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●プレデターな日常:

2007.09.30 Sun

 ふと、なにげなしにWikipediaで検索して、今年の6月にフレッド・セイバーヘーゲンがなくなっていたことを今更知る。っつーか、つい最近まで御存命だったことに、むしろ驚いた。<失敬だ。

「バーサーカー」って、「プレデター」とか、「エイリアン」みてぇに、単なる名詞が、固有名詞として意味を持っちゃうソレのハシリだよなぁ。とか振りつつ。


▼どうでもいい雑記:プレデターはサムラーイの夢を見るか、の巻。

 最近、ダークホース・コミックス社から刊行された『プレデター・オムニバス vol.1』をチマチマ読んでるですが。

Predator Omnibus 1 (Predator)

Predator Omnibus 1 (Predator)
Mark Verheiden (2007/08/15)
Dark Horse Comics
詳細を見る


 この本は、大雑把に言えば、ダークホースがこれまで発行してきた『プレデター』のコミック版を分厚い(430ページ強)単行本にしたイカス本。TPBが発行されたものから、未単行本化なシリーズ、未収録の短編まで、まぁ、沢山入ってやがるぜ、ってな本。
 同コンセプトの『エイリアンズ・オムニバス』『エイリアンズvs.プレデター・オムニバス』なんかも刊行中。なんたる物量攻撃だ。
 多分、「vs.バットマン」とか「vs.ジャッジ・ドレッド」とかの、他社とのクロスオーバーは収録されねぇだろうけど(この辺の作品は部数がそれなりに出てるから集めやすいんでいいですが)。

 でー。

 vol. 1の巻頭作品『コンクリート・ジャングル』がね、こう、ニューヨークのマッチョな刑事、シェイファーが、ニューヨークに現れたプレデターと戦う、っつー話なんですが。
 このシェイファーさんてば、劇場版『プレデター』第1作のダッチ・シェイファーの「弟」でして。つまりは、このコミック版は劇場版『プレデター』の続編になってたりするんですわ。

 大都市を舞台に、刑事対プレデターの戦い、っつーと、劇場版『プレデター2』を彷彿とさせる筋立てですが、実は『コンクリート・ジャングル』の方が登場は先だったりしますわ。
 プレデターがギャングを襲撃したりとか、地下鉄車内でプレデターvs.武装した一般市民とか、アメリカ政府がプレデターの存在を知ってたりとか、『プレデター2』と共通するモチーフはあるんですが、本作は、それぞれが『2』と異なるアプローチだったりするのが、なんか面白ぇ。

※11/15追記:DVD『エイリアンvs.プレデター 新生アルティメット エディション』の特典映像によれば、このコミック版『プレデター』が、『プレデター2』の脚本の原型となってた模様。なので、共通するシチュエーションが多いのは当たり前なわけですね(っつーか、割とグダグダなコミック版を、あのイカす『2』に作り替えた脚本家陣はスゲぇ)。

 だもんで、必然的に『2』と比較しちまうわけですが、正直、完成度では『2』の方が上だなぁ、と、思った。

 なぜなら、『コンクリート・ジャングル』のプレデターには、サムラーイの精神が刻み込まれていないからだ。

 こう、ね、『プレデター2』という作品の画期的な所は、敵であるはずのプレデターにも感情移入できるようになってる所と、プレデターという存在を、独自の名誉規範を持った、ある種の「サムラーイ」として描いた所の2つに尽きると思うのですよ(ここで言うサムラーイとは、僕らが日本史で学んだ「侍」ではなく、西洋人やジョーイ・ディマイオによってそのスピリッツを過剰に昇華された、なんかこう、高潔な精神を胸に刻んだ漢っぽい何かを指す)。

 で、この「サムラーイ」的なプレデター像は、『プレデター2』以降(※)、無数に送り出されてった『プレデター』もののコミックによって一般化し、最終的には劇場版『エイリアンvs.プレデター』にも取り入れられたワケですが(こう、劇場版『プレデター』シリーズだけを見てる人にとっては、『2』から『エリプレ』にかけてのプレデターのキャラクター像の変化は長足な感があるようだけど、間に挟まれてるコミック版を踏まえると、正統な進化やねん)。

(※)実際には、「サムラーイなプレデター」像は、『プレデター2』公開に先駆けて、ダークホース・コミック社が送り出した傑作『エイリアンズvs.プレデター』の“主役”ブロークン・タスクのキャラクターとして、既に提示されてはいるのですが。
 ただ、この作品中のプレデターは、非武装の女子供も殺すことを辞さない奴らで、ブロークン・タスクは例外的な存在として描写されてたんで、やっぱり『2』の方が「プレデター=サムラーイ」なキャラクター像へのターニングポイントだと思うですよ、俺は。
 どうでもいいですか、そうですね。

2008/4/15追記:すまん、『エイリアンズvs.プレデター』最近読み返したら、ブロークン・タスクはあんまりサムラーイではなかった。サムラーイ的な名誉規範に則ってる、というより、「生命を助けられたので、俺も助ける」的な、蛮族的な(シンプルな)キャラクター像でした。あとあまり「例外的な存在」でもない。


 で、結局ね。現在の『プレデター』ものの読者ってのは、ですな、多かれ少なかれプレデター側に感情移入しつつ読んでるのですよ。ある種の美意識を持って“狩り”をする、その、一種のダークヒーローとして。
 その辺を解っている『プレデター』ものの作者は、作中でプレデターが狩る対象をギャングや乱暴な兵士とかの“悪い人”にして、読者が感情移入をしやすくしてますね。<ただ、毎度ギャングばかりだと、「まんま『プレデター2』じゃねぇか、ヒネれよ」とか突っ込まれるのですが(『バットマンvs.プレデター』第1作とかね)。

 でー、何が言いたいか、っつーと、この『コンクリート・ジャングル』作中のプレデターは、ですな。『2』以前に作られた作品であるために、上記のような「サムラーイ」的な気っ風は、なんら持ち合わせてなくてね。ブッチャケ、読んでて、なんかイラつくですよ。
 っつーか、プレデターがあまりに無個性。単なる殺戮マシーン。こう、サムラーイっつーよりも、文明の利器を鼻にかけて悪辣の限りを尽くすブタ野郎でね。
 まぁ、第1作に登場するプレデターは、割合にロクデナシで、『コンクリート・ジャングル』のプレデターも、その延長線上のキャラと捉えられなくもないんですが。
 やっぱ、主人公であるハリガン警部補と同時に、プレデターにも感情移入できた『プレデター2』の方が、いいなぁ、と(まぁ、『2』のプレデターも、市街地で自爆を試みるあたり、根っこはロクデナシですが)。

 ……っつーか、問題は、『コンクリート・ジャングル』の主人公であるはずのシェイファーも、累計的・無個性なマッチョで、感情移入がしにくい、っつートコだったりもしますが。
 こう、『プレデター』という作品の続編として、主人公であるシェイファー(もしくはシェイファー的なキャラクター)のヒロイックさ(っつーかマッチョさ)を推し出していく、っていう方向性は、これはこれで「アリ」だと思うんですが、この作品の場合、シェイファーのキャラクターをロクに掘り下げてない脚本には問題がアリアリだな、と。

 ちなみに『プレデター・オムニバスvol. 1』には、『コンクリート・ジャングル』の続編としてリリースされた『コールド・ウォー』(シベリアに現れたプレデターを追い、シェイファーさんわざわざロシアに出張の巻)と、第3作『ダーク・リバー』(シェイファーさんが兄貴を捜して南米を訪れたら、プレデターさんと遭遇、の巻)が、収録されてまして、各100ページ、計300ページ近くもシェイファーさんの難儀な冒険につき合わされるわけですが。
 どれもこう、キャラクターとしての魅力に乏しいシェイファーに感情移入できない&プレデター側もロクに内面が描かれない、というソレが通底してて、読み終わっても何ら心に残らない作品でした。うぬれ。
(2作目、3作目では、シェイファーにヒロインを組ませて、新味を出そうとはしてるんですが、まぁ、彼女らもそんなにキャラクターを掘り下げられてねぇし)

 っつーか、シェイファー兄の行方について、あーいうオチを付けるのは、どうかと思う。

 結論としては、シェイファー的なヒーロー像に早々に見切りをつけて、「エイリアンvs.プレデター」というギミックで、プレデターの「サムラーイ」的なキャラクター像を強く打ち出していったダークホースは正解&偉いなぁ、という感じで。

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タグ:AVP 今日読んだアメコミ

コメント

*以前にゴーグルSさんが言ってましたが、

『ウルトラマンメビウス』でウルトラの父が若手ウルトラマンのメビウスに“地球に修行に行ってこい”と指示する辺り、プレデターと同じく、地球に行く事は「成人の儀式」みてーなコトなのかな~と(ソンダケ)

*

>成人の儀式
その内、新成人のモラルが低下してったりしそうでやだなぁ。
もっとこ、スペクトルマンさんみたいな、「社会人」としての常識をわきまえた、
異星人の派遣を切に願いたいですが。

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