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●最近のコミックス・コード。

2010.03.24 Wed

▼コミックス・コードの話で耳目を集めようというアサマしき考えのエントリ、の巻:

 ……どうして俺は、この手のエントリを書こうとする際に、露悪的なタイトルを付けるのか。

 それはそれとして。


 何となく、「フレデリック・ワーサム」の検索ワードでググって、見つけたブログの記事(毎度トラックバックのやり方が解らない)。

 コミックス・コードというものに対する、日本におけるステロタイプな(そしていささか誤った)認識に、流行の「非実在青少年」を絡めつつアジテートな方に振ると、かような文章に仕上がるのだなぁと、心を揺り動かされた。

 こう、割かしフラットな文章を書くクセが染みついているオイラには、書こうと思っても書けない文章であることなので、学ぶべき点があるかもしれぬ、と思った。

 書かれている内容それ自体について、何かしらを語る気はないので、感想は読者諸兄に放り投げる(ヒデェ)。

 ……書かれていることの主張や思想に何ら興味がなくて、そこに書かれた「情報」の多寡や精度、成り立ちなどに興味を持つという、オイラのこの姿勢が「フラットな文章しか書けない」遠因なのだろうな。うむ。
  
  
 でー。

 その、日本でのコミックス・コードの一般的(※)な認識って、こう、

悪の心理学者フレデリック・ワーサム博士「フハハ バットマン&ロビンはホモなのだ! 貴様らクライム・コミックスはすべて罰されよ!!」

世論「そうだーそうだー」

表現の自由を求める出版社「駄目だ、世論には逆らえない! しょうがない、コミックス・コード・オーソリティを作ろう!」

コミックス・コード・オーソリティ「ホホホ、厳格なコミックス・コードを制定して出版物を厳しく取り締まるザマス!」

出版社「これでは、コミックスの表現の自由と多様性が失われてしまう!」

 ……的な、その、なんつーか「表現の自由」を御旗に掲げつつも規制された側の出版社側が「善」で、表現の自由に制限を加えたワーサム側が「悪」って感じの、わかりやすい二項対立で捉えられてるのではないか、と愚考するのですが。

(※)ここでいう「一般的」ってのは、大雑把に「マンガというメディア自体に対して面白みを感じてるような“マンガ読み”で、しかしアメリカのコミックスは積極的に読むでもなく、一方で耳年増的にワーサム博士のことなどは知識として持っている」とかいう感じな層、こう、ネットでマンガの感想ブログとか書いてるような方々を想定しているのですが、どうか(知らぬ)。
  
  
 こうした前提がさほど的を外していないのでは的な、虫の良い仮定のもとに、今日買った古本『企業家たち オリガークの生態学』(サイマル出版会・刊)に載っていた、コミックス・コードの成立に関する記述を抜き書いてみることで、その前提に懐疑を投げかけるという、手短に言えば「自作自演で目に見えない何かと戦っているヤッカイな人」的エントリ。

※筆者註:「オリガーク」は大雑把に言えば「大企業家」「大資本家」とかそんな感じの意味合い。




※以下、斜体で記載されたテキストは前掲書P.152「自主規制の功罪」の項より引用(ブラウザ環境によってはあまり斜体に見えないけれども)。


 業界に対して騒々しく批判を行う者をなだめるための一つの方法は、自主規制を行うことである。規制法案が議会を通過した場合の結果に見られるように、こうして自主規制を行えば、企業の経済力の基礎をまったくおびやかすことなしに、こうした刺激の原因となっていることのうち極端なものを取り除くことができるとオリガークは考えるのである。
(中略)
 一九五〇年代のこと、漫画出版業界は、テレビ番組との競争で売上げにひどい大穴をあけてしまったが、それはともかく、有名な心理学者のフレドリック・ワーサム博士が、多くの漫画本に描かれた暴力、残忍、倒錯などが青少年の犯罪を育てるものだとしたことから、問題は大きくなった。
(中略)
 このワーサム博士の批判により、漫画本の販売禁止の法律を制定しようという動きを示した州も多かった。博士の見解を支持する運動が各地で起り、地方によっては売上げは史上空前の不振を記録したほどであった。そこで業界は重大な危機に直面し、それを防衛するためのあらゆる努力をおしまなかった。
(中略)
 結局のところ、新しい倫理規定に基づいて自主規制
(※筆者註:いうまでもなくコミックス・コードのことだが、一応注釈しておく)が作られ、極端なかたちで恐怖を表すことを禁止し、この規定の実施については一人の業界の実力者が管理に当たることになった。この任に選ばれたのは青少年犯罪問題に経験があり、また偶然にも、漫画本の売れ行きの悪さで悩む業界の問題を理解している現実的な人間だと考えられる一人の判事であった。
 自主規制が設けられ、判事は細心の注意を払ってこの管理にあたり、鋭い批判を浴びせていた多くの市民運動の指導者たちは、論争に勝利を収めたものと考えた。しかし、漫画本の出版者たちは、ワーサム博士が反論を唱えた暴力を描いた漫画のうち、もっとも極端なものだけが規定によって閉め出されただけであるから、勝ったのは自分たちだとも考えたものである。
 つまり、内容はいくらか変わっても、つねにその漫画本の特徴となっている基本的な材料は同じで、引き続き出版を続けてもなんの障害も起きることはないことは明らかであり、また業界はその営業上、暗に含まれている基本的な社会問題に取り組まないで、問題を解決したことも明らかであった。そして出版社の社長たちが出版物の与える感覚的な影響に対して責任を取ることは、どんな影響であるかは別として、まず当座は考えられないことだったのである。



 以上、引用終了。


 筆者のデイビッド・フィンは、1950年代当時に漫画雑誌協会のパブリックリレーションズの顧問をしていたとのことで、上記は単なる歴史の叙述ではなく、現場の前線にいた人間の証言といっていい。

 これを読むと、その、コミックス・コードというものがコミックス業界をがんじがらめにした“常軌を逸した規制”でもないし――少なくとも、施行された当時に大手出版社が出してた一般的なコミックの内容を縛るものではない――と思うのですが、どうか。
 

 でー、ね。

 その、「コミックス・コードはコミックの内容をそんなに縛ってない」ってことは、「コードの施行によってコミックスのジャンルとしての多様性が失われていった」という(日本でよく言われがちな)認識は、実は極論ではないか、と思うのですよ。

 要は「コミックスのジャンルが多様性を失った」ことと、コミックス・コードとは、さほど関連しないのではないか、と愚考するのですよ。

 例えば、西部劇ものは1940年代後半がブームのピークだったわけで、コードに関係なくすたれてたワケだし。あとジャンルの内容的にもコードの影響は少なそうだし。

 こないだも書いたけど、コードがその内容を大きく規制していたロマンスものにしても、すでに1950年代前半にバブルがハジケてたし。

 SFコミックスなんか、1950年代のソレは「科学万能な明るい未来の啓蒙」的な側面もある、教育的なジャンルで、故にコードの影響はロクに受けてないにも関わらず、あんまりジャンルとして伸びなかったのは、まぁ、ジャンル自体のパワーがそんなモンだっただけだと思いますよ。

 コードによってトドメを刺された「犯罪・怪奇もの」にしても、大手出版社はあまり精力的には出していなかったから、大手出版社的には特に影響はないしねー(“暴力を描いた漫画のうち、もっとも極端なもの”を出して市場を荒らしていた新参者の出版社が大ダメージを受けはしましたが、大手には関係ないことです)。

 でもって、日本のコード関連のテキストでよく見かける「コミックス・コードに準拠すると、勧善懲悪なソレしか書けなかったので、ヒーローものが再びブームになった」的な論調のソレも、この際、眉にツバをつけてみるべきだと思う。

 ――ごく単純に、ヒーローものというジャンルの潜在的なパワーが、他ジャンルに比べて高いポテンシャルを持ってて、リバイバルした結果もう一度ブームを起こせた、とかいう認識でいいんじゃないかと思うよ、オイラは。

※そもそもコミックス・コードの施行された当時は、ヒーローもののジャンルはスッカリ衰退してたので、「コミックス・コード施行の結果、ヒーローものしか書けなくなった」とかいう文章は、認識からして間違っています。


 ……いやまあ、「コミックスのジャンルが多様化しなかったのは、コードに全く責任ないぜ!」とかまで極論する気はないのですが(ここ大事)。

 一方で「コードによってコミック業界は壊滅的なダメージを負った」というその認識が“すげぇ極論”であることに気付いていない人が、割と多いような気がするのですが、どうか。
  
  
 以上、毎度トリトメなく、何かの思想を含むわけでもなく、そこにある事実をただ羅列しつつ、素朴な感想を書いてみた。
  
  
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タグ:コミックス・コード関連

コメント

*

多様性を損なったかどうかは、定量的な議論が難しいので、主観がまじりがちになりますね。

コミックコード前後のジャンルの変動が、そこまでコミックコードの直接の影響とは言えないんじゃないか、というのは、おっしゃる通りと思います。

一方で、間接的な影響は大きく出たのではないかと考えています。

コミックコードの影響でECは潰れたわけですが、たとえば、日本でもビームやらチャンピオンREDやらが発禁になっていったら、長期的にはジャンプやサンデーもつまらなくなるんじゃないかな、と思うわけです。
片方に「シグルイ」みたいな漫画があるから、ワンピース描くほうも頑張ってくんじゃないか、と。

ジャンプにシグルイみたいな漫画が載ることはないにせよ、エログロありの土壌で磨かれた表現は、直接、間接に、ジャンプにも良い影響を与えてゆくのではないか、ということですね。

60年当時のヒーローものにコミックコードがさほど影響なかったとしても、そこから広がりうる未来の可能性に大きく枠をかけたのではないか、とは言えるかもしれません。

無論、仮定まじりの話なので、それが一つの極論ではないか、というのは、おっしゃる通りです。

*

>海法さん
すみません、ハナから揚げ足取りになりますが、
ECが「潰れた」という表現はいかがなものかと。
「潰れた」というのは割と広い意味合いの語意ですので、
知識の少ない方が読むと、
「コミックス・コードの影響でECが倒産した」とかいう
間違った捉えられ方をされるおそれがあると思うのです。
個人的には「コミックブックから手を引いた」「撤退した」といった
表現の方が、適切なのではないかと思っております。
(すみません、ツイッターでの例のやり取りの頃から気になっていたもので
 この機会に指摘させて頂きました)

で、本題ですが。
「コミックス・コードの施行とECの撤退によって狭められた可能性」
が無数にあることは否定はしませんし
俺個人も時々、そうした「ありえたかもしれない可能性」について
いささかロマンチックに考えたりすることもあります。

が、一方で、
「コミックス・コード施行とEC撤退によって得た恩恵」
というものも、厳然として存在しているわけで。

そうしたコード施行とEC撤退の功罪の「功」の部分に言及せずに
「罪」の部分のみを惜しむのはいささかバランスを欠いているのでは、と思います。

個人的には、コード施行とEC撤退によって、結果的にコミック業界が得た恩恵は、
失われた可能性を補って余りあるほどに大きなものであったと思います。

*

おっと確かに、不正確な表現でした<潰れた
一連のホラーコミックのラインから撤退した、ですね。

ちなみに「功」の部分というのは、どんなものがあったと、お考えでしょうか?
調べて見たいと思いまして、方向性や資料を教えていただけると嬉しいです。

*

>海法さん
>ちなみに「功」の部分というのは、どんなものがあったと、お考えでしょうか?
・ECがコミックブックから撤退して『MAD』を出したことが結果的にアンダーグラウンド・コミックスを萌芽させた。
・色々あってハーヴェイ・カーツマンが『MAD』から出て、『HELP!』の編集者になったこともアンダーグラウンド・コミックスの歴史に大きく貢献した。
・ECが抱えていた多数の優れた作家(特にアーティスト)が、ECの撤退後他社に流れたことで、当時の業界全体の表現技法が底上げされた。
・ECがコミックブック市場から消えたことで、スタン・リーがECの編集者の読者いじりのテクニックをパク……参考にしてマーヴル・エイジを盛り上げることができた。
 
ざっと思いついたのを挙げるとこんなところでしょうか(最後のは、あまり根拠の乏しい私見ですが)。
列挙しなくとも、1個目の『MAD』創刊だけで充分にコミック史に「功」があるかとも思いますが、いかがでしょうか。

*

おっと確かに『MAD』は確かに大きな「功」ですね。

ただ、コミックス・コードの設立者や、そうした規制を賛成した人達が、『MAD』の創刊をを意図していたり肯定的だったとは思えないので、コミックス・コードを批判する議論の上では、「MADの創刊」を「功」には入れないかもしれません。
(ある意味)人殺ししたら、残された子供が発奮して偉人になった、みたいなもので。

一方、コミックス・コードが施工された結果についての歴史的な評価を行う場合、それも含めるのが妥当ですね。

ただ、順調にECのコミックが発売し、発展を遂げていた場合に、どうなっていたかも考えると悩ましいところです。

>・ECが抱えていた多数の優れた作家(特にアーティスト)が、ECの撤退後他社に流れたことで、当時の業界全体の表現技法が底上げされた。

例えば、これなんかは、ECのコミックスが発展・続刊していたら、そちらのほうが表現技法の底上げになったかもしれない、とも、思ったりもします。

まぁこのへんは歴史のifテンコ盛りの話ですし、余談ですね。
ありがとうございました。

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