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●どうでもよいムーアっぽい何か・3

2009.03.09 Mon

▼誰が見張りを見張る見張りを見張ろうというのか。

 新版『ウォッチメン』を購入したのぜ(3月1日に ※このテキストは割と前に書いたものを今更エントリにしてます)。

 真っ先に巻末付録のムーアの企画書を読んで、割と満足した。

 なんつーか、こう、ムーアの企画書って、「どんなテーマ、思想の元に、この作品を書くか」「登場する予定のキャラクターについて、現時点で決めていることや活躍の展望」を筆の向くまま延々と書いてるんで、読んでて凄ぇワクワクするよな!

 あとこの巻末資料は、俺のこないだのムーアインタビューの翻訳を踏まえて読むと、『ウォッチメン』のそもそものコンセプトとか、ムーアがいかにクエスチョン(&ディッコ)が好きかとか、あとナイトシェードはどうでもいい、とかいったあたりがよりはっきりして面白かった。俺グッジョブ。

 あと、『ウォッチメン』本編読み返したら、コメディアンの元ネタであるゴードン・リディがほんのちょっと登場してたことに気付いた(劇中では「リディ」としか呼ばれてないけど、まぁ、ゴードン・リディでしょ)。

 っつー訳で、調子に乗って今回は、例のムーアインタビュー抄訳第3弾を貼り付けてオワル。お題は「ムーアがどんだけスティーブ・ディッコを好きなのか」。


――(子供の頃のムーアは、コミックの購入リストを作って毎月その上位のコミックから順に買ってた、という話を受けて)チャールトンのコミックはあなたの購入リストの下の方でしたか?
アラン・ムーア:場合によった。チャールトンは時にはリストの下位だったろう。
 しかしやがて、素晴らしき時代が訪れた。その頃には――後に俺は、それがディック・ジョルダーノがチャールトンの雑誌に無数の創造的な関与をしだした頃だと気づいたんだが――それらはリストのかなり上位にきていた。
 そうした1つに『チャールトン・プレミア』というのがあった。『ショーケース』式のタイトルだ。同誌の2号か3号に、あの素晴らしき短編、最近亡くなったパット・ボイット<Pat Boyette>による「チルドレン・オブ・ドゥーム<Children of Doom>」があったのを覚えている。それは非常に進歩的なストーリーテーリングの作品だった。彼は(ジム・)ステランコのようなアーティストが台頭してきて、実験的な手法を弄んでる当時の状況に気付いていたんだと思う。それでパットは自らも実験的な作品を舞台に投げ込むことにした――そのように俺には思えた。

※インタビュアーの質問のしかたで解るとおり、チャールトン・コミックス社は、元々はダメ出版社だった。ムーアが言ってる様に、ディック・ジョルダーノが編集者に就任するまでは、「粗悪な印刷」「薄給で作家をこき使う」「玉石混淆、つか石の方が多い」感じの出版社だった(ただ、薄給な分、作家陣には好きな様にやらせてたので、インタビューでムーアが挙げた様な名作も出たりした)。
※『ショーケース』はDCコミックスのコミック誌。毎月読み切り作品を掲載し、読者の反応が良かったものを単独誌として創刊させるというシステムで、文字通り新作コミックのショーケースな雑誌。


ムーア:そして、ディックが編集者だった黄金期に先駆けるスティーブ・ディッコ作品を、俺は大層楽しんでいた――『キャプテン・アトム』やチャールトン・モンスターブックスなどだ。故に俺がチャールトンを好んだ理由は、元々はスティーブ・ディッコに寄るんだろう。
 他の偉大なアーティストやライターらの影響はないとは言わないが、それら全てのエースはディッコで、彼はディック以前の時期に俺が目を留めた唯一の作家だった。

 非常に短命な連載があったのを覚えている。おそらくはハーラン・エリスンの『「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった<Repent, Harlequin! Said the Tick-Tock Man>』を元にしていて、未来的な道化師のキャラクターが登場する話で、ジム・アパロが描いていた。彼はひょっとしたらハーレクィンとかなんとかいう名で呼ばれていたかもしれない。とりあえずジム・アパロによって描かれてたことは覚えてる。それは2、3話で終わってしまった。多分、スティーブ・スケーツ<Steve Skeates>あたりが脚本を書いてたんだと思う。

 その時期、そうした非常に優れた小品があった。そしてもちろん、チャールトンのビッグな改革により、新ブルービートル、新キャプテン・アトムその他が生まれ、活気づいていった。
 そうした全てはチャールトンを俺の「最初に買うコミック」リストの上位に押し上げるのに貢献した。それらコミックは結局、マーヴルやDCの牙城は崩さなかったが、しかしその黄金期、チャールトンの作品はこの2社の最良な作品と肩を並べていた。

――『ザ・クエスチョン』は覚えてますか?
ムーア:ああ、もちろん。あれはまた別の、非常に興味深いキャラクターだった。あの奇妙な外観の中に、ほぼ純粋なスティーブ・ディッコのキャラクターがあった。
 ザ・クエスチョンは当時市場にあったどのスーパーヒーローとも異なっていた。そして同作は、スティーブ・ディッコが『ウィッツエンド<Witzend>』に載せた、一層ラジカルな『ミスター・A』を、メインストリームのコミックス流に翻案した作品に見えた。
 あの当時は、俺がちょうど英国のコミック・ファンダムに関わりだした頃だったと思う――当時はスタン・ニコルス<Stan Nichols>なる紳士(彼はその後いくらかのファンタジィの本を書くこととなる)が出版した英国製のファンジンがあったんだ。
 スタンのファンジン『スタードック<Stardock>』には、「プロパガンダ、あるいは何故ブルービートルはジョージ・ウァラスに推されたか」なんて記事があった(笑)。その当時、1960年代末の英国のコミック・ファンダムにはきわめて強いヒッピー要素があった。
 サイケデリックな『ドクター・ストレンジ』や、十代の不安を描いた『スパイダーマン』によって、スティーブ・ディッコは明白にヒッピーらの英雄となった。にもかかわらず、ディッコの政策は明白にそれらのファンとは異なっていた。彼の視点は、ミスター・Aや、時に他の作品に登場する抗議者やビート族の描き方を見れば明白だ。その記事はその事実を初めて指摘したものじゃないかと思う。
 そう、スティーブ・ディッコは非常に、非常に右翼的な政治課題を持っていた(無論、彼には完全にそうする資格がある)。しかしその当時、それは大変に興味深く、おそらくそのことが俺に、ロールシャッハを極右的なキャラクターとして描かせることとなった。

※ジョージ・ウァラスは1960年代のアラバマ州知事。詳細はググれ。(<ヲイ)

――『ザ・クエスチョン』やいくらかの『ブルービートル』におけるディッコの主張を読んだ際、それらに困惑あるいは反感を持ちましたか?
ムーア:うーん……。
――その両方?
ムーア:いや、ノーだ。
 俺はサルバドール・ダリの仕事を見て、それに驚嘆することができる。俺個人は、ダリはおそらくは全くウンザリするような人間で(笑)、ぎりぎりのファシストだと思っているんだが、それは彼の芸術活動の天才性を損なうものではない。
 スティーブ・ディッコの場合、俺は少なくともスティーブ・ディッコの政治的課題は俺のものとは非常に異なっていると感じている。スティーブ・ディッコは政治的課題を持ち、故にいくつかの点で他の多くの同時代人の先を行っていた。
 1960年代を通じて、俺は非常に素早くスティーブ・ディッコのアイデアのソースについて学び、そして早くから、彼がアイン・ランド(Ayn Rand:アメリカの女流小説家)の著作を非常に気にいっていることに気づいた。

――彼女の哲学は研究しましたか?
ムーア:俺は彼女の『ザ・ファウンテンヘッド<the Fountainhead>』を読まなきゃならなかった。そして俺は、アイン・ランドの哲学が馬鹿げたものであることに気づいたと言わざるを得ない。そいつは20世紀初頭に燃え上がった“白人至上主義者が支配者民族を夢見る”的なそれだった。
 彼女のアイデアは全く俺に訴えかけるところがなかった、しかしそれらはある種の人々――彼ら自身がエリートに属しており、排他される側の大衆ではないと密かに信じている人々――から支持を得られる類のアイデアに見えた。
 俺は基本的にディッコのアイデア全てに賛同しかねる。しかし彼はそれらの政治的なアイデアを表明した件で功績を与えられるべきだ。
 俺はいくらかのフェミニストがデイヴ・シムを同様に捉えていると思うよ。おそらく彼女らはシムの言うこと全てに賛同しかねる、だが少なくともそこではある種の性的かつ政治的な議論が行われている。
 そうした理由から、俺はディッコを尊敬している。

 数年前、俺は「ジ・エンペラーズ・オブ・アイスクリーム」なるローカルなロックバンドに所属していた。俺たちのナンバーの1つ、ライブでいつもウケてた曲は、「ミスター・A」って曲だった。
 そいつのビートと旋律はベルベット・アンダーグラウンド<Velvet Underground>の「シスター・レイ<Sister Ray>」の丸パクリだったが、歌詞はスティーブ・ディッコについてのものだった。

――“良い/悪い、黒/白”的な? (笑)
ムーア:歌詞の一節はこんな具合だ
“彼はカードをつまみ上げて、その半分を黒く塗る それで彼はその主張を君に明示できる/彼は言う「こっちが間違い、こっちが正しい、こっちが黒でこっちが白、その狭間にはなにも、なにもないんだ」それがミスター・Aの主張さ”(笑)。その後、コーラスだ。
 こいつはベルベット・アンダーグラウンドのいただきだが、スティーブ・ディッコに非常に共感した歌詞がついてくる。なぜなら当時の俺にとって、スティーブ・ディッコは非常にいたいけな存在だった。彼がYMCAか何かの施設に身を寄せてると聞いたんだ。当時は確か『スパイダーマン』何周年記念だかの時期で、なのに彼がそんな扱いを受けてるのはある種の犯罪だと思ったんだ。

 スティーブ・ディッコは俺の政治的志向とは完全に対極にある。いや俺がコミュニズム的に見て極左だとは言わないが、しかし俺はアナーキストで、故にディッコの立場とは180度異なる。しかし俺は、かの人物を大いに尊敬し、彼のアートワークに確かな敬意を払う。そして、彼の妥協しない態度に、なにがしか俺が大いに共感できるものがあるという事実。ただ、俺が妥協しかねるものと、彼が妥協しかねるものは、おそらくは非常に異なるだろうが。

 つまりだ、例えそれが同意しかねる道徳であったとしても、強力な道徳規範を持つ人物は、現代社会において大きなアドバンテージを持つ人物だ、ってことだ。

(中略)

 俺は単にディッコの描線が好きなだけなんだ――彼の描くものは実はどうでもいい。それにスティーブ・ディッコは常にスーパーヒーローを描いてたわけじゃなかった。俺のもっとも好きなスティーブ・ディッコ作品は、彼がウォーレンの“コレクターズ・エディション”で描いたものだ。そこで彼は薄墨とグレーの色調を用いて、非常に素晴らしかった。いやスティーブ・ディッコときたら、彼が何を描こうと、例えそれが怪獣ゴルゴやアトラスのスーパーヒーローかなにかであっても、全て素晴らしいものだった。

※ウォーレン:ウォーレン・コミックス。怪奇・SFコミックスで一世を風靡した出版社。『ヴァンピレラ』とかが有名。
※アトラス:アトラス・コミックス。1・マーヴル・コミックスの前身の出版社名。2・マーヴル・コミックスの生みの親であるマーティン・グッドマンが後年に興した(そしてあっという間にツブした)新出版社。本文でムーアが言ってるのは2の新生アトラス・コミックスの方。



 以上。

 何この熱烈なラブコール。
  
  
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コメント

*

ディッコは本当に世界が滅んでも妥協しないでしょうね。
ちなみにファウンテンヘッド/水源を買ったのですが、
読むのがすげえつらいです。分量の問題以前に、その、なんつうか完璧超人の話なんで。

*

> スティーブ・ディッコは非常に、非常に右翼的な政治課題を持っていた

であるが故に、アナーキストでもあり得たというのは面白いかな~と思うのです。アメリカの右寄りヒーローというのは、多かれ少なかれそういった振り幅は持っているのかなーと。

*

あたしにゃ右だの左だのといった難しいことは良くわからんので(こん平式逃げ口上)、その辺のレスはスルーさしてもらいますが。
とりあえず、ディッコ先生のその辺の作品をそろそろきちんと読まなアカン、と思いました。
っつーても、ディッコのハードカバーの伝記とかDCの「アクション・ヒーローズ」ハードカヴァーくらいしか、すぐに買えるモンはなさそうですが。

アイン・ランドもね、いつかは読んでみたいけど、これも邦訳版は高っかいし、腰を据えて読まなきゃならなげで、微妙に腰が引けてますが。

いかん、本を読まねば。
(部屋の片隅にドデンと転がるランドルフ・ハーストの伝記――新聞マンガ関連の記述目当てに数千円だして買った――を見つめつつ)

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