Homeスポンサー広告今日読んだアメコミ>●映画『キャプテン・アメリカ』を見た。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

●映画『キャプテン・アメリカ』を見た。

2011.10.20 Thu

 ……2連続でアメリカン・コミックス原作映画のエントリかい。

 ともあれ。


▼映画『キャプテン・アメリカ』を見たのよ。

 まあその、見た。

 とりあえず公開2日目(土曜)に、見た。

 例によってあんま前情報を入れず(予告編は映画館で見ちゃってたけど)、過剰な期待はせずに、って態度で見に行った。


 端的な感想としては、「とりあえず、見たい要素は見られたので値段分の満足はできたぜ!」と。

 ま、マーベル・スタジオが絡んでるんで、キャラクターがコミックスから逸脱しない様にしつつ、コミックスのファンが見たいものを見せてくれてるしね。


 ザックリとした評価としては、『アイアンマン』よりちょい下、『アイアンマン2』以上、くらいの評価かなぁ、と。

(オイラが『アイアンマン』第1作が好きすぎる、という点は差し引いておこう)


・いきなり総括:

 前半は最高。

 でも後半、なんか駆け足過ぎだったり、キャラの掘り下げとかあんまなくて、いまいち。

 とはいえ、オイラの「見たいシーン」は前半部に集中してたんで、満足できた。

 とかいう具合。

 ていうかそもそも2時間ちょいの尺でキャプテン・アメリカの誕生から北極海にドボンまでを書こうとしちゃうと、どうしても駆け足にならざるを得ないわな、というのは見る前からウスウス感づいてたので、後半が駆け足になってくにつれ、「うむ、やはり」などと思って、優しく見守る気持ちになっていったよ(何様だ)。


・細々とした感想:

 個人的に一番良かったトコ:「スティーブ・ロジャースは、キャプテン・アメリカになる前から、高潔な人格を備えていた」という描写をキチンとしていた点。

 泣ける。ていうか、冒頭のアースキンとの語らいや、手榴弾のシーンとかは泣きながら見てました(<年寄りなので涙腺が緩い)。

 スティーブという人は、ごく素朴な、誰かが傷ついてることに我慢ができないから、その誰かと変わりたいから、兵士として前線に赴きたかったのよね、という原点が描かれていたのがよかったなぁ、と。


 2番目に良かったトコ:キャプテン・アメリカがブルックリンで誕生すること。「そうだよな、キャプテンはブルックリンで生まれたんだよな」と、映画見ながらウナズキましたが。

 ブルックリンの下町を舞台にナチスの工作員とスティーブがチェイスするシーンはね、「あぁ、この街並みが、カービィの原風景であるのだな」とか、思いながら見てました。映画の中じゃ、そんなに長いこと写ってないけど、丁寧に作られているのだろうなぁ、あの街並みは(CGだったら泣く)。

 でー、工作員に人質に取られた子供が「俺っち泳げるから大丈夫だよ!」的に、スティーブに強がってみせるのもね、カービィ描く所のブルックリンっ子らしいなぁ、と。


 ちと不満なトコ:バッキーとの友情とか、ペギーとのラブロマンスとか、フィリップス大佐との信頼関係とか、ハワードとの奇妙なライバル関係とか、要するに周囲のサブキャラとの関係が、いまひとつ掘り下げられてなかったトコが、やや不満かな、と。ま、明らかに尺の問題なんですが。

 あと個人的には、近年のブルベイカーの『キャプテン・アメリカ』の影響で、キャプテン・アメリカ&バッキーのコンビに過剰な思い入れを抱いてしまってる身としては、本作のキャプテンとバッキーの関わりはちょいと薄かったなぁ、と。

 ていうか、あまりキャラクターとして掘り下げられる前に退場しちゃうーのーよーねー、バッキーってば。

 自分よりも強くなっちゃって、階級も上になったスティーブに対して、わだかまったり割り切ったりとかいうリアクションが、もっと見たかった。身体を張ってスティーブを守って「大丈夫か、やせっぽち」とか強がりいうシーンとか見たかったなぁ、と。

 あとシャレでドミノマスク付けて、ウィンターソルジャーっぽいカッコしてくんないかと期待してたけど、そんなことはなかったぜ!

 てぇか、バッキーの退場は「予定通り」であるにせよ、あんな風にドラマのカケラもなく退場するんじゃなくて、やはりこう、死亡フラグをモリモリ立てた上で原作をホウフツとさせる形で爆発退場して欲しかったなぁ、と。――まさか、ラストバトル前に退場するとか思わなかったよ!


 戦争の描写:キャプテンの敵がナチスドイツそのものではなく、ナチスから離反した「シュミット軍」だったり、レッドスカルの開発したスーパー殺人光線によるドンパチが主体で、あまり血が出たり腕がもげたりしないようになってるとか、ね。色々と気をつかってるのだなぁ、と、思いました。

(ここ最近のオイラが、リアル寄りで泥と流血まみれな戦争もの映画を見てた落差もあるかもしれんけど)

 つか、スカルの基地から捕虜の皆さんが脱出するくだりは、「光線銃でドンパチ」「オモチャ化しやすそうな装甲車に乗り込むハウリング・コマンドー」とかいうシチュエーションが、『GIジョー』みてぇで「おいおい」とか心の中で突っ込んでましたが。

 でー、あんま血を見せないつくりにしてるせいで、キャプテンが戦場の悲惨さを目の当たりにするシーンが、割と軽くなってるのは、痛し痒しだなぁ、と。

 あと、そこまで「戦争での殺人」をオブラートにくるんどきながら、後半でキャプテンが「投げナイフで敵を殺害する」っつー直接的な描写が入るのはどうかなぁ、と。割り切るなら割り切って欲しかったッス。

 つか、冒頭で「ナチスと戦いたいけど、殺人はしたくない」とか理想を語るスティーブが、殺人という現実と対峙したときの掘り下げも欲し……いや、話がブレるか。


 レッドスカル:プロト・スーパーソルジャーだったという設定は良かったです。あと、トライアングル・シールドがスカルにボコボコにされて、ラウンドシールドに強化、という流れも大好き。

 でもまあ、やはりも少し、キャプテンとの因縁とかスカル個人のキャラを掘り下げて欲しかったなぁ、と。

 つーか、前半、あれだけもったいつけて素顔を見せなかったのに、後半はマスク脱ぎっぱなしなのはどうなんだろ、と。

 スカル自身は、自分の素顔を嫌ってはない風だったのが割と意外でしたが、だったら前半通してマスク被ってたのはどういうこと? とか思わないでも(敵の正体でビックリさせるっていう、映画的演出なのはわかるけど、「作中ではこういう理由です」って言い訳も欲しいじゃない?)。


 ラストバトル:なんかこう、バッキーが死んでから、色々すっ飛ばしてラストバトルに流れ込んでる感じなんで、キャプテンが私怨で突っ込んでる様に見えなくもないのよね、と。こう、仲間から諭されて、人々の思いの体現者=キャプテン・アメリカとして乗り込むとかいうドラマがあってから行ってもよくね? とか。

 で、要塞への突入時に、ヒドラのパワードアーマー兵2人が、火炎放射でキャプテンを取り囲むシーンがあったじゃないですか。あれ、予告編で見て、「こっからどうやってキャプテンは危機を脱するんだ?」とかワクワクしてたんですが。……まさか、あんなオチとは思わなかったよ!

 あと、キャプテンが捕まって、処刑される寸前にハウリング・コマンドーが窓を突き破って突っ込んでくるカッコいいシーンがありますが。中枢部に、“窓ガシャーン”で突入できるって、どんな難攻不落の要塞ですか。っつーか、窓ガシャーンで中枢部に突入できるなら、キャプテンが正面突破しなくても良かったじゃないか、と。

 ――いや多分、キャプテンが正面突破の大暴れしてるスキに、フィリップス麾下の部隊が要塞に接近&ハウリング・コマンドーは窓ガシャーンできるポイントまで潜入してる、っていう陽動作戦だったんだろうけど、説明不足じゃね?


 ラスト:「北極海へドボン」のときのキャプテンの散り様が、イサギよすぎるなぁ、と。こう、自己犠牲は美しいんだけど、「最後の最後まで脱出の方策を探って、それでもダメだったから北極海にドボン」の方が、オイラの中のキャプテン・アメリカ像かなぁ、と。

 ――この辺、個人差はあるだろうけど、オイラ的にはキャプテンの美徳は、アッサリと生命を投げ出せる献身よりも、最後まで自分のできることを探す不屈の意志だと思うのね。

(いや、映画の中では、「スティーブ=みんなを救うためにたやすくその身体を投げ出してしまう人」だってのを、冒頭の手榴弾のくだりで描いてるんで、筋は通ってるんだけどさ)


 ラストのラスト:キャプテン氷漬けに→現代で復活の流れは、もすこし丁寧に描写しても良かったんじゃないかな、と思った。

 つかね、原作のキャプテンの「北極海に落っこって氷漬けになったけど、運良く仮死状態になってた」ってのは、1960年代に「おおらかなSF」の書き手であるスタン・リーが書き飛ばしたホラじゃねぇですか。

 それを2010年代に作られた、「割とリアル志向ですよ」ツラをしてる映画が、1960年代のマンガよりも説明少なめで、この「奇跡の帰還」を堂々と描いちゃうのは、ちとどうかと思うよ。

 いや、あの現代のシーンは、キャプテン・アメリカの設定を知らない観客をビックリさすために説明を略してる、って面もあるんだろうけどさ。

 でも「現代だった」ってのが判明した後に、ニック・フューリーさんがも少し「もっともらしい説明セリフ」でフォローしてくれてもよかったんじゃないかな、と。フューリーさんって、そういうキャラじゃん(<『アイアンマン2』でのフューリーのデウス・エクス・マキナぶりをまだ根に持ってる)。


・その他どうでもいいことども:

 ハウリング・コマンドー:ダムダム・デュガンと一緒に戦ってる黒人兵士は、若い頃のニック・フューリーだと思ってたら、パンフ見たら別人だったぜ! どうりで活躍してねぇ! ていうか無駄にキャラが濃そうな面子なのに、キャラが掘り下げられてねぇ!


 アーニム・ゾーラさん:初登場時のカットで吹いた。コミック版の恰好で出てくるかと思った。


 キャプテン・バイク:無駄なギミックがステキ。


 レッドスカル・モービル:意外に活躍してた。


 トリープフリューゲル:最初見たとき吹いた。発進シーンもちゃんとしてて吹いた。普通に水平飛行しててさらに吹いた。ていうか、実写映画でトリープフリューゲルが飛行シーン込みで描かれたのって、結構レアじゃないかしら。


 レッドスカルの乗ってたアレ:巨大な全翼機で、機内に小型の戦闘機を搭載してるっていうデザインが、いかにもナチスの(いや、シュミット軍だけど)インチキ仮想最終兵器で素晴らしかった。

 多分、ホルテン兄弟のHO-18の設計をゾーラさんがパクってきたものの、ジェットエンジンの生産が間に合わず、しょうがねぇからレシプロエンジンを補助動力に飛ばしてるんだろうなぁ、とか(まあ、コズミック・キューブの出力があれば、大概のモンはマッハで飛ばせそうだけどさ)


 コズミック・キューブ:コミック版の設定をバッサリ切って、「便利な超エネルギー供給源」としてのみ描いた割り切りは正解だと思う。

 どうでもいいけど、コズミック・キューブ利用の発電機とかのデザインラインが、微妙にアーク・リアクターと似通った感じでしたが。あれ、別に変な裏設定とかないよね? ハワードがハイドラの技術をリバースエンジニアリングしてたとか(<いやそれだと『アイアンマン2』でのリアクターの開発過程と齟齬が生じるやろ)。


 色っぽいねーちゃん:ナチスのスパイかなんかかと思ったら、全然そんなことはなかったぜ! つか、あのキャラいるか? キャプテン・ガールズの誰かがスティーブにキスする程度でよくね?


 スタン・リー:最初、スタンだと気づかなかったけど、声で「あ、スタンじゃん」と気づいた。なにか間違ってる気がするが、スタンじゃしょうがねぇ。


・まとめらしきもの:

 その、『キャプテン・アメリカ』ってさ、第2次大戦当時、ナチスドイツの行為に義憤を燃やしたユダヤ系の作家と、出版社社長が「こうあれかし」との願いをこめて描いたマンガじゃないですか。

 第1号の表紙でキャプテンがヒトラー殴ってるのは、「こんな風にアメリカも早く宣戦布告をして、ドイツをギャフンといわせて欲しい」という願望を、絵にしたモンだし。

 そういう素朴な、それだけにストレートな義憤から生じたからこそ、『キャプテン・アメリカ』という物語は、現代まで生き続けるだけの力強さを獲得できたわけで。

 でー、今回の映画は、そのピュアな物語を尊重しつつも、でもやっぱりアレをそのまま再現しちゃうのはマンガっぽすぎるから、むしろ「キャプテン・アメリカ・国債ツアー」っていうメタなネタを盛り込んで、「ネタにしてるから恥ずかしくないもん!」的に開き直ってみた感じで。

 誰もが愛するピュアさと、そのピュアさを正面から見られない気恥ずかしさとのせめぎ合いから生まれたテレデレな映画であることだなぁ、と。

 でー、製作者側はテレてても、作中のスティーブはとことん素朴に、ピュアに描いてるのは、この映画の良心だよな、と。作中で、スティーブ自身が何らかの形で自分をギャグにしてたら、この映画の背骨が折れてただろうな、と。

 ――『グリーン・ランタン』の感想でも書いたけど、「意志の強さ」がウリのヒーロー映画の主人公にギャグをやらせちゃ台無しよね、と。

 結論としては生真面目なスティーブ萌え、とかで(意味わからねぇ)。


・適当なオチ:

 その、今回の『キャプテン・アメリカ』に「現代のアメリカの正義がどうのこうの」とかいうナニガシかを引き出しちゃう人は、こう、子供向けの絵本に人生の真理を見いだしちゃう自分探しOLくらいにロマンチックな人であるなぁ、と、ひねくれた感想を述べてみる。

 あとこの映画の製作者側って、この現代に「キャプテン・アメリカ」という、ミもフタもない名前のヒーローの映画を撮ることにすごく自覚的で、作中でも色々気をつかってるよね、と。

 記憶する限りじゃ、スティーブって「正義」とか「アメリカ」とかが絡んだ、「娯楽映画に変に絡んでくるヤッカイな人」のセンサーに引っかかる様なセリフをいってなかったし。多分。


 以上、まとまりなくオワル。
  
  
関連記事

コメント

*爆走ライダーも卍帝国もリスペクト!

とりあえずペギー姉さんのツンデレっぷりは良かったデスよ!

スティーブが広報マンとして「キャプテン・アメリカ」の認知度を上げる件はマーベル・ユニバース内のコミックス『CAPTAIN AMERICA』を彷彿させましたし、その昔のドラマ『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』で、ナチスがワンダーウーマンの活躍の記録映像を見て、“アメリカのプロパガンダ映像だ”という結論を出した事を思い出して、苦笑してしまいました(w

アースキン博士をドイツ側の“被害者”として描いたり、ナチスとヒドラ党を切り離したりと、戦争を出自に持ちながらも、その辺はかなり気を配った采配でしたね。

そして、その誕生秘話がしっかりと映像で描かれた事で、スティーブ・ロジャースと本郷猛がオレの中では並び立ったのですよ、選びぬかれた最高の人材として……。

*

折角神様が地球に墜ちてきたんだから、NYでカルチャーギャップぶりを披露するクロコダイルダンディ展開の方が良かったのに!デストロイヤーさんも7-11なんかより破壊のし甲斐があるのに!田舎町で暴れるだけじゃスケール感ねぇよ!等とソーのDVD観ながら今ひとつ再発見する物がないな~と思いつつ。

あぁ、観ましたよキャップ。ええ相変わらず来年のアヴェンジャーズへの繋ぎ感が拭えませんがソーより大分マシかと。
ウソです面白かったです。
スティーヴが単なる弱者でなく、智勇兼ね備えた信念のヒョロ蔵ってのは良く描写されていて、キャップ誕生秘話としては高評価デス。やっぱベンおじさん、インセン博士、ラインシュタイン博士と主人公にヒーローへの指針を示して息絶えるシーンにはジーンときちゃうぜ、オジさんだもん!
ただアクション面ではブツ切り感が強く、キャップ&ハウリングコマンドー大躍進!!なダイジェストがそれを加速してしまったかと。先に観た電人ザーボーガーはいろいろとヒドい中味でもアクションで手を抜いてなかった分更に加速。
やはり尺の都合もあるからだけど、他のキャラクターの掘り下げ感は確かに弱いか。スカルのキャラがイマイチ立ってない気がするし、オマージュ感たっぷりで登場のゾラもサイボーグ化への布石もあるでなく地球調査員ジョーンズに脅されて出番終わりってないだろ!あと超兵となったスティーヴが原作通りに各スペシャリストからの教育を受けて戦闘のプロになる事もなく、感情で突っ走って大暴れ、結果オーライなのもなぁ、超兵量産化できなくなったから軍じゃいらないよ的扱いの方向に行くとは思わなんだ。
無駄に時間を割いてる気がする国債を買おう!のシーンではのらくろ思い出した。

*

>ロヒキアさん
>そして、その誕生秘話がしっかりと映像で描かれた事で、スティーブ・ロジャースと本郷猛がオレの中では並び立ったのですよ、選びぬかれた最高の人材として……。
あー、本郷とキャプテンは、なんか、イメージ的にダブるかも。
無敵の肉体を得ながら、自分と一般の人との距離にふと思い悩んだりするトコとか。
周囲の能力がインフレしていっても、その真摯な性格でチームの精神的支柱になってるトコとか。
強化された肉体よりも、その心の有り様が強さに繋がってる感じ、というか。
そういやショッカーもナチスドイツ分派でしたね。

>ビートルさん
>やっぱベンおじさん、インセン博士、ラインシュタイン博士と主人公にヒーローへの指針を示して息絶えるシーンにはジーンときちゃうぜ、オジさんだもん!
ですよねぇ。ていうか、気づけばヒーローよりもヒーローに意志を託して死んじゃうおじさん側に年齢が近づいてるのに、
とりあえず、俺が死んでもその生き様とか言葉は、ヒーローへの指針になりゃしないなぁ、
という、トッちゃん坊やな現実が、割合重くのしかかってきたりしますが。

>あと超兵となったスティーヴが原作通りに各スペシャリストからの教育を受けて戦闘のプロになる事もなく、感情で突っ走って大暴れ、結果オーライなのもなぁ、
「訓練受けてないのに、なんであんなに起用に盾を投げるんだよ!」とかは突っ込みましたね。
こう、映画のキャップはそんなにキャリアを積み重ねてるわけでもなく、
精神的にも技量的にも未熟なまま氷漬けになっちゃってる感があるので、
『アベンジャーズ』でちゃんとリーダーできるのかしら……などとも思ったり。

コメント投稿

Private

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://ironjoe.blog7.fc2.com/tb.php/400-628b604c
この記事にトラックバックする(FC2ユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。