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●なんたる書き逃げ。その3

2007.10.19 Fri

 まだまだ続く、シリーズ「書きテキリメ(略)」ですが。
『PULP』の公式サイトからカッパらってきたテキスト翻訳シリーズ第3弾、『エンパワード』第2巻発売記念(今思いついた)、アダム・ウォーレンのインタビュー。

▼インタビュー:アダム・ウォーレン<Adam Warren>
 キューバート・スクールからダーティペアへ


 インタビュアー:ジェイソン・トンプソン


 もしもあなたが“アメリカン・マンガ”アーティストについて聞いたことがあるなら――ああ、例のイメージ・コミックスの奴ら(※1)は気にしないでくれ――アダム・ウォーレンのことを聞いたことがあるだろう。
 ウォーレンのコミック業界への台頭は1988年、アニメ『ダーティペア』の公式コミック版(※2)の第1作から始まる。それ以降、多くの続編が描き継がれていく中、ウォーレンはそのシャープな脚本と精緻なアートで、『ダーティペア』を自身のものとしていく。
 彼の作品はドイツ語、イタリア語、フランス語、オランダ語で出版され、またコミック版は原作よりも長期に渡り展開している。これは、コミカライズ作品としては最上級の評価といえるだろう。

(※1)当時ブームだった、「クリフハンガー」レーベルの作家たちのことかと思うが、あれ、当時クリフハンガーはイメージに所属してたっけか。
(※2)後述されるが、正確にはウォーレンの『ダーティペア』は、アニメではなく小説版が「原作」にあたる(アニメ版は原作者のみならずサンライズも版権を持ってたりするからだろう)。

 現在、ウォーレンはワイルドストームの『Gen13』の脚本とカバーを担当し、ダークホースから出るカラー再販版『ダーティペア:シム・ヘル<Sim Hell>』用に新作を描き下ろし、「スーパーマンガ・ブラスト!<Super Manga Blast!>」誌に掲載されるマンガ『セラフィック・フェザー』を英語版にリライトしている。
 更に“大出版社での仕事で、身をすり減らしている”という、『ダーティペア』のクロスオーバー企画(※1)を進め、また企画進行中のオリジナル新作用のデザインにも着手している(※2)

(※1)おそらくは、ボツになった『スーパーマン/ダーティペア』。
(※2)多分、ワイルドストームのクリフハンガー・レーベルで進めていたファンタジーもの『カニバル・サン』か『ブラッド・オブ・ザ・マギ』。これも企画段階でポシャった。


パルプ:アニメとマンガを知る前から、コミックを描くことに興味はありましたか?

ウォーレン:ああ、とてもね。俺はちっちゃなガキの頃から沢山のマーヴル・コミックスを読んでいた。小学校3年生ぐらいからかな。当時のコミックは底抜けにくだらなかったよ。
 だが、高校に進んだ俺は、1980年代初期から中期のオルタネイト・コミックのシーンに傾倒した。あの当時は、真に感動的な作品を手に入れられたもんだ。
 例えば、ハワード・チェイキンの『アメリカン・フラッグ!』(※1)や、ムーア、ビセット、トトルベンの『スワンプシング』(※2)、ロス・ブロスの『ラブ・アンド・ロケッツ』(※3)、それに『セレバス』(※4)。とてもエキサイティングな時期だった。
 それらの作品は、コミックが効果的で創造的な媒体であり得ることを教えてくれた。それで俺は、ニュージャージー州ドーヴァー<Dover>の「ジョー・キューバート・スクール・オブ・カートゥーン&グラフィク・アート」(※5)に入ったんだ。

(※1)『アメリカン・フラッグ!<American Flagg!>』:インディペンデント系出版社、ファースト・コミックスから刊行されたコミックシリーズ。作者はハワード・チェイキン。世界的な災害で、アメリカが首都を火星に移した2030年代の地球を舞台に、ルーベン・フラッグ<Reuben Flagg>さんがガンバる話(<読んでないので詳細を語れない)。
(※2)アラン・ムーア(ライター)、スティーブ・ビセット<Steve Bissette>(ペンシラー)、ジョン・トトルベン<John Totleben>(インカー)の体制による、1980年代半ばの『サーガ・オブ・ザ・スワンプシング<Saga of the Swamp Thing>』の連載のこと。
(※3)『ラブ・アンド・ロケッツ<Love and Rockets>』:オルタナ・コミックの古典。作者はヒルバート・ヘルナンデス<Gilbert Hernandez>と、ハイム・ヘルナンデス<Jaime Hernandez>(2人で活動する時は、ロス・ブロス・ヘルナンデス<Los Bros Hernandez>名義)。
(※4)『セレバス・ジ・アードバーク<Cerebus the Aardvark>』:ディブ・シム<Dave Sim>作のオルタナ・コミックの金字塔。ツチブタ(アードバーク)のセレバスが傭兵になったり司教になったり結婚したりする話(かいつまみ過ぎだ)。
(※5)名アーティスト、ジョー・キューバートが創設したコミック作家専門学校。

パルプ:キューバート・スクールではどんな具合でした? 誰が教師でしたか? どんなアーティストと級友でしたか?

ウォーレン:教師たちは主に業界の人々で、ジョー・キューバートその人や、ジョース・デルボ<Jose Delbo>その他のアーティストだ。古き良き学校、と言った風情だったね。
 俺の級友は多岐に渡っていた。ペイント画や、リアルな絵画に傾倒している奴、それに縞々パンツのスーパーヒーローのファンに、ジョージ・ペレスやフランク・ミラーのファンだとか、そんな感じさ。
 それから、俺を含めた普通じゃないものに傾倒するやつら。ちょっとした寄せ集めどもさ。だいたいキューバート・スクールの初年度で、俺はアニメとマンガにハマリ込んだが、それらは当時の学内では非常に異質だった……100人ばかりの生徒で、そうしたシーンに気付いてたのはほんの数名だった。

パルプ:1980年代初頭のコミックでは、日本の文化やニンジャ的なものが流行していましたが、それらに興味は?

ウォーレン:うーん……いや、特には。まあ、あの手のは当時の学校を席巻していて、結構な数のニンジャ・ファンがいたよ。でもそれは、初期のカルト的なアニメとマンガが波紋を起こすよりも更に以前のことさ。俺は『スピード・レーサー』や『スターブレイザーズ』(※)すら見たことはないんだ。

(※)『スターブレイザーズ』:『宇宙戦艦ヤマト』の北米版タイトル。

パルプ:『ダーティペア』が、あなたの見た初めてのアニメだと聞きましたが。

ウォーレン:ああ、実に全くその通りだ。そいつは『うる星やつら』の、確か第3シーズンくらいのと一緒にテープに入ってた。俺は休み中の週末にそれらをいっぺんに見た――『ダーティペア』、『うる星やつら』、それに『ナウシカ』を。

パルプ:もしもアニメとマンガに出会えていなかったら、現在どんなマンガを描いていると思いますか?

ウォーレン:辞めてただろう。

パルプ:本当に?

ウォーレン:ああ。そもそも俺は、キューバート・スクールを初年度で辞めようとしてたんだ。ある日、ザ・ファントム(※)が象の上に乗っかってる絵を描いてた時、ふと悟ったんだ。“神よ、こんなのにはうんざりだ。実に間抜けで、こいつで飯を食ってくなんてのは考えられない” 俺は全くうんざりしていた、それらはてんで面白味がなく、退屈だった。俺は学校を辞めて、普通の学校に入る努力をしてみようとすら考えだしていた。そこで日本のポップ・カルチャーを浴びて、何かに火がついたんだ。

(※)ザ・ファントム<the Phantom>:リー・フォーク<Lee Falk>が創造した、新聞マンガの古典。ファントムには逆らえない。

パルプ:あなたがアニメに対極するものとして、マンガを見つけたのはいつですか?

ウォーレン:それらアニメのビデオを見た2月の休みの後、学校に戻った直後ぐらいだった。けれど、マンガという様式を見る前から、俺は既に“こいつ(アニメ)みたいなのを、どうにかしてコミックスの体裁でやれたら凄ぇぞ”って考えてた。日本のコミックについて、おぼろげに気付いていたんだ。何にせよ、俺は学校に戻るやいなや、ニューヨーク市に行って、キノクニヤに行った――当時はたしかゼン・オリエンタル(※)も開いていたかな?――そしてあらゆる形式のマンガを山ほど買い込んだ。

(※)ゼン・オリエンタル<Zen Oriental>:ニューヨーク市にある日本書籍の専門店。

パルプ:それは何年くらいのことですか?

ウォーレン:1986年初頭、だと思う。

パルプ:キューバート・スクールに行く前は、どんなコミックを描こうと思っていましたか?

ウォーレン:今じゃ思い出すのも一苦労だよ、遠い過去のようでね(笑)。俺はスーパーヒーローの大ファンじゃあなかった。描こうとしてたのはSF的なものだった。ま、結局、今の俺はそうしたたぐいのものを描いてるんだが。マンガ的な感性を加えつつ、な。

パルプ:あなたの“悟り”の後、キューバート・スクールではなにを?

ウォーレン:『ダーティペア』を見てから、初めてマンガを体験した――あれは多分、高橋留美子だったと思う、『AKIRA』(※)の最初の何号も出ていたかな。それに有名な作品をいくつか。
 その後、俺は『ダーティペア』が偉大なコミック・キャラクターになるだろうと確信した! 俺は、『ダーティペア』絡みのマンガのプロジェクトがいくつか存在していたことに気付いてなかった、それらは見てなかったからな。それで俺は決めたんだ、俺はアメリカ版『ダーティペア』コミックスを描くべきだと! そして許諾を得ようと! 実に狂ってる!
 俺は既に『ダーティペア』のコミックを描いていた。それらが日の目を見ることはないだろうが、胸を張っていわせてもらうよ。俺は初年度を通じて、おおよそ5、60ページは描いた。2年度か、少なくとも3年度になる前には、サンプルも描きだしてたと思う。俺は山ほど描いた、俺はほとんどの俺の時間を、なにがしかのバイトか、さもなくば『ダーティペア』を描くことに費やした。この作業をしたことで、俺は俺自身に教えられるような形で、多くを学んだよ。

(※)時期的に見て、エピック・コミックス(マーヴルの大人向けレーベル)から出版されていた英語版『AKIRA』だと思われる。

パルプ:あなたのスタイルは常に大きく変わり続けていますね。とりわけ、最初の3つの『ダーティペア』シリーズを通じて。これらの変化はあなた自身が意識しいるのでしょうか、それとも、ひとりでに?

ウォーレン:おおむね、両方だ……俺は手にしたいかなるマンガでも読んできた。俺の画風は、他のアーティストからつまんできた、ちっちゃなかけらで構成されてる。そうしたものを見つける目があれば、ちょっと面白いと思うぜ。
 一方で、俺の絵が最も変化したのは20代初頭だった。で、俺は、歳月がアーティストにもたらす変化について心に留めるようになった。多くの20代初頭のアーティストは、急速に上達する伸びしろがある。だが彼らは、歳を取るに連れて柔軟性を失い出す。それ以降は手癖で描くようになるか、どうしょうもなく歪んで、崩れていくかだ。
 例えば、名前は挙げないが、いくらかのマンガ・アーティストは、顔のつくりが奇妙になっていく。キャラクターの目と目が離れだし、頭の上の方に寄っていく。さもなくば、腰のあたりの骨格が奇妙になり、肥大化していく。
 そして30代になると――ま、今の俺もそうだが――固定化と反復の時期になり、10年前に描いたものの繰り返しに落ち着く。こいつは常から気を付けておくべきことだ。俺は現在、新しい影響を得ることに最善を尽くしているが、年をとっていくにつれ、改良や変化といったことは明白に難しくなってくる。

パルプ:では、例えばあなたが過去のある時期の自分の作品を見た時、こんな感じに思ったりするのですか? “ああ、これは僕があの作家とあの作家に影響を受けてた時期だ。この時期の僕の作品の何パーセントかは、このアーティストが混じってるぞ”って?

ウォーレン:ああ。俺のこの10年間の画風で、おそらく最も変わってきたのは顔のつくりだ。その他の多くは比較的安定している。デビュー当初の、俺の絵が急速に進化してた頃――大体『ア・プラグ・オブ・エンジェルス』(※)の頃だ――この時点で俺のメカデザインと肉体構造は、あるレベルまで達した。
 で、それ以降、俺は主に顔の描き方をいじくりだした。他からの新たな影響を使ってみたり、新しいことを試してみた。指摘することだってできる。例えば、「こいつは俺が『卒業』のアーティスト(竹井正樹)に影響を受けていた時期だ!」ってね。ま、こいつはうまくはいかなかったんだが。

(※)『ア・プラグ・オブ・エンジェルス<A Plague of Angels>』:ウォーレンによる『ダーティペア』第3作。ラブリー・エンジェルの2人を密着取材するレポーターがヒドい目にあう話。
 1980年代的な絵柄をタテに潰してと士郎正宗(『アップルシード』1、2巻の頃の)を足して適当に希釈した感じの(どんな感じだ)前2作の画風から、真鍋譲治や園田健一的な1990年代前半っぽい画風にシフト。キャラクターの頭身やプロポーションもアメコミ調から、マンガ的にシフトしている。キューバート・スクールで、それなりに鍛えられたアナトミー(解剖学)を、作品を描きつつ、自分なりに消化していく様が、なかなか興味深い(偉そうに)。


パルプ:それは実際に例を挙げられますか?

ウォーレン:ああ、指摘できるよ。『シム・ヘル』(※)と『ア・プラグ・オブ・エンジェルズ』の末期の頃だと思う。俺は彼の目の描き方を模倣しようとしていた、しかし結果は芳しくなかった、なぜなら、俺のスタイルとは相性が良くなかったからだ。でもまあ、「お、こいつは“木城ゆきと時代”だな!」って絵は、誰にも解ると思うぜ。
 それと現在の俺は、かなり誇張された唇の形を描く傾向にあるが、これは数名のアーティストの影響だ。少なくともうち1人は日本人のアーティスト、寺田克也だ。彼は日本のアーティストだぜ! なのに大きな唇を描くんだ! 実に!(笑)

(※)『シム・ヘル』:ダーティペア第4作。この作品から版元がダークホース・コミックス社に移動(元々の版元エクリプス・コミックス社がツブれたので)。仮想空間でWWWAのトラコンの適性試験を受けるケイが、仮想空間から抜け出られなくなったんで、ユリがバーチャル世界に侵入してったら色々と大変な目に遭う話。
 それまでの『ダーティペア』はトーレン・スミス(後述)との共著だったのが、本作よりウォーレン単独の脚本に移行。そのせいか、古典的スペースオペラな世界観だった『ダーティペア』が、本作からいきなりサイバーパンクなお話にシフト。
 また、ウォーレンのライティングの大きな特徴である要所に回想シーンを挟んで、背景や諸設定の説明をしたり、後の展開の伏線にするアレは、本作で既に登場。
 画風を固めつつ、まだ若さの残るアートと、ストーリー構成の巧さ(仮想空間のシミュレーションという形で、うまく過去の事件をケイと読者に追体験させる所が良い)で、『ダーティペア』シリーズの中でも1、2を争う傑作(と、個人的には思ってる)。


パルプ:確かに、大きな唇は、さほどマンガで見られるものではありませんが……。

ウォーレン:だが存在はするよ(笑)。俺の見たところでは、木城の唇の描き方は、内田春菊の描き方からきている。彼女は自伝的な作品を描いている有名な女性作家で、当時木城がやっていたような、奇妙なヒョットコ風<sucker-pout>の唇の描き方をしていた。

パルプ:現在では、あなた版の『ダーティペア』のイメージが、アニメ版よりも広まっているかのように見えますが。

ウォーレン:うん、それは単にアニメ版が長年存在していたからだ。つまりだ、俺版『ダーティペア』が初めて登場した当時は、もう少し大騒ぎされていた。なぜなら当時の多くのアメリカのファンダムは、むろん俺も含めて、サンライズのTV版から、『ダーティペア』に触れたんだ。……あと、映画版も出てたかな。それが、俺らみんなが親しんだバージョンなんだ。
 まあ、俺ですら、異なるデザインのダーティペア(※)が出たときには、ウンザリしたもんだ。“こんなのは本物のダーティペアじゃないぜ! うえぇぇぇ!”ってな、シロモノは山ほどあった。でもやがて、沢山の異なるバージョンのアニメが出てきた。『ダーティペア・フラッシュ』みたいなのもな。これで、どんな馬鹿でも100万もの異なるダーティペアがあるってのが解った。
 俺の『ダーティペア』も、だいぶ長く在りつづけて、人々も馴れてきたから、それほど大騒ぎすることもなくなった。そんなのは、古典的なファンの執着に過ぎないんだ。

(※)異なるデザインのダーディペア:多分、OVA『ノーランディアの謎』バージョンのキャラクターデザイン。頭身が上がったことで、日本のファンの間でも賛否両論あった。

パルプ:あなたがいかにトーレン・スミス(※)と知り合ったかについて、少々お話し頂けますか? 彼との出会いはどのような具合でしたか?

(※)トーレン・スミス<Toren Smith>:スタジオ・プロテウス<Studio Proteus>代表。スタジオ・プロテウスは日本のマンガ・アニメの版権取得や翻訳などを行う会社。

ウォーレン:ま、いわゆる“友達の友達”ってやつだ。キューバート・スクールの級友の1人にジョー・ロザス<Joe Rosas>って奴がいた。こいつは後で、『ダーティペア』や『バブルガム・クライシス』を描いてた頃、短期間、手伝ってくれた。その彼が、ジェームス・D.フドナール<James D. Hudnall>を知っていた――彼はライターで、初期からのアニメファンで、シーンにかなりの初期からいた。そしてジムはトーレンを知っていた。彼はちょうどスタジオ・プロテウスを始めたばかりだった(1987年頃)。俺はといえば依然アメリカンコミック版『ダーティペア』を描くための権利を取ることに執着していて、そこで俺たちはつながった。ま、全てはここから始まったのさ。
 俺はポートフォリオと短編を描いた。そして俺たちは日本の小説版『ダーティペア』の作者・高千穂遥が作った会社、スタジオぬえと接触した。そして程なく……まあ紆余曲折あったが、俺たちはアメリカン・コミック版『ダーティぺア』を描く権利を得た。しかしながら、コミック版は小説版を元にすることとなり、アニメ版を元にはできなかった。このことは後に当時のアニメファンから、ちょっとした因縁を付けられるきっかけになった……俺ですら、ちょっとビビってたしな。

パルプ:一方で、単に既存の話をコミック化させるようなことにならなかったのは、幸運でしたね。

ウォーレン:そいつは驚異的に幸運だったよ。何せ俺は画風も作風も、全てが「俺流」の『ダーティペア』しか描けなかったんだからな。

パルプ:作風としては、何に影響を受けていますか?

ウォーレン:コミックからの影響で言えば、最も大きいのはハワード・チェイキンの『アメリカン・フラッグ!』の風刺的な側面、非常に商業主義的<hyper-commercialization>な所、などだ。
 作家としちゃあ、俺はサイバーパンクの第1、第2の波に影響を受けている。ウィリアム・S.ギブソン<William S. Gibson>からの影響は相当だ。それにウォルター・ジョン・ウィリアムス<Walter John Williams>、ブルース・スターリング<Bruce Sterling>、マイケル・スワニック<Michael Swanwick>ら。それに、いささか無名の作家たちからも。
 最近じゃ、ニール・スティーブンソン<Neil Stephenson>、スティーブン・バクスター<Stephen Baxter>その他の最近のSF作家たちもだ。それらが俺に大きな影響を与えている。

パルプ:自作のアクション映画からの影響について、少々、触れられていましたが、作風への映画からの影響を意識したことはありますか?

ウォーレン:かなりね。問題は、真に複雑で、真に映画的なアクションを描くには沢山のページがいるってことだ。そして、大部分の所、俺は描けちゃいない。何故なら俺は手が遅いんで、充分に長いアクションシーンを描けない。完璧なアクションシーンも、エキサイティングなアクションシーンも、流麗なアクションシーンも描けてないんだ。
 そうしたことは常々気にかけているんだが、限られた量のページ数でストーリーを語らなければならない以上、大概できていないね。

パルプ:あなたのコミックのスタイルは、とてもアメリカ的だと思います……あなたの作品の密度の濃さや、詳細な描き込み、それに沢山のことが起き、沢山のセリフで満ちている点などですが。

ウォーレン:ああ……それらは必要に迫られてのことだ。だが、それらは常に問題になる。平均的なミニシリーズはだいたい全4号だ。そして俺は4号の中に多くのストーリーを詰め込まねばならない。それが俺を常に悩ませるのさ。何故なら俺は、全4号よりも長いシリーズを描けるほど手が早くないからだ。
 俺は手広く仕事を受けたいと思ってる、だがそれは不可能だ。俺が語りたいストーリーの量を、徹底的にそぎ落としでもしない限りな。
 時折、なんのドラマもない話を描こうかと考えるんだ。『ダーティペア』のミニシリーズでね、2人が朝飯を食うんだよ! 詳細にね!
 どうすりゃいいんだかな。俺が今の所ワイルドストームに向けて書いている話は、そうしたことを少しは考えている。けど、終わってみりゃ、駆け足なペースになっているだろう。


※オリジナルの原稿では、ここでウォーレンの同人誌の表紙画像が入ってたんじゃないかと思う。以下はそのコメントらしきもの(オリジナルのサイトが残ってないんで確認できねぇ)。
(同人誌「アダム・ウォーレン スケッチブック」について)
 日本に住んでる俺の友人の1人がまとめてくれたのさ。こいつは本当にドージン出版社から出版されたドージンシだ。とても面白かった。しかも実際、まあまあよく売れた……っていわれた。
 だが、これは記憶に留めといて欲しいんだが、これは俺の「スケッチブック」じゃない。カバーに書かれてるのは不幸な誤りだ。何故ならこの中の絵は、商業作品や人に描いてやったコミッションだけだ。こいつは強調しとかなきゃならない……なぜならボンデージの章が多いんだよ。解るかい? 俺はお家でスケッチなんかしてない。自分の愉しみのために、こうしたスケッチを描いてるわけじゃないんだ。解ってくれ。


パルプ:あなたの作品は、翻訳されたことがありますか? あなたのファンは日本にいますか? 実は、あなたのドージンシを見たことがあるのですが。

ウォーレン:ちょっとした輸入市場がある。“まんがの森”が、細々と日本の市場に輸入していて、少数のコアなマンガファンが、輸入された俺のアメリカ版コミックを追っているようだね。無論、翻訳なんてされてないよ。なぜなら俺の『ダーティペア』は日本じゃ出版できない。俺たちの契約には、そこまで含まれていないんだ。

パルプ:どのような経緯で『Gen 13』に関わったんですか?

ウォーレン:当時の『Gen 13』の担当だったサラ・ベッカー<Sarah Becker>――『ザ・リアル・ワールド』(※)第1シーズンに出てたサラ・ベッカーでもある――が、俺の『ダーティペア』を見た。それで俺はワイルドストームがたまに出す本に、いくらかのピンナップを描くことになった。
 その後彼女は俺を『Gen 13:ブートレグ』のラインナップに入れた。その本は、オルタナティブ系のアーティストとライターが『Gen 13』のストーリーを描くような本で、まあ短命なシリーズだった。そこで俺は「グランジ・ザ・ムービー<Grunge: The Movie>」を描かせてもらった。で、そいつはワイルドストームにちょいとした感銘を与えて、まさに全てがそこから始まった。

(※)『ザ・リアル・ワールド<the Real World>』:MTVの人気番組。アメリカ各地から集められた7人の素人(性別、人種、宗教などが異なる)が共同生活をする様を延々とカメラで撮る疑似ドキュメンタリー。2007年現在、第19シーズンが放映中という、MTV最長の長寿番組。サラ・ベッカーが出演してたのは、正確には第5シーズン『リアル・ワールド:マイアミ』。
 ちなみに第3シーズン『リアル・ワールド:サンフランシスコ』(各シーズンで舞台となる都市が変わる)には、あのジュド・ウィニックが出演してたりする……。


パルプ:この『Gen13』と『タイタンズ:エルスワールズ』の2作で、あなたの星は、スーパーヒーローものの上で輝きだしたように思えますが。

ウォーレン:ああ、それは真実だ……俺はいくらかのアメリカのスーパーヒーローものを読んでいた。でも主にイギリス野郎の書いたものだ。なぜなら、コミック業界で最高のライターは、イギリスに住んでるか、ブライアンって名前だからな(笑)。だから俺は『プラネタリー』や、グラント・モリソンの書いたものも、なんでも読む、そんな感じだ。
 だから俺は、このジャンルの本質的な部分の大ファンってわけじゃない。このジャンルは、コミックという媒体を永遠に締め付けてると思っているが、面白くなりうるものでもある。それが俺のこのジャンルについての見解さ。
『Gen 13』なんかだと、現時点で俺は9、10号分の脚本を書いてるが、いまだにコスチュームを着せてないことに気付いたよ。俺にしてみりゃ、「ふむ。もしかしたらヒーローものにはコスチュームがいるかい? まあ、検討してみるよ」って感じだがね。

パルプ:あなたのアートの評判が良いということは、マンガとアニメがアメリカのスーパーヒーローコミックの中で主流になりつつある兆候だといえませんか。

ウォーレン:そいつは大筋で合っている。確実に、以前よりもお偉いさんがたにも受け入れられてるね。
 1980年代中頃のコンベンションに、俺が初めて作品を持ち込みした時、それらは完全に異質で、多くの編集者にとってはフリーキッシュな代物だった。全員がそうだったわけじゃないが、多くは嫌な顔をしていた。「ああ、『スピードレーサー』っぽいの、ね」みたいに。
 お気に入りの話がある。これは、俺が直接言われたんじゃなくて、知り合いがマーヴルの編集者と接触した時の話だ。彼らは彼女にこう言った「あぁ、我々にはもうマンガがある。我々には『AKIRA』がある。それ以上はいらんね」 やれやれ!
 マンガに影響を受けたアーティストたちが、いくつかのベストセラーのコミックを手掛けてることを考えれば、今やお偉いさんにも広く受け入れられてるんだろう。
 一方で、一部では依然非難されている。気にしない方がいいんだろうが、時折ネット上を見れば、「あんなマンガのクズを、無理矢理読ませられる身にもなれよ。耐えられないね、全く!」ってな、激烈な長文を見ることだってある。単にマンガを見るだけでムカついてる奴だっている。

パルプ:では、アメリカのメインストリームのアーティストらがマンガの影響を見せ、“マンガ・スタイル”アーティストらが突然に良い仕事を得ている、現在の潮流についてどう思いますか?

ウォーレン:ふむ……そいつは難しい質問だ。実に難しい。ジョー・マドレイラ<Joe Madureira>のような有名人たちが知られて、より多くの作品がメインストリームに露出していった。彼はよりメインストリームに近いアーティストとして現れ、多少のマンガの影響を受けている。そして多分、俺より良い具合に作品を露出させた。
 俺は疑いようもなく、マンガ・スタイルの奴らの中ではよく知られた1人だ。だが俺は、つい最近までメインストリームでの仕事をもらえてなかった。だから、俺には解らんよ。多分、俺がもっとヒーローものをやってれば、後進の助けになったのかもしれないがな。
 あるいは、誰かが俺に説明してくれたんだ。「もしもお前が、肌も露わなお姉ちゃんが人々をぶち殺すようなコミックスをシリアスに描いてたら、もっと成功できたろう」って。あぁ、そうだよ。『ダーティペア』の風刺的な側面は、俺を傷つけてるだけさ! 俺はあの当時のバッドガール市場でうまくやってけたかもしれないのに!(笑)

パルプ:あなたの作品の全ては、実にユーモラスです。大概は極度のブラックユーモアだとしても。そうした、より……「よりシリアス」って言葉を使わずにどう言えばいいですかね?(笑)――ともかく、そうした方面に傾倒したストーリーを手がけることに興味はありますか?

ウォーレン:あー、俺が“ストレートな”作品を描く時は、そうしたユーモアが全然ない、非常に、非常にキツい作品になるよ。俺のユーモラスな作品ですら不愉快な要素を秘めている。ユーモアなしには、多くの読者にとってはキツすぎるものになる……。ユーモアはいわば、逆のカタルシスだよ。
 俺が『ダーティペア』を描いてた初期の数年、その大部分、俺は鬱病で過ごしていた。ライティングからは解らないだろうが。その作品ですら、当時の俺の人生に比べりゃ、軽薄すぎたよ。

パルプ:“アメリカン・マンガ”といった語は、もはやなんの意味も持ってないと思いますか? 今日それは、どういった意味を持っているでしょうか? それはどれだけ深くアメリカン・コミックに浸透しているでしょうか?

ウォーレン:神のみぞ知る、だね。俺はそうした語は使わない、そう言う括りは好きじゃないんだ。

パルプ:昔の『アニメリカ<Animerica>』のインタビューではこう言ってますね。「マンガ・スタイルって語に言外に含まれている“マンガのように描く”ってことは、俺はやっちゃいない。ただ、俺はひどくマンガに影響されている」

ウォーレン:ああ、それは、より的を射ている。つまり、マンガは俺に支配的な影響力を与えてるかもしれない。そして、アメリカ的なものからの影響は、かなり不明瞭だ。スティーブ・ルード(※)、ジャック・カービィ、マイク・ゴールデンの作品からの影響は、“『3×3アイズ』からもってきた歯を食いしばってる口の描き方”よりは見えにくいだろう。

(※)スティーブ・ルード<Steve Rude>:1980年代初頭にインディーズ系SFコミック『ネクサス<Nexus>』で名を成した作家。ジャック・カービィとマイク・ゴールデンは、各自ググれ。

パルプ:ああ、彼は犬歯を描くのが好きですよね。

ウォーレン:ああ、俺はあそこから戴いてるんだ。俺が叫んでる人を描くときは、大げさな歯の形にしている。こいつはマンガの影響だが、「マンガ・スタイル」を指向しているものじゃない。
 つまり、俺は画風を全くマンガ家らしくすること、完全な模倣もできた。しかし、そんなことに何の意味がある? でも誰もが言いやがるんだ、「奴の絵にはマンガっぽさが足りない!」だの「奴の作品はマンガじゃない!」だの(泣)。
 ああ、勿論マンガじゃないさ。俺はアメリカ人だ。どういうこったね。よその文化のように見せかける、なんてのを目指してどうする?
「見ろよ、こいつはイカれた日本のアーティストの完璧な模倣だ! 凄ぇ!」だって? 俺はただ、俺流のことをするだけさ。俺はけしてそれらをマンガや、マンガ・スタイルとは呼ばない。いいかい、「MANGA」という単語は、単なる言語学上の概念だ。俺らはそんな概念だのの中に首を突っ込まなくてもいい。
 俺が本当にたまらんのは、誰かがそれらを価値判断に使ってる時だ、例えば「うん、彼の話の進め方は良い。こいつはマンガだ」だってさ。いいや、ヒデぇストーリーのマンガは山ほどある。駄目なマンガだってマンガさ、坊や。ま、何はともあれ、だ。

パルプ:多くのアメリカ人が“マンガ・スタイル”で描くことに惹かれるのは、それが単に簡単そうに見えるから、だと思いますか? キューバート・スクールで古典的な訓練を受けたアーティストであるあなたとしてはどう思いますか?

ウォーレン:“楽な部分”ってのは俺は知らないね。いつも俺を驚かせるのは、俺のアーティストの友人のいくらかは、いわゆる写実的な奴らで、とんでもない絵の技法を身につけていて、それらは全く俺の理解を超えている。俺は絵画なんてできないし、俺の写実的な描画技法はてんで限られている。しかし彼らが“マンガ”的なアプローチや“アニメ調”のキャラクターデザインを試みると、大概全てがひどいことになる。実に驚きだよ。
 ま、何にせよだ、話を質問に戻せば、それは単に俺らの多くにとって――特に、俺にとって――ドキテ(※)のキャラクターデザインや高橋留美子、その他の絵は、非常に魅力にあふれている。そして、自分も、そんな風に描きたくなる。これに楽な部分がどれほどあるかは知らんさ。単に、見てるのが好きなものを、自分でも描いてみたいだけさ。理屈なんかない。
 多くの人々にとっては、こうした絵は実にクールに見える、そして描きたいと思う。実はな、今の所、こいつがコミックを描きたがる奴らの、でっかい入り口になってるのさ。なぜならコミックは死にかけの媒体だからだ。一方でマンガは若年層の大きな入口になっている。
 そう、もしもお前さんがアニメやマンガが好きで、そうしたものを描きたい場合、選択はちょいと限られてくる。アニメーションを学ぼうと思って、ハンナ・バーベラで中割りを描く? そいつはあまりスリリングじゃない。でも、自分自身のマンガ的な作品は、描こうと思えば描けるんだ! コミックでな! だから俺が目にするコミック界にきた新人の多くは、アニメに影響を受けている。彼らはあんな具合に描くことが大好きで、そうし続けることを望んでいる。

(※)ドキテ:土器手司。アニメ版『ダーティペア』のキャラクターデザイナーが有名。

パルプ:それに加えて、アメリカのコミック市場にアピールできる要素としては、“巨大な日本のコミック界で人気を得られるかも”という夢でしょうか。

ウォーレン:ああ、そいつは真実だ。でも実のところ、マンガに関わろうという奴らのどれだけが、そのことに気付いているかは解らない。で、悲しいことに、少なくとも俺の聞いた範囲では、マンガ市場は縮小している。まあ、例えその市場が、現状の1/25くらいまで収縮しようが、依然、どの時期のアメリカン・コミック市場よりもでかいんだがね。だから、マンガが危機に瀕してる訳じゃない。だがまぁ、聞いてて当惑させられる話だね。

パルプ:マンガが夢を与えている点というのは、「俺の作品がみんなに読まれるんだ! 駅でも読んでる!」という所だと思いますが。

ウォーレン:ああ、サラリーマンにね! 電車の中でね! そうした夢だのの一切合切は、ちょっと忘れてたよ。むかしむかし、俺が初めてマンガに踏み込んだ時、俺のビッグな計画は、カリフォルニアに移って、そこでなんかの仕事を得て、その後で日本に行きたかった(笑)。そう、日本のマンガ家になりたかった。ま、あっという間に、ほんの数ヶ月のうちに思い直したよ。こいつは賢い人生設計じゃねぇ、って。

パルプ:講談社が1990年代中頃に行っていた、いわゆる「スターサーチ<Star Search>・プログラムに挑戦したことはありますか?

ウォーレン:ああ、見たよ。だけど、その気にはならなかった。いいかい、彼らはマンガの中にあるようなものを、積極的に探しに来た訳じゃない。だから、俺に取っちゃ、“ま、なにはともあれ”って感じさ。
 加えて、ジャポノフィリア<Japanophilia>(※)が無数のファンとプロに蔓延していた頃に流行った「凄ぇ! 俺の作品が日本で出版されるかも!」なんて類の妄想は、既に俺は卒業していた。日本で出版された俺の作品もあったしな。まあ、コミック丸々とか言ったもんじゃないが、「コミッカーズ」で言及されてたのは面白かった。

(※)-philia:~愛好癖。この場合は、日本大好き。

パルプ:人々にマンガ・スタイルへの興味や愛情を喚起させるものがなんなのか、考えたことはありますか?

ウォーレン:俺には解らない。異質な文化からきたものが、ここまでアメリカ人にアピールできるのは、とても奇妙に思える、だが実際問題、それは、そこにある。俺が特に気にしてないマンガですら、ヨーロッパのコミック――俺には冷めて見えるし、関わりたくないと感じてる――よりも、文化的な共鳴を与えてくれる。

パルプ:あなた自身も他のアーティストに影響を与えていますよね。チナ・クラグストン・メジャーがマンガ・スタイルで描きだした理由の1つは、あなただそうですよ。

ウォーレン:なんてこった! そいつはクールだ。俺は彼女の作品が大好きでね。彼女は夢物語を描かず、なかば自伝的な作品を、優れた作法、多くの創造的なストーリーテーリングの技法を用いて描いているのがいい。実にすばらしい。

パルプ:私が『ドラゴンボール』の編集者をしていて学んだことの1つは、実に途方もない量のファンアートが送られてくる、ということです。それらは非常にアニメに影響された、アニメっぽいものです。私は、そうした絵が、彼ら若い読者の中に基本的なスタイルとして吸収されていくのではないか、と感じました。ちょうど、カービィ/ロミータのスーパーヒーロー・スタイルが、1970年代から1980年代初頭の人々に吸収されていったように。

ウォーレン:そいつは全くありそうなことだ。それらが長い年月をかけてどのような意味を持っていくかには興味があるね。より長期的な影響は、コミック界よりもコマーシャルアートの分野にあるだろう。何故って誰も彼もがコミックなんか読んでいないからだ。そして彼らが、今後コミックを読みだすようなこともないだろうしな。
 が、実際の所、現在はおそらくかつてないほどに良質なコミックスが揃っている。しかし同様に、かつてないほどの数のクズも存在している。膨大な量の作品が世の中に溢れている現在、それらの中から傑作を選別するのは、良質なコミックが数えるほどしかなかった頃よりも難しくなっているね。



  
  
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