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●すごく、どうでもいいことに気付いた(アメコミ関係ねぇし)。

2010.12.24 Fri

▼実にどうでもいい発見をした:

『21エモン』に出てくる「燃えてあがるは オハラハー クニャラ大学」というフレーズが好きなオイラですが(唐突極まる出だしですね)。

 この歌詞の元ネタが『鹿児島おはら節』の1番の「燃えてあがるは オハラハー 桜島」の一節からであることを、本日知る。そうか、「オハラハー」ってフレーズは、藤子不二雄のオリジナルの擬音ではなかったのか。ギニャース。


 あと、『サザエさん』で波平さんがヒゲを剃りながら歌ってた「見えた見えたよ 松原越しに 丸に十の字の」という歌詞も、やはり『鹿児島おはら節』の2番の歌詞であることも知る。

 かくもジャパンのカートゥニストに影響を与える『鹿児島おはら節』は侮れぬ、と思ったでオハラハー。


 個人的にはこの発見は、『パーマン』の歌詞の「スーが スーッと消えて パーマンさ」の歌詞の真意と同じくらい「エウレカー!」な発見であるのですが、世の中の人間はそんなことは既に常識的なソレとして知っていて、「ハァ? 何いってんの?」とか思われてるのでは、という疑念が。大丈夫かしら。


 ちなみに、『鹿児島おはら節』は昭和7、8年ごろにレコード化されて、それで全国でも知られるようになったそうで、多分、藤子の場合は、親あたりが持ってたレコード聞いたとか、ラジオで聞いて覚えてたとかかしら。長谷川町子は福岡県出身なんで、同じ九州の鹿児島の文化として知ってたのやも知れぬ。……まぁ、どうでもいい考察ですね。


 ていうか多分、その前後の世代にとっては『鹿児島おはら節』というのは、唐突に歌詞を引用しても、まぁ何となく通用するくらいのものであったのだろうなぁ、と。そういう流行歌みてぇな、空気のように偏在していたモノってのは、伝わらぬまま忘れ去るものであるな、と思った。

 で、我々後世の人間は、例えば「『オハラハー』は藤子の創出した言葉である」的な取り違えをして、そこにナニガシかの意味を見いだそうとしてしまうやも知れぬわけで。
 そういった読み違えに対して、「うむ、慎重であらねばならぬ」と思ってみた(無理矢理にこのネタからナニガシかの教訓を引き出そうとしてみましたが、失敗しました)。


「オハラハー」と「パパラパー」は似ている気がするので、邦訳版の『大魔王シャザーン』にも影響を与えていたのではなかろうか、とか、もの凄く強引にアメリカン文化っぽい流れにこじつけてオワル。
  
  
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