ。見てるこっちはウンザリ。

 ……などと書いてる途中で、アメリカじゃぁ、こういうファンフィクションに登場する「作者に特別扱いされるキャラクター」を意味する言葉があることを知る。そういうものでウンザリするのは、洋の東西を問わねぇのね。

「メアリー・スー<Mary Sue>」って、言葉ですが。意味としては「こちら」とか、「こちら」とか参照。

 ま、メアリー・スーってのは、本来の意味では「女性のファンフィクションの書き手が、自身を投影した女性キャラクターを自作に登場させる」っつーのが割とキモであるので、俺の言ってるのとはちとズレるやも知れませんが。
  
  
 ……でー、延々と語ってきましたが。何が言いたいか、っつーと、ですな。

 最近のグレッグ・ルッカの作品のうち、サーシャが登場する話を読んでて感じる、微妙な感覚がね、上記の「ウンザリするようなファンフィクション」を読ませられたときの感覚に似てるねん。っつー。

 メリケン風に言うと、「サーシャって、メアリー・スーっぽくない? いずんと・しー?」とかいう感じ。

 いや、サーシャが作者自身の投影じゃない、っつーのは承知してますが。けど、それ以外は上記の「メアリー・スー」に当てはまる要素を色濃く持つキャラクターではないか、と。
  
  
▼1分で解るサーシャの歴史(多分に、筆者の主観が入っています):

・ルッカ担当期の「バットマン」:新キャラクターのサーシャ、ブルース・ウェインのボディーガードとして登場。その後、バットマン=ブルースだと知ったり、バットマンの相棒になったり、ブルースと恋愛関係になったりと、ルッカ先生、バットマンをダシにサーシャをイジるイジる。
 最終的に「ブルースとサーシャは好きあってるけどバットマンの秘密を守るために身を引くの」ってな具合にサーシャ退場。
 ↓
・『オマック・プロジェクト』:物語のキーがサーシャ。オマック・プロジェクトという、世界を揺るがすマクロな話なのに、物語はやたらとサーシャの周囲の人間関係にページが割かれてく。しまいにゃサーシャは「世界を救える超能力」を獲得(ただしルッカの加虐趣味のおかげで、彼女の肉体は機械になる、っつー悲劇を背負い込む)。
 で、愛するブルースのために組織を裏切って世界を救った、けどあたしの肉体は能力と引き替えに、あなたを愛せない身体になったの、とか言う感じでキスしてお別れ。割とウンザリ。
 ↓
・『アドベンチャーズ・オブ・スーパーマン』でのサーシャのゲスト出演:ロイスがらみのサブプロットの陰謀にサーシャが関わっていましたとさ、とかいう話で、サーシャがゲスト出演。ロイス・レーンがサーシャをサンザ言葉責め。楽しそうだなぁ、ルッカ先生。
 バットマン世界に引き続き、スーパーマンの世界にも、僕のサーシャは影響を与えているのさ、なんたる悲劇のヒロイン! とか、ルッカが思っていたらやだなぁ。<邪推ですね。
 ↓
・『クライシス・アフターマス:オマック・プロジェクト』:ストーリーは「世界を救うために、サーシャがその命を賭ける」な展開のリフレイン。世界を救っても、その肉体は生身じゃないの。かわいそうでしょサーシャ、な感じで、はいウンザリ。
 オマック・プロジェクトの中核であった人工知能ブラザー・アイを巡る各国超人部隊の熾烈な戦い! ……な感じの展開を期待したら、その辺は見開きで「戦いあう各国の超人兵士さんたち」な絵面を描いただけでおしまい。続きは『チェックメイト』オンゴーイング・シリーズでね♪ って、通常より多いページ数の本でこれかい。
 ↓
『チェックメイト』:オンゴーイング・シリーズの開幕早々、チェックメイトの幹部になってるミスター・テリフィックと、サーシャが寝る。
 こう、個人的にテリフィックってのは、亡くなった奥さんにたいする慕情、彼女の死を吹っ切れたようで吹っ切れてないメンタリティが、キャラクター造形におけるキモだと思うので、この展開は『JSA』ファンの俺としちゃウンザリー。
 とりあえず本編の展開は、チェックメイトの上級職である「ホワイトクイーン」になったサーシャと、彼女と同格の「ブラック・クイーン」アマンダ・ウォーラーとの対立を軸に進んでくのですが。個人的にはサーシャちゃんをいい子にしたいために、ウォーラーのキャラクター造形を歪めてないか? とか思わないでもない。
 ウォーラーって、アレほどナショナリストじゃないし、アレほど他人を脅迫して無理強いさせるキャラじゃないと思うんだが。
 こう、己の信じる社会正義のためには、泥もすするし、アメリカも利用する。けど、仁義は通すキャラクターじゃねぇか、と。<これは俺の『スーサイド・スカッド』好きによるバイアスがかかってるので注意。


 とりあえず、言いたいことは言ったので、今日はこの辺で。
  
  

  
  
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タグ:豆知識

コメント

*

なかなか面白かったです。どうもポッと出くさいのにデカイ顔してるキャラだなと思ってたら…。
ぜひマーブルのジェシカ・ジョーンズ嬢とアマルガムしてほしいですね!

*

でもジェシカはメアリー・スーってのとは違うしなァ。

*

ルッカ期のエレクトラもひどかった。女性をいじめ始めると抑制がきかなくなる人なのでは。
男同士の渋い友情を描かせると本当にいいんだけどね。一時はゲイだろうと思っていたんだけど、嫁さんいるんだよね。
ベッキー・クルーナンのブログに“ルッカ最低”みたいなエントリーがあって、気が合うな~と勝手に喜びました(笑)

*

>ロヒキアさん
でも、ベンディスって本人サイトの掲示板で
「ベンディスの作品のどのキャラに一番本人が投影されているのか」
って話題が出た時に
「ジェシカ・ジョーンズが僕さ!さあアナライズ・ミー!」
とか言ってましたよ。
そのスレはその後お下劣な方向に(ry

*

いや、それは普通にクリエイターがやるコトだし(w

元々のMAXレーベル自体が既存のキャラクターの性格や設定を捻じ曲げるコトをある程度は意図して隔離されたものだし。そしてジェシカは右往左往するだけで、結果的に解決をしないのだし。

しっかりマーベルユニバースに組するようになってからは『エイリアス』のときの扱いとは差が出てきているし。ジェシカというキャラが“MAXレーベル”という枠外で生き残れるかどうかは、今後に掛かってるのじゃよ(セントリーも一緒だけど)

おっとスレ違いだね、失礼。まぁ同じMAXレーベルでも『マスター・オブ・クンフー』のような“元々ユニバース内でも距離を置かれていたキャラ”は、さほど変動も無いんだけどさ。

*

つーか、みんな言いたいこと先に言うなよー、ネタ練ってる間に(笑)

ジェシカがたけうちさんの挙げてる例で該当するのは、実は1)くらいかな?

なんだかんだ言って、ルッカはまだ連載の流れの中でサーシャを創造したという部分があるんだけど、ベンディスの場合は、ジェシカを、
・最初から主役として登場させている
・主役といってもあくまで「目」の役割であって、事件を解決することはない(世界を救う力を持ったりはしない、つーか、ベンディスの作品に出てくるキャラには世界を救える奴なんかいないし、世界が滅びたりもしないし)
から、ここら辺はライターの資質の差、それ以上にDCとマーヴルの企画の差があるところでしょうな。
ルッカがサーシャを贔屓しているようにはベンディスはジェシカを贔屓してはいないけど、単にマーヴルがベンディスを贔屓している結果がこう、ただしベンディスという作家の資質上、ジェシカはマーヴルユニヴァースを左右したりはしない、という感じ?
(最大限で、ワット・イフの「ジェシカ・ジョーンズがアヴェンジャーズをやめなかったら」くらいかな? あれはまさに、ベンディスが手持ちキャラのジェシカを贔屓しまくり&ジェシカに絡めて自作のアヴェンジャーズ・ディスアッセンブルを正当化という展開で、ジェシカもディスアッセンブルも嫌いな俺はウンザリー、でしたが)

>ベンディスの作品のどのキャラに一番本人が投影されて
パープルマンなんじゃねえの?
最近はマリア・ヒルもそうかな、と思ったけど。

アマンダおばちゃんの話もしよう。
ウォーラーがバットマンを怒鳴って追い返すシーンはスーサイドスクアッド誌上屈指の名シーンですが、やっぱ、あれですかね、
バットマンも 自 分 を 見 て い る よ う で 嫌 に な っ た んでしょうか。

悪意と悪意が絡み合って更に悲劇的な事態が引き起こされる…
そこで悪意に対し抗うキャラクターの誇りを描いているかどうかが、オストランダーと昨今のライターを分けてるよなー、と良く思います。

*

む、コメントが結構伸びててうれしいなぁ。
オイラ、『アライアス』は最初の数号しか読んでないんで、会話に加われないのが悔しいぜー。

ジェシカとサーシャの違いは、メアリー・スーかどうか、という点よりも、ベンディスとルッカの作家としての節度の差なんだろなぁ、と思います。

とおるさんも言ってるように、ヒロインを書かせると、ルッカは節操なくなるよなぁ、と。
最近じゃ『52』のモントーヤのストーリーラインがウンザリですが。手掛かりや犯人が、非常に都合良く見つかりすぎ。

>Humanflyさん
>ウォーラーがバットマンを怒鳴って追い返すシーン
考えてみれば、バットマンに対して、「バットマン的な手法」でやり返した、数少ない人でしたな、ウォーラーは。
こう、テロリストには相手国へのカウンターテロで、悪人には悪人流のダーティな脅迫で、ってな、「相手と同じ土俵で戦う」のが、ウォーラーのカッコよさなわけですよ。

そこいくと、今の『チェックメイト』のウォーラーは、単に誰にでも悪辣な手段を仕掛けるだけのキャラに成り下がっててね……。

でー、そうした悪辣なウォーラーに対して、フラッグや、ネメシス、オラクルといった周囲の善良なキャラクターが、意見したり対立したりして、一方で、ウォーラーも自身の毒の自浄作用として、それらの人間を強く信頼して、っていう、絶妙な関係があって。
それが、今の『チェックメイト』じゃ、ウォーラーとサーシャの対立関係は、主人公であるサーシャを飾ることにしか使われてないのがねぇ。

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