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●コミックス・コード施行当時のハナシとか。

2014.07.16 Wed

▼ずるいぜ、ナショナル・コミックスな日々:

 ふと思い立って、コミックス・コードの施行開始(1954年秋頃)から、シルバーエイジのブームが本格化するまで(まあ、『フラッシュ』誌が創刊(1959/2)されるぐらいまで)の、4年少々の期間に、ナショナル・コミックス社(後のDCコミックス社ね)が創刊した/休刊させたタイトルについて、大雑把に調べてみた。

 まあ、要するに、当時のナショナルはコミックス・コードに対応するため、何かしらバタバタしてたのかなぁ、ということが気になったのね。

 したら、コミックス・コードが施行された後も、ナショナルって、全くもって通常進行というか、コミックス・コードに抵触しそうなコミック誌を休刊させるとかいう、「対応に追われてる様子」はサラサラないのよね、これが、

 まあこれは、ナショナルが、当時のホラーコミックと犯罪ものコミックの流行にほぼ乗ってなかったから、対応する必要とかないし、というソレもあるのですが。

(一応ナショナルは、犯罪ものコミックの流行には乗っていたのですが、『ビッグ・タウン』のような、当時人気だった「犯罪もののラジオ/テレビドラマ」のコミック版を出してただけで、中身は非常に健全だったのよね)


 こう、同時期のECコミックスは、ホンの数ヶ月で、

「……くそう、コミックス・コードのおかげで……流通業者がうちのコミックブックを扱ってくれない……しょうがない、ホラーコミック誌3誌と犯罪もの2誌を休刊しよう……!!(血涙)」

 的に(※誇張してます)、自社の人気タイトルを打ち切らざるを得ない状況に追い込まれつつ、

「そうだ……! 大判の雑誌なら、コミックス・コードの認可を得る必要は無い!」

「待てよ、活字主体の雑誌なら、コミックス・コードも適用外だ!」

 的に、コミックス・コードに抵触しないスタイルの新雑誌を創刊させてくという、「コードとの戦い」を繰り広げてたわけですが。


 一方その頃のナショナルってば、

「アーチー・コミックスの芸風をパクッたユーモアコミック『ヒアズ・ホーウィー』がテコ入れ(※主人公の大学生が、第5号から唐突に陸軍に入った)してもイマイチだから打ち切っちゃおうぜー」

「ディズニーの『ディビー・クロケット』が流行ってるから、うちらも実在の登場人物が主役の西部劇コミック誌を2誌創刊しようぜー」

「やっぱ、西部劇はウケなかったから休刊させようぜー」

「TVアニメに読者取られてるから、動物もののユーモアコミックはバッサリ打ち切ろうぜー」

「コミック1個も載ってない、パズルオンリーの雑誌って斬新じゃね?」

「斬新過ぎたから6号で打ち切るぜー」

「TVのコメディが人気だからライセンス取ってコミック版出そうぜー」

 的に、別にコミックス・コードと戦うことなくい、ごく普通にウケそうなタイトルをアレコレ創刊して、ダメだったタイトルを休刊させてって感じの通常営業なのよね。

(※ちなみにこの当時はヒーローもののコミックスはジャンルとして恐ろしく縮小していて、スーパーマン/スーパーボーイ、バットマン、ワンダーウーマン、アクアマン、グリーンアロー程度しか連載が続いてなかった時期ですので、“コードに対応した動き”なんてものは見受けられません。よくいわれる「コミックス・コードのおかげでコミック出版社はヒーローものしか描けなくなった」というのは、無根拠な風説です)

 まあ、一応ナショナルもコード委員会から「この娘のスカート、短すぎるから描き直して」みたいな「コードとの戦い」はしてましたが、ECに比べれば些細なものですし。

 それどころか、ECのホラーコミック誌が休刊したのに合わせて、『テールズ・オブ・ジ・アンエクスペクテッド』と『ハウス・オブ・シークレッツ』というホラーコミック誌を創刊して(もちろん、コミックス・コードは通る内容で)、ついでに既刊の『マイ・グレーテスト・アドベンチャー』誌をホラー誌に路線変更する、とかいうことまでしてるのよ。

(ちなみにこれらの3誌は、1950年代後半に宇宙開発ブームが到来すると、アッサリSFコミック誌に路線変更しました)

 ズルいなぁ。実に、ズルいなぁ(小学生以下の感想)。

 まあ、そもそも、コミックス・コードの条文自体が、大手出版社がそんなに困らないように作られた(一方でECのような中小の出版社が凄く困るように作られた)、「スゲェ ズルい」代物でしたしね。

 大企業ってやぁねぇ(もう少しマシな語彙はないのですか)。


▼漢前だぜ、デル・コミックスな日々:

 ちなみに、コミックス・コードの施行前後の各社の対応で、割と話題にされないけど、とてもカッコいいのが、当時の大手出版社の1つ、デル・コミックスですが。

(デルは1953年に「世界最大のコミック出版社」を自称してて、まあ、自称するだけの規模を誇っていた会社でした)

 こう、1940年代後半頃から親御さんたちの間で勃発していたコミックブック・バッシングに対し、1948年に著名なコミック出版社が連合して、「アソシエーション・オブ・コミックス・マガジン・パブリッシャー(コミック雑誌出版社協会)」とかいう団体を創設し、業界内にコミックスの表現規制コードを作ろうという動きがあって、その代表者にデルの社長が選ばれたのですが。

 がが、その後デル・コミックスの副社長がね、「俗悪なコミックブック出版社どもの傘下になど入る必要はない」って言って、デルをこの協会から脱退させちゃったのよ(脱退ではなく協会への招待を断った、という説もあり)。なにそれカッコいい。

 でー、1950年代初頭に、フレデリック・ワーザム博士がクライム・コミックバッシングに加わって、コミックブック批判の波が更に高まると、デルは新聞広告を出して、自社のコミックスがいかに健全であるかを打ち出したりするイメージ戦略活動なぞも行うのね。

 一方で、自社のライセンスもののコミックブックの権利元(ワーナー・ブラザーズ、E.R.バローズ社、ローン・レンジャー社)と連合して、ワーザムが1954年に出した、例の『無垢への誘惑』の版元に抗議の手紙を送るという活動もしてるのさ。

 結局、1950年代後半にコミックス・コード委員会が成立して、コミックス・コードが施行されるのですが、この時もデル・コミックスは、「うちの出しているコミックスは御両親に誓って健全で、良質なものだから、コードとかで規制する必要はありません」「うちのコミックブックでは不健全な題材は規制ではなく、排除しています」とか言い放って、コミックス・コードへの参加を拒むのよ。イカス。

 んで、コミックス・コードの認可章がない(けれど親御さんが安心して子供に買い与えられる)コミックブックをガンガン出し続けてったとさ。

 大企業ってカッコいいねぇ、漢前だねぇ(だからその貧困な語彙をどうにかしなさい)。


 以上、発作的に書きたいことだけ書いたエントリなので、オチなど存在せぬ。
  
  
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